ortensia
2025-01-13 14:19:13
5582文字
Public 傭リ
 

たんさき×わくせいのよーり(?????)実際の記録とは異なると思われます

オポチュニティが「好機」を経て、設計寿命の60倍もの時間を過ごせたのは、火星人のお陰か。あるいは彼女の双子の姉、スピリットのお陰か。

 地球時間XXXX年1月25日、平原に着陸。
 彼方からの来訪者は、暗闇を越え、空の中を通り、ここへやって来た。
「ようこそ、小さなお客さん。」
「初めまして、レッド・プラネット。」
 小さくて硬い来訪者は、辺りを見回した。
……あの、このクレーターって?」
「それは元からですので、ご心配には及びませんよ。ほら、そこに隕石が。」
「ああ、本当だ。」
 惑星探査機が着陸したのは、ホールインワン、クレーター内だった。
 自分の耐熱装甲をどかして確認する探査機が、ほっとした様子を見せた。
「ヒートシールドロックってところでしょうか。」
「ヒートシールド?この装甲にかこつけて、ってか?」
 惑星がそう、おどけて言うので、探査機は可笑しかった。
 惑星が探査機をためつすがめつしながら問う。
「お名前は?」
「MER-B、マーズ・エクスプロレーション・ローバーB。」
「おや、わたしのためにいらしたのですか?」
「そうだ。」
 探査機は、昨年の7月7日を打ち上げ日とし、故郷より二億キロメートルの距離を八ヶ月掛けて、軟着陸したのだ。
「おまえが水を持っているかどうか、確かめに来た。」
「水……。」
 探査機は太陽の光を反射し、きらきらと星のように輝いて見えた。
……すみません。覚えがありません。特に、昔のことは、もう思い出せなくて。」
「構わん。おれはそれを調べに来たんだから。」
 探査機は、惑星に失望することなく、ただ好機だけを見詰めているようだった。
「どうやって、お調べに?」
「おれは三台目の探査車なんだ。調査でうろついても良いか?」
「ええ。」
「撮影や、解析もしたい。」
「どうぞ。」
 車ならば、身軽にならなければ。探査機が宇宙での移動で身に付けていた耐熱装甲は、その場で惑星に預けられた。
「そう言うおまえはその小さなお体に何をお持ちで?」
「んー、これは石を砕くやつで、こっちは光を計るやつ、顕微鏡カメラも有るし、それから同時多発テロで倒壊した建造物の瓦礫から切り出した金属片、これはスペースシャトル空中分解事故の七人の死亡宇宙飛行士を追悼するプレート。」
「ふうん。道具に関しては、なんだか学者さんみたいですね。」
「まあな。」
 探査機は、先ずは自身の着陸地点を調査し始めた。
 地表を見詰められながら撫でられる感覚は、こそばゆさを覚えた。
 そして、探査車は見付けた。
「おまえ……赤鉄鉱を持っているのか。」
 探査機が掬った手の上には、数ミリメートル粒の、球状の塊が載っていた。
「おまえ、昔は水を持っていたかも知れないぞ。」
 星のような輝きが、宝物のように、そう告げた。
「ブルーベリーみたい。」
「ええ?じゃあここはベリーボウル、ってところですか?」
「いいなそれ。」
「でもおまえが落ちて来た時だって、ブルーベリーみたいでしたよ。」
「ああ、エアバッグか。あれ、二十四個有るんだぜ。パラシュートだけじゃなくて、おれ、けっこー重いから。」
 こうして、惑星探査車の走行の第一歩が、始まった。
 探査機は惑星の砂を走った。
「おまえ、何を食べて動いているのです?」
「ああ。太陽エネルギーだよ。ほら、これ、ソーラーパネル。」
「ちょっと、砂を被ってるじゃありませんか。まったく、仕方ありませんね。」
 この星の環境は過酷だ。風が吹き荒れ、地表の砂が巻き上がる。
 しかしその一見乱暴な強風が、太陽光電池に乗り上げて付着した、砂をも吹き飛ばすのだ。
 色々機材や意志を載せて来たらしいのに、ここで早々に砂塵を載せて動けなくなるわけには行かないだろう。
「悪いな。」
「いいえ。まだ来たばっかりなんですから。」
「そうだな。」
「どのくらいお仕事されるんです?」
「一キロメートルほど。」
「へえ。移動したら、その場でご活動を?」
「いや。出来るだけ移動しつつ、九十日間くらいだ。」
「九十日……。」
 たった三ヶ月程度の調査期間のために、八ヶ月以上も掛けて来たのだ。
「おまえ、もう直ぐそちらは日陰に入りますよ。もっとこちらへいらっしゃい。」
「分かった。」
「おまえの故郷はもっと日が長いの?」
「いや、同じくらいだ。」
「へえ。あとここでは、季節が有るんですよ。」
「ああ、おれんとこにも有る。」
「大きさは?」
