いを
2025-02-25 18:43:49
2157文字
Public 刀神
 

この身に余る暮夜

久遠
・紅梅百華さん【MocchiriSousaku】
お借りしています。

 玉匣とは、玉とはこを祀る社、早乙女とは「早乙女やつげのおぐしはささで来し」の頃に輿入れを受ける社。春に稲を植え、秋にはそれを刈り、五穀豊穣を祈る家。
――匣の中には玉と稲がある。」昔、父はそう言っていた。だがその父は、一年ほど前に死んだ――らしい。らしいというのは早乙女家に今、血の繋がった父はおらず、天照本部にほど近い家に婿に入ったと聞く。便りはそれが最後だったが、それももう二十年も前のことだ。母はその便りを聞くと気でも狂ったのかというくらいに取り乱し、床に伏せってしまった。今はどうなのだろうか。弟の壽々樹すずき、妹の千代子から聞くに、少しはまともになったらしいが。
「俺たちのことは大丈夫だから」
 壽々樹は電話越しにそういい、久遠を安心させるように他愛のないはなしをした。体の弱い千代子は無事に大学に進学したし、壽々樹は早乙女の家主としてしっかりとやっているらしい。まだ壽々樹は若いというのに。家と血に縛り付けられ、死ぬまでそこから出ることができない。そういう約束だ。人ならざるものとの。
 
 クイナゴによってコンクリートがずたずたになっている。あちこち跳び回った結果、道路を封鎖するはめになったようだ。
 門は今も開いてはいるがじき閉じるだろうとの緋鍔局からの通達だった。ただし、妖魔の種類が多い。クイナゴの他にもオチムシャやオオガマ、ツノムシやトウロウなどもいるようだ。
 腰に差しているのは太刀、紅梅百華。この場に似つかわしくないほどの神々しい刀だ。
「これだけ壊れているなら、これ以上壊れても問題はないか……
 鞘から太刀を抜いた久遠に目をつけたクイナゴがコンクリートを蹴る。かたいものが砕ける音。粉々になったコンクリートの破片もろともクイナゴが跳ぶ。
 刃を向け、クイナゴの眉間を斬りつける。疵が入ったなら上々、地鳴りのような音がしてクイナゴの頭が吹き飛んだ。コンクリートの破片を巻き込みながら。
 これ以上小さくなれないほどに細かく破壊されたコンクリートは爆風であちこちに霧散した。
「さらに穴が空いたな」
 紅梅百華が後ろでぽつりと呟く。
「これだけ破壊されているんだから、いくら壊そうがそう変わらないだろう」
「そういう問題か?」
 問われるも、久遠は一度肩をすくめただけで応えない。
 視界の端に黒いものが蠢く。右腕を振り上げ、柄頭でそれ・・を殴った。おもちゃのように地面に叩きつけられたクイナゴは脚をばたつかせ、恨めしげに久遠を見上げている。
 紅梅百華の刃先を下にし、そのまま核もろとも貫くと妖魔は黒い霧になって消えていった。 
「見向きもしないか」
 彼は霧散した妖魔を見届けるように目を細め語りかける。妖魔はひととおり片付け終えたようだ。門も閉じられている。じきに消失するだろう。
 刃を鞘に収め、そっと息をつく。
「そうだな。クイナゴごときで後れを取るわけにはいかない」
「そうではない」
 草履で砂利を踏む音が聞こえ、首を少し動かす。
 胡粉色の髪色と紅梅色が混ざった髪が煙っぽい風に揺らいだ。
「消えた妖魔を、だ」
……消えたらもう、何にもならない。斬った妖魔を覚えていることもない」
「そうか。そうだろうな。特に鯉朽隊なら」
「妖魔に情けをかけることもないだろう」
 まるで、自身に言い聞かせるように。
 妖魔は在るもので、人間も在るものだ。そして、呪いも、神も。相反する、ものも。
「行こう。紅梅百華殿」
 ここにはもうなにもない。
 
 生気は足りているか、と尋ねる。
 頷いたので久遠も同じように頷く。壱段が出る幕ではなかった気がしたが、万が一のためだったのだろう。壱段になっておおよそ一年、不測の事態のためあてがうのに可も無く不可も無く、丁度よかったのかもしれない。
「そういえば久遠。お前がつけているその指輪はなんだ? 若干だが霊力を感じる」
「これは……。お守りのようなものだ。俺は神社の生まれだが、見る力も祓う力も持っていないから」
「なるほど。それでか。ずいぶん古いもののようだ」
 両方の人差し指と中指に嵌められた指輪を無意識に撫でる。これがいつから存在しているのか久遠にも分からない。
「いつもしているのか」
「ああ。そういう約束だから」
 祖母との約束だ。
 そして拳を握りしめる。ギッと音がした。軋んだ捻子のような音だった。
「約束か」
 念を押すように紅梅百華が呟いた。
「そうだ」
 呻くように頷く。
 本当は弟の壽々樹に送られる予定だったのだが、久遠がなにももって生まれなかったから今、この指にある。
 呪い屋純血の父と母から生まれたのが久遠だ。なにをどう間違ったのか、久遠の目にも魂にも、必要になるはずのものは宿らなかった。だから強くなろうと――。そこまで考えて眉根を寄せる。そんな愚かしい考えで壱段になったわけではない。決して。
「久遠」
 いつの間にか立ち止まっていた。立ち止まる時間などない。人間には刀神のような時間は、ない。
 久遠には・・・・時間がないのだ・・・・・・・
 紅梅百華が数歩先で待っている。
「疲れたか? 梅干しを食うか」
 いつも通りのことば。久遠もいつものように、ふっと笑う。
「頂こうか」