溶けかけ。
2025-02-25 20:58:27
2203文字
Public ほぼ日刊
 

銀の檻

フリーナを庇ったことにより、髪の毛が短くなってしまったヌヴィレットのお話。
素敵なネタは綾乙(@amaotooo)さんから頂きました。

「フリーナ!」
 ヌヴィレットがフリーナを抱きしめた瞬間、巨大な斧が唸り声を上げながら彼の背の数センチ先を通過していった。
 黒鉄の先に貼り付いた見覚えのある銀糸の束が太陽に乱反射しながら宙を舞い、銀の雪を降らせると音も立てずに地面へと着地する。

「『世界を熱狂の渦に!』──ヌヴィレット!」
 フリーナの声で我に返る。
 辺り一面が水の元素力で満たされ、彼女を中心とした舞台の周りに小さな観客たちが現れ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる度に体に力が漲っていく。
 ──今は呆けている場合ではない。
 
 ヌヴィレットは敵の群れを真っ直ぐに見据えて杖をつく。朝焼け色の瞳が青白く煌めき、淡く光を帯びた裾がはためいた。
「泡沫となるがいい!」
 号令とともに数多の水が魔物達を貫く。
 断末魔の叫びが響き渡り、周囲には素材と化した残留物だけが残った。
「ヌヴィレット、怪我はない!?」
 フリーナと旅人、そしてパイモンが駆け寄ってくる。
「ああ。だが少し服が傷んでしまった」
 ぱたぱたとヌヴィレットが服についた泥を払う。彼の言葉に三人は顔を見合わせると肩の力を抜いた。
「まったく、キミってやつは……。気にするところはそこなのかい? 服なんてまた買うか直せばいいんだ! それより怪我がなくて何よりだよ。──はい、これ」
 フリーナは安堵の息を吐くとヌヴィレットに何かを手渡した。彼はそれを受け取り、分かりやすく肩を落とした。
 ぽたぽたと天から雫が垂れてくる。
「そんなに落ち込むなよ! また伸ばせばいいだろ! なあ、旅人!」
 パイモンに水を向けられた旅人も慌てて頷く。それから「その髪型も似合ってる」と言った。
 サァ……と雨が降り始める。思わず空を見上げれば、カンカン照りだった日光と青い空は今ではすっかり分厚い雲に阻まれてその姿を眩ませていた。
「ヌヴィレット」
 フリーナが彼の名前を呼んだ。ヌヴィレットの首がやおらに持ち上がり、彼女の海色の双眸を見つめ返す。
「髪を整えよう。僕に任せてくれ」
 フリーナは不敵な笑みを浮かべると彼の手を取った。ヌヴィレットは手を引かれるがままに彼女についていく。
「またな! フリーナ、ヌヴィレット!」
 パイモンにフリーナが先ほどの笑みを浮かべたまま手を振り返す。
 ──雨はまだ降り続いていた。

 フリーナはヌヴィレットを自宅へ連れ帰るとドレッサーの前に座らせると散髪用のケープを被せた。
「君がやるのか?」
「勿論だとも! これだって自分でしたしね」
 自身の髪に指を絡ませ、自慢げに振る舞うフリーナにヌヴィレットは僅かに眉を顰めた。勿体ない、と一瞬でも考えた自分を脳裏から追い出す。
「では、君に任せよう」
「任せてくれ。散髪には自信があるんだ」
 フリーナはドレッサーの引き出しから使い込まれた鋏を取り出すと利き手に持ち替え、ヌヴィレットの髪に霧吹きで湿らせる。
「随分と古い物だな」
「これかい? まあ、古いかな」
 フリーナの返答にヌヴィレットの顔が微かに曇る。
「ああ、安心してくれ。手入れはしっかりしているからね。勿論、研ぎにも出しているから切れ味抜群さ」
 シャキシャキとフリーナが空を切る。
「じゃあ始めるよ」

「終わったよ。ふふっ……眠ってしまうくらい気持ち良かったのかい?」
 フリーナは鋏を仕舞うとケープを取り払う。白い髪が床を舞った。
「雪みたいだ……なんて、見たことないんだけどね」
 箒を片手に床を掃除し始めるフリーナ。ヌヴィレットは立ち上がると跪いてちりとりを差し出した。
「殊勝な心がけだね」
「私の髪なのだ。して当然のことをしているだけだ」

 髪を片付け終わった二人はソファに隣り合って座っていた。不意にフリーナの手がヌヴィレットに伸びる。
「何の真似だ、フリーナ」
「うん? いや、見慣れないなぁ……と思ってさ」
 細い指がヌヴィレットの短くなった髪を撫でる。勿体ない、とフリーナの唇が言葉を形作った。
「キミの髪、天の川みたいで綺麗だったのにね……まあ、でも髪だけで済んでよかったというべきなのかな? ……守ってくれてありがとう。キミが無事で良かった。あのとき、キミが庇ってくれなければ僕の胴体は縦に真っ二つだったかも────って、えっ、待って、ヌヴィ……
 ヌヴィレットがフリーナの唇に口づける。そのまま、彼女の背中に手を添えて、二人は揃ってソファに倒れ込む。
「んんっ……ふ、ぅ……んぅ……
 早急に深まっていく舌の動きに応えながらフリーナの手は無意識に短くなった髪を撫でる。何故か物足りない心地になり、茹だった頭で考える。
「は、あっ……少し、残念だ……
……何が?」
 ヌヴィレットの唇がフリーナの首筋をなぞる。これからへの期待感が高まりぞくぞくとしてくる。
「キミの髪……囚われてるみたいだった」
 フリーナの指先がヌヴィレットの輪郭を確かめるように撫ぜる。指は少しずつ数を増やしながら、首の裏へと向かう。最終的に五本になった指は襟足を摩る。
「囚われている……?」
 疑問符を浮かべるヌヴィレットの後頭部に両腕を回し、距離を詰める。
 フリーナは彼の耳元に口を寄せ、囁いた。
「キミの髪が僕を覆ったとき、僕はどうしようもなく満たされた気分になるんだ。銀の檻に閉じ込められているようでね」