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4wsdig
2025-03-01 13:12:22
2210文字
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TWICE UPON A TIME
ハッピーホワイトデーな話
「ホワイトデーにクッキーを渡すのは」
濃紺のクッキー缶の蓋を開けた火村が、バターの匂いが強く香るそれを一枚とって口に入れた。ぬるめに淹れてやった、カフェオレ一歩手前のコーヒーでそれを流し込んでいる。そこそこ値が張ったのだから味わって食え、と言いたいのを堪えて私は火村の言葉の続きを待った。
「〈仲の良い友だちの一人〉って意思表示らしいぜ」
「は」
ちょうど一ヶ月前、バレンタインデーに目の前の男からチョコレートを受け取った。最初は貰いすぎた戦利品のお裾分けかと思って気軽に受け取ろうとしたのだが、わざわざ「お前の好きそうな味だと思ったから」と言って。
昨今のバレンタインデーは私たちが子どもだった頃のような恋愛イベントではなくチョコレートを好む人たちのグルメイベントのようになっていると聞くし、性別に関わり合いなく友人同士で友チョコを贈る風潮も強くなっていると聞く。実際火村から渡されたチョコレートは言葉どおり好みの味で、コーヒーにも洋酒にもよく合い私の舌を唸らせた。世の中がそんなだから、二月十四日当日にチョコレートを贈ってきた男の意図を掴みかねている。
当日いきなり渡されたせいで私の方には手持ちがなく、なかば儀礼的にホワイトデーの返礼をしたと言うのに、火村は不満そうな顔でクッキーをつまんでいた。
「君がその手の雑学を知ってるとは意外やったわ」
キャンディは〈あなたが好き〉、クッキーは〈仲の良い友だちの一人〉、キャラメルは〈一緒にいると安心する〉──誰が考えついたのかは知らないが、まだまだ色々な菓子にそれぞれの意味とやらが設定されているのだから商魂たくましいというかなんと言うべきか。全部を把握しているのは催事売り場の店員ぐらいではないだろうか。
今回私が火村にクッキー缶を渡したのは込められた意味がどうこうというわけではなく、ただ単に少し前に編集者から同じ店のクッキーをもらってそれが気に入ったからという味覚的な意図以外一切ないのだが。
「何も間違ってないやろ。仲の良い友だちや、君は」
「へえ」
「ご不満か? 俺はお前を親友やと思ってるけど、見解の相違があるみたいやな」
「大いに不満だね」
コーヒーの入ったカップをテーブルに置く音が、やけに大きく響く。クッキーを数枚食べた火村は缶の蓋を閉め、テーブルの端に避けてあった灰皿を引き寄せて胸元のポケットから見慣れた箱を取り出し煙草に火を点けた。息を吐く音に合わせて、白い煙が部屋の中に広がる。
それきり火村は一言もしゃべらずに煙草をふかし続けた。ここにいるのが彼の受け持つ学生諸君や対峙している容疑者だったら震え上がりそうなほどの鋭い眼差しでクッキーの缶を睨みつけている。しかし付き合いの長い私から見れば、なんのことはない、ただ拗ねて不貞腐れているだけのことだ。ふだん最高学府で教鞭をとっているとは思えないほど子どもっぽいことをする。
小さく溜め息をついて目の前のコーヒーカップを持ち上げると、熱湯で淹れたはずの私のコーヒーもずいぶんぬるくなってしまっていた。この分だと、火村のコーヒーはぬるいを通り越して冷たくなっているのではないだろうか。猫舌の彼にはその方が飲みやすいのかもしれないが。
もうとっくに食べてしまった、火村に渡されたチョコレートの箱に想いを馳せる。青いリボンのかかった箱を受け取った日からずっとこの男の意図が汲み取れず頭を悩ませていたが、さすがに今日の態度を見れば一目瞭然だ。ここまで筒抜けにするのなら先月きちんと言葉にしてくれればよかったのだ。おかげで一ヶ月も考え込んでしまったし、せっかくのチョコレートだって気もそぞろに食べる羽目になってしまった。それでもおいしかったのはさすがだが。
相変わらずキャメルの煙をくゆらせている火村が、ひとつ咳払いをしたかと思ったらそのまま何度も小さく空咳を繰り返す。その間も煙草を手放さないのだから見上げた根性だ。尊敬すべき部分ではまったくない。
「煙草ばっか吸ってるからや。禁煙とまでは言わんけど少しは減煙せえ」
「断る。煙草を減らすとストレスが増えるんだよ、俺は」
その形のいい頭の中にまでニコチンが詰まったような返事をして火村がすっかり冷め切っているだろうコーヒーを口に運んだ。
「出しといてあれやけど、カフェインだのニコチンだの身体に負担がかかるものを好みすぎやろ。たまには健康のことも気にしたらどうや」
「栄養には気を遣ってるぜ、それこそどこかの小説家よりはよっぽどな」
それを言われると、昨日の夕飯をインスタントのスパゲティで済ませた身としては耳が痛い。自炊に関しては私などより火村の方がよほどうまくやっている。
ぐうの音も出ずに黙らされると同時に、火村がまた咳き込み始めた。人の気遣いを無視するからや、とこれ見よがしの溜息を吐いて立ち上がる。
「アリス?」
「いつまでも咳き込んでられたらこっちが気になるわ。飴ちゃんやるからそれでも舐めとれ」
さて、ホワイトデーにクッキーを渡すのは友情であるという知識を披露してくださった准教授殿は、果たしてホワイトデーにキャンディを贈る意味を知っているだろうか。綺麗にラッピングされた瓶詰めのカラフルなキャンディを台所の棚から取り出しながら、一体火村がどんな顔でこれを受け取るのか想像して私はこっそりと口角を上げた。
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