月見
2025-02-28 00:39:46
7900文字
Public 6ラス
 

【6ラス】燃え殻進捗1

3/20ガタケ新刊進捗兼サンプルその1
解放ifでの馴れ初め話
もうちょい進んだら部数アンケやる予定

1.


 何十年と変わらない、ルビコンの灼けて曇った赤灰の空を、二機のACが駆けていく。
 灰色の、初期からなんの独自塗装も施していない無骨そのものである中量二脚と、それに先行するように飛ぶ深い藍色の、鳥を思わせる軽量二脚。
 片や屍肉に爪を立てる鴉、片や口枷を嵌めた狼をエンブレムとして刻んだ二機はまるで長く肩を並べ続けてでもいたかのように息を揃えて飛ぶ。実際は、こうしてただ共に飛ぶなど初めてだというのに。

――戦友、あれだ。事前データの通り随分と手強そうだぞ

 鳥の如き軽量二脚、スティールヘイズのコックピットでラスティは回線を開き、僚機である独立傭兵に呼びかける。
 カメラアイが捉えてメインモニターに映されたのは、聳え立つ要塞のように壁が、塔が、ビルがひしめきドローンや砲台が蠢く無人の基地の姿だった。



 惑星封鎖機構によるC兵器、アイスワームの起動によって企業同士、ルビコン現地勢力が一時停戦、そして協力しての対応を余儀なくされれてから数週間。
 対アイスワーム兵器の開発を各々進めつつ、さりとてその期間封鎖機構の追撃やどの勢力にも属さず暴れるだけのならず者が消える訳ではない。
 それらの対処と、封鎖機構やその兵器の出元であった技研の情報収集任務はいくらでも舞い込んで来る。
 今回はその情報収集であり、対称はかつての技研施設にして現封鎖機構の拠点の一つ。
 無人機や砲台がひしめき侵入者を排除してきたそこに、今こそ乗り込み情報を、技術を根こそぎ奪い取ってやろうということだ。
 しかし無人機がメイン戦力とはいえその性能は恐ろしく、攻略には相当の危険が伴う。そこで選抜されたのがラスティと、独立傭兵レイヴンだった。
 バートラム宇宙港での共闘からそう間を開けずの協力作業は、ラスティにとって歓迎できるものだった。
 ルビコンを削り取るような常のものと比べた心理的な面でも、己を凌ぐやもと思うほどに強く鋭く飛ぶ『力』である戦友への接触機会という、打算的な面でも。
 向けた通信に音としての返信は無いが、基地へと降下していくスティールヘイズに続く姿にラスティは口元を緩めた。
 互いに、一斉にこちらを向いた敵機へと照準を合わせ、構える。
 スティールヘイズの速度で、レイヴンの、LOADER4の火力で、襲い来る銃撃は無為に誘爆しレーザー砲は躱され、パターン化された無人機は玩具のように砕かれていく。
 始まりは、順調だった。
 果たして元よりこうした設計だったのか、それとも何かしら不測の事態が起き続けてこうなったのか。異様に入り組んだ基地を二機は進む。
 基本的にドローンを始めMTもACも無人なのだろう。機体性能自体は恐ろしく高く、また数も多い。
 封鎖機構が手を入れているだろうとはいえ、半世紀を超えてなお生き続ける機能に、その力に、ラスティは人知れず冷たい汗を流した。
 これらが守るデータには何が記されているのか、この恐るべき兵器たちを、企業たちもまた手にし、このルビコンを闊歩することになるのか、と。
 胸に過る暗雲を、しかし今は雑念でしかないと振り払い、淡々と、頼もしい僚機と共に基地を進んでいく。
 目当ての管制室はそう遠くないはずで、その分、防衛システムの反撃も苛烈さを増した。
 無機質な壁を、回廊を、倉庫を幾つ越えただろうか。その間、戦友たる男の声を聴いたのは一度だけだった。

