ひるね
2025-02-23 23:45:06
3926文字
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狩人様のお気に召すまま(リー指)

大遅刻のバレンタイン&大陸版の指揮官の匂いが大好きなリーさんネタを書いてみました。
何でも許せる方のみご覧ください。リーさんが贖い塗装なのはただ好きだからです(笑)

※指揮官の性別不明
※一人称は「私」

『しき……かん……!!指揮官ッ!二時の方向です!……ッ、駄目です、もう追いつかれま……!』

 激しいノイズ混じりの通信がプツリと切れた。某保全エリア周辺の侵蝕体掃討作戦終了後、私とルシアを乗せた輸送機は恙無く空中庭園に帰還した。約二日間の難しくはない任務だった。リーとリーフは基地に残り、芸術協会との共同任務に参加していた。この後迅速に報告書を提出すれば、レイヴン隊の全員は任務を解かれ、明日から待ちに待った休暇となる。そして、本日は2月14日。VD——バレンタインデーだ。黄金時代に流行った、大切な人にプレゼントを贈り合うイベントが復興され空中庭園中でブームになっていた。ボーディングブリッジを渡りながらルシアに今日の予定を尋ねた矢先、私の元にリーフからの緊急通信が入った——





 はぁはぁ、と私の上がった息が人気のない資材コンテナ群に飲み込まれていく。ここは今どこだろう。一体何が?……そう問う間もなく、リーフの通信に誘導されるがまま、がむしゃらに走り続けた。ふと、私の息遣いに混じって何かの音がすることに気づいた。微かな足音だった。まるで警鐘のように正確に、確実に私に迫ってくる。もっと遠くへ逃げなければ。ひび割れたコンクリートに躓き、走る足がもつれた。転倒を避けるべく、手を伸ばしコンテナに縋りつく。外壁に体当たりした衝撃で全身が痺れる。息が切れ、心臓が爆ぜそうだった。

……鬼ごっこは終わりですか?」
 冷徹な声音が響き渡った。0.01秒の跳躍。私の頭上を、瞬きする間もなく暗赤色の影が踊る。人間には到底不可能な芸当だった。その物体は数メートル手前から易々と私を飛び越え、まるで重力に逆らうかのように優雅に着地した。息を呑んで後ずさった。背筋に冷たい物が流れる。退路を絶たれた私は、文字通り絶体絶命だった。目の前の存在は、確実に私を捕らえようとしている。——狩人と獲物。

