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やまだ
2015-06-19 23:00:05
1963文字
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つるみかワンドロ お題「ジューンブライド」
風待月、という。
なにせ蒸し暑いので、屋敷のなかへ迷いこんでくるそよ風が待ち遠しくてならないのだ。
「君もそうなのかい」
かるく首を傾げた鶴丸へ、隣の男がにおやかに微笑んだ。藍の狩衣が翻る。
「おまえは、どうだ。暑いと思うか」
「いや。わからない」
「ならば俺も同じだろうよ」
垣根の向こうから、通りから聞こえる人々の声は暑い暑いと言っている。京は蒸し暑くてかなわぬ、せめてお湿りでもあればよいと言っている。鍛治場の男どもも顎からしとどに汗を垂らしていた。
人の身ならば、なるほど今の時節は暑いらしい。そして刀剣に宿る、魂魄に近しい存在であるところの鶴丸たちには、どうやらそういった感覚を理解することができないようだった。
三条の刀鍛治が暮らす屋敷の一角で、暑い暑いとさざめく人間の声に耳を傾けて、鶴丸はのんびり笑う男の隣で天を仰ぐ。抜けるほどの青空にしらじらとした光がまばゆい。暑さ寒さは知覚できぬというに、光はやはり眩しいのだった。
「なあ三日月丸」
うん、と振り返った男の瞳に、昼日中だというにその名のとおり三日月が浮かんでいる。
鶴丸はこの、優麗極まりない太刀だけが持つ双月が気に入りだった。初めて美事だと褒めたときの、とろけるように微笑んだ三日月丸の顔がいつまで経っても忘れられない。
「君の器量で、いつまでこうして三条どののもとに収まっていられるものかな」
「さてなあ」
ふっくらと三日月丸が笑う。白い頬に影を落とすほど長い睫毛が、弱い風に震えている。
「それは俺の意志の及ぶところではないからな。一年後か、明日か」
「適当なことを」
しかめ面になる鶴丸を見て、おや、と三日月丸が首をななめにした。
「鶴丸?」
「きっともう君に会えない」
さあっと吹き下りる風に、外の人々が歓声を上げている。暑さ寒さを感じぬ体に風を受けて、衣が髪が大きく乱れる。
三日月丸はこめかみの房飾りに絡む黒髪を整えようともせず、小さな笑みを貼りつけたまま鶴丸を凝視する。初めて目にする表情だった。一応はこの男も、鶴丸との別離を惜しんでくれているらしい。
「いつだ」
囁き声に首を竦める。
「五条の親父殿が七日後と言っていた。ふらふら出歩くのは今日で終いだ」
「俺が五条殿のもとへ出向こう」
珍しい申し出に目をまるくして、しかし鶴丸は苦笑とともにかぶりを振る。それでは屋敷へ引きこもる意味がない。
「未練になる」
「
――
鶴丸」
鶴丸の知る限りでは常に微笑んでいた男がかるく眉をひそめる。この顔を見られただけで気が済んだ。三日月丸と裏腹に、鶴丸の浮かべる笑顔は翳りなく晴れやかだ。
「じゃあな、健やかであれよ三日月丸。君とこの都で過ごした時は俺にとってかけがえないものだった」
鳴神月、という呼称を三日月宗近が教えてくれた。その名のとおりであるなあと、入梅して以後どんよりと黒く重い空を床の中から眺めている。糸のような雨のかなたから遠雷が響く。
三日月宗近と同じ布団に潜る鶴丸国永は、しんと冷えこむ空気に肌を粟立たせている。大急ぎで隣の体に身を寄せて暖をとりにかかる、その頭上から温容とした笑声が降ってきた。
「冷えるか、鶴」
「君が温かくて助かる」
悪びれず返して顔を上げる。
ぽかりとひらいた小窓を眺める三日月宗近の、瞳が見たくて肩に手をかけた。
「うん?」
ゆるい微笑みで振り返った顔の、この天気もお構いなしにきらめく三日月はやはり美しかった。
腕に力を込めて、布団の中へ三日月宗近をしっかり引きずりこむ。温かい体を掛け布ごとぎゅうぎゅう抱きくるんだ。苦しい、と笑う声に頬擦りする。
寒いも温かいも、つい最近までわからなかった感覚だ。今となってはそれがすっかり当然になっているが、改めて受肉した上で現世へ顕現したことに感謝せずにはいられない。
千年も昔、とろけるような笑顔を目の当たりにしたとき、きっと鶴丸国永はあの瞬間に胸を焦がしていた。それを今になって、ようやくとはいえ自覚できたのだ。
「三日月、三日月」
掛け布から顔を出した三日月宗近がはしりと瞬く。ちょっと首を傾げて鶴丸国永を待つ、その額に額を重ねた。
「もう健やかであれとは言わん」
至近距離で伏せられた瞼のつややかさを見つめる。
「健やかだろうが病みつこうが、君の喜怒哀楽のすべてを傍で見させてくれ」
睫毛が震えて、その奥できらめく揃い月が鶴丸国永を映した。
二度三度瞬き、それから大輪の牡丹が咲きこぼれるような笑みを浮かべる。
「
……
ならばおまえも、俺に喜怒哀楽のすべてを晒さねばなあ。鶴」
「望むところだ」
笑み交わす鶴丸国永と三日月宗近のはるか頭上で、鳴神のかすかな笑声が雨音と紛れて降りそそぐ。
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