sisimi 
2025-03-01 15:37:57
7939文字
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寝る子起こさず

2/22に合わせて書いたもの 父水
以下、補足事項
長生き水の猫化
現代父たち
山奥で同居している
鬼太郎は独り立ちしている
重要:猫はひどい目にはあいません。



 暖かな日差しを浴びた縁側は程よく温もっている。
すぴすぴと鼻を鳴らして猫が一匹丸まっていた。
「ここにいたのか」
 猫を起こさぬほど静かな足取りで近づいてきた男が猫の隣に座った。銀色のような白い髪で縹色の着流しを纏った長身の男だ。長い前髪の隙間から猫を愛おしげに見て、すいと手を伸ばすと猫の柔らかな黒い毛皮を指先で撫ぜた。毛皮を通してその下の温もりと生の鼓動が指先に伝わる。
「よぅ寝ておる、警戒心などあったものではないの」
 これでは外では生きてゆけぬぞ、とひとり呟きながらもその顔はひどく愛おしげである。警戒心は持ってほしいがそれは外の者に向けられるべきであって、男の領分内では不要なもの。安心しきった姿をさらしていることは至極当たり前で、むしろそうでなくてはとその姿に男は満足していた。

 事の起こりは三日前のこと、その日も晴れていて男は縁側で庭の虫たちと世間話をしていた。なんの変哲もない日常の中、とととっ、軽い足音を立てて庭に走り込んできた黒猫に虫たちは慌てて散らばった。そうして猫は男の正面に立つとにゃおにぁおと喚き出したのである。
 男には猫語が分かる。その黒猫が言うことは全て理解することができた。にゃーにゃーと騒ぐ黒猫はどうやら男の同居人、水木であった。
 男の知る同居人は人の姿であり、それはもう男前で均衡のとれた豊かな体つきをしていたはずであったが、目の前にいるのは猫。すらりとしなやかで艶のある黒い毛、ゆらりと立ち上がったしっぽ。それからすこし尻が大きいかもしれない。
 いやはやどうしたことかと考えながら猫の体を舐めるように見ていると、何も言わない男に心配になってきたのか猫はか細い鳴き声を上げた。
『ゲゲ郎、俺がわからないのか……?』
「あ、いや、分からぬわけがない。どうしたんじゃそれ」
『っなら、早く何とか言ってくれよ!言葉が通じないのかと焦ったぞ』
 器用なことに、猫の顔で表情豊かにむうとふくれっ面をした同居人は先程喚くようにして話した内容を繰り返した。
『外で、知らぬ妖怪に何かをかけられてな』
 粉末状のそれを頭から被り咄嗟に目をふさいでいるうちに妖怪はいなくなり、体は猫になっていた。要約するとそういうことであった。
ふぅむ、と猫になった同居人に顔を寄せよく見るとその体にはキラキラとしたものが付いている。
「これじゃな」
 毛先に残るそれをつまみ上げようく見る。なるほどこれは、水木には強く作用するであろう。ゲゲ郎はすぐに状況を把握できた。
 水木は過去にあった出来事のせいで生命力こそ強く寿命も太く長くなってしまったその代わり、存在の在り様が大きく変わった。人間でありながら人間ではなくなり、妖怪のようなものである幽霊族の気配を色濃くその身に宿して変質した。しかしそれは妖怪でもなく、幽霊族でもない。魂だけは人であった頃の水木のままであったが器はだいぶ妖寄りになっている。些細な切っ掛けでも変形しうる不確かなものとなり、たまにゲゲ郎が調子を整えてやる必要があった。もっとも、水木は強靭な意思と魂を持っていたお陰で、それが体へも影響を及ぼして体を人間寄りに固定していたため、通常時はさほど問題にもならなかった。
