柩木
2025-02-27 18:28:22
5559文字
Public 崩壊:スターレイル
 

丹穹|ここから先はプライベートなので

ver3.0の内容を含みます。プライベートルトロでの二人。

アグライアに用意してもらった贈り物、もといプライベートルトロはとても素晴らしい。勿論、この手で作り上げた列車の自室を思うと愛着がある分若干の恋しさが募るが、このルトロも居心地の良さでは負けてはいないだろう。
日光をより多く取り込める開放的なバルコニーは、風通しがよく気持ちがいい。オクヘイマの雄大な景色もどこまでだって見渡せる。用意されたカウチはベッドとは違う寝心地ではじめこそ戸惑ったものの、慣れてしまえばすんなりと入眠出来た。すでに置かれているルームフレグランスは主張しすぎない優しい香りで、気分を落ち着けてくれる。また、なぜかはじめから備え付けられていた書物には丹恒が熱い視線を向けていた。これはまた列車に戻った日には資料室からしばらく出てこないだろうな、と穹は思った。
当面の拠点として、そんなありがたい贈り物を貰った訳だが、これは流石にいかがなものか。穹はこの部屋最大のポイントであろう浴場を睨みつけながら考える。浴場という単語が穹の知識にある風呂と同じ意味を持つなら、あまりにも開放的過ぎやしないか、と。
壁も何もない浴場は部屋のほぼ中央に床をくり抜いて作られている。つまりは、風呂がリビングにあることを前提に設計された部屋ということだ。壁はおろかカーテンもない。なんなら創世の渦心へ行くための通路にもなっている。どちらかと言うと通路としての使用をより重要視されて作られているのではなかろうか。
部屋の外には公衆浴場があるので、備え付けられたこの浴場を使わなくても入浴には困らない。困りはしないがさて、この場合どう入浴するのが正しいのか。

……うーん」

ちゃぷり、浴場に手を差し入れてみる。なんの変哲もないお湯だ。この部屋に来た当初は普通の温度だったのをぬるめにしてもらったので、穹にとっては長湯するのに丁度いい温度になっている。丹恒はもう少しぬるい方が好みだろうか。
続いてこの部屋唯一の扉に視線を向けると、いつの間にか帰ってきていた丹恒が立っていた。穹の行動を観察しつつ、怪訝そうな表情をしている。

「何をしているんだ?」
「このルトロ。なんかえっちな作りだなぁって思って」

穹としては尋ねられたから答えただけなのだが、丹恒の視線が瞬間的に冷たくなっていくのが分かった。恐らくまた変なことを考えているのかと思われているに違いない。しかし、こればかりは正当な疑問だ。それを証明するために穹は話を続けた。

「だって、もし今みたいに丹恒が戻って来た時に俺が風呂に入ってたら丸見えだぞ」

今まさに丹恒が帰ってきた直後でこのルトロ唯一の扉が開いているが、その向こう側にある公衆浴場の賑わいがよく見える。部屋の中でそうなのだから、外も同様だろう。
つまり、扉が開いてしまえばすべて丸見えなのだ。プライベートも何も何もあったものではない。

「扉がめっちゃでかいから外からでもバルコニーまで見通せるし、このルトロなんか丸見えじゃん」
「ああ。そういう疑問か」

眉間にしわを寄せてあからさまに呆れていたのをいつもの顔に戻した丹恒は、恐らくだがといいながら穹の前を通り過ぎ、浴場横にあるリネン等が置かれた棚の前で止まった。

「恐らくだが、オクヘイマではこの湯着を着て風呂に入るんだろう。外の公衆浴場では全員がこれを着ていた。だから、裸を晒すということが起きない。ここにもちゃんと用意されている」

丹恒が指し示した棚には確かに服が置かれていた。用途をあまり分かっていなかったのだが、確かに公衆浴場で湯浴みを楽しんでいる人達が着ているものと似た衣装だった。動きやすく、身体を締め付けないゆったりとしたデザインは、ワンピースやチュニックに近い。

「はー、成程。……でもさぁ、服着て身体を洗うってなんか非効率な気がする」
「そこについては思うところがない訳ではないが、郷に入っては郷に従えとも言うからな。この星の文化に沿ったルールなんだろう」
「それにここってプライベートなルトロだし、着る意味もあんまりなさそう」
…………つまり何が言いたいんだ?」

丹恒の疑問に穹は笑顔で返した。実際、その質問を待っていたと言ってもいい。
単純に考えるならば、入浴している時に扉が開く確率を著しく下げるか、開いたとしても問題がないよう目隠しを設置する必要がある。それを前提とした時に、このルトロの入室権限があるのは部屋の主である穹と丹恒、そしてその二人に招かれた人物だけだ。扉がどのように個人を識別しているのかは分からないが、公衆浴場の者が誤って部屋に入っていたということがないのでそう考えて良い筈である。
そこから導き出される対策は実に単純明快――

