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夜螺
2025-03-02 15:06:55
5833文字
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【Tor.】Chapter.1-prologue「針心聞こえたり」
Tortuous World 1章「時の守人と祝祭の鐘」
.
断続的に刻まれる、無機質な音。
――
これは秒針だろうか?
◆◆◆
聞こえる。
群衆の高揚した声。
火が燃える音。
所々から漏れる誰かの怒声、泣き言。
すべてが鮮明に聞こえていた。
暗闇の中で見えやしないのに、耳はすべてを拾ってしまう。
狭い空間で自らの震える身を抱きしめる。
それでも肌を溶かしそうな空気が、熱が、身体を舐るようだった。
異変に気付いたのは、眠りにつく前だ。
何やら焦げた臭いが鼻につき、それを母に伝えに来たところで
家の使用人たちまでもが集まっていることに気づいたのだ。
大人たちは何事かを話していたが、あまりよく覚えていない。
けれどひとつだけ、聞き取れたことがある。
……
家が、燃えているらしい。
母は事態を見据えると、周りの使用人に何事かを言いつけたあと
娘である少女をひとり、クローゼットの中に押し込めた。
出して、と喚くが聞き入れてもらえず。
「ここに隠れていなさい」
母の言いつけを恨めしく思ったのは、初めてだった。
破ろうにも、鍵がかかっていて自分では出ることが叶わない。
傍にあった親しい声は遠く劫火に吞まれたらしく、もう聞こえない。
だから彼女はここでひとり、彼らがかえってくるのを泣きながら待っている。
父と双子の兄は、遠い昔に旅へ出ていったきり。
だからあまり顔も覚えていないけれど。
彼らでもいい、帰ってきてくれればと願っていた。
…………
。
気がつけば、眠りについていたらしい。
目覚めると、火が燃える音はしなくなっていた。
群衆の怒鳴り声も、金属音や銃声も、聞こえない。
しかし自分は息をしていた。
胸のうちから響く鼓動に、不安に、押し潰されそうになる。
あれから、どうなってしまったのだろう?
……
物音がした。
は、として顔を上げる。誰かがそこにいるのかもしれない。
もしかしたら、家族が帰ってきたのかもしれない。
だから、指でこつんと、縋るように開かずの扉を叩いてしまった。
誰でもいい、誰か助けて、と。
不意にクローゼットの扉が開かれる。
外から洩れた光は、夕焼けのように、真っ赤だった。
赤色を背にして、人影が覗き込む。
長い紫髪の男だ。
彼は一瞬驚いたような表情を見せると、大丈夫か、と問うた。
それに答えようとして少女は、声が掠れて出ないことに気がついた。
少女の様子に気づいた男は、その碧眼を細めて、少女に笑んだ。
そのまま、腕をこちらへ伸ばし、頬の涙を拭うようにして撫ではせた。
「大丈夫だ、もう怖いことはない」
その大きな手のぬくもりを、今でも覚えている。
遠くで、誰かの声がした。
「ウォライは新たに生まれ変わる。今日からこの国は
――
」
◆◆◆
それから、実に十年の月日が経とうとしている。
緑の草原
――
リダ・フライアに佇む、大きな樹にて。
夢の樹と呼ばれた棲み処に、元気な少年の声が舞い込んだ。
「ただいま! ねえ、見てよこれ」
帰ってくるなり、黄髪の少年は近くにいた人物へ呼びかけると、
ちょうど二人で話していたらしい赤髪の少年と茶髪の少女がそれに反応した。
「おかえりラック。どうしたんだよそんな興奮してさー」
「それってえ、チラシ? もらってきたの?」
「そ! ランスターで配っててさ」
ジャンとプリュにも見てもらいたくて、と少年
――
ラックは続けた。
この樹に一番近い町であるランスターから、ラックが持ち帰ってきたというチラシを三人が囲む。
「十周年記念式典のお知らせ。つまりお祭りってこと?」
「そ! 屋台とかもあるらしいよ!」
「へー、いいじゃん」
「でも十周年
……
何の?」
「そこまでちゃんと読んでなかった。どっかに書いてあると思うけど」
三人で一枚のチラシを覗き込み、目的の情報を探す。
「そもそもこれ、場所ランスターじゃなくねー?」
「嘘!? どこって書いてある?」
「ええっとお、ウォライ
……
?」
ランスターで配ってるからそこでやると思ってたのに、とラックがこぼす。
「ああ、ウォライ記念式典の話ですか」
そこに緑髪の女性がやってきて、それぞれにココアを渡していった。
ありがとう、と三つの声。ココアに口をつけつつ、ラックは彼女に視線をやる。
「ねえリシュア、ウォライってどこ?」
「ランバートの街より北東方面にある、時の都と呼ばれている街ですね」