「ここの二倍ほど。」
「そうなんですね。」
「平均気温は摂氏十四度。」
「え、ここマイナス六十三度なんですけど。」
「そうだな。」
「昼夜の温度差百度ですけど。」
「ああ。もっと、ぜんぶ、教えてくれ。」
……おやまあ。」
 探査機を日向へ急かすように、追い風が吹いた。
 風に倣うように傾きを増した日差しが、青空を作る。火星の夕焼けは、青いのだ。
 探査機が上を向く。
「あれが、争い好きのおまえが持つ、二つの恐怖か。」
「ふふ。いいでしょう。」
「おれの故郷の衛星は一つだけど、どちらよりも大きい。」
「へえ。」
 この星の衛星は二つ有る、フォボスとデイモス。その大きいほうのフォボスの大きさの百倍有るのが、地球の衛星、月だ。
「それもいいですね。」
 この星の一日も、終わる。そしてまた、青い朝日が昇る。
「お仕事の、写真撮影でしたっけ。綺麗に撮れてます?」
「んー。まあ、いいんじゃないか。元々おまえは綺麗だし。」
……問題無いなら、次に向かいましょう。」
 設計寿命九十日を想定されていた惑星探査機は、三ヶ月を優に超え、日付は5月に入ろうとしていた。
「それも良いかも知れないな。」
「では次は、どちらへ?」
「スピリット……いや、エンデュランスクレーターに行きたい。」
「良いですよ。ではこちらですね。」
 探査機は、着陸したメリディアニ平原イーグルクレーターをよじ登って脱出し、同平原に位置するエンデュランスクレーターに進む。
「クレーターの中にも砂丘が有る。」
「ええ。ここはどこもかしこも砂丘だらけですから。」
「ああ。綺麗だよ。」
……そんな話してませんよ。」
 風が地面を煽って作り出す砂丘の陰影は、絵画のようだ。
 次に、探査機はビクトリアクレーターを目指した。
 しかし、探査車は進む途中のパータゴリー砂丘に、足を取られ走行困難に陥った。
「これは難しい道だな。」
「へあああ。どうしましょ、どうしましょ。嵐でも起こしますか?」
「横転は困るなあ。」
「そうですよね、そうですよね。」
 吹いた風が、出来るだけ足を埋めた砂を払い除けたタイミングで、なんとか脱出した。六週間掛かった。それでも6月、走行を続けることが出来た。
 ビクトリアクレーターへの道は険しく困難であり、途中で立ち寄ったエレバスでは、腕を負傷した。しかし、エレバスは広大だが今では浅い、非常に古いクレーターで有ることが発見された。
 そして翌年の9月末、ビクトリアクレーターの外縁部に到着した。
 調査はそこから縁に沿って時計回りに進み、更に翌年の6月末、クレーターの内部の調査に踏み切る。もっと古い年代の地表の露出を目指すのだ。
……中に入って、戻って来れるんですか?」
「さあ。」
「そんな……
「クレーターの中も外も、おまえんとこなのは変わらんだろう。」
「それはそうですけど……
 そこはダックベイ、クレーターの縁の中でも緩やかな斜面の箇所だ。
「嵐のお時間です。」
 しかしここで大規模な砂嵐が発生。
「おい。砂の空じゃ、おれから砂を払っても太陽光充電は無理だ。」
「でも」
「まあ、休憩時間が出来たってことだろ。おれは適当に休んでるから、晴れたら起こしてくれよ。」
……まったく。」
 辺りは上も下も分からない程砂だらけだった。
 探査機の有るところからは直ぐ下のクレーターも見え無い。
 それでも待った。
 そして嵐は過ぎ去った。探査機の粘り勝ちだった。
 風が被った砂塵を払い落とせば準備万端だ。
「さ、行くぞ!」
 クレーターは、出るのも入るのも慎重を極め、そしてそれは非常に困難だ。
「もう、仕方無いですね!兎に角斜面にお気を付けを。転んだらきっと顔面から行きますよ。」
「分かってる。……あ。」
「なんです!?」
「や。シャッター押しちまった、カメラ。」
「ああ、そう。」
 その写真は、クレーターの斜面に伸びる、探査機の影がくっきりと写っていた。
 この写真のように、走行出来る姿勢をしっかりと保った儘、真っ直ぐ伸びた影と共に行き先へ進めば良いと思った。
 難しい斜面走行は二週間掛けて行われた。
 そして9月、二ヶ月遅れでクレーター内部に辿り着いた。
 このクレーターの別の場所には、かつての火山噴火の証拠も有るらしい。
 そして翌年の8月末に調査を終えると、なんとクレーターから脱出することが出来た。
「ここも二年振りか。」
「ええ。」
 探査者の足跡は行きと帰りが重なっていた。クレーターに入る時に慎重に作った轍をまた踏むことで、脱出出来たのだ。
……おまえはなんか無いの?」
「へ?」
「撮ってほしい写真。」
 惑星が探査機と自分を見る。
