yukiponta1996
2025-02-25 15:58:40
6670文字
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狂った街にて(5)

(5)(6)は同時にアップしています。
付き合ってない二人が任務に出て最終的に出られない部屋っぽいところで正気を失って×××してしまった二人のその後
もうちょっとだけ続きます

「ご苦労だったな」
 綱手の明瞭な声にカカシはひとつ頭を下げた。
 隣にイルカの姿はない。
 里に帰還してそのまま木ノ葉病院に入院することとなったからだ。だがニ、三日もすれば退院できるだろう。なにせ綱手の解毒剤はとびきりよく効く。
 あの屋敷で会った少年は、イルカに解毒剤を飲まされ意識を取り戻したガクエと共に老人の家に向かったらしい。聡い少年は半分残った解毒剤をちゃんと持っていたが、カカシはそれをイルカに飲ませることはしなかった。
 ガクエはひとまず薄葉村に残り、解毒剤を作れるだけ作ってみると言った。そのためにはサンプルとなるものがある方がいいからだ。もしイルカに少しでも正気が残っていたとすれば、彼は迷わず飲まないと言っただろう。
 カカシの判断だ。
 なにせ薬草が豊富に採れる村だ。綱手からある程度指南は受けていたようだからガクエの技術があればあの村が廃人の村から抜け出せる手助けにはなる。そのうち木ノ葉の里からも増援が向かうだろう。
 ガクエは実直な青年でそんな男がササメに心酔していた様を思い出せば背筋が寒くなる思いがした。自分たちもああなる手前だったのだ。
 イルカには老人が煎じた飛び切り濃い薬湯を飲ませた。それでも回復には至らず、しょうがないから眠らせてカカシが背負って里に帰還した。
 あんなことがあった後だ。変に気まずい中帰還の途に就くよりは余程気が楽だった。
 ササメについては――  
 彼女は屋敷の最奥、室内栽培された薬草がひしめく部屋にいた。まさかカカシが解毒剤を持っていたとは気づきもしていなかったことを自嘲気味に笑った。全て己の手のひらの上で事が運ぶことに慣れて忍びとしての警戒心が緩んでいたのかもしれない。
 ――私死ぬの生きるのとか嫌になって。
 ――だから、里を抜けたと?
 ――頭ん中お花畑にした方が幸せでしょ。
 忍びの里に落ちたのが宿命ならそれを背負って生きていくしかない。どれほどの理不尽を抱えようとその生き方を変えることなど許されはしない。そう思って生きてきたカカシにとっては到底理解できない言葉だった。
 ――だって気持ちよかったでしょ? 最高の余興だった。
 やはり見ていたらしい。頭が冴えてしまっては眉を顰めたくなるばかりだったがこればかりは四の五の言ってもどうしようもないことだった。それでもカカシは一度は快楽に塗り潰された自分を呪わずにいられなかった。ただ運がよかったのだ。
 ――悪いが拘束させてもらう。
 正気を取り戻してしまえばさしたる時間はかからなかった。
 それをカカシは件の老人に伝えた。元々は霧隠れの里の忍者であった者同士だ。丸投げしたと言われればそれまでだが、綱手は何も言わなかった。
……ま、こういう任務はこれっきりにして欲しいですけど」
「なんだ。何があった」
 綱手はからかい気味に身を乗り出す。琥珀色の瞳が全てを見透かすように細められる。薬物による酩酊状態に陥ったため解毒剤を使い果たした、と報告してしまえば何が起こったかくらい想像もつくだろう。
「いや、まぁ」
 言葉を濁すカカシに綱手はひとつ笑う。
「お前の油断が招いた結果じゃないのかい」
「否定はしません」
「まぁいい。イルカを見舞ってやりな」
 思わず、「えー」と文句を垂れそうになって寸でのところで言葉を呑み込む。
 正直に言うと会いたくない。
 だが、どの道このまま何事もなかったように過ごすのも後味は悪い。
「どの道お前も――
「一応検査受けなきゃいけないんでしょ」
 薬物による中毒症状に陥った者には医療検査が必須となる。カカシとて例外ではなかった。
「わかってんならさっさと行きな」
