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やまだ
2025-02-27 11:19:07
2275文字
Public
刀剣乱舞
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無題
まんばが修行から帰って来たときに書きました うち本丸の話
いくとせも離れていた屋敷であっても、山姥切国広の足どりに迷いなどないのだ。しんと静まった深更の廊下をすばやい摺り足で向かうのは、この姿で顕現して以降もっとも馴染み深い部屋だ。目を瞑って歩いてもたどり着ける自信がある。
この屋敷では九六時間前に閉じたことになっている障子戸へ、数年ぶりの感慨をもって手をかける。声をかけることはしない。どうせ、山姥切国広の主人は起きているからだ。障子の向こうから滲むあたたかな色の光が、障子を引く手をほんのり照らしている。
「おう、国広か」
はたして審神者はそこにいた。
当たり前の顔をして
——
彼からすれば四日しか経っていないのだから当然だが、文机に読みさしの本と老眼鏡を置いてどっこいしょと立ち上がる様子も記憶と変わりない。
くつろいだ寝巻き姿であっても難しい顔を崩さない老爺は相変わらずだ。この屋敷が変わらずここにあるように、彼もまた変わらずここにいる。障子を引いたまま立ちつくしていると、審神者は戻ったなと言って近寄りながら山姥切国広の肘のあたりを何度か叩いた。
「無事で何よりだ。おまえに限って万が一もあるまいと思っちゃいたが、やっぱりじかに顔を見れば安心するもんだな」
おまえに限って。審神者の低い掠れ声が山姥切国広の腹にじんわり沁みる。
しばらく旅に出たい、おのれの根源を改めて見つめ直してみたいと願い出たときにも、彼はおまえならばと言って送り出してくれたのだった。
練度の高いものどもならば山姥切国広のほかに幾振りもいたし、戦略的に強化を優先すべきものもその中にもちろんあった。それでも彼が諾を告げたのは山姥切国広だったのだ。
「
……
爺さん」
「おう」
山姥切国広はこの審神者が手にした始まりのひと振りだ。
この老爺から服の着脱を学び、飯の食いかたを教わり、集団生活の煩雑さをいやというほど理解させられた。古株だからというだけの理由で総務を任されて怒鳴りあいの大喧嘩をしたこともある。しかも結局押し負けて、げらげら笑う同胞たちに肩を叩かれたのだ。
あるじ殿に誰が口で勝てるものか、と言うものがいて、おまえ以外には務まるまいよ、と言うものがいた。おまえという山姥切国広以外の何ものも、この屋敷でおまえの代わりにはなれぬのさ、と告げられたとき、山姥切国広はやっとぼんやりした何かを掴みかけた気がしたのだ。
ぐっと手を握りしめる。顎を上げる。審神者は呼びかけたきりで黙りこんだ山姥切国広を待っていた。
「俺は、堀川国広の傑作だ」
「ふん。でけえ声で言えるようになったじゃねえか」
「そして今はあんたの刀だ」
審神者がにやっ、と面白そうに笑った。同じ台詞を繰り返すつもりはないらしかった。
「俺はあんたの刀で、この屋敷の山姥切国広だ。この先ずっと、何があろうが、それだけは変わらないんだ。絶対に」
肌身離さず頭から被っていたぼろ布を取り去って見回した世の中は随分明るく軽やかで、そして山姥切国広に対してよそよそしく、無知で無関心だった。
長く、本当に長く山姥切国広を苦しめていた後ろめたさや劣等感など、短い時を生き急ぐ人間どもにとっては大した問題ではないのだった。すると、そんな連中の視線を避けて俯くのが馬鹿らしくなった。
気に病む必要も意味もない。外の世界は実のところ、あの毎日めちゃくちゃで、うんざりするほど騒々しい刀剣屋敷と同じだったのだ。
そう気がついたら山姥切国広はもう、帰りたくてたまらなくなった。
「爺さん」
老人の乾いた手をとる。おそらく刀など一度も振るったことのないこの軽く薄い手が、かつて山姥切国広を選んだ。
「あんたにとっちゃ、大した理由があることじゃなかったかもしれない。だが言わせてほしい。
……
あのとき、俺を選んでくれてありがとう。あんたが俺のあるじでよかった。感謝している、心から」
へっ、と審神者は笑った。肩を竦めると山姥切国広の手をさっと払う。
「ひとりで勝手に、すっかりいい男になっちまいやがってよ。刀だろうが人間だろうがガキってのはこういうもんなのかね」
むっと膨れた頬を人さし指で弾かれて、今日はもう寝ろ、と言われた。
「明日は休みでいいからな。ただ朝飯だけは出てこいよ」
「何を言ってるんだ、あんたは」
大して痛くもない頬を撫でさすりながら山姥切国広はその提案を斬り捨てる。
「この四日間の庶務があるだろう。休むべきは俺じゃなく、倍の仕事を捌かされていたあんたのほうだ」
山姥切国広はたっぷり休んだ。何年も離れていたから、むしろ一刻も早く勘を取り戻さなければならないくらいだ。
「俺が休んでどうするんだよ。おまえが休まんと、次に修行に出るやつが帰ってきてから休めねえだろうが」
「予言してやるが、全員休みなぞいらんと言うぞ。戻ってきた俺が言うんだから間違いない」
審神者は妙な顔で黙ってしまった。まじまじと山姥切国広を眺め、深い溜め息をつく。この姿を見るのも久しぶりだ。
「ったく、頑固で話にならねえよ。誰譲りだその性根は」
今度は山姥切国広がにやっと笑う番だった。
「あんた以外、俺の手本になる人間がどこにいるというんだ?」
「馬鹿野郎。俺ほど善良で先進的なじじいはそうはいねえぞ」
ばしんと審神者に腹をひっぱたかれて、その衝撃で口から文句より先にまろび出てしまった言葉がぽろりと落ちる。
「ただいま。爺さん」
おう、と、まるでただのお使いから帰った幼子を迎えるように、審神者は山姥切国広へ頷いてみせた。
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