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もりやま
2025-02-24 00:30:21
3381文字
Public
キィ蛍
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恋なんて聞いてない(仮題)2
現パロキィ蛍2話目
慢心していたのだろう。
彼女の隣にいる権利があると、自分は彼女や彼の輪に入れたかのような錯覚に陥っていたのだ。
ひとりきりの部屋でキィニチは肺の中から空気を押し出す。息を吸い、部屋に溜まった冬の空気がキィニチの感情を包み込む。鍵をかけ、洗面台で手や顔を洗い鏡を覗けば憎悪が映った。
「
……
ひどい顔だな」
******
高校生の時は誰が誰と付き合ったとか、別れたとか、そういった色恋の話が多かった。それは蛍と仲が良いムアラニがそういったことは利益に繋がるからと情報収集をしていたからかもしれない。
大学生になるとそう言った話はあまり聞かなくなった。春から夏になると、少しずつ学生たちの交友の輪ができて講義が始まる前のおしゃべりも増えてくる。そんな中、ひとりのひとが蛍の輪に入ろうとした。
「パイモンだ。好きなの?」
見覚えのない男は蛍の筆箱にぷらんと下がっているキーホルダーを指差す。パイモンというのは蛍が住む地域のご当地キャラクターである。キャラクターとはいえ、観光ガイドとして観光パンフレットや観光地のフォトスポットには必ずいる存在だ。
地元民なら誰でも知っているような存在だが、蛍が今まで生きていてパイモンの話で盛り上がったことはない。だから驚いた。
「う、うん。好きなんだ」
「へー、まあ可愛いよな。カバンにつけてるのもパイモン?」
「うん。こっちはね、水族館とのコラボなんだ」
正直に言えば、蛍は嬉しかった。高校生の時はパイモンというご当地キャラクターで盛り上がる友人もいたが、今この場で反応する人などいなかったのだ。
だから蛍は目の前の男性とパイモンの話をついついしてしまう。何度か話すうちに、パイモンの着ぐるみが登場するイベントへ行くことになったり、パイモンのグッズを売っているところへ新作を見に行ったりと一緒に行動する日が増えてきた。
今日もふたりで寒い中、山のてっぺんまでパイモンを見にきていた。
高い山から見下ろす世界は確かに絶景で、蛍は白い息を吐く。
「寒いね」
写真を撮ってもらい、本日はこれで解散。
てっきり蛍はそう思っていたのだが、何故か付き合ってくれないかと告白された。
蛍は驚いた。そんな気は全くなかったからだ。
誰が付き合っただとか、そういった色恋の話は聞いたことがあっても、当事者にはなったことがなかった。
——
勘違いさせてしまっていたんだろうか。
それだったら申し訳ない。純粋な好意はあるといえど、恋慕の感情は抱いていない。今の蛍でもそれだけは何故かはっきりとわかる。
だからこそほぼ反射で口から転がり出たのはお断りの言葉だったし、男はそれを遮った。
「不快じゃないなら、付き合ってみてほしい」
驚きはしたが確かに不快ではない。そんなゆるい気持ちで恋人になってもいいのだろうか? そうは思いつつも、蛍は頷いてしまった。
付き合ったからといって、ふたりのガラリとなにかが変わったわけではなかった。手を繋いでいるあいだ、蛍はこんなものなのかとぼんやり思っていた。友人のムアラニは他人の色恋話をどこからか聞きつけてはよく話してくれたが、当事者になってもあの熱はない気がする。
意外と自分には理想の恋でもあったのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら帰路についていると、ぽんと肩を叩かれた。
「蛍」
「わっ
……
お兄ちゃん
……
とキィニチ!」
「久しぶりだな」
スーツ姿の空の後ろに、パーカー姿のキィニチ。久しぶりに見るキィニチはだいぶ背が伸びていた。筋肉もついているようで、兄の空がパーカーを着た時よりも迫力がすごい。ふわんとした癖っ毛も、トカゲのような鮮やかな虹彩は変わらずだ。蛍は懐かしさに頬が緩む。
「偶然スーパーで会ってさ。このあとウチでご飯作ってくれるって」
「えっ! 嬉しい」
空もうんうんと頷き、キィニチはそこまで楽しみにするほどか? と首を傾げた。蛍と空にとってのキィニチの料理とは、そこまで楽しみにするものなのである。寒さで頬がピリピリと痛むのを感じながら、三人で夜道を歩く。