それなりに大きな街ですよ、とリシュアは補足した。重ねるようにプリュが相槌。
「ランバートからだと一日もかからないで着くって聞いたよう」
「へえ、結構近いんだ」
「トレインも通ってるらしいしなー」
「じゃあ行くとしたらランバート経由だね」
それぞれ頷きつつ、更にチラシをよく確認していく。
その様子を眺めつつ、リシュアが口を開いた。
「旧来の体制に反感を持った民衆が、王族を倒して新たに体制を敷いたんですよ」
「あ、それなら俺も知ってるぜー。そこの王族が統治してたんだってな」
「そう。それがちょうど十年前で
――
」
つまりは、新しくなったウォライの十周年をお祝いしよう、という趣旨のものである。
説明を受けたプリュが、お誕生日会みたいなものだねえ、と呟くので、集まった面々からは思わず笑みがこぼれた。
「確かにお誕生日会ならお祝いしたくなる気持ちはわかるかも」
「街の人たちにとっては記念日ですからね」
「
――
まさか行くつもりか?」
そこに新たな声が降ってくる。
視線をやれば輪の外、少し離れた位置で茶髪の少年が立っていた。
ジャンが手を振り、リミット、と声をかける。
「ええ、この流れは行くでしょ。だよね、プリュ」
「うんうん。街のお祭りみたいなもの、あんまり行ったことないし」
「俺も気になるし!」
「ああそう。じゃあお前らだけで行ってこい」
「どうして! みんなでいっしょに行こうって言おうとしたのにー」
その場を去ろうとするリミットのマフラーをぐい、と掴みラックが引き寄せる。
「おい待て。首しまる、」
「せっかくじゃない? ね、ね! 行こうよー」
「何だよ
……
俺以外の面子で行けばいいじゃないか」
観念したリミットを輪の中に座らせると、ひとつ溜息をついた。
「祭りってことは人混みじゃないか。疲れるだけだろ」
「まあ確かに、柳尉あたりは留守番でもさせた方がよいとは思いますが
……
」
「だろ。じゃあ俺も、」
「逆に言えばあなたが行かない理由はありませんね」
微笑んで、リシュアがリミットの肩を叩く。
「な、んでそうなるんだよ」
「たまには群衆に放り込んだ方がよいのです、こういった人間は」
「おい、それ答えになって
――
」
「じゃあリミットも参加ね。ユメはここを離れられないから
……
」
リシュアとリミットが何やら言い合っている横で、お祭り三人組がちょっとした旅行計画を立て始めていた。
祭りは三日後。ランバート経由でのトレインで片道一日分かかるため、
前日
――
二日後にはここを出発していないといけない。
幸い、次のトレインはちょうど二日後にランスター付近を通ることとなっており、ここは問題がなかった。
また、ラックの希望としてはなるべく全員で行きたいというのだが、
ユメの性質的に、実際にここから数日離れることは難しかった。
悩んでいる横を通りがかったテンと柳尉が、経緯を聞いてそれぞれ提案する。
「ボクの手で彼女の一部を借りて、取り出すことは可能だけど」
「ああ、ならそこに幻術を使えば、ユメの意識だけ連れていくことも出来なくはないか」
要するに、テンの能力で夢の樹の一部
――
枝などを拝借する。
その枝に柳尉の幻術を施せば、本体は離れないままに枝を媒介し、多少は外でも意識を保つことが出来る
……
らしい。
長期間・継続的に保つものではないようだが、祭りを楽しむ分には十分だろう。
でもそれは柳尉もいっしょに行くということになるけれど、と零せば、それで構わない、と返される。
さすがに全員で行動すると目立つので、着いたら各々好きにしようとも話した。
――
結局全員で、ウォライの記念式典へ赴くこととなった。
「というわけで、荷物の準備してくるね」
「あ、俺もやっとこーっと」
「あたしもあたしも。お菓子詰めようよ~」
そのままラックは楽しそうな声を振りまいて、夢の樹の階段をのぼっていった。
ついでジャンとプリュも笑いながら追いかける。
まるで遠足前の子供たちである。
そんなはしゃぎようを、呆れ顔で見送るリミット。
「あれ、準備疲れの結果トレインで寝るパターンだな」
「着いて眠られるよりはいいですよ。リミットも早寝してくださいね」
「俺はあんな子供じゃないぞ
……
」
溜息ひとつ眺めやり、リシュアはココアを一口。
置き去られたチラシがそのまま、机に広げられていた。
◆◆◆
開かれた窓からは潮風の香りとともに、往来の様子が見える。
男はそんな街の様子を見下ろして暫し、静かに窓を閉めた。
ノックの音。許可を出せば、フードを被った男が部屋に入ってくる。
フードの男は、部屋の主に一枚の紙を差し出した。
「
……
これは」
「あの日からちょうど十年になります」
そう言いながらフードの男は、別の紙束を手渡し、続ける。
「それに当たって、祭典があるそうで。これはその資料」