――ラスティ

 低い、平坦な声がラスティの名を呼び、分岐する通路の一つを指し示す。彼方に行くべきだ、と、そう命じる声にラスティは従った。
 不完全ながらもこの基地の見取り図はアーキバスしか所有出来ていないはずで、つまり情報が無いままにレイヴンは道を示したことになる。
 その、結果に興味が湧いたこと、実際アーキバス入手の見取り図ではこの辺りが限界で、後は勘や周囲の状況から推測なり手当たり次第で探索を進める必要があったこと、両方の要因により、スティールヘイズとLOADER4の位置は入れ替えられた。
 先を行く灰色に曇った機体を見やりながら、耳に残る男の声を反芻する。
 淡々とした、抑揚の無い低音。旧世代型の強化人間だという情報は得ている。一部の世代では感情の起伏に乏しくなるものも居るとのことで、彼もそうだろうか。それとも単に元よりそういう気質なのだろうか。
 数くないながらに言葉は交わしたこともあり、その最新に加わった先ほどの呼び掛け。
 そこに僅かでもこちらに対する好悪、信頼不審等の情報を読み取れないかと試みて。しかし未だ判断は付かない。
 読めない男だ。ラスティは幾度目かそう思うも、少なくともレイヴンの声に棘や刃は見えず、そして無関心であるようにも見えないと、今までと同じ評価を下した。無論、それが自身の希望的観測であり願望が混ざっている可能性も十分に考慮しながら。


 そうして進んだ先、レイヴンの、まるで最初から分かっているかのような導きによって二機は目的の区域に到達する。
 迫るMT群、最終的にはLC機体も現れたが二機の、二人の連携の前には無意味だった。
 宇宙港の時のように蹴散らし、火花を散らす残骸と化したそれらを尻目に必要なデータを抜き取りにかかる。そこまでは良かったのだ。
 粗方ログも取り終え、後は帰還するのみとなった、そのタイミングで、アクシデントは起きた。

――戦友、離れろッ!

 スティールヘイズが鳴らす警告音とサブモニターに映る光景にラスティは吼える。その呼び掛けに呼応してか、それとも既にレイヴンも察知していたか、二人は同時に『ソレ』から逃れた。
 飛び退り管制室から脱出した二機の後方で凄まじい爆発が起きる。撃墜した機体に組み込まれていた自爆装置と管制室内の設備とが誘爆を起こし中を根こそぎ吹き飛ばしたのだ。
 脱出が間に合わなかった場合、少なくともスティールヘイズの装甲では無傷ではいられなかっただろう。
 ラスティは一時胸のを撫で下ろし、しかし周囲を確認して眉を顰めた。
「面倒なことになったな」
 特にレイヴンに伝えることを意識した訳ではない呟きだったが、あちらもあちらで状況は察したようでがシャリと瓦礫を砕く音が響く。
 爆発による被害は管制室だけにとどまりはしなかったようだ。バチバチと火花散るケーブルが剥き出しになった回廊は、来た道が崩落し塞がっている。
 入り組みに入り組んだ基地内の最奥でこの状況。別の出口を探すか瓦礫を強引に吹き飛ばすか。後者は弾薬の残数的にあまり気は進まず、では前者だろうか。
 レイヴンに提案しようと回線を開いたところで、向こうから通信が入った。

――出口を探す。俺たちは一度安全地帯に

――まるで私たち以外が探すように聞こえるが……君のハンドラーか?

 問いかけに返答はない。良いからついて来るなら来い、とばかりに歩き出す機体を追った。
 ラスティは肩を竦める。少なくとも、レイヴンには別方面からの情報収集手段がある、ということだけは確かだ。
 謎が多くて飽きないな、君は。誰にともなく胸の内で呟き愛機を動かす。
 少しばかり進み、幾つか角を曲がればなんの武装も敵機の影も無い安全地帯、休息に申し分ない開けた倉庫区画に辿り着くことが出来た。
 スキャンしても、少なくともこの区画に敵機は居ないだろう。そもそも侵入に辺り相当数を撃墜してきたのだ、既に基地内にまともに戦力が残っているかも怪しい。
 そうすれば訪れるのは静寂だ。ブースターを停止させればその駆動音も途絶え、人工の白々とした明かりと無機質な合金製の壁と床、そこを満たす冷えた沈黙だけが落ちる。
 ひと時の休息だ。レイヴンの『仲間』が最適なルートを見付けるまでの、数分か数十分かの、短い空白の時間。
 ラスティは幾度か瞬き、モニター越しに黙して動かないままの僚機を見つめ、次いで周囲の気温や汚染度合い、その他問題ないことを確認すると、ラスティはレイヴンに向けて声を上げる。

