やまだ
2015-05-08 22:56:12
1368文字
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つるみかワンドロ参加「初夏」


 単なる刀である頃から湿気とは相性が悪かったが、まさか人のかたちを得てからもこうまで悩まされるとは思わなかった。首筋に貼りつく髪を雑に梳き、うんざりと鶴丸国永は嘆息する。
「蒸し暑い」
 まだ夏が立ったばかりだというのに、太陽のこの張りきりようはなんなのだ。じめじめ蒸し蒸しする空気をさらに煮たててくれようとばかり、容赦ない光線を降りそそいでくる。
 さすがに羽織りを着てはいられない。畳の上へ適当に投げ、無意味と知りつつ手のひらでぬるい空気を顔に送る鶴丸国永だ。
「暑いなあ」
 転じて室内に座す男は、こちらは常と変わらぬ藍の狩衣をさらりと着こなしのんきに笑っている。手にした湯呑みには氷が浮いて、彼の言葉に真実味を足す要素といえばそれだけだ。
 どかりと正面にあぐらをかいた鶴丸国永へ、ほのかに笑んだ男が氷を一粒よこしてくる。受け取るなり口内へ放って噛み砕く、その一瞬だけはすうっと涼しい。
「汗の一粒も浮かべずに言う台詞か? まったく君は真面目だなあ」
 僅かに首をななめにする優麗な男を三日月宗近という。
 天下に名だたる五口の刀、そのうちでもっとも美しいと褒めそやされて数世紀も越せば、この程度の暑気で見苦しいざまを晒すなど、何よりもまずおのれが許さぬのだろう。難儀なことだと、うっすら額に浮かんだ汗をこぶしでぬぐいながら、ひそかに同情する。
「はは。初めておまえに褒められた気がする」
 のんびりと氷水を含む三日月宗近の膝元に閉じた扇子が置いてある。一言断って手を伸ばし、ひろげてみると、薄鼠の扇面に鮎が数匹遊んでいる。
 矯めつ眇めつするうち、自然と苦笑が浮かんでしまう。
「やれやれ。涼しげでいい絵だな、三日月」
 うむ、と三日月宗近も笑った。
「夏になるから持ち替えたのだがなあ。眺めていると何やら悔しくなるのだ」
「まあ……まさか君が池に跳びこむわけにもいかないものな」
 もし彼がそんなことをすれば大事件だ。
 けれども、こうして見た目だけは涼しげな居姿を保ちつづけている三日月宗近が、腹の内では鶴丸国永と何も変わらぬと知るのはなんとなくほっとする。
 扇子を翻し、背筋を伸ばして座る三日月宗近へ風を送ってやる。ほのかに揺れる前髪の下で夢見るような目がぱちりと瞬いて、それからふっくら微笑んだ。
「涼しい」
「そいつは重畳だ」
 鶴丸国永のうなじを汗が伝う。扇子を振る手の内もじっとり濡れている。だがおそらく、好き勝手に汗をかける鶴丸国永のほうがましなのだし、こんな他愛ないことで機嫌をよくする三日月宗近を眺めるのはおもしろい。
「なあ三日月、器の氷が溶けたら中庭へ出よう」
「庭へか? だが暑いだろう」
「池がある。水辺で陰に入っていれば、ここよりも涼しいくらいじゃないか」
 興味深げに瞬くまなこへ、鶴丸国永は苦笑する。
「それに、池に足を浸すくらいは見逃してくれるさ」
「あるじ殿がか?」
「いや違う。君自身がだ。そうだろう?」
 にやりと笑うと、微風を受けるかんばせに淡い驚きが広がり、すぐに微笑がその上へ滲む。三日月宗近のこういう、さざめくような表情の移り変わりを見るのは、楽しい。
……そうだなあ」
「よし、では決まりだ」
 ゆったり頷く三日月宗近の掌中で、湯呑みに浮かぶ氷がころりと溶けた。