「丹恒がこの部屋にいる時に入るしかないってことだな!」

入室権限をもつ穹と丹恒が揃って部屋にいる時を見計らい、入浴を済ませてしまうのが一番シンプルかつ楽な方法だろう。
穹なりに導き出した最適解だったのだが、丹恒は何も言えない様子でいる。いや、正しくは何か言おうとしてやめるというのを繰り返していた。再び眉間にシワを寄せたかと思えば唸り、絶句し、口を開いてみても何も語らず閉じるというのを何度も繰り返している。
こういう時は大抵何か考え込んでいる時なので、穹は大人しく待つことにしている。そうして出た丹恒の台詞はとてもシンプルだった。

……もっと他にやり方がある筈だ」
「ルールは破る為にある! ってのは冗談で、一番手っ取り早いだろ。お湯もぬるめにしてもらったから二人で入っちゃってもいいし。あ、それとも丹恒は公衆浴場の低温ルトロの方がいいか?」
「それは別に、……いやそういう問題でもないが」

扉が開く条件を考えた時に、穹と丹恒の二人が揃って部屋にいるのなら扉は何かしらのイレギュラーがない限り開かないことになるのだが、納得が行かない様子の丹恒は苦悶の表情を浮かべている。

「扉開ける前にスマホでいちいち風呂入ってる? って聞くのも面倒じゃん」
……まぁ。そう、だな」
「俺、風呂には入りたい時に入りたい。あ、別に必ず一緒に入って欲しいって訳じゃないぞ。丹恒が入りたくない時はほら、バルコニーで読書とかしてくれたらそれで問題解決だ」
……それは、解決したと言えるのか?」

自分の提案はそこまで再現不可能なものだろうか。苦悶の表情を浮かべて眉間を抑える丹恒はどうにも煮え切らない。そんな彼を見て穹の中にふと一つの考えが過る。

……もしかして俺とルトロに入るの嫌――
「それはない」
「食い気味かよ」

最早反射と言っていい速度の否定と、答えた時の真顔に穹は笑ってしまった。一瞬過った不安は無事晴れた訳だが、この返答では一緒に入浴する事そのものは問題視していないと言っているようなものである。そのことに丹恒は気付いているだろうか。
若干の気恥ずかしさに今度は穹がなんとも言えない気持ちになり、どう返したものかと迷って言葉をつまらせた。冗談で場を和ませるか、あえて触れずにこのまま流してしまうか。うまく判断出来ない。

「その、だな……

穹よりも丹恒が話し出す方が早かった。視線を少し横にそらして重そうに口を開いた彼の台詞は、穹からすれば意外性があった。

「あまり無防備になられると、純粋に入浴したいお前の邪魔をしてしまうかもしれない。――分かるだろう?」

言いづらそうにしているから何か深刻な問題があるのかと身構えもしたのだが、予想に反して随分と平和的な事柄だったことにホッとした。
自分の部屋に風呂を作ってからというもの、穹は入浴が好きになっていた。極限まで疲れていない限りは一日の終わりに入浴することにしている。丹恒もそれを知っているので、極力邪魔をしたくないと思っているようだ。
随分と穹を気遣ってくれている。それは純粋に嬉しい。だが同時にそんなことで理性的にならないで欲しい、とも思った。

「いいんじゃない?」

未だ視線をそらしている丹恒の顔を無理矢理覗き込んでそう言ってやった。シンプルな返答に戸惑っているのか唇が「え」の形で固まっている。
どちらも話し出さないまま数秒が過ぎた。穹はニヤリと笑ってもう一度同じ台詞を繰り返す。

「いいんじゃない?」
「いい、のか?」
「うん。むしろウェルカム。邪魔なんて思わないよ」

丹恒は手が届く範囲にいる。手を伸ばして彼の指先に触れた。軽く指を絡めて距離を一歩分詰める。丹恒はその場に留まったまま、二人の間を埋めようと動く穹を見ていた。

「いや、やはりよくない。堕落してしまう」
「堕落って……。じゃあいっそ思う存分堕落しちゃおうよ。俺も付き合う」

立っている丹恒の足の間に自分の右足を入れ込む。ほぼ同じ場所に立つことでより距離が近くなるのだ。そのまま隙間がなくなるように抱きしめる。
同時に肩口へ額を埋めるように押し付ければ、まるで幼子をあやすように丹恒の手のひらが背中を撫でていく。