――せっかくだ、少し話をしないか

 コックピットの、コアのハッチを開けてその身を晒しながら、「どうかな?」と朗らかに言ってみせた。




 ラスティの誘いにレイヴンは乗って来た。互いに簡易アンカーを使って機体から降りる。
 カツン、と踵が床を叩く硬質な音が二つ分響き、二人は向き合った。
 ACという鋼鉄の鎧越しではない、生身で対峙するのは初めてのことで。
「やあ、こうして顔を合わせられて嬉しいよ、戦友」
 にこやかに、穏やかに微笑みながら目の前に立つ相手にラスティはそっと目を細め、その姿を目に焼き付ける。
 黒い、黒い男だった。黒い髪、黒い瞳、黒を基調にした簡素なパイロットスーツを身に着けた男。
上背はラスティとそう変わらず、向かい合えば自然と視線が合う。
表情はぴくりとも動かずラスティを見つめてくる眼差しの、眼の昏さよ。虚ろさよ。
ひたと固定された視線を星を覆う灰雪の色彩をした瞳で受け止めながら、ラスティはふむ、と微かに顎を引く。
真っ黒な影色の奥に、鈍く燻るものが垣間見えた気がした。
「こんなものしかなくて悪いが……
 コックピットに忍ばせていたチョコレートバーを一本差し出せば、意外にもその手はすんなりと伸ばされた。
 ヴェスパーでも遊撃を担う第四隊は出撃頻度も高く、また特にラスティは長丁場となるような任務にもよく駆り出される。そうした時の気晴らしにと常備していた非常食が今回役に立ったようだった。
 二人はチョコバーの封を開けながら適当な段差に腰を落ち着けた。勿論、すぐに自機へと駆け寄れる距離で、だ。
 そうして、取り留めのない会話を交わす。今回の共同任務のこと、初めて機体を並べた時のこと、ルビコンの気候や風土について、チョコバーへの感想。
 基本的にラスティが喋り、そこに時折レイヴンの短い相槌が返るという拡がりの少ない会話ではあった。話術に長けたラスティ故に場が持った、とは言えるだろう。
 何度目かの応酬の内、ラスティはふと気づき、瞬いた。自分が言葉を紡ぐ度にその唇を、簡単な身振り手振りをするたびにその指の先にまで、一挙一動をレイヴンがひたと見つめていることに。
 真っ黒の、何も映していないかのような影色の虹彩。そこにラスティの姿が映り込むのはさながら囚われ囲われたかのようにも見えるだろうか。
 底の見えない黒に潜む、どこか突き刺すような熱さ。しかし悪意は嗅ぎ取れない。ただ、熱いだけだ。
温度など感じさせない男だというのに、ラスティを観察する視線にだけ硬質な熱の気配が眠っている。
 蒼く透け、薄っすらと影を落とす睫毛をゆるりと震わせて、ラスティはほんの僅か、レイヴンとの距離を詰めた。
「それにしても、やはり君の戦いは凄い。全く、何をどうしたらあのタイミングで私のスライサーに合わせて援護できるのやら」
 火花や爆炎で視界が遮られる中、混戦と言って良い戦闘でレイヴンはピタリとラスティに動きを合わせて敵機を砕いた。
 無論、ラスティの方が援護に回ることもあり、そのどちらの状況も非常に、一切の世辞無く見事なものだった。
 だからこの賞賛に嘘はない。その上で少しばかり、声色に、向ける視線に、近付けた指先に、甘さを乗せた。純然たる親しみの範囲で。
……お前の操縦が、青が一番鋭い。見る価値があるからよく見える」
 お前だけを意識して合わせただけだ。レイヴンは事も無げに言う。ラスティは思わず目を見張った。
