やまだ
2015-05-22 23:03:34
1546文字
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つるみかワンドロ お題「涙」


 羽を折って本丸に迷いこんだ鳶を、薬研藤四郎を中心にした粟田口の兄弟がひそかに看病していたのを鶴丸国永は知っている。
 その鳶が、彼らの献身的な看病にも関わらずとうとう死んだらしいというのは、隣で微笑みつつ庭を眺める三日月宗近から今聞いた。三日月宗近の視線のはるか先には、椿の繁みの根元に並んで屈む粟田口の兄弟がいる。
「よい子らだ。心から鳶の死を悼んでいる」
 まるきり好々爺の表情で、三日月宗近は穏やかに呟いた。
 隣であぐらをかく鶴丸国永はしかし、膝の上に頬杖をついて首をひねる。
「俺たちがそんな痛みを知ってどうする。この手は救うためにあるわけじゃあない」
 鶴丸国永も三日月宗近も、土の下へ向かって手を合わせているだろう子らも、身中へ秘める本性といえば薄く叩き伸ばした鋼のかたちをしている。
 刀剣の役割といえば斬る殺すで、慰撫のための手など持たぬがいいと鶴丸国永個人としては思うのだ。慈しんだそのいのちをいずれ、おのれで斬り伏せるときが来る可能性もある。
 おや、と呟く三日月宗近はおもしろそうな目で鶴丸国永を振り返った。
「死とは、痛みか。鶴」
……なかなか耳聡いよなあ君は」
 溜め息をついてやればなぜだか向こうは得意げだ。邪気のない、そのくせ品は失わない三日月宗近のふるまいに苦笑し、目を合わせる。ふっくら微笑む瞳の底で細く三日月がうるんでいる。
「君はなんとする、三日月。君にとってはどんなものだった」
「拒絶と、忘却だ」
 即答とは珍しい。
 声音は変わらず今日の陽射しのように穏やかなまま、微笑みの尽きぬ唇で、三日月宗近はおよそ彼にそぐわない言葉を口にした。
 目をぱちくりさせる鶴丸国永に気づくと微かに首を傾けて笑う。袖から出した指先が、三日月宗近と鶴丸国永の間の僅かな隙間をつうっと撫でた。
「この線を、越えてはならぬと。おまえはこちらへ来ること叶わぬと。死はいつでも俺を親しんだ人間から遠ざけた」
 千年も生きる麗しき太刀は、そこでふっと言葉を休めた。遠く、短刀たちのいる椿の繁みよりもさらに遠くへ夢見るようなまなざしを上げている。
「拒絶も忘却も俺はおそろしいと思う。おそろしいものだと、ここで過ごすうち思い出した」
 三日月宗近といえば人々の手を巡るそのたびに賞賛され愛でられる存在だと思っていたから、鶴丸国永は少々目をまるくする。彼が怯えるそれらの影は、きらびやかな来歴におよそ縁遠いものではないか。
 いつまでも届かぬ場所を眺めている三日月宗近を、あえて無粋な笑声で引き戻す。視線が鶴丸国永の上で止まったことに安堵した。
「思い出したとは君らしい」
「うむ。おまえのせいだ」
 にこやかな美貌を見つめて唇を曲げる。あまりに唐突であり、あまりに身に覚えがない。
「俺かい? そう言われてもぴんと来ないな」
 しきりに首を左右へ傾ける鶴丸国永のさまを見て、三日月宗近はころころと笑った。目尻に笑みの残滓がきらめいている。
 つとそれを拭った袖が、指先が鶴丸国永のこめかみに触れる。先ほど三日月宗近自身が引いた境界線をたやすく越えて鶴丸国永の髪をゆるやかに撫でる。
 目を上げると、三日月宗近の透きとおるような微笑があった。
……おまえに忘れられることが、俺はおそろしいのさ、鶴」
――呆れたなあ」
 こめかみをくすぐる指をとり、微笑む男の首筋に頬を擦りつける。淡く香る白檀が心地よい。目を閉じた。
「この俺が、鶴丸国永が、君のような愉快なやつを忘れるものか。君こそ俺を忘れないでくれよ」
 はは、とすぐ耳元で優しげな笑い声がする。
「そんな日は永劫訪れまいよ。俺が俺である限りはな」
 庭の奥から、子らの噛み殺した泣き声が微かに聞こえてくる。