ortensia
2025-02-11 23:18:12
3421文字
Public 傭リ
 

謎時空年齢操作よーりとえま

アングラな子供達

 今日もただ日が暮れるのを待っている。
 本当はもう大きくなって足が着くのだけれど、わざと浮かせて足をぷらぷらさせている。路地裏の、整備がされていないところ、もしくは、誰かが壊して、誰も直していない捨て地。
 影がまだ短い。夜が遠い証拠だ。
 逆に夜は帰らなければあの人が、あの子に叱られてしまう。
 時計がなくてもなんとなく時間が分かるのは、あのちびの子供に教わったからだ。教えてくれだなんて頼まなかったけれど、その時間を有意義だと思えている。
「貴方だって子供なの。」
 少女の声に顔を上げる。腰掛けているせいで、珍しく見上げる形になる。
……わたし、今何か言っていました?」
「いいえ?」
 溜め息も出ない。少女はこういう子だ。
「それより。わたしとは一緒に遊ばないようにママに言われたって、この前言っていませんでした?」
「ええそうよ。でも、ママはママ。私とは別のひとだもの。私と別の考えなのは当然だし、私は私の考えでしか行動しないわ。」
 今度こそ溜め息が出る。真っ当過ぎて。
「ママはリサが心配なんですよ。」
「でもパパは貴方を悪く言ったりしないわ。」
「パパは男の人でしょう?ママはリサを、お腹を痛めて産んだんですよ?」
「じゃあ、貴方のママだってそうでしょう」
 溜め息は飲み込んだ。だが、思わず俯いた。
 けれど気を取り直して、もう一度彼女の新緑の眼差しと向き合う。
「たまにいるんですよ。妊娠しても腹も出ず、ある日突然その時が来て、産み落とす。」
……まさか、貴方が痛みや色んな感情を感じられない理由が、それだなんて言わないよね?」
「ええ言いませんとも。けれどあの子が、あの人がわたしを心配しないのは事実です。」
 彼女は一呼吸分瞬きして、言った。
「痛くないほうが、良いんじゃないの?」
「そうでしょうね。でも、実感無く、腹から異物か出るのは、気持ちの良いものではありませんよ。リサが分からなくても良いんですよ。」
 彼女は腰に手を当てた。怒っているポーズのつもりかも知れない。
「でも私は心配なの。」
 笑ってしまう。
「心配されているのはリサのほうでしょう」
「だからここでは、リサはエマになることにしたの。」
……はあ?」
「貴方の前にいるのはリサ・ベイカーじゃない。エマ・ウッズなの!」
 無茶苦茶を言う。
 人気の無い場所、けれど大人は通れないような隙間からしか入れない場所。子供の喜ぶ言い方をすれば秘密基地だが、結局は壁に囲まれている。鳥籠に自ら入った間抜けだと自嘲する。それでも見せ物にはなっていないだけ、息が楽だ。こういう場所を、幾つも探している。
 子供が無茶苦茶言ったって、大人は聞いていない。だったら安心して夢をみられるのかもしれない。空より大きく描いた夢を。影が伸びて来た。
「よお。おまえら。」
「あら。今日もお仕事お疲れ様なの。」
 ちびがくぐって来た隠し通路は、塞いであるように見えて留め具が留まっていない。元通り蓋を戻せば、大人は誰も気にしない。
「仕事っつっても。子供は大人と同じ賃金貰えるわけじゃねえけどな。」
「それでも家族のために働いているのでしょう?」
「そ。遊ばせるくらいなら、ってな。」
 ちびの彼の言葉は、これでも決して我々への当て付けではない。そう言うたちじゃない。
 彼の支援のために働くことを、我々の母親は決して良い顔をしない。我々が親に直接何か言わずとも、大人達だって子供みたいに告げ口するから。
「リサ、こいつの相手してくれて、ありがとな。」
「貴方達の前では、私はリサ・ベイカーじゃない。エマ・ウッズなの!」
……ふうん?んじゃ、ありがとな、エマ。」
 なんでそうすんなり納得出来るんだ。
「じゃあね、二人とも!」
 手を振り合って、そして少女は帰って行った。アップルパイの香る家へ。
「これ、食おうぜ。」
 少女を見送って、彼が林檎を取り出した。
……お家に持ち帰らなくてはならないのでは」
「それは賃金。これは小遣いでおれにって貰ったもんだから、おまえと分けても平気。」
「ならなおさら。おまえだけの報酬だろう!」
