77nairo
2025-03-01 23:00:00
1241文字
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寂しい


 二人を乗せたSUVは、秋田道を快調に飛ばしている。高速道路とは思えないほどつぎはぎだらけの舗装をスムーズに乗り越える走り、長時間の運転でも尻が痛くならないシートに、松本は感心していた。車を買い替えてから初めての遠距離ドライブは、今のところ大成功だ。
 もともと松本は車に大して興味がなかったから、社会人になって初めて購入した軽自動車に十五年ほど乗っていた。「プロなら子どもたちの憧れの的になるような車に乗れ」と言ってきたのはかつてのチームメイトで、嬉々としてカタログを開いたのは今助手席に座っている一之倉だ。それがバスケ引退後に車の営業マンとなった元チームメイトの初成約だったらしい。
 道路はほとんど真っ直ぐで見通しが良く、左手は防風壁で守られている。右手は見渡す限り真っ白だ。雪に埋もれているのはすべて田んぼだろう。すれ違う車は稀で、路面に雪はなく灰色のアスファルトが続くばかり。
 スムーズ過ぎる走りと単調な景色、繰り返し再生しているBGMに、松本はあくびを噛み殺した。
「そろそろ交代しようか」
 助手席から声をかけられて、松本は前方に据えていた視線をちらりとそらした。東京から運転を交代しつつ走り続けてきたから、一之倉も眠たげだ。
「いや、大丈夫。もうちょっとだし、最後まで運転するよ」
「でも着いたらすぐ試合させられるだろ。プロらしいパフォーマンス見せないと」
「まだまだ高校生には負けねえよ」
「ゴローもそんなこと言ってぎっくり腰になったらしいけど」
 けらけら笑う一之倉につられて、松本も笑った。山王の指導を始めて二十年、まだまだ高校生には負けられんと張り切った恩師が現役生とのスリーポイント対決の最中に腰を痛めたというネタは、深津が同期たちに広めたものだ。
「そりゃ、監督だって威厳を見せなきゃならんだろ」
 山王が最後に日本一を獲ったのは三年前。今年のインターハイは秋田で開催されることになっている。ここで勝たなければ、という気持ちは強いはずだ。
……ゴロー、辞めちゃうかな」
 一之倉が頬杖をついて窓の外を眺めているのが、視界の端に映る。そちらには防風壁しか見えないだろうに。
「要は勝てばいいんだ」
 松本がシーズン中の貴重なオフにこうして車を走らせているのも、全国各地からOBが集まるのも、すべてはそのためだ。最近は外国人留学生を受け入れて大型化を図る高校が増え、山王、ひいては堂本監督のバスケは時代遅れという声も聞く。
「日本一になって、やっぱりゴローじゃなきゃって言わせてやろうぜ」
「そうだな」
 シフトレバーに置いた松本の左手を、一之倉の右手が包んだ。
 松本のバスケの土台は山王にある。礎石を一つひとつ積んだのは自分自身だと胸を張って言えるけれど、積み方を教えてくれたのは堂本監督だった。
 監督に真冬の高速道路みたいな寂しい花道を歩ませるわけにはいかない。
 松本はまっすぐ前を見据え、アクセルを踏み込んで、母校への道をひた走った。