桐子
2025-02-24 01:55:28
2557文字
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美しい傷24(父水♀)


平日のデパートは、休日ほどの賑わいではなかったが、それなりに人が多い。水木は久しぶりの人込みで少し疲れてしまい、エスカレーター横の椅子に腰かけて、ふうと息を吐いた。
「水木さん、大丈夫ですか?」
鬼太郎が心配そうな顔で覗き込んでくるので、水木は笑って首を振った。
「少し疲れただけだ。でももう大丈夫」
今日は鬼太郎と、護衛のぬり壁と一緒にデパートへ買い物に来たのだ。最近背が伸びてきた鬼太郎の新しい着物を新調するという名目だが、本当は、もうすぐゲゲ郎の誕生日だからである。二人でこっそりプレゼントを選んで驚かせようという作戦なのだ。水木と鬼太郎が二人で外出するというので、ゲゲ郎は渋い顔をしていたが、ぬり壁が一緒ならという条件で許可してくれた。

最近暑くなってきたせいか、貧血のような症状が出ることが時々あった。さすがに昨日は早めに寝たし大丈夫だろうと思っていたのに、この体たらくである。ぬり壁は水木を心配し、冷たいお茶を買い求めに行ってくれた。
「まだ顔色が悪いみたいですけど」
「最近暑いから、熱中症かもな」
そんな話をしているとぬり壁が戻ってきた。素直にペットボトルのお茶を受け取り「ありがとう」とお礼を言うと、無口な男は小さく頷いただけだった。水木はペットボトルのお茶を一口飲んだ。冷えた液体が喉を通っていく感覚が心地よい。
「じゃあ、目的は果たせたし、クリームソーダでも飲んで帰るか」
「すぐに帰りましょう」
「でも、せっかくデパートに来たんだし」
水木にとっては本当に久しぶりの外出だ。鬼太郎も普段は家にばかりいて、デパートに来る機会などないだろうから、少しくらい寄り道してもいいではないかという気持ちだった。
「でも、水木さん、本当に具合悪そうです」
鬼太郎は本気で心配しているようだ。
「わかったわかった、そうするよ」
そう言って立ち上がった瞬間だった。ぐらりと地面が揺れる感覚がして、思わず壁に手をつく。貧血の症状は軽いものだと思っていたのだが、思ったより重症だったらしい。
「水木さん!」
「大丈夫だ……ちょっと立ちくらみがしただけだ……
その直後、胃がむかむかしてきた。喉元まで何かがせり上がってくるような気持ち悪さを感じる。
「う……っ」
口元を手で押さえる。
「気分が悪いんですか?」
……ちょっと、トイレに行ってくる」
鬼太郎にそう告げて、水木は足早にトイレへ駆け込んだ。個室に入り、便器に向かってえずくと、すぐに胃の中のものが逆流してきた。びしゃびしゃと胃の中身が吐き出されていく。しばらく吐き続けて、胃液しか出てこなくなった頃、ようやく吐き気がおさまった。
「はあ……
大きく息を吐いてから、レバーを引いて吐しゃ物を水に流す。
「大丈夫ですか?」
嘔吐する音が聞こえていたのか、女子トイレにいた女性が声をかけてくれた。
「ええ、大丈夫です……
親切な女性の顔をまともに見て、水木は目を見開いた。女性の方も水木の顔を見て、大きく目を見開いた。
「沙代ちゃん」
「お姉さま」
久しぶりに会う従姉妹の姿に、水木は呆然としていた。沙代は、長い黒髪と白く透き通るような肌、日本人形のような着物の似合う美少女だった。だが、沙代だとすぐに分からなかったのは、ひどく痩せていたからだ。目の下の隈もひどい。水木の姿を見た沙代は、大きな目にみるみるうちに涙をいっぱいため、水木に抱き着いた。
「お姉さま、無事だったんですね」
幽霊組に嫁ぐ水木を唯一心底心配してくれていたのは、沙代だった。自分のせいでごめんなさいと、何度も謝られた。ずっと気にしてくれていただろうに、悪いことをしてしまった。
「大丈夫、元気にしてる」
「よかった……
嗚咽を漏らす沙代の背中をさすり、落ち着くまでそうしていた。抱きしめても、随分と痩せていることがわかる。尋常ではない。
「沙代ちゃん、何があった」
水木は沙代の体を離して、そう尋ねた。彼女は水木の視線を避けるように、唇を引き結んでうつむいてしまった。
「沙代ちゃん、頼む。教えてくれ」
重ねて問うたが、沙代は答えない。代わりに顔を上げると、にっこり微笑んだ。
「お姉さまが幸せそうで、よかった。私のことは忘れてください」
そう言って身をひるがえそうとした沙代の手を取る。だが、彼女は怯えたように腕を引っ込めた。
――――まさか。
水木は沙代の腕をつかみ、カーディガンの袖をめくりあげた。その腕を見た水木は絶句した。細い腕に残っていたのは、注射針の跡だった。
「あの、クソジジイ……!!」
怒りで目の前が真っ赤になった。まさか自分の孫娘まで麻薬の餌食にしていただなんて。しかも、沙代はまだ高校生なのに。怒りに震えている水木を見て、沙代は怯えた顔をした。
「お姉さま、ごめんなさい。ごめんなさい」
「沙代ちゃんは何も悪くない!」
「ごめんなさい。でも、これを打つと、気分がとても楽になるの……
そう言って、沙代はぼろぼろと涙を流した。水木も泣きそうになった。もし自分が龍賀に残っていれば、沙代をこんなひどい目に合わせなくてすんだかもしれないのに。ゲゲ郎の庇護のもとでぬくぬくと甘え、安全地帯で過ごしていた自分が腹立たしかった。
「沙代ちゃん、今からでも遅くない。今すぐ逃げよう」
その言葉に、沙代は大きく目を見開いた。そして、ゆるゆると首を横に振る。
「だめ……おじいさまに叱られてしまう……
「俺と幽霊組へ来るんだ。ゲゲ郎なら匿ってくれる」
水木の言葉に、しかし沙代は首を振る。その目に浮かぶのは怯えと恐怖だった。
「お姉さまこそ、あの家から逃げて。もうすぐ龍賀と幽霊組は戦争になるって」
「戦争?」
不穏な言葉にドキリとした。時間を稼げと時貞は言っていた。もしや、その時がきたのだろうか。こんなに早くに?泣きじゃくる沙代を抱きしめて、水木は奥歯を噛み締めた。今の水木にはどうすることもできない。ただ一つできることは、年下の従姉妹をおじいさまの手から守ることだけだ。

「沙代ちゃん、一緒に帰ろう……龍賀の家へ」

脳裏に、ゲゲ郎の顔が思い浮かんだ。彼は怒るだろうか、それとも悲しむだろうか。だが、どうしても沙代をこのまま見捨てることができなかった。