 綱手にあしらわれてカカシは渋々執務室を後にした。
 



 カカシが気乗りのしない検査を受けるため木ノ葉病院に向かったのは翌日のことだ。別に今すぐ行けと言われたわけでもないし、と自分の中に言い訳を並べてはみるが正直イルカに会うために心の準備とやらが必要だったのかもしれない。
 ちょっと気を緩めたら、脳裏にイルカの酩酊した面差しが過ぎってしまうからだ。
 特殊な部屋に放り込まれて経絡系の検査を受け、採血を終えて廊下に佇んで、カカシはひとつ息をついた。
 何をやっているんだろうな、と自分でも思う。あの時のことはいわゆる非常事態であって、引き摺られて身持ちを危うくするほどのことではない。
「さて、行きますか」
 一言呟いて、イルカの病室を確認するため一旦ロビーに出たところで当のイルカとばったり会ってしまった。きちんと忍び装束を着こんだいつもの姿のイルカに。
「え、イルカ先生、もう……?」
 思わずそう言ってしまった。まさかたった一晩で退院とは思っていなかった。
 まばらに人が行きかう中、イルカはカカシの姿を見止めて一瞬目を見開き、それから硬い表情で頭を下げる。
「色々とご迷惑かけちまって」
 後ろめたさで咄嗟に言葉が出てこなかった。何と返してやるのが正解かもわからない。顔を上げたイルカは何も言わないカカシにいたたまれないような表情を向ける。
 正しくいつものイルカの面差しだった。顔色も悪くない。
「身体はもう……?」
「はい」
 おかげさまで。ありがとうございました。
 逡巡のない明瞭な声を聞くのは久しぶりだ。脳裏にまたあの狂った部屋の中の姿が掠める。
 本人を目の前にしたら、駆け巡る残像はより鮮明になった。とろりと溶けた眼差しや蠱惑的な表情、それからこの生真面目で男らしくそれこそ実直そのものの青年からは想像もつかないほどの痴態に溺れて――
 カカシは思わずイルカから目を逸らしてしまう。
 いたたまれないのは俺か……
 カカシは首の後ろを擦った。なぜそうしたのか、イルカが理解するのは容易かったのかもしれない。
「その……忘れていただけると助かります」
 硬い声がする。
 カカシは動きを止めた。
 ああ、アンタはそういうつもりなんだ。
 意地の悪いような考えが頭に浮かんでしまって、
「それは無理かも」
 ぼそり、とカカシは呟いていた。そんなことを言うつもりではなかったのに。
「す、好きであんな風になったわけじゃ――
 イルカは声を荒らげた。二人の前を通り過ぎた年嵩の女性がぎょっと目を剥いて二人を見る。大きな風呂敷包みを提げているから入院患者の家族だろうか。
 思わず二人で愛想笑いを溢して、それからカカシは言った。
「場所変えましょう」
 イルカは素直にカカシについてきた。
やってきたのは病院からほど近い広場。その段差に二人して腰を掛けた。人一人分開けた距離は、真っ昼間に人目を憚る話をするにはこれが限界というやつだろう。人影はまばらだがイルカとしては本当はもっと離れて座りたいかもしれない。
……あの後、どうなったんですか。俺気がついたら病院で」
 ああ、気になるのはそのことか、と思ったあとで、それも当然かと思い直す。
 カカシは手短に事の顛末を話した。
「ま、万事うまくいったかどうかはわかりませんが、そのうちにあの村も元に戻るでしょう。出て行った子どもたちも戻って来る可能性もある。ま、そこそこ成長してるでしょうけどね」
「はい……
 イルカは殊勝にうなずいた。
「あの少年がね、あなたのことを心配してました。そのうちほんとに木の葉に来るかもね」
「そうでしたか……
 イルカは口元に笑みを浮かべる。
 カカシは大きく息をついて居住まいを正した。ひとまずは冷静になれてよかったと思った。
「イルカ先生」
「はい」
「その、迷惑をかけたのはこっちの方で。その……、申し訳ない」
 カカシはイルカの方に向き直り、深く頭を下げた。
「い、……いや! その、カカシさんが謝ることは何も。俺が自分の状態をちゃんと言わなかったのがそもそもいけなかったんです。意地になっちまって」