 今回の事態は特殊な粉末を振りかけた対象を別の生き物の姿へ変化させ、驚き慌てる姿を見て楽しむというどこぞの妖怪の悪戯のようなものであったが、そもそもゲゲ郎のような幽霊族やその他の強力な妖怪には効き目の無いほどに弱い力だ。水木もまた幽霊族の気を持っているため本来ならば影響などあろうはずもないのだが。水木の特殊な存在の揺らぎに上手く噛み合ってしまった、ということか。ゲゲ郎は不安そうに見上げる水木の視線を受けながら考える。
 粉末を全て落とせば変化は解けるはずである。しかし、水木の中からもうっすらと感じる妖気からすると……おそらく少し吸い込んでしまったのだろう。
 そうなるとすぐには戻れぬであろうな、さてどうするか、そう思案しつつゲゲ郎はぺろりと指先に付いた粉を舐め取ると口の中でよく検する。
『だっ、おまっ、そんなもの舐めて大丈夫なのか!?』
 慌ててにゃんにゃんと心配する声を上げながら水木は飛び付くようにしてゲゲ郎の膝に前足を乗せた。
「大事ない、この程度で影響など無いわ」
 あまり妖気も強くない。この程度ならば原因の粉をよく落とし、中に入ってしまったものも時間が経つにつれて薄れ消えるかそれより先に水木の纏う幽霊族の霊力に押し出されるかで元の姿に戻れるだろう。大事な相棒で大切な家族でもある水木の身に危険はない、そう結論付けた。
 そうすると今度は猫の姿になっている水木を堪能したい、そのような思いがゲゲ郎の胸にむくむくと沸き上がってきた。いや、水木は困っておる、なるべく早く戻れるよう手助けするべきじゃろうという思いと同時に、こやつはいつも動き回ってばかりいる、これを機に少しくらい猫のようにゆったりと過ごしてもよいのではないか。二つの思いでゲゲ郎の心はぐらぐらと揺れた。
 なかなか言葉を発しないゲゲ郎に焦れて猫はみゃおんと鳴いた。
『ゲゲ郎?』
……大丈夫じゃ、
この粉を落とせば戻れるが……おぬし、粉を少々吸い込んでしまったな?それの影響が消えねば戻れん」
『え、それは消せるのか?ちゃんと戻れるんだよな?』
「なに、それほど強いものではない。徐々に薄れて消えるじゃろう」
『ほんとうか!』
 水木はゲゲ郎の言葉に安心して嬉しげにしっぽを立てて震わせた。可愛らしくにゃんと鳴く親友を見ているとやはり暫くの間その姿を愛でたくなってしまった男は事の解決を時間に委ねることにした。
 そうと決まればどう楽しむか、である。たくさん撫でて気持ちよくしてやりたい、たくさん昼寝もさせて、たくさん遊んでやろう。
 猫の親友にしてやりたいことを考えていると膝に乗せられた小さな前足が目に留まる。ゲゲ郎は触りたい欲望のままに指先でむにむにと軽く撫で押して感触を楽しむ。おお、なんと柔らかなことか。
『お、おいやめろ』
 こっちは困ってんだぞ面白がるなよ、と言いながら男の膝から前足を退けた猫はぺろぺろと触られたところを舐めた。
『それで戻るまでどのくらいかかりそうだ?』
「そうじゃの、数日といったところか。長くて一週間ほどかのう」
 ゲゲ郎の見解を聞いて水木はぴょこと耳を立てた。
『なに?そんなにかかるのか……いや何事もなく戻れるならば良いか』
 少し落ち込んだ様子を見せるも切り替えの早い男である水木は続けて言った。
『そうだ、猫にされた場所に服と荷物を落としてきてしまったんだ、拾ってきてくれないか?』
「承知、すぐに行こう」
 まずはその身に残った粉を綺麗に払い落としてやり、親友を腕の中に抱え上げる。
「場所を教えとくれ」

―――

 暫く仕事は休まなきゃならんな、如何様にでも都合をつけられるじゃろ、などと話しながら案内される場所にひとっ飛びで駆ける。着ている状態からそのまま下にくしゃりと落としたように重なり落ちていた服とその傍らにあった鞄を拾い集めると、すぐに家に引き返した。
 これから暫くは家に籠りきりになるだろう、朝から晩まで水木と一緒にいられるのだ。早く水木を構いたくてゲゲ郎は少々気が逸っていた。

