夜明 奈央
2025-02-24 15:37:14
2692文字
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綾+仙 先輩と後輩

後輩を甘やかしたい先輩とわかってて積極的に甘える後輩の話
2025年2月24日初出

 日課の穴掘りに精を出していると、上から立花先輩の声が降ってきた。
「喜八郎、いるかー?」
「いますよーどうしました?」
 穴を掘る手を止めて声の方を見上げると、私服の立花先輩が穴を覗き込んでいた。
「団子屋に行かないか?」
「今からですか?」
「ああ、都合が良ければだが」
「いいですよー着替えてくるのでちょっと待っててくださいねー」
 穴掘りは途中だが気にしない。今日は特に課題や委員会もなかったから、授業が終わってからずっと掘っていたのだ。十分満足するまで掘ったとまでは言わないが、立花先輩のお誘いを断るほどではない。
 穴から這い出ると、立花先輩に頬をごしごしと擦られた。少しばかり痛いが、黙って先輩にされるがままになっていると、先輩は呆れたように笑った。
「泥だらけじゃないか。外出届は出しといてやるから風呂にも入ってこい」
「はーい」
「校門のところで待っているぞ」
「わかりましたー」
 返事をしながら、愛用の踏子ちゃんを担いで自室へと急ぐ。立花先輩は多少遅くなったところで文句は言わないが、遅くなればせっかくの先輩とのお出掛けの時間が短くなってしまう。呑気に風呂にまで入っている場合ではない。

 手早く手や顔を洗い、身体を拭いて私服に着替えた。待ち合わせの校門に向かうと、立花先輩は小松田さんと歓談している。
 近づくと、声を掛けずとも僕に気づいてくれた。
「随分早いじゃないか。さては風呂に入らなかったな?」
「ちゃんと身体は拭きましたー」
 立花先輩の言葉をやんわりと肯定しつつ小松田さんの持つ出門票にサインする。立花先輩は呆れたようにため息を吐いたが、戻ってやり直せとまでは言わなかった。

 団子屋に着くと、立花先輩は「今日は私の奢りだからな! いくらでも食え」と言い、メニュー表を見ながら早速3皿注文した。
「ありがとうございまーす」
 たぶん何かあったんだろうなと思う。その“何か”がなんなのか、残念ながら僕にはわからないけれど。
 こういう時に遠慮するような謙虚さは持ち合わせていないので、僕も新作やお気に入りなどを組み合わせて5皿程注文する。午後はずっと穴掘りをしていたから腹が減っているのだ。
「先輩は今日どこかへお出掛けだったんですか?」
「ん? ああ、朝から実習でな」
「お疲れ様です」
「そういうお前こそ今日はいくつ落とし穴を掘ったんだ?」
「うーん、10個くらいでしょうか」
 中身のない世間話を繰り広げていると、注文していた団子が届き始めた。縁台は皿がいくつか届けばすぐに置き場がなくなってしまう。次々と届く温かい出来立ての団子を2人して黙々と頬張った。
「喜八郎は美味そうに食べるな」
 3つ目の皿を片付けていると、先輩がにこにこと僕の頭を撫で始めた。先輩の好きにさせながら、目の前の団子を咀嚼する。撫でやすいように少しばかり頭を傾けてやると、先輩は嬉しそうに顔を綻ばせた。
 この人は後輩を可愛がるのが好きなのだ。そして時折、どうしようもなく後輩を可愛がりたくて仕方がなくなる時があるらしい。本人に確認したことはないが間違いない。それがどういう時なのかは、僕にはよくわからない。
 可愛がられて悪い気はしないので、そういう時は僕もここぞとばかりに甘えることにしていた。けれど何度か続くと、流石の僕でも不思議に思う。だから思い切って尋ねてみた。
「どうして僕を誘うんですか?」
 そうすると立花先輩は一瞬虚をつかれたような顔をした後、すぐに苦笑いを溢した。
「お前は何も聞かないからな」
「何か聞かれたくないことがあったんですか?」
「そりゃあ誰にだって聞かれたくないことのひとつやふたつあるだろう。お前は違うのか?」
 なんとなく言葉の選択を間違えたような気がする。僕が聞きたかったのは何かあったのかなあ、ということだったのだが、先輩には僕である理由を聞かれたと勘違いされたみたいだ。けれど「何も聞かない」のを好まれているのだとすれば、本来聞きたかったことを質問をするのは憚られる。もしかしたらわかっていてはぐらかされたのかもしれないし。だから訂正するのは諦めて宙空を見つめ、先輩の質問の答えを考える。
 そもそも僕はあれこれ詮索されるのが好きじゃない。特別秘密にしておきたいわけではなくとも、大抵のことはいちいち他人に聞かれたいと思わない。もちろん、秘密にしておきたいことだってある。
「そうですね。いっぱいあります」
「そうだろう。人間とはそういうものだ」
 なんだか誤魔化されたような気はするが、納得した振りをして団子を口に詰め込んだ。先輩はそれを楽しそうに見ている。
 立花先輩は、他の誰でもなく、僕を選んでくれているらしい。理解すると、なんだか柄にもなくそわそわしてしまう。
 食べ終えた団子の串を皿に戻すと、横並びで座る立花先輩の肩に体重を預ける。立花先輩は「おい」なんて口では文句を言うが、その声には明らかに喜色が滲んでいる。だから、その肩口に顔をぐりぐりと押し付けて、もっと撫でてとアピールする。僕のアピールは伝わったらしく、先輩は皿を置いて両手で本格的に頭を撫で始めた。
 僕の髪はふわふわとまとまらない猫っ毛で、今みたいに雑に撫でられるとすぐに絡まってぐちゃぐちゃになってしまう。僕はそのままでも気にならないのだけれど、先輩は後で丁寧に櫛を通してくれる。それは僕のお気に入りのひとつだった。
「おい、やはり風呂に入ってくるべきだったんじゃないか? 髪にも土がついているぞ?」
「そうですかー? なら先輩が取ってくださいよー」
「甘えすぎじゃないか?」
「知りませーん」
 僕だって普段ならここまで甘えることはない。でも今日の先輩は僕を甘やかしたいのだと知っているから、めいいっぱい甘えてみせる。先輩も笑いながら僕の髪にくっついている土を払ってくれる。
 大方きれいになったのだろう。先輩の手の動きがまた頭を撫でるだけのものに変わった。それから「喜八郎」と名前を呼ばれる。顔を上げると、口に団子を突っ込まれた。
「ほら、せっかくだから冷めないうちに食え」
 立花先輩はにっと笑った。なんとなく元気になっているように見える。最初から落ち込んでいるようにも怒っているようにも見えなかったから、僕の気の所為かもしれないけれど。“聞かれたくないこと”がどういう種類のものなのかは、僕にはずっとわからないままだ。
 口に詰め込まれた団子は当然ながら最初より温かさは失われてしまっている。けれど、味は変わらず美味しかった。


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