よるひ
2015-05-18 00:36:40
4067文字
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【山姥切国広中心】食は戦争【#刀剣男士ごはん企画】


――食卓は、戦場である。

「おーい汁物一個足りねえぞ!」
「唐揚げの大皿まだない卓手を挙げてー!」
「こっち小鉢一個多いよ。どっか足りないとこあるんじゃない?」

 始めには盆や皿を手に厨と広間を行ったり来たりする者があり、卓について皿の数を数える者があり。
 ばたばたと駆け回って埃を立てるような真似こそしないが、誰も彼もが浮き足立って支度をする。
 席は決められていないらしく、集まってきた者達は皆思い思いの場所に腰を下ろしていた。大皿に手を伸ばした和泉守兼定が、ぴしゃりとその手を叩かれたりしている。叩いた堀川国広は笑顔だった。その逆側でこそりと手を伸ばした陸奥守吉行は、通りすがりの歌仙兼定に盆で頭を叩かれた。

「これで行き渡ったかな?ひのふの……大丈夫だね。さあ、皆席に着いて」

 飯櫃を幾つも抱えた燭台切光忠が卓の上を確認し、一つ頷くと飯櫃を置いて手を叩く。
 手伝っていた者達がそれぞれ座布団の上に腰を落ち着けていくのを、山姥切国広は部屋の隅で眺めていた。
 山姥切国広は今日、つい先程この本丸に現れたばかりの新参者である。当然、ここでのしきたりなど何一つ分からない。誰かに訊こうにも、面倒見の良い者達は手一杯であったし、そうでない者は仲の良い者と談笑していて声を掛け難い。よく働いている兄弟の邪魔をする訳にはいかず、かといって自分が手伝おうとしたところでどうせ邪魔になるだけだった。故に今までずっと、ここに立ち尽くしている。
 だから席に着こうにも、どの席が空いているのかすら分からなかった。親しい者同士で並んでいるところを見るに、自分の席などないのではないか。写しの自分がここに居ること自体、場違いなのではないか。集合の声につられて、つい来てしまったけれど。

「あれ、」

 襤褸布を掴んで俯いた山姥切国広に気付き、蜂須賀虎徹が声を上げた。そんな所に立ってどうしたんだい、そう言うよりも前に、山姥切国広が歩き出す。
 そうして彼はこそりと部屋を出ようとして、けれど何かにぶつかった。

「ぶっ」
「む?おお、兄弟!」

 俯いた頭が決めた頭突きなど意にも介さず、山伏国広は快活に笑う。

……居たのか、兄弟」
「漸く来たか、兄弟!」
「あ、お帰り兄弟。遠征お疲れ様」
「うむ、只今戻ったり。今日の夕餉は一段と豪勢であるな!」
「兄弟のお祝いも兼ねてるからね。ほら二人とも、席に着いて」
「え」
「相分かった、さあ兄弟!」
「いや、俺は」
「腹が減っては戦は出来ぬ、であるぞ」

 堀川国広が手招きをし、山伏国広が山姥切国広を引き摺って行く。堀川国広の隣には空席が二つあった。山伏国広が腰を下ろすと、堀川国広との間に一つ、空席が残る。
 ぽっかりと空いたその前で戸惑う山姥切国広を、山伏国広は腕を掴んで座らせた。

「カーッカッカッカッカ!兄弟が座らねば始まらぬぞ、皆腹を空かせて待っているのである!」
「え、いや、……良いのか?」
「良いも何も、ご飯は皆で食べるものだよ」

 両脇で笑う兄弟に、山姥切国広は襤褸布を深く被り直した。





――食卓は、戦場である。

「おかわり」
「はいはい。他には?」
「俺もー!」
「僕も」
「私もお願いしようかな」
「いい加減セルフサービスにしたらどうだ?お前が食う暇がないじゃないか」
「そうだね。数も増えてきたし、そろそろ検討しないといけないかな」

 鶴丸国永が茶碗を中継しながら呆れ顔で言うと、燭台切光忠も飯をよそいながら苦笑した。
 彼の手元には普通の茶碗から大どんぶりに至るまで、幾つもの器が集まっている。それを捌く間にも、大皿料理は瞬く間に姿を消していく。
 頂きますの号令が掛かった次の瞬間にはこれだった。大皿料理を奪い合い、他人の皿を奪い奪われ、その間隙を縫って飯をかき込む。そこには情けも慈悲もない。まさに戦場だった。
 山姥切国広はそんな光景を、ただ呆然と眺めていた。右手に箸を、左手に飯茶碗を。その姿勢で完全に硬直していた。
 彼の分は両脇の兄弟が何くれとなく世話を焼いてくれた。これは旨いだのあれは熱いから気を付けろだのと言いながら皿に取り、彼の分に手を出そうとする者の手は瞬時に叩き落された。だから食いっぱぐれるということはなかったし、彼の周囲だけは平穏そのものである。
 それでもあちらこちらから聞こえる騒ぎは衝撃以外の何物でもない。静かに箸を進める江雪左文字が脇から伸びる手を静かにしかし速く的確に叩き落しているのを見た時は阿修羅か何かなのかと本気で考えたほどである。おかずの取り合いから本格的な取っ組み合いに発展しかけた連中は歌仙兼定に殴られた後、纏めて庭へとポイ捨てされていた。