「さて、水木よ」
 家に着くと荷物を下ろし、そのまま風呂へ向かう。
『なんだ?』
 腕の中にすっぽりと収まり、くるりとした丸い目で愛らしく顔を見上げてくる水木にゲゲ郎の心は浮き足立っていた。
「風呂に入ろう」
『ふろ?なんでだ?』
「外で落としたがまだ残っておるやもしれん、綺麗にしような」
……
 猫の体が少し緊張したのを腕で感じる。ゲゲ郎は大丈夫だというようにその背を撫ぜた。普段は熱い湯に浸かるのが好きな水木であったが今の姿は猫。ゲゲ郎はぬるい湯を用意した。
 ざあざあと浴槽に湯がためられる。低い位置からで見えないものの音と大量の水の気配に猫は緊張し、水音から離れるようにして壁際へ寄った。
 人間にとっては少し、猫にとっては大量の湯が用意できるとゲゲ郎は水木を自身の前に座らせ、怖がらせないよう少しずつ湯をかけた。湯を受けてふるりと体を震わせた水木は男の足にぴたりとくっつく。水木は無意識に安心できる方へと動いていた。
「ああ、すまぬ、怖かったか」
 濡れた毛が体にへばりつきさらにほっそりとした形となった水木がゲゲ郎を見上げた。
『いや……だいじょうぶだ』
 猫の顔でも十分に読み取れるくらい元気がない。
なんと……あの水木がしおらしくなってしもうた、ゲゲ郎は少しの驚きと微かに胸を擽るものを感じた。可哀想に思うがやはり念のため、しっかりと落としきらねばならない。
「まだ残っておるやもしれん、完全に落とすため少し辛抱しておくれ」
 優しく声をかけると労るように猫の背を撫でた。体が冷えてはいけない、さっさと済ませねばと今度は湯を掬った桶に水木をそっと入れてやる。手で湯を掬ってはかけてやり、小さく細いその全身を洗い流す。桶の湯を捨てては汲むのを何度か繰り返し、最後にまた桶の外で湯をかけてやる。少しでも安心できるかと考えて、今度は水木を両の足の間に挟み入れて流してやった。湯をかけられている間、水木は男の足にぴったりとくっついて離れなかったが、洗い流しが終わった途端にすぐさま離れてふるりと体を震わせた。
「これくらいでよいじゃろ」
 ゲゲ郎の言葉に顔を上げると猫はにぃと小さく鳴いた。
『ありがとな』
 礼を言う水木を抱えて風呂から出るとゲゲ郎は柔らかい布で丁寧に水気を拭ってやる。水気が無くなり空気を含んだ猫の毛はふわりと膨らんだ。ふわふわの小さな生き物を膝へ乗せ、ゆっくりと撫でながらしみじみと溢した。
「しかしおぬし、随分と毛並みが良いのぉ」
 柔らかく、艶々しとる。そう言いながら親友の喉元を擽ってやる。
『そうか?』
 気持ち良さげに目を細めた水木は男の指にされるがまま身を委ねると体の力を抜き、そのまま膝の上で丸くなった。ぐる、と喉が鳴る。
「戻るまでは家でゆっくりと過ごそうな、水木」
 男の低く優しい声が落ちて来て、微睡みの縁で揺れていた水木は何も言わず耳をぴるりと動かした。


