夜明 奈央
2025-02-24 14:48:19
2513文字
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タソガレドキが学園の敵に回る話

書きたいとこだけ
2025年2月23日初出

 最近のタソガレドキは忙しない。チャミダレアミタケの内部を探り、ドクタケ領地との境に出城を築き、カワタレドキ城主との会談を進めている。これは間違いなく戦の準備だ。にも関わらず、忍軍の組頭である雑渡に明確な目的が示されない。殿の指示は目前の仕事に関してばかりで、普段ならあるはずの今後の大局を見据えたものがない。
 忍軍とは先見して情報を得るのが使命だ。指示通りに動くだけでは三流。殿の目的を見据えて十手二十手先を見据えてこそ一流の忍者である。今の状況は、タソガレドキ忍軍の常の方針とはかけ離れている。忍軍の組頭として、これに甘んじているわけにはいかない。当然黒鷲隊にも探らせているが、どうにも結果は芳しくない。
 あまりにも奇妙な状況だった。何者かに謀られているのは明白だった。そして、今回の謀の主は我が殿である黄昏甚兵衛であろう。嫌な兆候だ。最強を誇る忍軍が情報戦で先手を取られるなど、あってはならない。
 と、突然外にざわめきが走った。警戒線に何かが引っかかったのだろう。今日は風もない静かな夜だと思っていたが、そう上手くはいかないようだった。ざわめきはすぐに沈静化し、部屋の前に伝令の部下がやってきた。その間も忍軍の緊張状態は持続している。
「組頭、ご報告奉ります」
「うん、続けて」
「忍術学園の保健委員・猪名寺乱太郎が、忍術学園の伝令を携えて屋敷に侵入しました。組頭への面会を希望しております」
「乱太郎くんが?」
「はい」
 保健委員とは懇意にしているつもりだったが、向こうから出向いてくるのは初めてだった。常時ならともかく、戦を間近に控えたこの状況でタソガレ領内へ侵入するのは危険が多い。況してや彼はまだ1年生。通常であれば伝令役には力不足といえる人選だ。忍術学園を統べるのはかつて天才忍者として名を轟かせた大川平次渦正。何らかの思惑があるのは確かだろう。
「通していいよ」
「は、連れて参ります」
「ああ、それと」
 部下は指示を聞いてすぐにこの場を離れようとしたが、雑渡の言葉に足を止めた。
「あんまり手荒なことはしないであげてね。彼は保健委員だ」
 部下は今度こそ立ち去った。その気配を見送ってため息を吐く。“保健委員”だなんて戯言がいつまで通用するのかも怪しい。場合によっては、今夜が最後になるかもしれない。

 しばらくすると、諸泉尊奈門に連れられて乱太郎が姿を現した。手荒に扱うなと指示したからか拘束されてはいないが、乱太郎の全身にはあちこち汚れや破れが見受けられる。幸い大きな怪我はしていないようだが、細かい傷は挙げだしたらキリがないことだろう。道中の過酷さが想像できる。
「こんな夜更けにどうしたんだい?」
 なるべく優しい声を意識した。
「ここは戦が近い。優しい先生たちに、危ないから近づくなって言われなかったのかい?」
「雑渡昆奈門さん! 助けてください!」
「なんだ、私の名前、ちゃんと覚えてくれてたんだね」
 どうせわざと間違えているのだろうとは思っていたが、悪くない気分だ。せっかくだし飴でも渡そうかと懐に手を入れて、何も持っていないことに気づく。忍軍の組頭が常にお菓子を持ち歩いているわけがない。忍術学園に行くときには、いつもそのつもりで仕込んでいる。
 乱太郎が怯えた顔で悲鳴を飲み込んだのに気づいて、なるべく穏やかな表情で空っぽの手を見せた。武器を出すとでも思われたのだろう。そのままいつもみたいに頭を撫でそうになったがやめにした。
「それで、どうしてここに?」
「今、忍術学園はカワタレドキ軍に包囲されています。先生や上級生が応戦していますが、いつまで保つかわかりません。タソガレドキの力をお借りしたく、黄昏甚兵衛さんに謁見の許可をいただけないでしょうか」
 乱太郎は姿勢を正すと、暗記してきたかのような口上をつらつらと述べた。懐から差し出した書状には詳細な状況と学園長のサイン。乱太郎の顔には疲労と緊張が滲んでいて、いつも見かけるのほほんとした雰囲気とはかけ離れている。普段が如何にふざけているのかがわかる。
 乱太郎からの嘆願で、全てが繋がった気がした。おかしいと思ったのだ。カワタレドキ城主との会談の内容は、忍軍の組頭である雑渡にも知らされていない。そんなこと、通常の戦では絶対に考えられない。
「押都」
 雑渡に呼ばれ、特徴的な雑面を付けた男が天井裏から降りてきた。目の前にいてもほとんど気配を感じさせないのは流石諜報専門部隊・黒鷲隊の小頭といえる。
「知っていたな?」
「ええ、もちろん。殿より、絶対に組頭の耳には入れるなと仰せつかっておりました」
 膝をつき、頭を垂れながらも、語るのは自らの上司を謀った事実だ。雑面に隠された表情は見えない。
「殿の方針は」
 押都はちらりと乱太郎を気にするような気配を見せたが、それは一瞬後には霧散していた。
「『忍術学園の時代はもう終わりだ』と」
「そうか。殿の方針であれば仕方ないな」
 雑渡は乱太郎に向き直り、正面から見下ろした。
「残念だけど、今回は君たちの力にはなれないみたいだ」
 乱太郎の表情に一瞬で影が落ちた。口を開き、何事か言おうとしたようだったが、結局それが音になることはなかった。タソガレドキが本当の意味で味方にならないことくらいは気づいていたのだろう。
「私にできるのは、ここから君を無事に逃がしてあげることくらいだ。ごめんね」
 自分の大きな身体が威圧感を与えることはよくわかっている。けれど、いつものようにお菓子をあげることも、目線を合わせることも、頭を撫でることもできない。
 本来であれば反逆と取られてもおかしくない台詞を目の前でチラつかせても、押都はどうぞご自由にとでも言わんばかりに微動だにしなかった。根っからの諜報部隊である押都に雑渡を止めることはできない。敵わない相手と戦わないのは忍者として初歩の初歩だ。動くことはないだろう。
「尊奈門、彼をお連れしてあげて」
「はい」
 乱太郎は尊奈門に連れられて退室した。こちらを何度も振り返りながらも、それ以上言葉が重ねられることはなかった。


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