「キィニチは今日休みだったの?」
「ああ。カチーナの家の模様替えを手伝ってた」
「模様替え⁉︎」
「カチーナのおばさんがタンスを買ったんだが、ついでに模様替えがしたくなったらしい。大きい家具を運ぶのを手伝っただけだ」
なんてことのない風に話すキィニチは、まだスポーツが好きなのだろうか。校則というものから解放されたからなのか、耳に装着されている個性的なピアスには少し驚いたが彼という人は変わっていないのだろう。アクセサリーとか好きだったもんね。高校生時代の休日にふたりで出かけた日を思い出すなどした蛍である。
三人で和気藹々と話していると家に着くのはあっという間だ。冷えた三人の体をこれまた冷え切った部屋が出迎える。
蛍が小走りにストーブへと向かい、空はスーツ姿のまま洗面台へと小走りに向かう。寒い寒いと言いながらせかせかと動く双子に、キィニチも懐かしさから頬を緩ませた。
夕食作りの手伝いを申し出た空と蛍だったが、キィニチに断られた。出来上がるまで時間がかかるかもしれないけれども、ふたりは休んでいてくれ。なんて言われてしまうと甘えてしまった空も蛍である。ふたりはこたつに入りちらちらとキィニチを見ながら、喜びを抑えきれず久しぶりに見るキィニチの話ばかりをしていた。
「キィニチなんというか
……
でかくなったじゃん」
「お兄ちゃんよりも頭ひとつぶんって感じだね」
「俺も大きくなったんだけどなー腕も俺の腕の二倍くらいありそうだった」
「二倍は言い過ぎだろう」
声を弾ませながらキィニチトークをする双子へ、流石に本人がツッコミを入れる。
それすらも何故か嬉しくて、双子はくすくすと笑う。
キィニチが作った白菜鍋とよだれ鶏が食卓に置かれる。
「空は明日も休みなのか?」
「うん」
「なら余っても平気だな」
少し作りすぎたかもしれないと苦笑するキィニチ。締めじゃなくて白飯として食べた方がいいかな? と蛍は茶碗に白飯をよそって温めた。
温かくなってきた部屋で鍋を囲み、旧友との会話も弾みに弾む。酒は入っていないというのに、空や蛍は表情がくるくると変わった。
久しぶりのキィニチの料理はやはり美味しくて、蛍と空は自分で作るとちょっと違うんだよなぁと言いつつ箸を進めた。
白菜鍋の温かさは、ほっこりと肺の中まで沁みていく。
「そういえば蛍は今日友達とハイキングだっけ? どうだった?」
全員の腹が満ちた頃、空がいつものように問いかける。友達と、という単語で蛍は思わず固まってしまった。
「た、楽しかったよ」
声がひっくり返ってしまう。
昨日までなら元気よく楽しかったと言えていただろうに、今はどう応えたらいいのか悩んでしまった。
「蛍?」
(恋人ができたことって家族に言うべきなのかな)
自分とそっくりの蜂蜜色の瞳が不安気に揺れる。
「
……
喧嘩でもした?」
「違うよ! ええと
……
その」
もしもこれから、彼と仲がさらに深まることがあるならば、紹介することになる。それが遅いか早いかの違いだろう。空だってきっと高校生の時に誰が付き合っただのという噂はたくさん耳にしただろう。
「友達だったんだけど
……
そのー
……
付き合うことになったんだ」
空はぱちぱちと瞬きを繰り返す。妹の口から放たれた言葉が一瞬理解できなかったのだ。
空は思わずキィニチを見る。キィニチは蛍をじっと見ていた。穴が空くほど見ていたので、空はこの驚きを誰か分かち合ってくれと頭を抱えそうである。
「でも、そうか
……
大学生になってからよく遊んでた人?」
「
……
うん」
蛍にはそういった話は早いだろうと思っていた空だった。その友人の話は遊びに行く日くらいにしか話題に上らないのだ。そんな仲へ発展する程親しいのか? 本当に? としつこいくらい問いたくなってしまう。三人の間にはしばらく発言しづらい弾幕が続く。空の口が完全に止まってしまい、蛍が立ち上がり口を開いた。
「ごめんね、変な空気にして! まぁいつも通り歩いて、記念写真撮って楽しかったよ。ごちそうさまでした」
そそくさと食器を持って蛍は台所へと向かう。
空はちらりとキィニチを見てストーブの設定温度を一度上げた。
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