目覚めると、薄明るい朝の空気にほんのり飯の香りが混じっていた。しばらく鼻をひくつかせていた鶴丸国永だが、意識が覚醒した瞬間勢いよく起き上がる。被っていた布団が裸の背中を滑り落ちた。
寝坊である。常ならばとっくに身支度を終えて部屋を出ている頃合いだ。
一瞬顔をしかめ、しかしその間すら惜しいと布団を捲り上げる。鶴丸国永の隣でまだ気持ちよさそうにすやすや眠っている男の頬を、手の甲でかるく叩く。
「おい三日月、起きろ。朝食に間に合わなくなるぞ」
「……そんな時間か」
睫毛を震わせてぼんやり目を開けた三日月宗近も、当然素裸だ。普段よりも声が掠れて少し低い。
背中を丸めた三日月宗近がもそもそ体を起こすうちに、鶴丸国永は手早く白い襦袢を纏って腰紐を締めている。とにかく急がねばならない。
この屋敷では、朝だけは全員が揃って食事をとる決まりがあるのだ。あまりにも顔を出すのが遅れると、食べる意思なしとみなされてさっさと片付けられてしまう。
昨夜あれこれ励んだ上で昼までまともに食えないのでは、腹の虫があまりに哀れだ。
「三日月、襦袢を着ておけよ」
ざっと長着に袖を通しながら振り返ると、眠たげに瞬く三日月宗近は鶴丸国永が言うまでもなく墨色の襦袢の襟を整えていた。視線に気づくと寝乱れた頭をこっくり傾けて笑う。
「面倒をかけるなあ。鶴」
三日月宗近の衣装は着るにも脱ぐにも手間がかかるのだ。朝飯まであと半刻あるかないかの今、ひとりで狩衣をつけさせるよりも鶴丸国永とふたりがかりで着付けにとりかかるほうが確実だ。
殊勝なことを言う三日月宗近へ、袴をつけつつ目で笑う。
「それより、歩けるかい」
「大台所までだろう。なんとかなるさ」
のんきに目を細めて、さっと髪を指で梳けば寝癖など冗談のようにおとなしくなるのだから、つくづくこの男の天然ものの美には感心する。
「鶴。着付けのあとに髪飾りも頼む」
にこにこと房飾りのついた組紐を差し出す三日月宗近に苦笑してから、受け取るついででその唇を吸った。
「遅かったな」
どうにか膳の前へ辿り着いたのが、まさに全員で箸をとる直前だった。どさりとあぐらをかく鶴丸国永と、その横でゆっくりと正座する三日月宗近を幾度か見比べ、鶯丸が目を細める。
「はは。寝過ごすところだった」
三日月宗近が味噌汁椀を手に答えると、鶯丸はふうんと呟いてまた視線を滑らせた。鶴丸国永と三日月宗近の間を数回行き来した目が、瞬きとともに笑みを浮かべる。
「……ああ。それでか」
瓜の漬物を噛む鶴丸国永と、味噌汁をすすった三日月宗近が同時に首を傾げて、すると鶯丸が珍しく顔じゅうで笑いながらおのれの喉元をとんと突いた。
「襦袢の色が違うんじゃないか。おふたりさん」
うん、と揃って呟いて互いを眺める。
確かに三日月宗近の衿が、いつも鶴丸国永の身につけるものと同じ色をしていた。すると鶴丸国永は三日月宗近の襦袢を着てしまっていたのか。焦っているからだとばかり思っていたが、どうりで裾が余ったわけだ。
「なるほどなあ」
隣で三日月宗近も微笑みながら頷いている。
「今朝は離れてからも鶴の気配がよく香ると思ったが。そうか、襦袢の香りか」
そう言われてしまえば鶴丸国永も意識せずにはいられない。朗らかに笑う鶯丸から目を逸らして額を支える。
目覚めたときにはあれほど距離があっても芳しかったはずの朝食の香りよりも、首筋からごく淡く立ちのぼる三日月宗近の香のほうが、よほど空きっ腹を刺激した。
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