 灰の瞳の奥、彼のエンブレムに描かれた獣の如き鋭い瞳孔がたまらず揺れる。その様もまた、レイヴンの黒はつぶさに映し出した。
「それはまた、ふふ、光栄だな、戦友」
 一瞬乱れたペースすら組み込んで、ラスティは流れを己に引き戻す。
 朗らかに、懐こく、それでいてほんの微かに香る程度の艶を、揺れる髪の一筋に、あくまで純粋な喜色によって染まる目元に、弧を描く薄い唇に混ぜ込んで。
 親愛と、その先の狭間。どちらにも取れる、むしろ前者と受け止める者がほとんどだろう程度を選び、ラスティは微笑む。先ほどから皮膚を炙る熱の棘の気配を探るために。
 結果によっては、少しばかりこの稀なる、ラスティ個人として入れ込んでいる気持ちも嘘ではない重要な『戦力』への接し方を変えることも考えられる。
 V.Ⅳとしてではない思惑をちらりと頭の片隅に過らせながら、ラスティは黙してしまった鴉に「戦友?」とやわらかく反応を請うた。
 果たして、レイヴンはそれに乗ってきた。固いグローブ越しに冷えた指先がラスティの白い頬に触れ、やがて顎を緩くだが掴み、ぐいとレイヴンの方へと引き寄せられる。
 また一段近付いた距離で、レイヴンは眦を顰めながらラスティを、薄い昂ぶりを垣間見せる目を、覗き込んできた。
 驚いたな、と正直なところラスティは思う。顎を取られたまま、その親指が唇をなぞっていくこそばゆさが気にならないくらい、レイヴンの行動は予想外だった。彼がそうした欲を同性の己に持つとは、と。
 誘いをかけてみたとはいえ、あくまで普通はそれと気付かない程度のものだ。
 どうとでも転べる、なにもならない、起きないことを想定した、あるいは期待だろうか、したものだったというのに。
 視線の強さを変えないレイヴンを改めて観察すれば、レイヴン自身も己の行動を訝しんでいるような、いっそ不本意さすら感じられるような眉の顰め方をしていた。
 それでも、奥に潜ませられたラスティを射抜く熱の気配が冷めることは無く、触れる手が離れることも無い。
 ラスティはそっと目を細めた。今はレイヴンの情緒の詳細を探るでも、己の感情の揺れを優先すべき時でもない。
 今此処で、鴉の爪が、猟犬の牙がかかりかけていることが重要だ。誘う『餌』に十分に喰い込ませてしまった方が後々『使える』、それが第一なのだ。
 そう断じながらも、抵抗感も嫌悪感も普段のように麻痺しているのとは違う、それらを上回る目の前の男への興味関心によって塗り潰されている事に小さな驚きも感じる。
 今後のためという打算を表層に塗しながら、その裏ではラスティ自身、ただこの男を知りたい、そのためなら触れても、触れられても構わないという個人的な思惑がこぽりと沸き出でていて。
「なあ戦友……――――
 ほんの微かに匂わせる、ではない。すり、と顎を捕えていた手に自身の手を重ね、頬に這わせてざらついたグローブの生地に擦り寄る。誘導するその手に、抵抗の気配は無かった。
 一時目を伏せ、ほう、と湿らせた吐息を零しながらゆっくりと瞼を上げてこちらを凝視する影色に絡ませる。
「今夜、時間はあるか?」
 誰が聞くわけでもない二人きりの空間で、秘めるように囁く言葉の意図は明白で。
 やがて低く、端的に肯定する男に、ラスティは婀娜めいた色味で唇を釣り上げ、次いで常の快活さに切り替えると「それは良かった!」と爽やかに軽やかに笑ってレイヴンの肩を叩いた。
 それこそ、気の置けない『戦友』相手にするかのように。
 




