※エドの口調と一人称が硬いです
※それなりに喋るモブキャラ(オリジナル)がいます
以上、ご了承の上、お読みください
ガスパル・エルベとの付き合いは、オレ
――エドワール・ルキエが十二になる年からだった。
「お初にお目にかかります、殿下」
両手をずらして合わせる敬礼をした男は、人好きのする顔で笑った。
元々マイシュの出身で最近まで国の外にいたというガスパルは、他国の情勢をよく知っていて、伝手も持っていた。他国を知るが故の視点も持ち合わせており、本人の性格もあってすぐに王宮に馴染んでいった。
六つ上だと言うガスパルは、王宮の誰とも違う空気を持っているように当時のオレは感じていた。確かにマイシュの民でありながら、他国に居たせいだろうか。或いは、常にオレに丁寧な王宮の者達と違い、時に砕けた様子を見せるからだろうか。まあ、それでよく侍従長にお叱りを受けていた。もっともガスパルがお叱りを受けるのはそれだけでなかったが。
「ガスパル! ガスパル・エルベ! どこですか!!」
王宮に侍従長の声が響き渡る。
働く人々は、またか、と大した反応もなく粛々と職務をこなしている。普段は好々爺たる侍従長の、ボザーク様の角もかくや、と噂される雷。以前はこんなにも落とされることはなかったというのに、すっかり王宮の日常になってしまった。
「あ、どーも殿下」
落とされている当の本人は柱の陰に座り込んで、けろりとこちらに手を振っているが。
「今度は何をしたのだ?」
「そんな、何もしてないですよ。ただね、ほら、お困りの美女がいたもんだから、ちょーっとばかり粉をかけ、じゃなくて道案内をですね」
なるほど。
「待った待った、いま言い付けに行こうとしてますよね!?」
ガスパルは立ち上がってこちらの進路を妨害する。怠そうな風体にしては俊敏な動きだ。
「逃げ隠れしていると、余計に怒られると思うのだが」
「そんな正論やめてくださいよぉ。あ、そーだ、これお裾分けしてあげますよ」
情けない声を上げたガスパルは、ポケットから小瓶を取り出す。中身はジャムのようで、薄紅色にほんのりと緑や黄、紫が混じったような、見慣れぬ色合いをしていた。
「変わった色だな」
「でしょう。他国のりんごを使った三種りんごのジャムです! ほら、帝国産のりんごとか滅多に入ってこないでしょ? シルヴェーアのりんごはまあ見る方ですけど、ハザールのりんごってなると意外となかったりするし。そこをこの俺の伝手で手に入れてきたんですよ」
とすると、見慣れた薄紅色はフロスト・ベビーで、残る色合いはジルドラとハザールのものか。名前は
……ハザールは確かデザートアップルで、ジルドラ帝国領は幾つかあったから、そのどれか。
「デザートアップルと、何だ? 幾つか種類があったと記憶しているが」
「え、あー、モーヴ・マリュスですけど
……他国の産地とか覚えてんですか、殿下
……」
「主要な産地や産物は勉強している」
「うわ、王族教育すご」
凄いと言いつつ失礼な気配を醸し出すガスパルに、思わず半眼をくれてしまう。
「まあそんなわけで! 厨房に持ち込んだら調理してくれたんで貰ってきたわけですよ!」
小言の一つでも、と口を開きかけた所でガスパルが早口に捲し立てたので、代わりにため息になった。
ガスパルは小瓶の蓋を開け、更に布に包まれたパンの切れ端を取り出して直接ジャムをすくう。
「お、やっぱ混ぜると味違うな
……殿下もどうぞ?」
口に放り込むや否や、あっという間に食べ切ったガスパルは、二本目の切れ端を摘まみつつ布ごとパンをオレの方に差し出した。
実際に口にすることは少ない、他国のりんご。
……ジャムスプーンがないな、とは思ったものの、好奇心が勝って切れ端を取る。半分にしてからジャムをすくい上げ、口に運んだ。慣れた甘味の後に酸味、微かに爽やかな香り、また甘味、と咀嚼する間に何度も味が変わる。ベースは確かにフロスト・ベビーなのだが、それのみのジャムとは全く違う。
「実に複雑な味わいだな」
「ですねえ。
……ところで殿下」
手に残ったパンにもジャムをつけ、再び味わっていると、ガスパルがにやりと口角を上げた。
「これで殿下も共犯ですんで、よろしくお願いしますよ?」
……。
……は?
「まさか、貰ってきたというは嘘で」
「それは本当ですよ! りんごも俺が手に入れてきたものだし! ただちょっとサボっ、長めの休憩中に厨房寄ったからバレると絶対怒られるってだけで!!」
「つまり仕事から逃走し、ナンパ? をした挙句、本来出来ない筈のつまみ食いをしたと」
「あ、ヤベ、悪い言葉を教えるなって怒られそうだな
……殿下、ナンパってのは侍従長の前ではナシですよ、ナシ」
気にする所はそこではない。確実に。
「何やら楽しそうなお話をしておりますな、エドワール殿下」
にこやかな、それでいて唸る風雪を思わせる低い老爺の声が横合いから響く。
ガスパルは反射的に背筋を伸ばした後、ぎぎぎ、と油を差していない機械の如き仕草で、そちらを振り返った。
……まあ、こんな所で話していれば見つかるだろうな。
「ところでガスパル・エルベ。どうやらわたくしの知らない出来事と殿下に対する不適切な言葉遣いがあったようだが。わたくしも鬼ではない、弁明は聞いてあげましょう」
「あ、あー
……いや、ははは。逃げますよ殿下!!」
「は!?」
目にも止まらぬ速さでジャムとパンをしまったガスパルは、オレの背中を押して走り出した。オレ自身も咄嗟に走ってしまう。
「おい、ガスパル!」
「殿下も共犯っつったでしょ!」
「私を巻き込むな!」
「エドワール殿下! ガスパル! お待ちなさい!!」
止まろうとしたのに、後ろから追いかけてくる声に勝手に足が走ってしまう。正直怖い。ただパンとジャムを勝手に押し付けられただけなのに。
「ほらあ! ね!?」
「『ほら』でも『ね』でもない!」
言い合いながら宮殿を疾走する。通り過ぎる人々が驚きに目を見張りながらも避けてくれる。申し訳ない。
結局、誰より宮殿を熟知している侍従長に捕まり、オレもまとめてお説教をされることになったのだが。理不尽に不貞腐れる気持ちと裏腹に、あんなにも全力で宮殿を走り、共犯扱いされるという体験は、奇妙な楽しさがあったのもまた事実なのだった。
かしわさんからイラストを頂きました!
ありがとうございます!!
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.