ろころころ
2025-02-27 00:46:38
2796文字
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Ⅸの葛藤



「俺はクロユリ、クロユリ・アウローラだよ。じゃ、俺は寝るから起こしたら殴るからねぇ?」

何とも無礼で品の無い欠損者だ。
これがこの"クロユリ"とかいう男に対する、僕の第一印象だった。


欠損者は嫌いだ。別に弱いからとか見た目が醜いからとか、そんな平凡な理由じゃない。

欠損者っていうのは、自分達を「弱者」だと思い込んでいる。自分達は弱者だから何もすることが出来無いし、「強者」に値する能力者達に見下されたまま生きるのだと。それを当たり前だと受け入れ、なにかアクションを起こすことも無く、彼らは現状への不満と文句しか言わない。
僕は能力者だし、ユニオン構成員の多くも能力者だ。だから能力者達の中には、欠損者も能力者も分け隔てなしに"守るべき民"だと捉え、命懸けで守ろうとする人がいるのも知っている。もちろん僕だって、ユニオン構成員の一人としてユニオンの理念に沿った行動を起こすべく、命懸けで欠損者達を守るために戦ったことだって幾度もあった。

けれども、欠損者達はそんな僕達の苦労に感謝することも無ければ、「何故もっと早く来なかったのか」「何故息子を助けてくれなかったのか」とただひたすらに不満だけを当たり散らしてくる。僕がまだクロスユニオンの軍人だった頃ユニオンには真面目で正義感が強い人も多いから、こうした言葉で辞職した同僚も沢山いた。
事故が起きた時、EM能力が無いとはいえ彼らにだって出来ることはあるはずだ。けれども彼らはそれをしない。何故なら、自分達は力が無くて弱い生き物で、自分達には何も出来ないと信じ込んでしまっているから。文句だけ言って実行しようとはせず、ただひたすらに力のある者が来てくれるのを待っている。そして、「力のある者は自分達と違う」と勝手に判断して、僕達の寄り添いを無碍に扱うのだ。

彼らは、自分達の愚かな思い込みのせいでただ無駄でしかない人生を過ごし、力を持つ僕達を化け物のように扱ってくる。
だから僕は欠損者が嫌いだ。


……そうさ、だから欠損者は嫌なんだ。別に殴られていたかったからとかそういう理由じゃないし」
「泣いてる?」
「泣いてない!」

この男、最近は殴られた時の僕の反応を密かに楽しんでいる気がする。このクズめ。地獄に落ちろ。

「うわぁざっこ」
「口を慎みなさいクソ欠損者」

ヒリヒリと痛む頬は未だに熱を持っている。冷やさないと腫れるだろうか?相変わらず暴力でしかものを言えない、人間の長所である"理性"というものを活かすことの出来ない可哀想な頭の持ち主は今回も容赦無く殴ってきた。
寝起きで不機嫌だからといって物に当たるなど、何時までお子様気分でいるつもりだろうか?と罵ってやろうかと思ったが、これ以上顔に傷を増やしたくは無いのでやめておいた。


「早く準備して集まって貰える?皆に迷惑だから。次、時刻通りに来なかったら今までの僕への暴力と遅刻を全てまとめて提出しますので」
「はぁ寝起きにキンキンとうるさいなぁ
「寝起きなのは君だけだろう?」


そう、このムカつく欠損者は欠損者の癖して僕に一丁前に逆らってくる。なんなら寝起きで機嫌が悪いと殴ってくる。僕は彼に対して暴力なぞ振るったことがないのに、彼は初対面から殴ると脅し、その後は本当に実行してきた。

おそらくだが、この馬鹿の中に誰が欠損者で誰が能力者かだなんて認識は入っていない。他者に微塵も興味が無い上に社会性も協調性もない、社会不適合者を煮詰めたような性格のコイツはまず僕以外の同僚の顔も名前も覚えていないし、世の中の欠損者が弱者として細々と生きてることなんて知らないのだ。いや、正確に言えば知ってはいるけど持ち前の図太さで無視していると言った方が正しい。

少なくとも、コイツに関しては欠損者とは思えないくらい図々しいのだ。能力者であり同じ役職とはいえ先輩に値する僕を当たり前のように殴ってくる。そもそもだ、人を殴るのは欠損者能力者関係無しに良くないだろう。本当に、何故こいつがユニオンにいるのか。ユニオン七不思議の一つに入れても良いと思う。

「うわ、痛そうですね。可哀想に」

急に死角から指が伸びて、僕の叩かれて赤くなった頬を容赦無く抓る。

「いだだだだっ!?な、クローヴィス!何するんですか!僕の事嫌いなのかい!?」
「いいえ?痛そうだったので触ってみただけですが」

好奇心ですよ、好奇心と爽やかに胡散臭い笑みを浮かべる同期のエージェントを僕は許さない。
と、ふいに今度は患部にヒヤッとした感覚を感じ思わず背筋を震わせる。

「なっ、今度は何を──────」
『piu!』
「キキュイさんでもくっつけて起きなさい。冷やした方が早く治りますよ」

ぷいぷい鳴きながら頬にくっついてくるクリオネのような生き物は水のようにヒンヤリとして冷たかった。確かに冷却出来そうだが、顔にクリオネがくっついているという状況を明らかに面白がっているだろう同期に対してはやはり許すべきでは無いと思った。

「ちょっと、離れなさいまったく、こんな光景あのバカに見られたらたまったもんじゃないだろ」
「大きな子供の子守り、お疲れ様です。いいじゃないですか。彼、貴方に懐いてますし」
「うげぇ」

改めて口に出されると最悪だ。何故僕なのか。奴の行動は全体的に理不尽だが、これに関しては最も理不尽極まりない事実だと思う。

「欠損者も能力者も平等に捉え、実行力があり、仕事上とはいえ世界のために戦っている。貴方の望んだ欠損者の姿、そのものでは?」
「やめろよおぞましい。僕の夢を壊さないでくれ。僕が望んでるのはあんな野蛮人じゃないですから」

ふと見上げると少し先に、例の男がフラフラと向かってくるのが見えた。まだ眠気が取れていないのが足取りはおぼつかない。階段から落ちてでもくれれば良いのにと僕は心の中で呪詛を吐いた。

結局のところ、彼が何故僕の顔だけ覚えているのかはいまいちよくわからない。けれども一つ言えるのは、彼は信用出来る人間だ。殴りはしても、僕を囮にした奴らみたいにずっと褒めて信用させて地獄に叩き落とすだなんて酷いことはしない。そもそも彼のような眠ければ寝るし、腹が立てば殴る単純で素直な人間がそんな面倒な回りくどいことするわけが無い。
だから、信用出来るのだ。ユニオンからの評価が未だに信用出来ない僕にとって、彼からの評価は理由が見当たらなくても、十分に信用出来るものだった。

だからこうして、仕方なしに起こしたり付き合ったり殴られてやってるのも、僕に得があるからであって。決して気づいたら彼の傍に行ってしまうとか、そういう理由では無いのだ。


Fin