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彼方の作品倉庫
2025-02-23 23:46:52
2587文字
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六い/文仙
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【文仙/SS】それは劇薬にも似た
昔、チョコは薬として扱われていたとか何とか。
※チョコのあれこれについては完全に捏造(呼び方だけ江戸時代のものを使用)。
冷気が隙間風となり、部屋へ忍び込んでくる如月の夜。連日の徹夜で重苦しい頭に、浮かれ気味の足音が響く。
忍
しのび
たる者、そんなに足音を立ててどうする。全く、どこの誰だ。
「
――
文次郎!」
仙蔵
おまえ
かよ。障子を勢いよく開けるその様子に、普段のクールさはどこへやら。自分を呼ぶ声だけで、どれだけはしゃいでいるかが如実にわかる。何をそんなにハイテンションなんだ
……
。
「相変わらずの屍状態だな」
「わかってんなら静かにしろ
……
」
視線は目の前の算盤に向けたまま。珠を弾く手も、書類をめくる手も止めない。まともに対応すれば、その分だけ余計に検算と修正が遅くなってしまうからだ。これ以上、委員会の予定を遅らせたくはない。
そう説明した訳ではないのだが、仙蔵もそこは察してくれているようだった。自身と向き合わず算盤と睨めっこしている俺の様子に、特段腹を立てている気配は感じない。寧ろそんなの気にしないという風に、入室した仙蔵は更に言葉を重ねてくる。
「そんな生ける屍に朗報だ」
「聞けよ。ってか、妖怪扱いすんな」
俺の言葉を無視した仙蔵は、ずいと眼前に何かを差し出した。これは
……
袋、か? 閉じられたその口からは、微かに甘い匂いが漂っている。というか、計算の邪魔だ。算盤が見えん。
「差し入れだ。しんべヱのご実家から届いた物でな。『学園の皆で分け合うように』とのことだ」
「食い物か?」
「“
チョコレート
しょくらあと
”という南蛮の菓子らしい」
「へえ」
適当に相槌を打つと、仙蔵は袋の口元で結ばれていた幅広の紐を解いた。おい、自分で贈り物の包装を外すのかよ。人にやる物を勝手に開封するな。
「見ろ文次郎。見た目は小さな泥団子のようだが、これがなかなか美味なんだ。しかも栄養価が高いと来た。兵糧丸の代わりにでもなるんじゃないか?」
視線だけを袋へ向けると、中には丸薬に似た茶色の物がいくつか入っていた。南蛮の菓子だから貴重なのだろう、数はそう多くない。
俺が少しでも興味を示したことに機嫌をよくしたのか、仙蔵は更に袋を押し付けるように近づけてきた。だから、計算ができんだろうが。そんなに邪魔したいのか。
「ほれ、その手を止めてひとつ食べてみろ。疲労回復の効果も期待できるぞ」
……
それは、有益な情報だな。確かに、疲れた頭もちょうど甘い物を欲している。ほんの少しなら、休息を入れてもいいかもしれない。その方が作業効率も上がりそうである。
計算の手を止めて、今度は視線だけではなく顔ごと仙蔵の方へ向ける。そして俄かに口を開いてみせた。
「あ」
「ん?」
何を呆けてるんだ。お前が、俺に食べてほしいんだろうが。
「? なんだ、食わせてくれねぇのか?」
「は
……
――
」
数瞬の沈黙が通り過ぎる。気がついた時には、目の前に
チョコレート
しょくらあと
入りの袋が迫っていた。あ、マズい。避けられな
――
。
「痛ッ」
「調子に乗るな馬鹿。それだけ冗談を言う元気があるなら、差し入れなど不要だったか。邪魔したな」
「おい」
顔面へ投げつけられた袋を拾っている間に、仙蔵は振り返りもせずに部屋を出ていってしまった。何なんだよ。俺が悪いのか?
……
いや、悪いのかもしれんが。
その仙蔵とほぼ入れ違いで姿を見せたのは、伊作だった。仙蔵が立ち去った方向を見て、困った様子で俺に訊ねてくる。
「文次郎、何かした?」
「何だよ藪から棒に」
「さっき仙蔵とすれ違った時、顔がすっごく赤くてさ。熱でもあるのかと思ったんだけど、本人は『何ともない』って言うし」
「あー
……
何もない、ってことはねぇな」
「文次郎
……
」
「あいつの期待に応えようとしただけだ。ハズレだったみたいだけどな」
あいつの期待を上手く汲み取れるかどうかは、半ば賭けみたいなものだ。上手くいく時もあれば、今日みたいな時もある。別に機嫌を損ねた訳ではないので、時間が経てば普段通りに戻っているはずだ。いつもそうだからな。
「あ、文次郎も貰ったんだ。
チョコレート
そのお菓子
」
「仙蔵が置いていったんだよ。差し入れとか言って」
「
……
へー」
やけに含みを持たせたような反応をした伊作は、急にそわそわと落ち着きがなくなった。言いたいことがある。が、言ってしまっていいものか。そんな逡巡を繰り返しているような態度である。
「あのさ、文次郎
……
。仙蔵なんだけど、多分
――
」
「知ってる」
「え?」
「
もう知ってる
。“これ”の意味も、全部」
以前、単独の忍務で港町へ赴いたことがある。そこにいた堺の貿易商から、最近の輸入品の話を伺ったのだ。
南蛮菓子
――
特に
チョコレート
しょくらあと
の取り扱いが増加傾向にあることも、その背景にある南蛮の風習についても、その商人は事細かに教えてくれた。物珍しさを理由に需要を高め、自身の儲けを増やす魂胆でもあったのだろう。
生憎、その時の俺は“
妖者
ばけもの
の術”で町人に扮していただけなので、そいつの売上には何の貢献もできなかった訳だが
……
。今この菓子が手元に届いている事実に、「多少は影響を与えられたのかもしれない」などとよぎる。
「そ、そうだったんだ。ちょっと意外
……
」
「何でも情報を仕入れておくのが忍者だろ」
「まぁ、それはそうだけど」
その情報を、仙蔵も知っていたのは予想外だったが。いや、この菓子を受け取った際に、誰かから聞いた可能性もあるか。もしそうならば、聞いたばかりの情報を早速利用しようとしたあいつの性急さに、思わず苦笑が漏れそうになる。何でもすぐに試したくなる子供か。
置き去りにされた寂しげな袋から、
チョコレート
しょくらあと
をひとつ取り出す。それを口へ放り込んで舌で転がすと、茶菓子にはない風味がじわりと広がる。
「
……
甘ぇ」
この菓子も、あいつも。
……
それを拒まない俺も、充分甘いのかもしれない。
苦味すら覆い隠してしまうような甘ったるさに、思わず眉をひそめる。疲れが溜まった脳と体には、少し効きすぎる。あまり過剰に摂るべきモノではないだろう。少しずつ、慣らしていかねば。
「後で仙蔵に謝りなよ」
「そんなことすれば、余計に怒らせるだけだ」
「
……
そういうところは理解してるんだね」
「当たり前だろう」
そうでなければ、六年間も
仙蔵
あいつ
の隣に並ぶなどできんわ。
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