いまち
2025-02-23 23:43:40
13098文字
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互い違いの想いを解いて

ようやく勘違いに気付いた右大将である。

 あの勘違い大爆発の夜からリリアは初めてできた恋人なるものに浮かれていた。目も当てられないほどに浮かれていた。勘違いであるが、んなこたぁ知るよしもなく、浮かれるままリリアは仕事に励んでいた。
 浮かれポンチと成り果てようとリリアは天下の右大将である。大切な姫の国と大事な嫁(予定)を護らねばとモチベ爆上げで働いた。そりゃあもりもり働いた。愛の力は偉大である。
 そんなリリアに触発されてか隊員たちもバリバリ働いた。銀の梟の拠点を見つけては潰し、アヤシイ人間がうろついていようものならとっ捕まえて梟の砦に投げ返して。と、もりもりバリバリ働きに働いた。ついでに娘もピヨピヨ働いた。
 そんな彼らの働きのおかげか茨の国内の治安はすこぶる安定していた。大きな街はもとより、小さな集落でさえも人間の脅威に晒されず、国に住む妖精たちは穏やかに日々の生活を営んでいた。これには姫も女王もにっこりである。

 そんな中、若干の余裕が生まれてくるとリリアは悶々とし始めた。できたてほやほやのかわちぃ恋人にどう接するべきか悩みを抱き始めたのだ。具体的にはどういちゃついてくれようか、どういうペースで関係を進めればいいのか。もっと具体的に述べてしまえばブチュっとしたりしっぽり決め込んだりのタイミングを決めかねていた。
 今の清い関係は心地よいものであるが、青さたっぷりのリリアは物足りなさを覚えていた。思春期の悪いところがまる出しである。
 いきなりブチュっといくのは早計だろうか。手をつなぐところから始めるべきだろうか。や、籠手着けた手で素手の女の手を握っていいのか? や、分からん。などと、悶々とぐずぐずと頭をひねるリリアの顔はそりゃあもう険しいものであった。そして、睨みを利かせた先で当の娘は能天気な面で魚を捌いていた。
 そんな姿を眺めながらリリアは「いずれ一緒になる日が来たらこれが日常になるのか」などと先走りがすぎる妄想をしつつ考えた。
 いずれ一緒になるのなら、ことは早く進めた方がいいのでは。と。人間のことなぞよく知らんリリアであるが、その寿命は妖精と比べ超ショートだと耳にした覚えがある。
 ゆえに、あまりのんびりしている余裕はないのではなかろうか。と、考え、ちぃとばかり気が焦った。決してがっつくつもりはない。そう己に言い訳しつつ、じっと娘の顔を見つめた。あわよくば目線がカチ合って胸キュンな接触事故が起きねーかな、などという下心をどっぷり込めて。
「人間貴様ァ!! 妙な物を仕込んでいるのではあるまいな!?」
「へ!? そんなことするわけないじゃないですか!」
 けれど、リリアの熱い視線を受け取ったのはバウルであった。リリアの視線を娘の行動を怪しんでいるものと解釈したらしい。せっせこ料理する娘にダル絡みを始めてしまった。これにはリリアもがっかりである。
 けれど、このお堅さがガチガチの鎧を着込んだような男は使命感たっぷりの目をリリアに向けた。それにもまたリリアは余計なお世話の気配をギュンギュン感じてしまった。頼むからいらんことを言い出してくれるなと祈ってしまった。
「右大将殿! これは私が見張っておきます。右大将殿はどうぞお休みください」
……。おう、任せた」
 しかしリリアの祈りはどこにも届かなかった。ちゃうねん、いちゃこらしたいから見てただけやねん。なんてバカ正直に言えるはずもなく、リリアはすごすごその場から離れた。このまま娘を見つめていたところで、またバウルがいらん勘違いをしてしまうやもしれんので。あとうっかり下心がバレたら気まずいどころじゃないので。
……はぁ」
 こうなったらいつかのように呼び出すしかないのではなかろうか。したらばまた夕食後にでも呼び出すか。そうと決め、リリアはしょんぼり落ち込む気持ちを宥めながら、単身近隣の鉱山へ哨戒に向かった。銀の梟がいたら八つ当たりにいじめたろ、とねじくれた気持ちでもって。

