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著者: 雷歌/らいと
2025-02-27 17:10:29
2835文字
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むそオリ
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【むそオリ/劉紫(劉無)】羽に擁かるる
日々政務に追われ疲労が蓄積している劉備を癒したいと思っている無名。とある護衛兵の話を聞いて──
※主人公の名前は「無名」で固定しています。
まだくっついてない二人。けれど、劉備は自覚しているし、無名くんは自覚していないけれど…という関係性です。
大戦の翌日。無名は護衛兵たちの労をねぎらうため、共に酒家へと赴いていた。
護衛兵らに促され、酒卓の奥へと座る。彼らは思い思いの席につき、勝利の余韻に浸っていた。負傷者もおり、全員が揃っているわけではないが、それでも誰一人欠けることなく勝利を収められたのは何よりだ。
ただ、今回の戦場に劉備の姿がなかったのは、少し残念だった。
自分にできるのは武功を立てることだけだ。それを、あの人に見届けてほしい──そんな願いがよぎる。
位を授かるようになってから、劉備は政務に追われ、戦場に出ることが少なくなった。納得はしているが、時折見かけるその姿は、明らかに疲れが滲んでいる。たまにはこうして、酒家で杯を交わしながら疲れを癒してほしいのだが
……
。
「かーっ! お熱いねぇ!」
ふと、護衛兵のひときわ大きな声に思考を引き戻される。目を向けると、どうやら最近妻を娶った者が話の的になっているようだ。
「それでな、一等疲れて帰ってきたときに、こう、ぎゅーっと抱きしめられるとさ
……
心が落ち着くっていうか、疲れが吹っ飛ぶんだよ!」
ほう、と無名は目を細めた。周囲の兵も「確かにそんな話、聞いたことあるな」と興味を示している。
無名は、ぽつりとつぶやいた。
「そうなのか?」
思わず漏れた言葉に、話題の中心となっていた男が照れ臭そうに頭をかく。
「こりゃ、お恥ずかしい話を
……
」
「いや、よければもっと聞かせてほしい」
まさか先を促されるとは思わなかったのか、妻帯者は呆気に取られた顔をした。その隣の兵が指をさしながら、からかうように言う。
「こいつの惚気を、ってことですか?」
無名はゆっくりと頷く。すると、護衛兵たちはざわめいた。
「えっ、隊長って恋人いたのか?」
「祝儀をあげたなんて話、聞いてねぇぞ?」
「もしかして、いい相手が?」
各々が思い思いのことを口にする中、無名は「そういう関係ではないが」と前置きしたうえで、静かに言葉を続けた。
「無理にでも休ませたい相手がいるんだ」
それを聞き、ざわめきが別の色を帯びる。
「それで、抱擁で相手の疲れは取れるものなのか?」
ここで無名が指す「相手」は、言うまでもなく劉備のことだ。少し時間が空いたら逢いに来てくれるが、そんなことより休んでいて欲しい、と思っていのだ。しかし劉備は頑として譲らないため、せめて疲労に良い茶や菓子を出しているが、それ以外になにかできないかと常々考えていた。
「え、ええまあ、好いた相手に抱擁してもらうと、なんというんですかね、気分も高まりますが落ち着くというか
……
。恥ずかしい話ですが、いっぺんそのまま寝ちまった時もあるんですよ」
あの時は嫁さんに迷惑をかけたなあと続けられた言葉は、もう無名の耳には届いていなかった。
そのまま寝る時もあるというならば最良の方法ではないか。まるで天啓を受けたかのように、ぱっと目を見開いた。次に劉備が逢いに来た時に試してみるのもいいかもしれないと考える。
妻帯者の話や無名の思いもよらぬ行動に盛り上がった宴であった。
さて、その翌日。無名が待ちに待った劉備はやってきた。いざ試せるぞと、「劉備」と静かに彼の名を呼んで両の腕を広げる。首を傾ぐ劉備に、そのまま抱き着いた。
「む、無名
……
?」
戸惑う劉備に、どうだろうか? と無名は尋ねる。
「ど、どうって
……
」
いきなりのことに劉備の心臓は早鐘を打っていた。長い付き合いであるのでこの行為が色恋沙汰のものではないであろうことはわかるが、それにしても何故いきなり抱擁なのか。
「眠くならないか?」
「え
……
?」
この状態で、どうして眠くなろうというのか。
話が見えず、劉備はいったん離れるように促す。何かが思うようにいかなかったのか、無名は少ししょぼくれて見えた。苦笑しながらその腕を軽く撫で「何がしたかったんだ?」と問いかける。
無名から妻帯者である護衛兵の話を聞いて、劉備は合点がいったようだ。ひとつ頷いて、「たしかに、そういう時もあるのだろうな」と口にした。
ただし自分には逆効果である、ということは伏せる。
「失敗か、すまない」
「いや、違うんだ無名。
……
これは、俺が悪い」
「劉備が?」
なぜ?と首を傾げるその仕草が、どこか幼く見えて、劉備は言葉を詰まらせる。
戦場で共に駆けられなくなってそれなりに経ったが、彼の戦場での勇ましさは今でも目に焼き付いている。今の彼を見ると、誰しもがまさかそんなと思うだろう。
「いいんだ無名、俺は少しの時間でもお前と語り合える時間があれば」
「そうか
……
」
納得のいっていない表情なので、またそのような話題を掴めば試してくるだろう。まあそれはそれで面白いかな、と頭の隅で考えた。
「ああ、でも、他の誰かが疲れていそうだからって、同じように抱擁はしないようにな?」
「劉備にしかしないが」
なぜそんなことを言うのかと、無名はきょとりとした表情を浮かべる。その無垢ともいえる様に、劉備は思わず言葉を失った。
劉備にしか──なぜそうなのか、もし問い詰めたとしたらその答えに期待してもいいのだろうか。いや、だが、しかし。
瞬息のうちに考えが廻ったが、結局は怖気が勝ってしまってそうっとしておくことにした。
「そ、そうか」
なんとか絞り出した相槌。無名は気にした様子はなく、茶の準備をし始める。
「今日は元化が煎じてくれた薬草茶で──」
無名がこちらから視線をはずすと、劉備は先程の抱擁の心地を思い出していた。
動揺ばかりでしかと覚えているわけではないが、少し勿体ないことをしてしまったな、とも思う。無名のことだ、またして欲しいと望めばしてくれるだろう。しかし、自ら理性試しをすることもあるまい。
「劉備?」
声を掛けられて、我に返る。思っていたよりも長く思考にふけってしまっていたのだろう。油灯の小さな炎を反射して、今はやや朱色のように見える瞳が心配げにこちらを見ている。
「やはり部屋に戻って寝た方が」
「いやいや大丈夫だ、先程の抱擁のことをつい思い出し──あっ」
劉備の言葉を聞いて無名は無言で腕を広げる。もう一度試す? とでも言うかのように。劉備はしばらく葛藤していたが、結局は無名の腕の中におさまった。
そして今度は、先程はなかった背中をさすられてぽんぽんと優しく叩かれる。
まるで幼子をあやすようだな、と苦笑する。だが今はそこに甘んじていてもいいだろう。これは自分だけのものなのだから──
翌朝。目を覚ました劉備は、寝台のそばに椅子を寄せ、器用に眠る無名を見た。そして、深々とうなだれる。
(
……
まずい。このままだと、次に訪れたときもまた抱擁されるのではないか)
そして、その懸念は的中する。
かくして、劉備の“理性試し”と“眠気耐性強化訓練”が始まるのだった──。
end.
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