「ま、いいんじゃないですかね。無事に帰って来れたし」
 万事片付いて里に戻って来れたのだから今更イルカの意固地さを責めたところでどうなるものでもない。
「それは、そうですが……
 どこか納得のいかない風にイルカは俯き押し黙る。
 晴れ渡る空の下、広場に降り立った小鳥が何かを啄んでまた飛び立っていく。
……あの、わざわざ出向いて下さったんでしょうか」
「ええ、まぁ……。俺、あなたに、随分とひどいことをしたから」
 ばっとカカシに顔を向けたイルカの頬が見る間に赤くなる。
「そ、そんなのはいいんです。お互い様じゃないですか。だから、忘れて下さいと」
 しどろもどろになる間に首筋まで赤く染まって、これはわかりやすすぎないだろうかとちょっと心配になった。だが、ある意味とてもイルカらしいとも思えて、ほほえましくもあった。
 だからこそ、余計にあの時のイルカの様が鮮明に浮かび上がってしまう。いくら薬でおかしくなっていたとて、あんなにすんなり男を受け入れられるものだろうか、とどうしても考えてしまう。
 それに、ただの知り合い相手にあそこまで情熱的になれるだろうか。それは自分にも言えることかもしれない。あの異常な部屋のせいであんな風になっただけだろうか――
「カカシさん?」
「あ……、ああ、いや」
 カカシは首の後ろを所在なく掻いた。
 どうして記憶だけはこんなに鮮明なのかと恨み言の一つも言いたくなる。
 この任務でうみのイルカという男の人となりの一端を知った。それはカカシの印象を大きく変えるものではなかったが、わだかまりも解けたことだしちょっと飯でも食いに行きましょうかと誘えるくらいにはなったと思う。そこでまたこの男をより深く知っただろう。
 あんなことがなければ。
 また思考に呑まれるカカシの横でイルカが腰を上げる。
「じゃぁ、俺、行きます。一応綱手様に報告しねーと」
 さっきまでの焦った様子を引っ込めて、イルカは穏やかにカカシに告げる。
「ああ、うん……
 あっさり話を終わらせるつもりのイルカに何か言いたいのに何も言葉が出てこない。
「カカシさん、わざわざありがとうございました。それにお世話になりました。カカシさんと任務に就けてよかったです」
 逆光に陰るイルカの口元は微笑んでいる。カカシは思わずその腕を掴んでいた。
「ほんとに? ほんとにそう思ってます?」
「も、もちろんです」
 目を見開いて固まるイルカの頬にまた朱が差した。
「なんで、あの時正気に返ったの」
 イルカの腕を掴んだままカカシは思わず尋ねていた。一番知りたかったことはこれだったのかもしれないと他人事のように己を見下ろす。
 あの時イルカが正気を取り戻し、カカシに解毒剤を飲まさなければ二人して本当にササメの手に落ちていただろう。
 考えただけでぞっとする。
 俯くイルカの眉は盛大に顰められ、その頬は真っ赤に染め上がっている。
「それは……!」
 カカシの手を振り払い、イルカはもう一度元の場所にどかりと座り直した。完全に怒っている風だ。忘れてくれという懇願を無視しているカカシにきっと本当に怒っているのだろう。
 だがどうやら正気を取り戻した理由に、本人は心当たりがあるらしい。首を垂れ、拳を強く握りしめている。
 やがてそのままの姿勢でイルカはぼそりと呟いた。
……いっぱい出したからじゃないんですかね。色々と」
「は……
 間抜けな声を上げながら、それはどういう意味かと考えること数秒。
「ははははっ」
 カカシは心の底から声を上げて笑っていた。
 忘れてくれと言うわりには、赤裸々な告白だ。あの時イルカは恐らくカカシ以上に何度も達したし潮まで吹いた。彼なりの答えは要するに体外に薬物を排出したから、と言うことだろう。それはあるかも、とは思うがどうにも笑いが止まらなかった。
「ちょっとっ! そんなに笑うことですか!」
 イルカはカカシに顔を向け、不満げに頬を膨らませている。
「いや……、すみませ。まぁ……それはあるかも」
 辛うじて笑いを引っ込めて謝罪する間にまた笑いが込み上げてきてしまった。
