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溶けかけ。
2025-02-28 20:37:49
1178文字
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ほぼ日刊
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産声
頭を撫でるヌヴィレットと撫でられるフリーナのお話。
──今日もノックの音が鳴る。
規則正しいその音は一回もブレることなく同じ音を響かせる。恐ろしいほど正確で、呆れるほどにお手本そのものの音を鳴らすのはこの国で一番、正確無比で公正無私の1ミリだって狂いのない天秤のような人だ。
「ごきげんよう、フリーナ殿」
抑揚のない声は聞く人に威圧感を与えることもあるだろう。でも、とフリーナは否定してクスリと笑う。
「ごきげんよう、ヌヴィレット」
毛布を頭まで被り、ベッドに転がったままフリーナは返事をした。「鍵は開いているから」と言えば、「不用心なことはやめたまえ」と言いながらヌヴィレットが入ってきた。
「
……
体調は?」
持っていた紙袋をリビングテーブルに置きながら彼が尋ねる。フリーナはふるふると首を横に振った。
「
……
ごめん、あんまり」
差し出された林檎に食指が動かず、手で制すれば、ヌヴィレットは無理強いすることもなくテーブルの上に置いた。
「
……
食事は?」
追及する視線から逃れるように目を逸らす。昔から彼の全てを見透かしていそうな朝焼けが苦手だった。
「
……
あんまり」
ふんわりとした言葉で誤魔化すも付き合い五百年の彼にはすぐに見透かされてしまう。その証拠に彼が腕を組んで溜息をついた。
「
………………
怒らないの?」
「
……
怒られても仕方のないことだと理解しているようで何よりだ」
ヌヴィレットはそれからもう一度溜息をついた。眉間のシワがエルトン海溝のように深くなる。──言いたいことは多々あるが飲み込んでおこう、という彼の内心がありありと伝わってくる表情だ。
「私に出来ることは?」
再び首を右に左に振る。彼の顔が僅かに落胆したように見えて罪悪感が湧き上がる。
──ごめんね、という言葉を口の中で転がした。
「頭を撫でて欲しい」
どのくらい経ったのか分からなくなった頃、ぽつりとフリーナが呟いた。
「なんて、冗談さ! さあ、もう日が沈む。セドナが心配している頃だろう?」
こちらに振り向いたフリーナは満面の笑みを顔に貼り付けて言い放った。
「ただの演技なんだ、全部! どうだい? 引退したとはいえ僕の演技もなかなか悪く
……
ない
……
だろう
……
?」
ほたほたと白いシーツに透明な雫が落ちては灰色のシミを作る。シーツに雨を降らせた張本人は何故泣いているのか分からない、という顔をしてヌヴィレットを呆然と見つめていた。
「五百年の君の献身に感謝を
……
。フリーナ殿」
「なんで
……
! なんで涙が
……
」
泣いていることを理解してしまってからは早かった。涙は堰を切ったように溢れ出し、止め処なく溢れていく。
初めて産声を上げた赤子のようにフリーナは泣きじゃくり、ヌヴィレットはそんな彼女の頭をずっと撫で続けていた。
──それは、人としてのフリーナが生まれた瞬間だった。
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