時貞の顔は広い。極道だけではなく、財界、政界、公にはされていないが警察の上層部にまで、時貞の息のかかった者はたくさんいる。黒塗りの高級車が、次々と屋敷の前に横付けされていく。その車から降りてくる客人たちは、皆一様に上等なスーツや着物に身を包み、屈強な護衛に守られている。
彼らは大広間へと通され、上座に座った時貞に挨拶をした後、雑談を始めていた。
「いや、楽しみですなあ」
「時貞翁の自慢の孫娘だとか。婚姻の儀は久々ですなあ」
「娘の方はすぐに壊れてしまったじゃないか。孫娘の方は長く楽しめるといいんだが」
「そのための”M”でしょう。我々も若者に交じって楽しめる、最高の妙薬だ」
客たちは下卑た笑みを浮かべ、ひそひそと今夜の催しについての噂話に花を咲かせていた。
龍賀時貞の主宰する催しは、退屈に倦んだ上流階級の人々の間でたびたび話題になっていた。美しい女を、やってきた客たちで弄ぶのだ。女が泣き叫ぼうが、許しを請おうがお構いなしに犯し続ける。客たちは酒と食べ物を味わいながら、女を犯すのもよし、その様子を眺めて楽しむのもよし、というわけだ。それだけならば、よくある乱交パーティにすぎないのだが、「M」と呼ばれる薬があるのがやっかいだった。Mは、龍賀家の富の源泉である麻薬だ。打てば多幸感に包まれ、普段の何倍もの快感を得られる。精力剤としても優秀で、枯れた老人でさえ一晩中女を抱き続けられるという。普段は澄ましている人間も、あっという間に獣のような本能をさらけ出して、自分の欲望を満たすことに夢中になる。「M」は、龍賀家にとって金を生む源泉であると同時に、客たちの欲望を満たすための道具でもあるのだ。そして今夜の主役となる沙代もまた、その薬の犠牲になる運命にあった。
そして、時貞翁の催しが他とは一味違うのは、弄ぶ女が時貞翁自身の血縁であるという点だった。裏で財政界を操ると言われている時貞の娘や孫を犯すことは、上流階級の人々にとって一種のステイタスでもあった。
水木が大広間に足を踏み入れると、途端に、ざわめいていた客たちはしんと静まり返った。
「これは……」
「なんと、美しい」
客たちが水木を見て息を飲む。その視線を一身に浴びながら、水木は大広間を横切り、時貞のいる上座へと向かった。
上座のすぐ下まで来ると、水木はその場に正座をして手をつき、深々と頭を下げた。彼は水木の姿を見るとわずかに目を見開いたが、やがて口元に笑みを浮かべた。
「ほう……見違えるようじゃな」
「ありがとうございます」
水木は顔を上げて微笑んだ。目の傷を覆い隠し、耳の傷も目立たなくなったぶん、水木の美貌は際立っていた。肌の露出はほとんどないが、短い髪のせいであらわになった首筋や、着物の袖からのぞく手首から、匂うような色気が漂っている。
「余の隣へ座れ」
客たちの視線を一身に浴びながら、水木は時貞の隣へ腰を下ろした。その途端に、ぐいっと顎を掴まれて上向かされた。時貞翁は顎を掴んだまま、値踏みするように無遠慮に水木の顔を見つめた。
「こうしておると、甲奈に瓜二つじゃな」
「俺はそんなに、母に似ていますか」
「ああ。余の娘たちの中でもひときわ美しかった。……しかし愚かじゃった」
時貞は、顎から手を離すと、化粧をほどこした水木の頬を撫でた。嫌悪に顔をゆがめてしまいそうになるのをぐっと耐え、目を伏せて従順な表情をつくる。
「お前は母とは違う、そうじゃな?」
「はい」
「ほう、素直になってきたではないか」
「おじいさまの権力や人脈にはかないません。離れてみて、それがよくわかりました」
水木がしおらしく言うと、時貞は満足そうに頷いた。
「ふむ、そうじゃろうな」
しかし、まだ足りないというように、彼は眉を上げた。そして、水木の耳元に口を寄せて囁いた。
「今夜、余の相手をせよ。今夜は沙代を可愛がってやろうかと思っておったが、気が変わった。腹の中にいる幽霊めの赤ん坊に、たっぷり顔射してやるのも面白いわい」
――――外道め。水木は子どもを守るように、腹に置いた手に力をこめた。
「よいな、水木」
「……はい。おじいさまのお望みのままに」
時貞翁は、下卑た笑い声を広間に響かせていた。
今夜の宴が始まろうとしている。欲望を満たすための、狂った宴が。
主役である沙代が現れ、形だけの婚儀が始まった。Mが溶けた酒は客たちにも振る舞われた。
「これは……素晴らしい」
「まるで天国だ……」
口々に感嘆の声を上げながら、客たちはM入りの酒を味わっている。沙代は人形のように無表情で座っていた。
やがて時貞が立ち上がり、広間に集まった客たちに向かって朗々と語り始めた。
「皆々様方、本日はようこそおいでくださいました。このたび余の孫娘、沙代がめでたく婚姻を結び、晴れて龍賀の血を繋ぎましたので、このめでたい夜にささやかながら宴を開かせていただきます。それではどうぞ心ゆくまでお楽しみくだされ」
その言葉を皮切りに、広間は客たちの笑い声と下品な言葉に満ち溢れた。もはや取り繕う必要がなくなった途端、彼らは欲望を隠さずさらけ出したのだ。
「ほれ、余たちはこっちじゃ」
時貞は、水木を広間から続く寝所へと連れ出した。暗い廊下を護衛たちに囲まれながら、時貞の後をついていく。地獄へと続く道だ。だが、水木は恐れてはいなかった。たとえ自分がどうなろうと、時貞だけはこの地獄に道連れにするつもりだった。
寝所へ入ると、時貞は護衛を下がらせた。そして、水木をぐっと抱き寄せた。
「美しいのう。甲奈にそっくりじゃ」
時貞は、着物の上から水木の体を撫でた。その手つきのいやらしさと、ねっとりした視線に吐き気がする。
「おじいさま、おやめください」
「何を言う。お前も望んだことじゃろう」
時貞は水木の体を巨大なベッドの上に押し倒し、その上にのしかかってきた。皺だらけの手が着物の裾を割り、太ももを撫でまわしてきた。
「っ、だめです、おじいさま……!」
水木が抵抗してみせると、時貞はますます興奮したように覆いかぶさってきた。湿った息を首筋に吐きかけられ、全身が嫌悪感に総毛立つ。
「可愛いのう……傷さえなければ、早くこうして可愛がってやりたかったぞ」
「っ、ん……やめてください」
太ももの付け根に、時貞の手がかかる。ゲゲ郎ではない男に触れられている。そう思うと鳥肌が立った。
――――今だ!!
水木は無我夢中で、隠し持っていた懐剣を胸元から取り出すと、時貞の首を狙って突き立てた。
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