「わたし……あれが良いです。」
 惑星が指したのは。
「足跡?」
「はい。」
「ふうん……。撮れたぞ。綺麗にな。」
「そうですね綺麗に同じ轍を踏めましたね。……さ、次行きましょう。」
 そこからエンデバークレーターを目指した。
「ここからだと、移動時間だけでビクトリアでの調査期間より掛かりますよ。」
「そうか。」
 探査機は進む。
「スピリッツポイント。これが最後だ。」
 そして三年後の8月、エンデバークレーターの縁に到着した。
 手始めに岩石を調べ、岬、湾と調査を進めて行く。
 そうこうしている内に。
「もうおまえとも十年だな。」
「えっ、わ、ほんとです!」
「故郷に記念写真送った。」
「何をお送りに?」
「自分。」
「ふふ、それはそれは相応しい。……って、まさか砂まみれの儘?撮る前に言いなさいよ、まだ払ってなかったのに。」
「砂もおまえの一部だから、これで良かった。」
「まあ、それはそうですけど。」
「おまえのお陰だな。」
「なにが?」
「さあ。」
「十年経っても変わりませんね!」
 探査車は走り続けた。
 けれど本当に変わらずと言うわけにも行かない。
「そうでも無え。故郷からの声も良く聴こえ無く成ってるし、自分もあんまし声が出無く成ってる。」
「そんなの……そんなの、ちょっと風が強いせいですよ。」
……さあな。」
「またそれ!」
 けれど走り続けた。それでも走り続けた。
「こんな砂だらけの中なのに、マラソンの距離くらい走ったな。」
「じゃあここは、マラソンバレーですね。」
「ああ。いいな、それ。」
 何度も日が巡り、季節が巡り、赤い空と青い空を繰り返し、百度の温度差を乗り越え、クレーターの脱出と侵入を幾度か経て、砂を被り風を浴び、赤い星と共に有る。
「あっち。見てください。」
「ん」
 惑星が示す方向に塵旋風が上がっていた。
「ダストデビル。」
「ええ。」
 マラソン谷から、クヌーセン尾根に向かって登ろうと差し掛かった、翌年の3月末だ。探査機は自分の轍と共に塵旋風を撮影した。きっと上空から見れば、赤い大地を進む白蛇のように見えたことだろう。
 探査機の故郷のつむじかぜにも似た、砂塵を巻き上げながら移動する塵旋風は、この星では珍しいとも呼べ無い光景だった。それでもこの探査機が目にすることは、何故だか稀なことであった。
 そして探査機はどんどん進んで行った。更に二年にも渡り、走行した。
 そして6月初め。
「赤い色水をかき混ぜたみたいだ。」
 惑星全土を覆う程の、大規模砂漠嵐が起こった。
「これは観測史上最大規模だ。」
「この星の一大イベントなんです。」
「へえ。そいつはいいな。」
……ほんとうに?」
「ん?」
「だって、最後になっちゃいますよ。」
……うん。いいな。」
 探査機はその場から動けない儘、空を見上げた。今きっと、この星全部、どこでも同じ景色が見える。
「綺麗だ……。」
「もう太陽光も通さない程不透明で、真っ黒ですよ。」
 探査機は撮影、それどころか、故郷との通信を、もう最後としてしまっていた。
「おれさ」
「なに」
「なまえ、ほかにあるんだよ。きゅうさいのおんなのこがつけてくれた。うちゅうひこうしになるんだっていってた。」
「教えて」
「おぽちゅにてぃ」
 惑星の空だけじゃ無い、探査機のカメラも、砂嵐を巻き起こしているように乱れる。
「オポチュニティ。」
 この暗い嵐の中では、赤い空も青い空も無い。
 その中で、その名を千度呼んだ。
 けれど返事は無かった。
「ねえ?……終わっちゃったんですか」
 嵐がやみ、11月、ソーラーパネルに積もった砂塵が強い季節風で綺麗に成った。
 それでも、探査機は砂に蹲った儘、動かなかった。
 ここは忍耐の谷だ。
 強風は翌年の1月に掛けて吹いた。
 それでもやはり、探査機が再び目を覚ますことは無かった。
「十四年も、お疲れ様でした。」
 赤い空と青い空の巡る下、設計寿命の六十倍、想定距離の四十五倍走行した。
 前にもこの小さなお客さんは立ち止まったことが有った。確かに、いつどこでその歩みを永遠に止めることとなっても、そこは必ずわたしの腕である。
 空は今日も砂模様だ。中空の砂が大気を含んで、きっと今この星は薄紅色だろう。
 そう言えば教えられたことが有った。このお客さんの故郷では、バレンタインデーと言うものが有るらしい。それでは、ありがたく頂戴しよう。
 地球時間XXXX年2月14日、渓谷にて任務終了。


—————————————————————
いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。