……食事というのは、こんなに過酷なものなのか」
「男所帯だからね。皆よく食べるし」

 あっけらかんと笑う堀川国広に、山姥切国広は己の茶碗を見つめた。普通の大きさの茶碗に飯がこんもりと山を成している。これくらいは食べて当然、ということなのだろう。
 暫しの後、もそもそと箸をつける。半ば冷めた飯は、それでも旨いものだと思えた。





――食卓は、今日も戦場である。

 あれから数日が経ち、山姥切国広も仁義なき食卓に大分慣れていた。兄弟の手を借りずとも自分の分を確保出来るようになったし、席取りで困るようなこともなくなった。周囲の喧騒もこういうものだと思えばさして気にならなくなった。
 彼は今日ももそもそと箸を進める。茶碗にこんもりとよそわれた飯も、蜆貝の味噌汁も、からりと揚がった天ぷらも、小鉢に入った酢の物も、旨い。特に舞茸の天ぷらなど、食べた瞬間成る程舞いかねないと思った。
 しかし。しかしである。
 如何せん、量が足りない。
 自分はどうやらよく食べる部類に入るらしい。ここ数日を経て、山姥切国広はそう結論付けていた。己にと出された分を全て食べても足りないのだ。腹八分目が良いというが、恐らくこれは四分目くらいしか入っていない。食べて半刻もすれば腹が空き始めるのだ。
 ならばおかわりをすれば良い、と人は言うかも知れないが、そこはこの山姥切国広である。瞬く間になくなっていく飯櫃の中身を眺め、それを捌くのに難儀している燭台切光忠を眺め、おかわりなどという行為は早々に諦めた。
 写しの自分なんかより、他の奴らが食べるべきだ。そう内心で呟いて、彼は今日も満たされぬままに食事を終えた。





 その夜のことである。

「ちょっと良いかな」

 自室の隅で空腹を抱える山姥切国広を訪う者があった。
 なんだ、と応えれば、入っても良いかい、と返る。断る理由もなく是を返せば、襖がすらりと開いた。

「お邪魔するよ」

 夜だというのに眩しい金色を着た蜂須賀虎徹が、布の塊を手に敷居を跨ぐ。
 わざわざ写しに何の用だ。口には出さないまでも眉根を寄せた山姥切国広にすたすたと近付いて、蜂須賀虎徹は彼の前に屈み込む。
 そうして布の塊から布をぱさりと取り払った。

「な」

 布の塊だと思っていた中から現れた皿。その上に載った握り飯に、山姥切国広は目を白黒させる。
 それを見て、蜂須賀虎徹は彼に皿を押し付けた。

「腹を空かせているんだろう」
「何故、だ」
「見れば分かるよ。動きも悪ければ顔色も悪い」

 押し付けられた握り飯に戸惑う山姥切国広に、蜂須賀虎徹は呆れた顔を向けた。その顔を見返すことが出来ず、山姥切国広は襤褸布を掴んで俯く。

「虎徹の真作が、写しに情けか」
「馬鹿なことを言わないで欲しいな。隊員の様子に気を配るのも隊長の仕事だろう」

 蜂須賀虎徹はいよいよ呆れ返った様子だった。やれやれ、と言わんばかりのその声音に、山姥切国広は何も言えなくなる。
 刀の本分は戦いである。それに支障が出るようでは、写し以前の問題だった。
 山姥切国広が沈黙しても、蜂須賀虎徹は立ち去る心算はないようだった。居心地の悪い沈黙が部屋を漂う。
 苦し紛れに握り飯を見ると、綺麗な三角形が幾つも並んでいた。それを成す白く艶々とした粒がいかにも食欲をそそる。
 それを認識した瞬間、ぐう、と腹の虫が鳴いた。

……ふっ」
「笑うな……!」
「良いから早く食べたらどうだ?それは君の分なのだから」

 くつくつと笑いながら言われ、山姥切国広は握り飯を引っ掴んだ。半ば自棄で齧り付く。
 米の甘さと、ほんのりと利いた塩。中に入っていた梅の酸味が、また食欲を刺激する。
 気付けば皿の上には何もなくなっていた。夢中で食べていたのか、と不意に恥ずかしくなって、山姥切国広はまた深々と俯いた。

……ご馳走様、でした」
「お粗末様でした。ほら、手を拭くと良い」

 差し出されたおしぼりと引き換えに空いた皿を取り上げられる。何故こんな世話を掛けているのか。恥ずかしいような、情けないような気持ちで手を拭く山姥切国広に、蜂須賀虎徹はやれやれと笑った。

「そこまで腹を空かさなくても、飯はいつも余るほど炊いているんだ。飯時なら櫃に入り切らない分は厨の釜に入ったままだから、気が引けるなら自分で取りに行けば良い」
「そう、なのか?」
「そうだよ。それに茶碗が小さいなら替えて貰えば良い。気に入ったものは率先して食べれば良い。足りないようなら仕込みが増えるだけだし、それで手が足りないようなら手伝えば良いだけの話だ。そもそも」

 蜂須賀虎徹はおしぼりを回収しながら、そこで一度言葉を切った。するりと立ち上がり、山姥切国広を見下ろす。

「あれは戦場だ。君は戦場で遠慮して手柄を譲ったり、斬られてやったりするのかい?」

 山姥切国広が目を見開く。それから、蜂須賀虎徹を見上げてにやりと笑った。

……有り得ないな」
「だろう?」





――食卓は、最も身近な戦場である。

 そして、戦となれば奮い立つのが刀の性分というものだった。