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やまだ
2015-06-05 23:11:37
1651文字
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つるみかワンドロ お題「雨上がり」
白い着物は汚れが目立つと、常にそう口にしている当人は今、しとしとと雨の降る庭に踊り出て傘も差さずにはしゃいでいる。
ぬるい、眠気をもよおすような気だるい空気を払いのけるように袖を振り回し、何がそこまで楽しいものか、鶴丸国永はまなこを輝かせて曇天を振り仰ぐ。望月のような双眸が、今はまるで太陽を模している。
それを屋根の下から見守る三日月宗近は、五日続く雨を今更あえて全力で楽しもうとは思えない。そぼ降る雨に濡れる緑はつややかに美しいし、あちこちから響く水滴の奏でる調べに耳を傾けるのも楽しい。蛙を見つければつい笑みがこぼれる。けれども鶴丸国永のように濡れてみようとは思わなかった。
だから庭を眺めながら熱めの湯を飲んでいる。少し肌寒いほどの今日だった。
湯呑みで手をあたためる三日月宗近の視界に白い腕がひるがえる。白い着物から覗く白い腕には白い布が巻かれていた。きっとあとで手当てのやり直しだろう。それとも手入れが完了するまで、鶴丸国永はここでこうやって舞い遊ぶつもりなのか。
半日手入れ部屋に篭っていた鶴丸国永が出歩けるほど回復したのがほんの四半刻ほど前のこと、まだ肉体の損傷が癒えきっていないというのに素足で庭へ降りた薄い背を、しかし三日月宗近は止めなかったのだ。
鶴丸国永があまりに楽しそうな目をしていたから、引き止めることができなかった。
「鶴」
雨音に紛れさせて呼んでみる。もちろん鶴丸国永には届かない。
踊りつづける白い影を雨中に眺め、そっと笑む。まるで人間の童子のような振る舞いがかわゆらしい。とても半日前に肩から腹までぱっくり裂けた体で帰ってきた男と同じものとは思えない。
湯呑みを握りしめる。手のひらがじんと熱い。
「鶴」
鶴丸国永には届かない。
恋という煩わしいようなものを三日月宗近が自覚したのはごく最近で、その対象として鶴丸国永を求めている。
煩わしい、などというものを知ったのも同じころだが、まったく実にこの感情は厄介だ。三日月宗近自身から湧いて出たはずが、その衝動ときたらつくづく手に負えない。恋を知ってしまってから三日月宗近は図々しくなった。鶴丸国永を乞うことを覚えた。
あの姿勢のよい立ち姿の横に、いつであってもおのれの姿があればよいと願うことを覚えた。
戦場でも早く並び立ちたいものだが、三日月宗近はまだ彼に比べると練度が数段低い。とても同じ部隊として編成できるものではないので、鶴丸国永とはいつも出陣がちぐはぐになり、今回のような負傷を知るのも遅くなる。それが悔しいと思うようになった。鶴丸国永をこうも傷つけた敵に対して憎悪を抱いた。
煩わしい粘性の情動は、同種の汚い情感ばかりを三日月宗近へ芽生えさせる。いっそ気づかなければよかったのか。知らぬままのんきににこにこ笑い、手の届かぬ場所へ向かう鶴丸国永を見送ればよかったのか。
ただ可能性の一分岐として考えるだけでこうも喉の奥が痛む、こんな感情は手放したほうがよいのではないか。
「
――
三日月?」
ようやく踊りをやめた鶴丸国永が、微笑む三日月宗近に目を止めるなりぎくりと顔を強張らせた。大股に近寄る影をぼんやり見守る。瞬く瞼が重い。
眉をひそめた鶴丸国永が気遣わしく三日月宗近を覗きこむ。
「君の涙なんて初めて見たぞ。どうした、自慢の双月が雨で隠れているじゃないか」
そう言ってびしょ濡れの指で三日月宗近の頬を擦るものだから、あっという間に涙と雨が混じって一層ひどい面になる。思わず笑うとやっと鶴丸国永も眉間を晴らした。
「鶴」
「うん?」
呼びかけると鶴丸国永はちょっと首を傾けた。
三日月宗近を待っている。
ゆっくりと瞬く。涙を散らし、ひたと真白い男を見据え、それから三日月宗近は微笑んだ。雨音が今は遠い。
「
……
この俺が、涙するほどにたったひとりを恋うていると言ったなら、おまえは笑うだろうか」
鶴丸国永の前髪から垂れた滴が、三日月宗近の頬へ落ちる。
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