できれば薬研藤四郎は常に審神者の袴の腰紐にでも挟まれていたいと思っている。なぜなら薬研藤四郎とはそういう刀であるからだ。守るべきものの側近くでその身命を道理を曲げてでも繋げ、そして斬るべきものは鉄だろうがなんだろうが斬る。
「四六時中おまえらをぶら下げてちゃ、重たくて腰が曲がっちまうよ」
ところが薬研藤四郎の今代の主人ときたらこうなのだ。
薬研藤四郎の本体の百倍は重たそうな鍬でかるがる土を掘り返す姿は矍鑠としている。日々刀剣どもと酒を飲み肉を食うさまに、このお人は百までぴんしゃん生きるのだろうなと見立てている薬研藤四郎である。
それでもたかだか百年なのだ。
流星の引く尾がきらりと瞬くほどの時を、今こうして共有している。
「一度だけ言わせてもらうが、これは俺の意見ってわけじゃなく、ここにいる奴ら全員の総意なんだぜ大将。どこぞには賊に襲われた本丸もあるって話じゃないか」
「ああ……気の毒な話だったな。だがうちは心配いらんだろう」
「どうしてそう言いきれる?」
「そりゃあおまえらがいるからさ」
審神者の足元にしゃがみこみ、掘り起こされる土から目立つ小石を弾き出す仕事をこなしながら、薬研藤四郎はちょっと苦笑した。
「あんたにそう言ってもらっちゃあ、言葉がないね」
こういう信頼はいささか面映い。薬研藤四郎は主人を殺さない刀だが、守ることにはあまり慣れていなかった。というよりも、攻撃を最大の防御だと思っている。じっと耐えるよりも前に出て路を切り拓くほうが性に合っていた。
審神者の鍬がまたひとかき、ほっくりと畑の土を起こす。つまみ上げた小石を指先でくるくるやりながら、薬研藤四郎は少し首を傾けた。
「で、今度は何を植えるんだ?」
「枝豆を少しやってみようと思ってる」
「おっ、いいねえ。塩茹でにして酒のつまみに……」
「俺もそうしたいのは山々なんだがなあ」
収穫できたらずんだを作るのだ、と審神者は面倒そうに吐き捨てた。鶴丸国永からそれはもう熱心にねだられたのだそうだ。
「あの野郎はいい歳して……」
皇家の宝刀をまるで悪たれ小僧のようにこき下ろす老人の様子が微笑ましい。薬研は少し目を細めた。
「大将はなんだかんだ俺たちに甘いからな。わざわざ畑広げてまでやることかね」
「動く理由を作りたいだけさ。腰の抜けたボケじじいになっておまえらに面倒かけるわけにはいかんだろ」
「あんたにかけられる面倒なら大歓迎だぜ、俺たちは」
「じじいを甘やかすんじゃねえよ」
からりと笑う審神者の目元にも口元にも皺がある。
五百年以上前に薬研藤四郎とともに本能寺で焼けて死んだ男は、審神者よりもひと回り以上若かった。
戦乱の世にたった四十八で死んだ男を知っている。そんな薬研は今、どう頑張ったとしても百かそこらで死ぬ老爺の横で、まだ植えつけてもいない野菜が実った際の使い道について話をしている。過去はおろか、未来がどう転がるかも誰にもわからないというのに。
「……長生きしてくれや、大将」
しみじみと、そう声が出た。
審神者の人生がまだ豊かであるうちに、彼を人の世へ帰してやらねばならない。薬研藤四郎にとって彼は何にも比せぬ大切な主人だが、その彼に薬研藤四郎よりも大切な、守りたいものがあることを知っている。……そうでなければ、どうして審神者なんて役目を引き受けるものか。
薬研藤四郎の唐突なひと言に苦笑している老人を、五体満足で日常へ帰すのだ。彼からそれを奪ってしまった薬研藤四郎たちの負うべき義務だった。それを叶えてこそ薬研藤四郎、それを叶えてこそ審神者の守り刀だ。畑で土をほじくり返しているこの薬研藤四郎は、そうして審神者を見送ってから消え失せる。行く先を、彼は永劫知らなくていい。
「憎まれっ子は世にはばかるもんさ、言われなくてもそのつもりだぜ」
乾いた手が薬研藤四郎の頭をぐしゃっとやる、その力強さにそっと安堵した。これも、彼は知らなくていい。
「ああ、存分にはばかってくれ。俺っちはよぼよぼの爺さんになったあんたでも転ばなくて済むよう、しっかり道を拓いてやるからさ」
けっ、と笑った審神者の鍬の先に邪魔な石がある。
ごくなめらかに腰から短刀を引き抜いた薬研藤四郎は、その石へ刃先を乗せた。
音もなく、すとん、と柄元まで通った刃は、まるきり饅頭を分けるような気安さでそこから石を真っ二つに切り裂いた。
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