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やごろく
2025-02-28 01:01:44
1601文字
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生者の体温
筏の上でろぐわんの夢をみるそんやのお話です。
※信洛
◇◇◇
あぁ、またこの夢か───信一は頭の中でそう呟いた。穏やかな波が筏にぶつかる音が、床を伝わって信一の鼓膜を揺らす。自分の体温で温まった上掛けの中に、ひんやりとした夜の冷気が流れ込んだ。
「信一」
洛軍───聞こえた懐かしい声に、胸の中で呼び返す。首筋に吐息がかかって、背後から胴へ腕が回った。くたびれた綿のシャツ越しに、冷えた手のひらが腹を触る。
この所、肌寒い夜は決まってこの夢を見る。背中にぴったりと沿う身体の感触と、回された腕の重さは嫌になるほど生々しい。最初の頃は目覚めた朝に混乱したりもしたが、筏の上での生活と同じように、そんな夢を見るのにも次第に慣れていった。しかし、その夢を見るたびに感じる痛みだけは、少しも慣れる事なく信一の胸に居座り続けていた。
これが夢以外ではあり得ないという事実が信一の心を切り裂き、塞がりかけた傷口を抉るようにまた同じ夢を見る。城砦から投げ出された後の洛軍の行方は杳として知れず、その生死すら不明だった。勿論、信一は今の自分が持つすべての伝手を辿って洛軍を探していた。しかし、時折筏を訪れる知り合いは皆口を揃えて言うのだ。「陳占の息子のことは忘れろ」と。
忘れられるはずがない───その一言を口の中で噛み砕き、飲み下して、信一は毎度乾いた笑いを絞り出す。できるはずがなかった。運命に引き寄せられるように城砦へ転がり込んできたあの男を。龍捲風が命を賭して護ろうとしたあの男を。手負の獣のような強さと、決して汚れることのない善性を併せ持つ、あの男のことを忘れるなんて。
洛軍は強い男だ。きっと香港のどこかで生きている───そう自分に言い聞かせるほど、夢に現れる洛軍の手の冷たさに胸が騒つく。
信一は腹に添えられた洛軍の手に自分の手を重ねて、切り落とされず残った人差し指をぎゅっと絡めた。死人のように冷え冷えとした手に、己の熱を分け与えるように。冷えると酷くなる指の痛みも、胸の痛みに比べればどうと言うことはない。
「朝までそこに居てくれよ」
信一は湿った声で呟く。夜明けと共に煙のように消えてしまう男を、今夜こそ繋ぎ止められるように。
◇◇◇
少し離れた岸辺に洛軍の姿を見た時、十二と四仔と順番に抱き合う洛軍を見ている時、信一は喜びと恐怖の間で静かに揺れていた。
これも夢かもしれない───そんな恐怖を頭の中から追い出せない。一瞬の高揚の後、夢だと自覚して絶望に突き落とされるあの感覚が恐ろしかった。
でも───
「
……
温かいんだな、お前の手」
久々の四人での麻雀もお開きになり、十二も四仔も寝床に潜ってしまった後。信一は暗い海を眺めながら、隣に座る洛軍にそう溢した。
初めて触れた洛軍の手の温もりは、恐怖で固まっていた信一の心を最も簡単に溶かしてしまった。冷たい幻影とはまるで違う、生きている人間の温かさが、今見ているものが現実だと信じさせてくれる。
「てっきり冷たいんだと思ってたよ、俺は」
洛軍は不思議そうな顔で信一をじっと見つめた後、ボロ布が巻かれた右手へ視線を落とした。
「
……
そういうお前の手は、随分と冷えてる」
まるで産毛を触るような手付きで、洛軍の指先が信一の人差し指に触れた。ハッと洛軍を見ると、澄んだ両目が何かを乞うようにこちらを見ていた。
「いいか」
信一が短い問い掛けに頷くと、洛軍は信一の右手をそっと掬い上げた。指を落とされすっかり小さくなった右手は、洛軍の両手に丁度収まった。布越しに優しく撫ぜられると、うっかり涙が出そうになって、信一はギュッと目を瞑った。
「痛かったか?」
気遣わしげに尋ねた洛軍に、信一は無言で首を横に振って見せた。
「
……
ありがとう」
生きていてくれて───最後に続く言葉を飲み込んで、信一は泣きそうな顔で小さく笑った。
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