「それは……歯止めが効かなくなりそうで困る」
「頑固な蒼龍ちゃんだなぁ」
「お前に無理を強いるようなことはしたくない」
「丹恒はいつも優しいよ。たまに激しくされるのだって俺は好き」

度を過ぎた悪ふざけをすれば呆れられもするが、丹恒はいつだって優しいし穹を気遣ってくれる。大切にされているのだと自覚できる程に。
だがそれは、丹恒の自己犠牲の元にあってはいけない。それが彼の気質だとしても、穹にだって通したい意地がある。

……丹恒。ここには俺しかいないよ」

オンパロスの旅は開幕から波乱に満ちていた。不時着した車両から、気を失った穹を助けてくれたのは丹恒だった。それから連続する戦いと、度重なるトラブル。神殺しの戦いに、他にも色々。その最中、丹恒はずっと気を張っていた。
初めての星に降り立つ時は期待と好奇心、そして高揚感が不安を上回る。だが、必ずしもそうでないことを穹は宴の星で知った。誰を信じればいいのか分からない状況下では、仲間の――特に列車組の存在は心強かった。
そうした経験を得た後だからか、丹恒が気を張り続ける理由が分かる気がする。黄金裔を全く信用していな訳ではないが、現状穹にとって心から信頼出来るのは丹恒だけだからだ。
開幕から怒涛のように駆け抜けることになったオンパロスでやっと得られた小休止。少しくらい気を抜いてリラックスしたって星神から鉄槌を落とされることはないだろう。
自分達の他には誰も入れないプライベートルトロでくらい、好きなように振る舞ったって誰にも何も咎められないし、咎めさせない。

「そう、だな」

穹の身体を抱きしめる腕がより力強くなった。今度は丹恒が穹の肩口に額を押し付ける。そんな彼が大きく息を吸って吐き出せば、身体の強張りが少し緩んだのが分かった。

「ハグには癒やしの効果があるっていうけど、どう?」
……あながち嘘でもなさそうだ」
「だよな。俺も今めっちゃ癒やされてる」

ただ抱きしめ合いながら、必然的に穹の直ぐ横にある丹恒の耳近くへと唇を軽く押し当てる。したくなったからした程度の、衝動に任せたキスだった。小さく立てたリップ音に何をされたのか分かったらしい丹恒が、伏せていた顔をあげた瞬間に今度は唇へ自分のそれを重ねた。
少し食んで、離れる。普段涼しげな表情であるからか、不意打ちのキスを受けてきょとんとしているその顔が、思わず笑ってしまうくらい穹の目には可愛らしく映った。

「どうする? 一緒に入ってくれる?」
…………分かった。このルトロではそうしよう」
「やった! なんなら今から入っちゃおうよ」
「いや、今はいい」
「えーっ? じゃあ公衆浴場の開拓にでも行く? 通るばっかりで入ったことないから気にはなってて――

離れてしまうのは名残惜しいが、ずっと丹恒に抱きついている訳にもいかない。手を離して身を引いた――のだが、完全に離れてしまう直前で手首を掴まれ、引き戻された。随分と珍しい反応をするものだ。

「穹」
「お、おう。……なんか目、座ってない? 大丈夫か?」
「大丈夫かどうかで言えば……。大丈夫じゃないかもしれない」

大丈夫じゃないのはまずいのでは。そう声をかけようとした穹の唇を今度は丹恒が塞いだ。話そうとして中途半端に開いていた隙間に滑り込んだ舌が、あっという間に穹の口腔を蹂躙していく。
キスは深く、全身を甘く痺れさせるまでにそう時間はかからない。粘膜が擦れ合うだけなのに、するりと擽るような動きをされると身体が震えてしまう。
合間に呼吸をするものの、休む間を与えない丹恒のキスで次第に酸素がうまく回らなくなっていった。そんな状態では思考が空転するせいで何も考えられず、次第にぼんやりとしてしまう。もっと気持ちよくなりたいという単純な動機だけが穹の中に残り、丹恒の動きに合わせて自分から舌を絡めるようになった。
少し苦しいものの、それが気にならないくらい気持ちがよくて、もっととねだる。それに他でもない丹恒からのキスだ。彼の気が済むまで付き合いたかった。
そうしてどれだけの時間が経ったのか。気が付けば解放された唇の端を、丹恒に親指の腹で拭われる。穹はその様子をぼんやりと眺めていた。

「堕落してしまうと言った筈だ」

普段、冷静沈着かつ涼しげな丹恒の眼差しが明らかな熱を孕んでいるのに気付いた。穹は内心煽りすぎたかもと思いつつ、それでもまぁいいかと丹恒に自分の身体を預けるような形で再び抱きしめた。

……いいんじゃない?」

束の間ではあるが、ここから先はプライベートなのだから。