 あれから数時間。もう幾らかすれば日付が変わる時刻も目に見える頃合いに、二人は再び顔を合わせていた。
 アーキバスの拠点にほど近いながら、どの陣営傘下とも言えない中立の街。あるいは、どの陣営傘下でもある、ある種の緩衝地帯のひとつ。
 少々の治安の悪さと引き換えに、玉石混合とはいえそれなりの物資や情報、自由が、陣営を問わない人の流れがあるその街の一画で、ラスティとレイヴンは雑踏を掻き分け安宿へと向かう。
 宿、といっても打ち捨てられたような小ビルの中に個室というだけの空間と固いベッドがあるだけのものだった。
 しかし誰が何をしていようと、それが例え人命にかかわることだとしても相互不干渉、そんな暗黙の了解だけが敷かれたある意味信用の出来る空間だとラスティは語る。
 詳しいな、と暗に利用したことがあるのかを問うようなレイヴンには笑みを一つと「拠点に近い無法地帯だからな、あれこれと把握しておいて損はないのさ」と受け流す。
 それで納得したかどうかは今は本題ではない。無人の受付で代金の支払いと使い古されたカードキーを受け取り確保した部屋へと向かう。
 薄汚れた廊下、寂れた外観に反し、通りすがるどの部屋からも物音一つ漏れては来ない。人の気配自体は幾つかの部屋から感じるのに、だ。
 ラスティは少々割高だがやはりここを選んで正解だったな、と思いながら、先ほどの問い以降口を開かず着いて来るだけのレイヴンをちらと見やる。
 パイロットスーツを脱いだ私服姿もやはり黒で固めたその姿に、落ち合って早々本心半分会話の潤滑剤替わり半分に「似合うな」と称賛するも、感情の揺れ一つ見せず片眉を微かに上げられるだけで終わった。
 対するラスティの装いといえば、あれこれ仕込みやすい底の厚めのショートブーツにダボついたシルエットのラフなズボン、シャツ、企業のロゴ入りのジャケットだけは避けてよくあるフライトジャケット羽織った地味なものだ。一つ一つの質も大したものでは無い。
 こうした街に溢れ埋没する若者の恰好そのもので、趣味ではないがとりえず目立たずには済むだろうものだった。
 二人並ぶとちぐはぐさも見える組み合わせだったが、混沌とした街ではその程度では誰の興味も引きはしない。精々が稀にラスティの容姿に雑に色めく視線が寄せられる程度だ。
 問題なくこの宿に辿り着き、こうして部屋へと足を進めている。
 時間を置けば我に返ってその気など無くなる可能性も視野に入れていたがどうやらそれは無さそうだと、その場合は適当に一杯酒でも酌み交わすかと頭の中に用意していた店のリストをラスティは思考の奥へと仕舞い込んだ。
 お互い黙々と歩けば当然幾らもかからず部屋へと到着する。
 軽い電子音と共に開かれた扉を潜れば、いっそ不自然なほど無臭無機質な空気が二人の肺に満ちた。
「さて」
 ラスティはジャケットを脱ぎベッド脇に放るとレイヴンへと向き直った。
 空調は開錠と共に起動する仕組みだからか、室内はまだひんやりとした冷気が広がっている。防寒着が消えたことで微かに皮膚が粟立つも、暖まるのを待つ時間は無いのだ。
「今更だが、こういうこと・・・・・・で良かったかな?」
 良ければ、君は『どちら』が希望かな。分厚いジャケットを取り払った、黒いコート姿のままのレイヴンと比べれば無防備な姿でするりと身を寄せ、そのコートの釦に指を掛ける。
 そういうこと・・・・・・であるのを分かり切った上で、更にはどちらを選ぶかもほぼ見当がついている状態で煽るのは趣味が悪いだろうか。
 一応のマナーと演出さ、と誰にともなく嘯き、殊更ゆっくりと瞬けば、指を振り払われ、手首を掴まれてベッドへと沈められた。
「あまり詳しくも慣れてもいない」
 が、希望というならこちらだ。そう、低い声が降り注ぐ。
 やはり一切の表情を変えないまま、しかし黒く沈んだ目の奥に赤い熱だけを揺らしたレイヴンがラスティに覆いかぶさり、その薄くも硬い腹に手のひらを押し当てた。
「良いとも。誘ったのはこちらだからな」
 上手くいくかは分からないが、リードに努めさせて貰うさ。ラスティはくすりと笑い、レイヴンの冷え切った頬に手を伸ばした。