水木の凛とした美しさとは違い、どこか儚げな印象のある少女だった。しかし、龍賀家の娘ともあろうものが、一人で堂々と敵陣に乗り込んで来たのだ。その胆力や芯の強さは、さすが水木と縁のある娘だけあって見上げたものだ。
「話を聞こう、お嬢ちゃん」
ゲゲ郎は彼女の正面に座り、じっとその顔を見つめた。沙代は唇を引き結び、まっすぐな視線でゲゲ郎を見つめ返した。
「お姉さまは……水木さんは、龍賀の家にいます」
「水木は無事なのか」
「はい」
沙代はうなずいた。それだけでも値千金の価値がある情報だ。
「そうか……よかった」
つい表情を緩めてホッとした顔をしてしまった。沙代はそれを見て、驚いたように目をみはった。
「どうしたのじゃ」
「……お姉さまは、ご両親を失ってずっと寂しそうにしていらしたんですの。でも、久しぶりに会ったら、すっかり明るくなっていらして……きっと親分さんは、お姉さまを大切にしてくださったんですね」
微笑みながらそう言われて、ゲゲ郎は胸が熱くなるのを感じた。酷いことばかりしてきたと後悔していたが、水木はここでの生活を幸せだと感じてくれていたのだ。
「水木は、どうして龍賀家に? 何か弱みを握られておるのか」
「はい」
沙代は、少し言いよどむような間を置いてから、口を開いた。
「お姉さまは、わたくしのために龍賀に戻ってきたのです」
そう言いながら、沙代は着物の袖をたくし上げた。細い腕には、いくつもの注射痕が残っていた。ゲゲ郎は眉根を寄せた。薄くはなっているが、これは麻薬を打った跡だろう。
龍賀の富の源泉は麻薬だ。南米から安く買いたたいた質のいい薬を売りさばき、莫大な富を築いてきた。
二つの組の抗争の本当のきっかけは、岩子の誘拐ではない。龍賀会の下っ端が、幽霊組では御法度とされている麻薬を縄張りで売りさばいていた。それを許さなかったゲゲ郎が下っ端を警察に突き出した。時貞が岩子を攫うよう指示したのは、その報復だったのだ。
「わたくしが薬を使っていると知って……お姉さまは、おじいさまからわたくしを守ろうとして、それで」
「あんたは悪くない。すべての原因は時貞じゃ」
薬に頼らねば生きていけないほど、沙代は追い詰められていたのだろう。時貞の孫というだけでひどい目にあってきた哀れな少女である。水木も彼女も時貞の犠牲者だ。
しかし――――今ここで、ゲゲ郎が動くということは、抗争が始まり多くの命が失われることを意味する。岩子が殺されたときは、下の者たちの多くが「弔い合戦だ」と声を上げたのと、怒りに我を忘れていたせいですぐに報復に打って出た。
だが今はあの時とは違う。水木はもともと龍賀の家の者だ。戦争を始めるきっかけとしてはまだ弱い。ねずみに探らせているが、薬の出どころもまだつかめていない。
「それで、今日はどういう用件で、ここへ来たんじゃ」
ゲゲ郎が問いかけると、沙代は目を伏せた。長い睫毛が震えている。
「お姉さまから、言伝です。――――今までありがとう、俺のことは忘れてくれ、と」
それを聞いて、ゲゲ郎は唇を引き結んだ。あの馬鹿娘は、そうやって諦めさせる気なのだ。自分がきっかけで抗争が始まるくらいなら、自分が消えることですべてを終わらせる、そのくらいのことは考えるに違いない。つい感情的になりそうになって、手を握りしめて堪える。
「言伝はそれだけか」
「……はい」
沙代はうなずいたが、まだ何か言いたそうだった。
「どうしたんじゃ」
促してやると、彼女はためらいがちに口を開いた。
「黙っていてほしいと言われましたが、やはりお伝えしておきたいのです。お姉さまは、妊娠しています。あなたの子どもでしょう? 親分さん」
言葉が出なかった。ゲゲ郎は呆然として沙代の顔を見つめた。
「わしの……」
水木が連絡もろくにできない理由。時貞が水木を龍賀家に閉じ込めている理由が、ようやく分かった。時貞は水木を、こちらへの切り札として使おうとしているのだ。いざという時、時貞は水木と腹の子どもを盾にして、こちらを黙らせる気だろう。最悪の場合、見せしめとして子どもごと殺されるかもしれない。
岩子の時と同じだ。
――――許すまじ、龍賀時貞。
すとん、と表情をなくしたゲゲ郎を見て、沙代は静かに言った。
「親分さん――――わたくしにお手伝いできることなら、なんなりと言ってくださいませ」
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