「ちょっとカカシさんっ! しつこいですよっ」
 ああ、多分嬉しいのだ、と思った。あの時のことが全て水に流れるわけではないだろうが、イルカがあけすけに発言してくれたことで気まずい思いからは解き放たれたような気がしたのだ。
 カカシは大きく息を吐いた。
「ほんと、ごめん。でも、感謝してます。ありがとうイルカ先生」
「あ……感謝とかやめてください! いたたまれなくなるんで!」
 ふふ、ともう一度笑ってカカシは立ち上がり、それからイルカに向かって右手を差し出した。
 意図を悟ったイルカも立ち上がる。
 握手を交わした。
 互いに「お疲れさまでした」と声を掛け合う。
「今度飲みにでも行きましょうか」
 半分以上社交辞令のつもりでカカシは告げた。それから本当にそうなればいいなと思った自分に少し驚いた。任務に出た当初は別の意味での気まずい、面倒が先に立っていたのに。
 イルカは笑顔で「ぜひ」と応じた。きっと彼も社交辞令だろうと思ったが、それでよかった。
 こうして奇妙で散々な目に遭った任務は終わりを告げた。そう思っていた。





 数日後、カカシは綱手から呼び出しを受けた。またぞろ厄介な任務じゃないだろうなと訝しみながら執務室を訪れてみれば、綱手は意外なことを言い出した。
……は?」
 別の意味で訝しみたっぷりの声が出てしまう。
 イルカを監視しろとはどういうことだ。
「解毒しきれていないということだ」
「え、だって一晩で退院したじゃないですか。ピンピンしてましたよ?」
 全くもっていつも通りのうみのイルカだったではないか。
 綱手は小さく笑って「なんだ、ちゃんと見舞ったのかい」とのたまう。どうやら気乗りがしていなかったこともお見通しだったらしい。
「いいかいカカシ。お前たちは薬物訓練を受けた忍者だ。お前の方が耐性は強いとしてもイルカもそれ相応に耐性は持っていたはずだ。それが酩酊状態に陥るということはどういうことか、わかるか。お前たちは原液を使われたんだ」
 カカシの検査結果には異常はなかったという。だがイルカは既に薬に呑まれた状態で原液を摂取させられ、その上解毒が遅れた。そのせいもあるのだと綱手は言う。
 それでもどうにも納得できなかった。
「いや、でもあの人一度正気を取り戻したん――
 うっかり余計なことまで説明しなければならないと気がついて、カカシは口を噤んだが遅かった。
「いつ、どうやって」
 鋭い視線から目を逸らすしかない。何でもお見通しの綱手様はそれ以上カカシを追求しなかった。
「何があったにせよ、イルカの体内にまだ薬物が残留していることは事実だ」
 つまりちょっと潮を吹いたくらいではダメだったということだ。あけすけにイルカがそうぶちまけてくれたせいでそんなことを考えてしまったが、ふざけている場合ではない。
「常習性がある可能性は」
「それこそ大問題だろう。恐らくそれはない」
 そこには安堵したが、
……俺の判断ミスです」
 たとえ半量であってもイルカに解毒剤を飲ませるべきだった。頭を垂れるカカシを綱手は責めなかった。サンプルとして解毒剤をガクエに託した判断はそれはそれで正しいと言って笑った。
「お前はそう言うだろうと思ってな。だから監視を頼んでるんだよ。回復は順調だ。念のためだ念のため」
……イルカ先生本人にこのことは」
「まだ伝えてない。日常生活に支障はないしアイツがいないとアカデミーも困るからな。だからこその監視だ」
 そんな話があるか、と言いたかった。いったい何を危惧し、何を監視すると言うのだ。夢現を彷徨うような状態になることか、それともまた快楽に飲み込まれてしまうことか――
 だが落ち度を自覚している以上強くも出られない。きれいさっぱり終わったはずが思わぬ置き土産が残ってしまったということだ。
「それと――
 監視任務を言い渡しておいて、その上里外の任務にも出ろという。
「俺の身体、ひとつしかなんですけど」
「お前には優秀な忍犬がいるだろう。不測の事態があれば私に知らせろ。こちらで動く」
「ほんっと人遣いの荒い……
 文句を一つ垂れてカカシは再び執務室を後にした。