やまだ
2015-09-06 22:46:56
1917文字
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つるみかワンドロ お題「色とりどり」

のんびりいちゃつく白黒じじい

 鶴丸国永は底の厚い下駄を爪先でぶらぶらやりながら、それこそ鳥のように唇を尖らせた。
「まったく、君は驚かせがいがない」
 並んで縁側に座す三日月宗近はそれに首を傾げるのだ。鶴丸国永はそう言うが、三日月宗近は三日月宗近なりに驚いている。
 扇子をひらいたら香を染みこませた和紙がはらはら落ちてきた。いつかの八つ時、ほんの少し席を外した隙に三日月宗近の好物が増えていた。今も、少し手を貸せと請われて好きにさせたら、手のひらにころりと匂袋が落ちてきた。白檀は三日月宗近の好む香りで、真白い縮緬の小袋は手触りがいい。
「驚いているのだがなあ……おお、これはかわゆらしい。礼を言うぞ鶴」
「喜ぶより驚いてほしいんだがな……
 ふーうと溜め息をつく横顔がそれなりに真剣であったから、匂袋をもてあそんでいた両手を腿の上に置いた。首をななめにする。
「うむ。そうだなあ……
 せっかく鶴丸国永なりに趣向を凝らした驚きを提供してくれているというのに、自分の反応がまずくて落ちこまれるのは少々すまない気持ちになる。
 傾いたままの顎を手でさすり、これまでの他愛ないいたずらを思い返す。そのうちでもっとも記憶に鮮明な一事を口にしてみることにした。
……扇子に、香りのよい和紙を挟んだことがあっただろう? あれは本当に驚いたぞ。しばらく開いた口が塞がらなんだ」
 きっと加州清光か乱藤四郎あたりから借りた香水を使ったのだろう。何気なく使おうとした扇子から、強すぎない甘やかな花の香りが舞いのぼってきたのでぎょっとしたのだ。
 次いではらりと落ちた色とりどりの和紙の切れ端に、鶴、と朱墨で記された流れるような筆跡を見つけて笑ってしまった。やられたなあ、と、無人の部屋で感嘆さえした。あれは気持ちのよい驚きだった。
「部屋に花吹雪が舞うようでな。いや、美しかった」
「そりゃあよかった」
 ようやく鶴丸国永の眉間から皺が消える。
「あれは仕込むのに手間がかかったからなあ。……俺の前でその様子を見せてくれていたら、なおよかったが」
「はは。すまんな」
――そうだ」
 ぱっと勢いよく立ち上がった鶴丸国永の、飴色のまなこがきらきらしている。光をよく含んで、こうやって屋外に見る鶴丸国永の瞳は透度の高い琥珀のようだ。
 その甘そうな琥珀の瞳が三日月宗近を映す。
「なあ三日月、半刻だけ君の時間をくれないかい」
「うん? 構わんとも。今日は特に任務もない」
「なら決まりだ」
 白羽織を翻らせて鶴丸国永が駆ける。弾むような、飛び立とうとする渡り鳥のような、軽やかな足取りだ。
「いいかい、ここで待っていてくれよ。半刻のうちに必ず戻るからな」
「わかった」
 みるみる遠ざかる背へにこにこと頷いた三日月宗近が、この縁側には時を測る手段が何ひとつないことを思い出したのは、湯呑みを一度空にしてからだった。
 
 
 
 鶴丸国永を待つうちに茶を飲み干し、たまたま通りがかった加州清光に新しい急須を用意してもらった。
 ぬるくなるまで手のなかで冷ましていた湯呑みへ、鮮やかな橙の花弁が舞い落ちる。この付近に花の咲くような場所はなかったはずだ。
 うん、と三日月宗近が振り仰いだ視界いっぱいに、濃淡さまざまな色が降りそそぐ。
 桜に梅、紅花、つつじ、桔梗、木蓮、楓の葉もある。白詰草のころりとした花が、呆気にとられる三日月宗近の頬へ当たって転がっていった。
 四季折々の景観を、たった数分で切り替えられる本丸だ。ただこの刀剣屋敷の主人はそういった無粋を好まぬはずで、すると鶴丸国永は、そこをあえて、と審神者に請い願ったのだろうか。
 三日月宗近を驚かせるためだけに。
――はは! どうだい、驚いたか?」
 当の鶴丸国永が、屋根の上から得意げに上体を覗かせる。真白かったはずの羽織の袖が、花の汁であざやかに染まっていた。
…………驚いたなあ」
 この三日月宗近を驚かせるためだけに審神者を説き伏せたことも、純白を身につけることを誇る鶴丸国永がその衣装を汚したことも、驚くには十分すぎる。
 ほとんど呆然と呟いて、それからこみ上げてくるものに耐えきれず笑ってしまった。
「はは……鶴、驚いた。驚いたぞ。随分張りきって摘んできたものだ」
「そりゃあ、君のためだからな」
 鼻高々でにっと笑う、とりどりの色彩に染まった羽織を纏う鶴丸国永が眩しくて目を細める。狩衣に積もる花々から漂う馥郁とした香りがたまらなかった。
 三日月宗近の見上げる先で、鶴丸国永が日光にましろの髪を透かしている。
「やっと目にすることができた。驚いたあと、君はそんなふうに笑うんだなあ!」