 そうしてゲゲ郎は猫の水木と数日間、めくるめく日々を過ごしている。
「ほれ、水木よ」
『なっ、おまえ……それはないだろ……さすがに』
 猫用のおもちゃをその手に水木の前へ座ったゲゲ郎は気を引くようにそれを振った。
「今は猫じゃろう」
『いや、うん、そうなんだが』
「良いではないか。その猫の体が持つ欲を十分に満たしてやれば気の巡りも良くなり、それによって戻るのも早くなるやも知れんぞ?」
 全くの嘘ではないが、それほど効果は見込めないだろう。そのようなことを最もらしく言ってやると水木は『そうなのか』と信じて鳴いた。ゲゲ郎はただ、おもちゃにじゃれて遊ぶかわゆい水木が見たいだけだった。
 一応はゲゲ郎の言葉に納得したものの、やはり水木はおもちゃへ猫のようにじゃれつくのは恥ずかしいようであった。うんうんと唸って悩む水木を見ながら男はおもちゃを左右へ揺らしてやる。きっと飛びついてくるぞ、男は猫の気を引き付けるのには少々自信があった。
 水木の表情はしかめられていたがその視線だけは、目の前で揺り動かされるおもちゃを追っていた。揺れるおもちゃを見ながら次第に姿勢を低くする水木に、もう少しじゃなと男はにんまり笑う。
『う、もう……くそっ!』
 ぴょんと跳ねた水木がついにおもちゃに飛び掛かった。しかし捕えようとしても上手く躱されてしまう。
「く、ひひひ、良いじゃろ良いじゃろ」
 夢中になって追いかける水木を見ながらゲゲ郎は笑いを溢す。何度か避けた後にようやく捕まえさせる頃には、それに噛みついた水木はふーふーと少し興奮した息を吐いていた。ゲゲ郎がおもちゃからすっかり手を離してやると水木は捕えたおもちゃを咥えたまま男の前まで持ってくると置いた。
……
 何も言わないが満足げにしっぽを揺らしてぺろぺろと顔を洗う水木を見ていると、ふと男に魔が差した。目の前の親友は顔を洗い終えると次は体を舐め始めている。しなやかに流れるその背を見ながら込み上げてきた何かに動かされるまま、ゲゲ郎は無防備に晒されたその背にずろりと舌を伸ばし尻から後頭部を舐め上げた。
『う、わ゛!』
 に゛ゃおと驚きに飛び跳ねた水木が男に向き直り毛を逆立てる。
『なにしやがんだ!』
 ふしっ、と息を漏らしながら水木は不快をあらわに睨み付けたが男は飄々とのたまう。
「背の辺りは届かぬじゃろう、ワシが舐めてやろう」
『いらん!背も自分で届く!それにお前、いま毛を逆さに舐めただろ』
 その言葉に何も返さぬまま、ゲゲ郎は毛を逆立てて警戒するよう立つ水木に向けてしゅるりと髪を伸ばす。面のよう平らに揃えて水木の背後へ回り込ませ、下から掬い上げて包むと男の目前まで連れてくる。
 宙に浮き不安定で、ふわふわとして足では立てぬ髪の中に包み込まれた水木はじたばたするしかない。銀糸にくるまれた水木を覗き込みながら男はにっこりと笑った。
「遠慮するな、任せておけ」
 水木が拒む間もなく、男の舌がその体へ伸ばされるとちょうど良い加減の強さで毛を舐め梳かし始めた。先程の総毛立つような感覚を覚悟して身構えていたわりには絶妙な舌の動きは気持ちよく、水木は思わず吐息を零した。
『んっ、ん、ゲゲ郎……上手いな』
 銀糸と舌から抜け出すことを早々に諦めた水木はいっそゲゲ郎の毛繕いを享受することにした。
 心地よさもあり静かになった水木を見下ろすゲゲ郎の目には確かな欲が熾し火となって宿っていた。ちりちりとその身を焦がす愛おしさに目を細めながらじっくりと水木の毛繕いを行う。
 さりさりと舐められ、とろりと目を閉じていた水木は何も見えていない。
己を覆うように手をついて上から被さり、念入りに舌を這わせている男の顔が喜悦に歪んでしまっていることも、何も見えてはいなかった。

――――

 最初は嫌がり恥ずかしがり、ゲゲ郎がしつこく構えば逃げようとしていた水木だが、男の手練手管にすっかり陥落してしまい膝の上でとろりと溶ける程にまで猫になっていた。
 昨夜もゲゲ郎は親友の温かな腹に顔を埋めて幸福の匂いを堪能していたのだが、すっかり慣れきった水木は仕方がないなと完全に受け入れていた。ゲゲ郎に対しては殊更に甘い男なのだ。水木がゲゲ郎を受け入れてくれる度に、ゲゲ郎はたまらない気持ちになる。いつも気にかけてくれる、思いを向けてくれる、そんな親友とゲゲ郎が抱えているものが同じ温度で同じ方を向いていたならばどれ程に良かっただろうと思う。
 ちょうど目の前で伸びをしていた親友の無防備な尻と立ち上がったしっぽを眺めていると試してみたいことが浮かんだ。そうっと手を伸ばすと、くぁ、とあくびをする水木のしっぽの付け根を指先で軽く叩いてやる。
『ひっ、ぁ!?』
 ぶるりと体を震わせて目を見開いた親友の驚きに含むように笑うとそのまま、ととと、と指を動かし続けた。
「これはどうじゃ」
『あっ、あっ、それぇ!なんかっ!』
「イヒヒ、気持ち良かろう」
『うっ、んんっ……これっ、だめ、だめだっ』
「猫にとっては普通のことじゃよ、素直になれ」
『あ、あっ、うあっ』
 痺れるようにしっぽを震わせ、うにゃうにゃと鳴く親友を見ていると男の腹の底がじわりと熱くなっていく。
『あっ、あんっ、ああ!』
 ふうふうと息を上がらせた水木はそのままくったりと畳に伸びた。
「どうじゃ?これも良かったじゃろう」
 ゲゲ郎の言葉を認めたくない水木はむに、と口元を引き結び男を睨み付けるが、それもまた男にとってはひどく愛らしい姿であった。