「おまえさ。」
 彼一人に渡されたものだ、だから林檎は一つだけ。
「今日何食った」
……覚えてません。」
「食ったかどうかは覚えとけって言っただろ?」
「だって。分からない。」
「空腹も寒暖も苦痛も、おまえは鈍い。だからこそ、覚えておけって。」
 彼が両手で林檎を半分に割った。
 片方を差し出される。
……そんなに食べれませんよ。」
「いいや。食える筈だ。」
 引かない手から、林檎をそっと受け取る。
 彼の手は温かく、けれど林檎は冷たかった。しかし今日の気温が、今外にいて暖かいのか寒いのかは、分からない。
 さくりと噛む。舌触りが少しざらりとして、後からじゅわりと泡立つように汁が溢れて来る。
 隣の彼が笑った。
「なんだこれ滅茶苦茶酸っぱいな!」
 これ酸っぱいんだ。
 けれど彼は笑っていて嫌な顔をしなかったし、味がせずともこちらも悪い気はせず、半分全部、咀嚼して嚥下出来た。
「明日は食った食ってない覚えておけよ。つーか食え。おまえの母親の残したもんがあんだろ?食いさしでも無いより良いだろ。」
 それはそうだが。
 母は、わたしを人形か何かだと思っているのかも知れないし、自分を少女のように扱ってくれる大人の男の人だと思っているのかも知れなかった。
「勝手に食ったら叱られんのか?」
「残り物なら大丈夫な筈です。……でも、着る物と住む所は用意されていますから。」
 彼がこちらの姿を見る。深緑が上下するに任せる。
 充分見せられる姿であるのは間違いない。彼に比べれば。
……それでも食い物のほうが大事だろ。」
 彼にとって重要とは限らないが。
 実のところ少女とは違って、自分なら時間さえ守れば、働くことが出来る。あの人、あの子は昼迄寝ていて、起こしては叱られるし、起きたらあの子はお酒を飲む。誘われたお酒を断っては、叱られる。だったら外にいなければならないし、わたしは、夜さえいれば。
 けれどそれはこちらの都合。彼に賃金を払うような大人は、まだ真っ当だ。だからわたしのことも、あの子のことも嫌ってる。この子供が、ここでこうして食べ物を与えることを、隠れるようにするのは、そう言う事情がある。
「おまえと一緒に食べたい。」
……うん。」
……おまえと一緒に、働いてみたい。」
……うん。……うん。」
 彼が目を伏せた。
「けれどわたしは父親も誰だか分かりませんしね。寧ろ幾人もの男達全てが混ざって?だからジャックとは、的を射ている?」
「よせ。」
 彼の目がまたこちらを見た。彼は矢、自分が的になったよう。
「おまえは、ぶった切れるよ。リッパー。」
 彼は空を見上げた。
「おまえは、壊れ掛けてたとは言え、この場所を塞いでいた板をぶっ壊して扉にしちまった。そんな無茶苦茶するようなタイプには見えなかったのに。通り道にしやがった。」
 鳥が通り掛かった。
「おまえが働くためには、たぶん、先ずおまえの今貼られてるレッテル以外のもんを見せなきゃなんねえと思う。」
……わたしは、何者でもありませんよ。人の代わりの形でしかない。」
 彼に手を握られる。まるで自分が気を引きたいみたいだ。なのに確かに握られたのが、自分自身だと実感出来る。これは苦痛、寒暖、それとも満腹感なのだろうか。
「おれが今度靴磨きする隣で、おまえ絵を描けよ。」
 霧が晴れたような、あるいは霧に満たされたような、胸が高鳴る心地だった。
 前に、拾ったごみで彼と少女を描いた。二人とも喜んでごみを見ていた。不思議な光景の記憶。
 笑みが溢れる。
「ふふ。おまえの絵を売っても良いの?」
「ばか。誰が靴磨きの餓鬼の絵なんか買うかよ。おれが靴磨いてる間、靴の持ち主はそこから動けねえんだから。」
「色んな人を描くの。」
「そうだ。裏紙なら貰った来てやるし、捨てられたインク瓶の残り滓、水で薄めりゃ描けるだろ。」
 酷い話だ。こちらは昼間に気紛れを起こしたあの子に美術館に連れ出され、自身も見せ物にされはしたが、もっと本物を見たことがあるのに。飛んだ酷い絵を描くことになりそうだ。
 それが酷く楽しみなものだから、この世に救いは無い。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。