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やまだ
2015-06-05 00:02:25
1679文字
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クロノとジュリエット
しのう
ジュリエット・ロウという、部下が、いる。
軽薄でやかましい、だがそれらの欠点を軽く帳消しにするほど腕の立つ男で、クロノはそれなりに彼を重宝している。見た目や言動を裏切って賢いジュリエットは、クロノが一を言えば十を理解し、そして完璧に実行するのだった。
便利な男である。
だが同じほどに扱いにくくもある。
「
……
おい。ロウ」
「はいはい」
机を挟んだ正面のソファーに深く腰かけた部下の長い指が、つやつやと黒い万年筆をもてあそんでいる。
まるで我が物顔だが、あれはつい三秒ほど前までクロノが使用していたものだ。
「これで何度目だと思っている」
ぴょこりとジュリエットが首を傾げると、それに合わせて高く結った彼の黒髪も跳ねる。無邪気なばかりの仕草にため息も出ようというものだ。読みさしの書類を机へ戻し、クロノはその手でこめかみを揉みしだく。
「二十三本だ。これまでおまえに貸した万年筆が二十三本になる。一本でも返そうという気にはならないのか」
「うわ、先輩いちいち数えてるんですか」
「ロウ」
書類の上に手を重ね、にこりと笑う。
幾分か青ざめた様子のジュリエットは、口を噤み、僅かに背筋を伸ばしたようだ。
「おまえが持ち帰った万年筆は、すべて俺の私物だ」
「
……
っす」
「中には三十年以上使ったものもある」
「えっ先輩、そんなの俺に貸してくれてたんですか」
「
……
だから、早く返せと言ってるんだ」
ソファーに身を沈めて足を組み替える。
さすがに二千年も死なずにいて、人にも物にもあまり強い執着を抱かなくはなってきたが、それでも愛着くらいはもつものだ。身の回りからなくなれば、まあ、少しは寂しい。
「なくしたのか?」
とは言っても咎める気が湧くほどではないので、クロノの問いかけもおざなりになる。放るように問うてみると、なぜかジュリエットはそわそわと頬を掻いた。
「あー。いや、部屋に。飾ってます」
「
……
万年筆をか?」
「万年筆を」
「
……
なぜ」
「いや。先輩のですから」
「
……
意味がわからない」
人から拝借した文房具をずらりと二十本近く、机だか棚だか知らないが保管しておくジュリエットの行為が理解不能だ。
かるく眉をひそめるクロノを見て、しかしジュリエットはへらりと笑う。手にした万年筆を指先でゆったりと撫でている。
「お守りなんです」
「勝手に人の私物を祭りあげるな。文房具の宗教でも作る気か」
「やだな、そんなわけないでしょう」
滲ませるようにジュリエットが微笑んだ。
ゆるく弧を描く唇が、漆黒の万年筆へそっと押し当てられるさまを、クロノは黙って見つめる。窘めなかったのはジュリエットの表情のせいだ。
「俺が跪きたいのはあなただけですし」
まるでこれから絞首台へ向かうような顔をする。クロノが使っていた万年筆よりも年下のくせに、からからに渇いて力も尽きかけの老爺より暗い目をする。
「
……
あなただけがいい」
「
――
ロウ」
組んでいた足を解く。立ち上がると縋るまなざしが絡みついて、それに深々と嘆息した。
いつも振りまくやかましさをすっかり忘れて、瀕死のような顔を晒さないでほしい。自虐と怯えと後悔と、そんなものをクロノの前へ並べないでほしかった。ジュリエット・ロウという男の形容に、それらはあまりにもそぐわない。
「
……
俺は神ではない」
「知ってます」
「なら」
「けど」
ジュリエットの声が震えていた。
「俺にとってあなたはそれ以上の人だったんです」
「過去形か」
「
――
はい」
奈落を秘めた瞳は泣くように歪められて、そのくせ乾ききっている。
思いがけない不器用さにクロノは薄く笑った。くろぐろとうつろなその目を見下ろし、浅く首を傾ける。
「
……
懺悔を聞くつもりはない。言い訳も必要ない。事実だけを正確に述べるのなら、聞こう、ロウ」
ジュリエットの手が万年筆を握りしめる。きっとあれももうクロノのもとへ戻ることはあるまい。見下ろす白い唇が薄くひらく。
ジュリエット・ロウという、部下が、いた。
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