しゃどやま
2025-02-24 14:54:43
2651文字
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【宗戴】チョコレート事件

嘔吐シーンがあります。宗戴と書いているけど、どうなんだろうな。

 宗雲は急ぎ修正しなければならない書類を抱えていた。致命的な誤字があり、このままでは提出できない。幸い、データはタブレットに入っていた。出先で修正し、コンビニで出力してしまえば問題ない。そのためにはプライバシーの確保された空間が必要だ。たまたま経路にあった仮面カフェへ入り、レオンに挨拶をする。VIPルームを借りようとした。
「どうぞお使いください! あっ……
 あ、とレオンが微笑みを焦りに変えた瞬間には、すでに扉へ手をかけていた。
 そこには高塔戴天と、高塔雨竜と、チョコレートと思しき洒落た箱の山があった。雨竜が座ったまま宗雲を見上げる。
「あ……宗雲さん」
……使用中だったか」
 急ぎ書類を仕上げたい。しかし、戴天と雨竜がいてはこの部屋は使えない。一瞬たじろいだのが、宗雲の判断を鈍らせた。雨竜がおずおずと、手にしたチョコレートの箱を持ち上げる。
「よかったら一緒にいかがですか? マスカットのチョコレート、すごく美味しいですよ」
 雨竜が微笑みかける姿を見ると、微かに胃の腑が痛む。いじらしい振る舞いから、兄と過ごす何気ない日常を奪わせてしまった責任を感じた。
「私に遠慮することはありませんよ」
 戴天の前にも、手のつけられていないトリュフチョコレートの箱があった。コーヒーを飲み、仮面のような笑顔でこちらを振り向く。
「どうぞ、ライダー同士の交友を深めてください」
 悪役ぶった、釘を刺すような言い方に、宗雲は息を吐く。諦め、ソファに腰掛けた。
 ――戴天の隣に。
「は……? 雨竜くんの隣が空いていますよ」
 戴天は眉を吊り上げる。不快感をあらわにしている。反対側、雨竜の隣に座ると思っていたのだろう。
「どこに座ろうと俺の勝手だろう」
……っ、ふふ、面白いことを」
 雨竜の兄として振る舞うつもりはないと行動で示したつもりだったが、戴天はそれを憐れみと感じたようだった。唇の端を引き攣らせる。そして、戴天は自分の手首を握った。呼吸を整え、数を数えている。実直なほどのアンガーマネジメントだった。
「まあ、いいでしょう。休憩時間です。あなたもいかがですか?」
 戴天はまた作り笑顔を貼り付けて、宗雲にトリュフチョコレートを差し出す。停戦の証として、宗雲はひと粒を受け取った。

 パウダーのまぶされた、小ぶりなトリュフチョコレートだ。カカオとアーモンドの香りがしている。すん、宗雲が匂いを嗅ぐのを、戴天が横目で伺う。
「毒など入っていませんよ。私が準備したものではありませんし」
……ここにあるものは、すべて取引先からいただいたものなんです」
 話し難そうにしていた雨竜が、チョコレートを指差す。兄の宗雲へ向けた皮肉を、懸命に和ませようとしている。
「そのチョコレートは藤織社長からいただいたものです」
「藤織……?」
 宗雲は記憶をたぐる。ニュースか、仕事かで聞いた覚えがある。
「ハーバルメディアの社長のことはご存知でしょう? あなたのラウンジにも出入りしていた」
「ああ、そうか」
 戴天の言葉に頷く。藤織社長のことが思い出された。上品な女性で、ここ一年は来ていない。仕事の愚痴などはいっさい話さない、賢そうな人だった。
 戴天がチョコレートを口に運ぶ。小さいチョコレートだ。一口で、柔らかな唇の中に消えた。
 宗雲は歯の先でチョコレートを割る。異常がなければ、そのまま食べるつもりだった。 
 舌の先に、薬品の刺激を感じた。

 宗雲はチョコレートを床に吐き出す。上等な絨毯が唾液に濡れた。雨竜が目を丸くして宗雲を見ている。
「戴天、吐き出せ!」
 宗雲の叫びに、戴天は目を丸くする。戴天が抑えた喉はすでに嚥下していたようで動かない。宗雲は座る戴天の上に身を乗り上げた。
「ちょ、っと、宗雲さん」
 事態が把握できてない戴天の口の中に指先を挿れ、こじ開ける。チョコレートに汚れた舌を確認し、二本の指で口腔をかき回す。チョコレートの形は残っていない。
「ぁ、がぁっ?」
「宗雲さん、いったい何を!」
 雨竜の鋭い声がする。宗雲の耳には聞こえていない。藻掻く戴天を背もたれに押し付けながら、指で喉の奥を突いた。
「ぉぇっ」
 戴天の舌が痙攣する。吐き慣れてはいない様子で、唾液がこみ上げる。宗雲は戴天の頭を抑え、背を丸めさせる。自分の胸元に引き倒すように。もう一度、喉の奥を突いた。
「ゔ、ぇえ」
 戴天の背中がびくりと大きく跳ねる。喉仏が上下し、内容物が頬を膨らませた。涙目で口を抑えようとする戴天の手を抑え、口の中のものを吐かせる。宗雲のシャツが戴天の唾液で濡れた。
 ごぼ、と音を立てて、戴天が腹の中のものを吐き出す。宗雲の服をばしゃばしゃと吐瀉物が汚していく。雨竜が青ざめた顔で部屋の扉へ駆け、レオンを呼んだ。
「ぇっ、おぇっ、えほっ……は、ぁ、はひゅ、な、に」
「毒物だ。このチョコレートには、毒が混入している」
「ぁ……?」
 宗雲が指さしたチョコレートを、戴天が潤んだ瞳で見る。市販品にしか見えないチョコレートだ。戴天にも、そう見えていたのだろう。
「よく見ろ。トレイと大きさが合わない。トレイのくぼみの痕がチョコレートについていない。市販のチョコレートに似せて、毒を盛るために作られたチョコレートだ」
 小ぶりなのも違和感を感じさせず素早く飲み込ませるため。宗雲の言葉に、戴天は頷く。
「あとで、調べさせます」
「警察には行かないつもりか」
 戴天はもう一度頷いた。

「一体何があったのですかっ?」
 レオンが飛び上がるように驚いて聞く。宗雲は体を起こすと、戴天の吐瀉物を払った。立ち上がりながら言う。
「レオンさん。部屋を汚して申し訳ない。高塔がチョコレートのナッツを喉に詰めてしまい、応急処置をした」
「え……?」
 雨竜が宗雲の言葉に驚く。もの言いたげに唇を開き、閉じた。
「高塔戴天様が……? それは……応急手当は必要ですか?」
「いや、大丈夫だ。ただシャワーを貸していただきたい」
「そ、それは構いませんが」
 レオンは戴天をちらりと見る。戴天が否定しないので、それ以上の追求はできない様子だった。難しそうに唇を曲げた後、頷く。
「かしこまりました。替えのお洋服も準備いたしますね」
 レオンの背を見て、戴天が立ち上がる。宗雲のことを恨めしげに睨み、言った。
「応急処置を、ありがとうございます」
 傷んで掠れた声は、少し魅力的だった。