男は差し出された紙束に目を通す。あらかた確認し終えたところで、ゆっくりと息を吐いた。
様子を見てから、ミュカさん、と目の前の男を呼ぶ声。
「どうします。彼らは我々が来ることを望んでいるようです」
「そうだな
……
普通なら、関与した事柄の祭典ときたら、参加するべきなのだろう」
ただ、と。男は首を横に振る。
「彼女
……
アズを連れていく訳には、いかない、だろう」
それを苦い表情で零すものだから、ローブの男は肩をすくめた。
「
……
まあ、彼女には何とか言っておきますから」
あなたは出席するべきだ、と。ローブの男は目の前の男を見据えた。
互いの視線がかち合い、暫し。
何度目かの嘆息。視線をゆっくりと上下させてから、再びローブの男に戻した。
「破夜がそこまで言うなら、そうしておく。でも、とにかく彼女には、行かせないようにしてくれるか?」
「承知しました」
破夜
――
ハヤと呼ばれたローブの男が頷く。
僅かに男の表情は和らぎ、手元の資料を再び読み返し始めた。
「彼女が帰ってきたら、何か用事でも渡しておきますよ」
そう残してから、破夜は部屋を後にした。
◆◆◆
ランバートの街。
この街は周辺地域の統括機関となるよう制定された街であり、
各地からあらゆるものが集まり、ある種混沌としている。
各地を結ぶトレインの始発もここであり、
仕事を求めてこの街へ訪れる者も少なくない。
そんなわけで、常に見知らぬ人とすれ違うことも多いのが、この街の特徴でもある。
そして一人の少女も、その雑踏の中に紛れていた。
彼女は辺りをせわしなく見回しながら、道を歩いている。
その表情は、心なしか焦燥を浮かべているようで。
少し歩いては立ち止まり、首を傾げ、歩き、止まって、再び歩き出し
――
別の方を見ていた少女は、自らが他の人間の前に飛び出したことに気づかなかった。
どん、とひとにぶつかる。
小さく悲鳴をもらして、少女は尻もちをついてしまった。
ぶつかった相手はその方を見下ろし、それが少女だと気づくと
気をつけろ、と呆れたように吐き捨ててから、特に彼女に構わずに歩き出してしまった。
起き上がろうとして、近くの青年に声をかけられた。
「なあ、青い髪のお嬢さん。大丈夫か?」
隣に視線を向ければ、帽子にコートを羽織った赤髪の青年が、こちらに手を差し伸べているのが見えた。
礼を言いつつ手をとれば、そのままぐいと引っ張り上げられる。
「この辺りは人通り多いからな
……
気を付けなよ」
「はい、すみません。ありがとうございます」
「ところで結構前から様子見てたけど。
……
迷子?」
「え、ああ
……
」
青年の指摘に、少女はぐう、と唸りつつも小さく頷いた。
「お使いを頼まれていたのですが、探していた店が見つからずで
……
」
「そか。よかったら案内しようか?」
「いいんですか?」
「ま、仕事みたいなものだし」
青年の言葉に、少女はあ、と何かに気づいたように声をあげた。
「その服
……
もしかしてロイポリの方?」
「ご名答。今はランバートで巡回中」
ロイポリ
――
いわゆる警察である。
基本的には各街で独自の守備体制が敷かれていることが多いが、
ランバートを含めて、ある程度広い範囲で活動をしている治安部隊である。
彼らには制服があり、ぱっと見て所属がわかるようになっているのだ。
「かえってお仕事の邪魔になってしまいませんか
……
?」
「いいんだよ。巡回の人員は足りてるし
……
迷子を送り届けるのも仕事だからさ」
それで、とロイポリの青年は少女を見やる。
「どこに行きたいんだ?」
「お花を買いたくて。どこを探しても食べ物のお店ばかりで
……
」
「ああ、ならトレインの方へ向かった方がいいかな」
そうして歩き出そうとして、思い出したように青年。
「ザンカって呼んでくれ。お嬢さんの名前は?」
ザンカの問いに、少女は微笑む。
「私はアズと申します」
二人の傍を、賑やかな声たちが通り過ぎて行った。
◆◆◆
ウォライの街は、普段よりも活気づいていた。
なかでも、街の中心にある神殿付近では、
祭典前日の準備のために、多くの人たちがせわしなく行き交っていた。
ここに集う者は皆、明日に向けて胸を躍らせている。
……
たった一人を除いて。
神殿の象徴である尖塔屋根の上。
ひとりの少年が見下ろしていた。
手には、懐中時計が握られている。
眼下、賑わいを見せる光景から目を背けるようにして。
「
……
僕は、今のウォライを認めない」
次いで、ぱちん、と。
懐中時計の蓋が閉ざされた。
◆◆◆
聞こえるのは、人々の声に紛れた、秒針の音。
物語は緩やかに、動き出す。
――
さあ、開幕の時間だ。
.
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