「指揮官、もう逃げられませんよ」
構造体——暗赤色の塗装を纏ったリーは、鋭利な眼差しでこちらを見遣った。その視線がぶつかると同時に、全身が総毛立つ。
……その手に持っているものを、渡してもらいましょうか」
 一瞬の沈黙。私の中で困惑と混乱が渦巻く。落とすまいと胸にしっかりと抱き締めていた包みを、リーが凝視している。淡いイエローのラッピングに可愛らしいリボンが施されている。残念ながら此度の攻防戦のお陰で包みはすっかりくしゃくしゃになっていた。
——ッ!!だ、駄目だよ……これはっ、」
……ルシアとリーフからですね?」
「っ、何でそれを……?」
 リーは口元を僅かに緩めた。
「数日前から彼女たちがソワソワと準備しているのを知っていたので。——商業地区にある、×××ショップのバレンタイン限定ボディソープと入浴剤ですね?」
 私は息を呑み込み、腕に力を込めた。するとこの緊迫した状況にそぐわない甘い香りが鼻腔を刺激した。合成カカオとココアパウダー、ヘーゼルナッツ。芳しいチョコレートと何種類かの花の香り。そう、レイヴン隊の女子達からバレンタインのプレゼントとして貰ったバスセットだった。手入れを怠った挙句、乾燥して荒れ気味の私の肌を気遣って、これを選んだのだと先程ルシアが教えてくれた。
 リーが私を見据え、静かに問う。
……確認をしますが。本日帰投したら、すぐに僕に会いにきてくれる予定でしたよね?」
「う、うん、そうだけど……。砂埃があまりにも酷かったから、シャワーを浴びてからリーの所に行こうと思って。……待ち合わせの時間にはまだ余裕があるはずだよね……?」
「時間は問題ではありません、指揮官。……その貰ったシャンプーを使おうと考えていましたね?」
「え?あ、うん、今日バレンタインデーだし……??」
 リーが発する言葉から棘が見え隠れしている。なぜ私が責められているのだろう?今日君に会うのに汚いままの方が良かった?それとも、食べてくださいと言わんばかりにチョコレートの香りのシャンプーをした後で会いにいくのは少し不純すぎただろうか?
 はあ、と大きなため息をつくリーに、私は自分が何か大きな間違いを仕出かしたのかと一抹の不安を感じた。戸惑いがちに視線を向けると、神妙な眼差しのリーとかち合った。
「それでは、僕が困るんです」
……え?」
「あなた本来の匂いが消えてしまう」
……ん?今何て?……におい?」
 鸚鵡返しに呟く私にリーが猫のように軽やかに近づいてくる。流れるように腕を引かれ、有無を言わさず抱き留められる。
「ッ!?」
「あなたのこの匂いが……嫌いではないので」
 すん、と整った鼻梁が私の頸に触れる。嗅覚モジュールで分析されている、と理解した途端私の体が一気に熱を帯びた。思わず腕から滑り落ちてしまった入浴剤のラッピングを、すかさずリーがキャッチする。
「あ……わゎ」
「何ですか、その間抜けな声は」
「〜〜ッ!!君のせいだろッ!!!」
 彼の絹のような金色の髪がきらきらと発光している。先ほどより強く抱き締められ、肩口にひんやりとした唇の感触が。思わず体がぶるりと震えた。
……リー、ダメだってッ!!」
「静かに。……チョコレートの香りのシャンプー
は次の機会に」
 異議を申し立てようとする私の唇に、リーが人差し指を押し当ててくる。何か問題でも?……そんなことを思っているのがその秀麗すぎる顔に書いてある気がするけど、そんなの分かりたくない。どうも暗赤色塗装の彼は、いつもより強引な気がするのだが私の勘違いだろうか。
「そ、そう言って、未来永劫使えないような気がするんだけど!?……それに折角プレゼントしてくれたルシアやリーフに申し訳ないよ
 あたふたと弁明する私を、リーが目を細めて見ている。どうして私はこんなに焦っているのだろう。……何だか段々と腹が立って来たんだがっ!?
 私は唸りながらリーを睨もうとする。けれど、どういう訳かタイミング良く後光がさし、それに照らされたリーは春の訪れを告げるミモザの花のように、柔らかく控えめに微笑んだ。ああああ、何なの!?その顔は反則だ!!!この空中庭園を照らすのは擬似太陽だ。その透明な人工光でさえ祝福するかのように彼に一心に注がれている。きらきらとさんざめく。まるで舞い降りた天使のようだった。切れ長の涼しげな瞳が私を射貫く。一点の曇りのないアイスブルーはどこまでも綺麗で、呼吸すら忘れてしまいそうだった。
 リーが再び私の耳裏の匂いを嗅ごうと顔を近づけてくる。はっと我に返った私は、「今日のリーは甘えただね!!!!」そう、しどろもどろに言葉を発しながら出来る限り身を捩った。
「わ、私はッ!!早くお風呂に入りたいだけなのに……!」
「では、一緒に入りましょう」
「あ、の……?君ってそんな性格だったっけ??」
 超どストレート。そんな何の迷いもなく言うてくれるな。正直なところ砂漠での任務でめちゃくちゃ汗をかいている。自分でも分かるくらい汚い状態だ。それなのに今だってリーに吸われて恥ずかしさで憤死しそうなのに、追い討ちで一緒にお風呂に入ろうだって??どうせ君のことだ。きっとそれだけじゃ絶対終わらないでしょう?……どうしよう。ああ、これも惚れた弱みなのかな。私は観念して両手を上げるしか選択肢がない。
……私からのバレンタインのプレゼントは、自室のキャビネットの中にあるから」
 モゴモゴと小さく呟く私に、リーがこちらを覗き込んだ。
「指揮官?」
「や・む・を・得・な・い・の・で!!甘えん坊なリー君に、特別に私を洗う許可を出してあげるよ。……さっきの通信、ジャミングしたのは君でしょう?責任持ってリーフに連絡しておいて。あと途中ではぐれたルシアにも」
「無論、既に送信済みです」
……しごはや過ぎない?」
「指揮官を綺麗に洗うのが僕の仕事ですから」
……はは、そんなに目を輝かせて生き生きしてるリーが見れて嬉しいよ、私は」
「生き生き?構造体に顔色なんて関係ありませんよ」
「君は随分と分かり易いと思うけどなぁ!?」
 ジト目で彼を見遣ると、いつものポーカーフェイスはどこへやら。大層ご機嫌なリーがいて、私も思わず笑ってしまった。

 合成カカオとココアパウダー、ヘーゼルナッツ。ローズウッドとイランイラン、あと数種類の花の香り。チョコレートのビターな深みと、花の優雅な甘さが交錯する。濃密で穏やかな匂いに包まれて、これから二人で過ごせることの小さな幸せを思う。何だか少し照れ臭い。恋をすることは、時に判断や思考を鈍らせるというけれど。こんな馬鹿げたやりとりすら、明日をも知れぬ戦地に赴く私達には貴重な時間だった。
「指揮官」
……うん、」
 リーが私をそっと抱き上げたので、その暖かくて柔らかい頬に口付けをした。彼の青い瞳が穏やかに微笑んでくれる、それだけで。私は数多のものに感謝するしかないのだ。
 君と過ごせる今日という、この素晴らしい佳き日に。




♡♡♡


「そう言えば、君からのプレゼントは?」
「僕ですが?」
「んんー、ごめん……。やっぱり聞かなければ良かった」
 カウンターを喰らって呻く私に、リーは誤魔化すように咳払いをした。
……失礼しました。ほんの冗談です。ちゃんと用意していますよ」
「昨今のリー君はガチ過ぎて冗談が冗談に聞こえないから」
……へぇ?では、身をもって体感してください。僕がどれだけあなたに対して真剣なのかを」
 あ、まずい。何かスイッチ押しちゃったみたい……



おしまい⭐︎