零ミリ
2025-03-01 18:55:20
1235文字
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今はまだ、をあと何回

ルメセ ルメルトが60くらいの話

「ルッツさん、気をつけて」
「ああ、分かっている」
 セオドアはルメルトの手を握り、家の扉を開け春の陽気に包まれた外へと出る。ルメルトはセオドアに握られた手を頼りながら大きな一歩を踏み出す。
「気持ちの良い気候だな」
「うん、本当に」
「冬は寒さで脚が痛んで仕方がなかったが、楽になった」
「最近調子良さそうで安心してる」
 ルメルトは冬に脚を痛め、外出が減っていた。冬の終わりに治療を受けたことと、寒さが緩んだことで最近は随分良くなったようだった。冬の間、ずっと心配していたセオドアも、最近の調子の良さそうなルメルトを見てかなり安心していた。医者からは動けるのなら歩いた方が良いと言われていたので、春になってからは二人の日常には散歩が追加されたのだ。
 すれ違う村人に挨拶をしながら手を繋いだ二人は丘へと向かう。なだらかな斜面をゆっくりと踏みしめながら二人は丘を登っていく。丘を登ると気持ちの良い春風が二人の間の空気を揺らす。
「ああ、気持ちいい風。休憩する?」
「そうだな。村を見下ろせるところでちょっと座らせてくれ」
 一度手を解いて、セオドアはルメルトが座るのを手伝う。村を見下ろしているルメルトの隣にちょこんとセオドアが座ると、二人の間に置かれたセオドアの手にルメルトが自分の指を絡める。
「っ……!」
 先ほどまでと違う手の握り方に頬を赤らめたセオドアの様子を見てルメルトはくすりと笑う。そして、重ねた自分の手とセオドアの手を見てぼそりと呟く。
「俺の手は随分皺が増えたな」
 ルメルトの言葉にセオドアはやんわりとルメルトを肯定する。
「ルーの手、働き者の手で俺は好きだけどな」
「オトマイヤー家にいたら綺麗な手のままだっただろうな。だが、お前も俺より働き者なのに手にその証が残らないのは惜しい」
 ルメルトは二人で暮らし始めてからオトマイヤー家では全くやったことのない家事を当然のように受け持っていた。ルメルトも村が認める働き者であるが、それ以上に二人の暮らしに心を砕いてたのはセオドアだ。
「それは……俺のことはルーがよく知っているし、村の人も知ってくれてる。俺はそれで十分だよ」
「お前はそれでいいかもしれないが、お前がいつか何もしない人間のように思われることがあるのかもしれないと思うと俺はいやだ」
 セオドアは沈黙した。ルメルトの言葉は暗にルメルトとの暮らしが終わった先のことを示していた。ここ数年、ルメルトの老いが二人の間で深く実感されるようになってから、ルメルトは自分の死後の話をするようになった。それは深い絶望ではなく、明日の雨を軽く憂うような自然さだったが、その度にセオドアの心は掻き乱された。しかし、自分の死後を憂うことも人間の一生として当然のものなのだ。セオドアは心を揺らしながらいつも決まってこう言っていた。
「でも今はルーがいるから」
 セオドアのいつもの言葉にルメルトは少しの心配を孕ませながら「そうか」とだけ頷くのだった。