――――

 現代での水木の仕事は昔よりも融通がきく。一週間の休みを取っても問題は無い。ゲゲ郎は水木が仕事をするのを反対はしなかったが、快く思ってもいない。その体はすでに人の理を外れているのだから仕事なぞ辞めてしまえと言ったこともあった。しかし水木は人であった頃の名残で他者との関わりを求めたし収入はいくらあってもかまわないだろうと働くことをやめなかった。
 その水木が日がな一日をゲゲ郎の側で過ごしているのだ。これまでの数日を思い出すと自然とその顔に笑みが浮かぶ。ゲゲ郎は水木と過ごすこの数日にとても満たされていた。無意識であろうが水木の行動範囲は人型であった時より狭まり、猫の姿のまま外へ出ようとすることもなかった。男の側が安心するのか常に一定の距離にいてはたまに自分から近寄ってくる。それがまた愛らしく、衝動のままにこれでもかと構い倒した。
 あともう数日もすれば親友はもとの姿に戻るだろう。いくら猫の姿が愛らしいとはいえどもやはりいつもの姿こそゲゲ郎の水木であった。早く本来の水木の姿が見たい、と思う。
 どこぞの妖怪が水木に手出しするなぞ腹に据えかねることであるが、今回は結果として儲けものであった。どうしたって普段の姿では出来ぬことも多々あることは否定できない。腕の中に収まってしまうほど小さく、ひとりでどこか遠くへ行ってしまえぬほど非力な姿になってしまった水木。ゲゲ郎にとっては本当に都合が良かった。思う存分に愛でてやれる。
 友として触れ合う度に温かい幸せを感じていた。それと共に澱のように腹の底に溜まってゆく思いがある。友に向けるようなものではない。だからこそ触らず意識せず、浮き上がって来ないよう静かに寝かせておかねばならない。見て見ぬふりをするにも限界があったところだったが、猫になった水木を可愛がることでほんの僅かにゲゲ郎の欲は慰められた。
 本来の水木が一番であることは間違いないが、ゲゲ郎にとってはたとえどのような姿であろうと水木であるならば良かった。ゲゲ郎は腹の底に確実に存在する欲から目を逸らし、一方で己に言い聞かせている。水木がこの先もこれまで同様に友として隣にいてくれればそれで良いのだと。己の中に潜むものが起き出して水木へ喰らい付くことなど、決してないように。

 やわらかな風が草木を揺らす。心地よい風と日差しの下、水木の命のあたたかさを指先で感じる。ふたりの家の周りには容易に知らぬものが寄って来ないよう術が仕掛けてある。辿り着けるのはふたりと鬼太郎、僅かな知り合いのものの他には動物や虫くらいである。ただし、水木の安全のため、本人には知らせず今だけはふたり以外は入れぬよう細工をしていた。この外に開けた縁側にさえ、何者であろうが見ることも近寄ることもできはしない。
 ふたりきりの空間を満ちた幸福ごと閉じて、どこにも逃がさぬようにしてしまいたい。ゲゲ郎は出来もしないことを夢想しては仮初めながらに叶えることができた今に浸っていた。
 もう少しの間だけ、水木を独り占めさせてほしい。せめて猫の間だけ、可愛がらせておくれ。水木がもとの姿に戻れば儂もまた友の姿に戻ろうと男は思う。
 こうして過ごす日々の楽しみを、友と過ごす穏やかで慌ただしい日々を、ゲゲ郎に教えたのは水木だ。友としてであろうがその責任は取ってもらわねばならない。どのような関係性であれ、これからもまだまだ時間はある。ひとりで生きるには長すぎる先行きも水木と共に在るのであれば苦ではないだろう。