やまだ
2015-09-18 22:58:38
1489文字
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つるみかワンドロお題「迷路」


「やれやれ」
 と、畑を前に渋面で腕を組むのは歌仙兼定だ。残夏の強い日差しに白い肌と苛立ちをじりじり炙らせつつ、目の前のありさまを眺めている。
 休耕中の畑であったはずだ。昨夕に通りがかったとき、確かにこの場所は新芽のひとつもない、ただ黒土の広がる空間だった。
 ため息をつきつつ、どうせ、と犯人に目星をつける。こんないたずらをする度胸と知能と悪びれなさを併せ持つものなど本丸には一口しかない。
 さて、かの刀剣はいったいどうやって審神者を説き伏せたものだろう。歌仙兼定でも見上げねばならない位置にある、みずみずしい黄色の花弁を仰いで苦笑する。この花はこんなにも大きく育つものだったのか。
 昨日まで何もなかった空き地いっぱいに、透きとおる蒼穹へ届けとばかり、大量の日輪草が咲き誇っている。
 
 
 
 耳もとでさらさらと日輪草の葉が揺れる。
 右を見ても左を見ても、正面さえ、濃緑に埋め尽くされている。上向けば光を透かす黄色の花弁と、その隙間からほんの僅かに青空が見えた。視界は案外と明るい。
「いや見事だな、審神者のわざというのは」
 鶴丸国永がぐるりと体ごと振り返ると、三色しかなかった世界に別の色彩が揺れる。藍の狩衣でのんびり歩む、笑顔の三日月宗近がいる。
「そうだなあ。足元から芽が生えてきたときには、それがあっという間に頭上で花をつけたときには、さすがに俺も驚いた」
「そいつは善哉」
 審神者へ頭を下げたかいがあったというものだ。充足感ににんまりして、鶴丸国永は四方八方を日輪草に取り囲まれた空間で三日月宗近の袖をとる。
 今は畑の中央あたりにいるはずだけれども、本当にすっかり背の高い日輪草に取り囲まれていて方向が定まらない。いつもの調子で三日月宗近にふらりふらりと歩かれては、探し出すのが非常に難しいのだった。そのまま鶴丸国永のほうが遭難してしまう可能性もある。
「君に驚いてもらえたことだし、ひとまずここから出るか。歩けばそのうち畑も終わるだろう」
「はは。まるで迷宮だな」
「しかも天然ものだぜ。こりゃ手強いかもしれないなあ」
 にこにこ笑う三日月宗近の袖をつまんだまま先に立つ。頭上の明るさと、時折ゆるく頬を撫でる風の進行方向と、そして日輪草の花の多数が顔を向けている方向を確かめた。大股で歩くと三日月宗近もついてくる。
 風が吹くたびさあっと揺れる葉ずれの音が耳に心地よい。昼下がりの刀剣屋敷の喧騒が遠く、この日輪草の原だけ日常から切り取られたかのように静穏としていた。鶴丸国永たちの足音もやわらかな土が吸いこんでしまうから、音らしい音がろくにない。
「ここだけ異世界のようだなあ」
 三日月宗近がまるで思考を覗いたようなことを言うのでかるく笑った。袖を引く指先に力を込める。
「そうだな。ひょっとするとここは異界で、俺と君は出口のない日輪草の迷宮で延々と歩きつづける羽目になるのやもしれん」
「はは」
 背後から三日月宗近ののんきな笑声が響く。
「それはよい。この美事な景観を俺とおまえでちとせ、ももとせに楽しむか」
 あっさりとそう言い放つ三日月宗近に、振り向かないまま肩を竦めた。あの微笑みを今真正面から見てしまうと、ならそうするかと答えてしまいそうだった。
「嬉しいねえ、百年先も俺とともにあってくれるか三日月」
 だから軽口で返したと言うのに、背後の三日月宗近は深い声でまた笑う。
「当然だろう」
 頭上で陽射しにきらめく日輪草を仰ぐ。
 千年も百年もこの迷い路を三日月宗近と辿りつづけるというのも、悪くないと、思ってしまいそうだ。