 案の定うろついていた銀の梟御一行を川へどんぶらこと放流し、ちょっとばかりすっきりしたところでリリアは野営地へ戻った。着くより先に腹の虫をくすぐる料理の匂いに気付き、思わず口元が緩んでしまった。
 なるほど、仕事終わりの世の男たちはかようにカミさんの料理に出迎えられるのだな。と、気付きを得てまたも浮かれポンチに拍車がかかる。浮かれた足で近付けば、いつものように焚火を中心にテントが据えられている。大将が浮かれようと隊員たちはしかと野営支度を整えていたらしい。優秀な者たちである。
 そんな隊員たちに浮かれた面を晒すのはよろしくない。そう思ったリリアは面と気を引き締め「ひと仕事してきたわー、銀の梟どもマジだるーい」な雰囲気を背負いながら、表情筋をフル稼動し、なに食わぬ顔を装った。
 けども、リリアの涙ぐましい見栄なぞ知るよしもなく、伝令兵こと梟面の隊員Aは戻ってきたリリアに気付き、それを出迎えた。
「リリア様、お帰りなさいませ」
「おう。変わった事は?」
「ありません。マレノア様から娘を寄越すよう要請がありましたが……
 この男、ぴぇぴぇ悲鳴を上げるヒヨコ面の娘に対し父性を爆発させている異常者(独身)である。今も「娘」の前に「ウチの」と喉の奥で付け足していたが、害はなく仕事もきちんとこなしているので問題ない。すんげーアヤシイけど。
……どんだけあいつを気に入ってんだ、姫様は」
「はは……
「ま、そっちは俺が返事を出しておく。お前らは――
 娘の様子からするに、食事支度が済むまでまだ時間はかかりそうだ。そうと踏んだリリアはめいめいに寛ぐ隊員たちへ適当に仕事を振った。そして自身は野ばら城への返事と今夜のイメトレに励むべく自身のテントに入った。

 マレノア姫に連れて行けたら行くと返事をし、即帰ってきた早よ来いの催促を適当にあしらい、リリアは考えた。ない知恵絞って考えた。
 娘をここに連れ込むとして、その後はどうしたものだろう、と。
 なんなら、娘は呼び出しに応じるのかという不安もあった。簡易なテントとはいえ寝所には違いない。娘とて、かようなところへ呼び出される意味が分からぬ児ではない、はずである。
 つまり来たらオッケー、ってコト!? とありもしない気付きを得てしまいリリアは動揺した。激しく動揺した。いくら恋人同士とはいえ、自分たちはまだ手すらロクに繋いでいない身。くんずほぐれつしっぽりうふふはさすがに早すぎるのではなかろうか。そうは思えど、リリアとしては娘がその気であるなら、コトに及ぶのもやぶさかではない。だのこちゃこちゃ脳内で言い訳をした。なんだかんだ思っていようが結局はヤりたい盛りなだけである。
 あぁのこうの娼館で得た学びを織り交ぜリリアは考えた。めちゃくちゃに考えた。ない想像力をでもってあらゆるパターンを洗い出し、どう対応するか考えた。そりゃもうしっかり考えた。完全なる独り相撲であるが、悲しいことにそれを正す者はいなかった。一人で荒ぶっているゆえの悲劇である。

 そうしてぐつぐつ考えるうち、食事も済んだところでその時は来た。例によって隊の者らに後片付けと見回りを言いつけ、それとなく人払いを済ませたところで、食後の片づけをする娘に自身のテントへ来るよう呼びつけた。
 娘を待つ間のリリアは落ち着きなくキョドキョドしていた。どういちゃついたろかとぐるぐる考えながら、見せない方がよさげな書類や伝令書は一応隠した。そして並んで座るとあらばどれほどの幅にすべきか。と、悩みながら毛布の端を揃えて畳み座布団代わりにし、敷いたそれを見て「きゃ☆ なんかやらしー♡」などと一人で赤面していた。想像力のたくましい男である。
「リリアさん、いらっしゃいますか?」
 リリアが一人テントではわはわしていると、はたして娘がやってきた。焚火に照らされそのシルエットが浮かぶ。洗い物を終わらせてきたばかりなのか前掛けで手を拭っているようだった。
 そんな仕草にもまた未来がほのめかされ(※思い込み)、リリアの口元はまた緩みそうになる。けれど、そこは歴戦の右大将。面が緩みそうになるのを堪え、むぎっと口元に力を込めた。能天気な顔でデレデレできるほど照れを捨てられないので。急ぎ気を静め、毛布の上に胡坐をかいた。
「おう。……入ってこい」
「はぁい。すみません、お待たせしちゃって」
 テントの入り口からぴょこっと覗き込んできた娘にキュンとしつつ、手招きをして近寄らせた。
「待っちゃいねぇ。あー、なんだ、とりあえず掛けろ」
「あ、はい」
 勧められるまま、娘はリリアの向かいに座り込んだ。違う、そっちじゃない。やべっと思ったリリアは焦りを噛み殺し、隣をぺたぺた叩いて指した。
「そっちじゃケツも痛ぇだろ。こっち座んな」
「え? えと、失礼しますね?」
 少しばかりためらうふうを見せ、娘はリリアの隣に座り込んだ。少しでも身じろぎすれば触れそうなほどの距離感にリリアは動揺した。はちゃめちゃに動揺した。耐性のなさが露呈した瞬間である。
 けれど対する娘といえば、不自然に顔をしかめるリリアにちょぴっとばかり緊張を覚えていた。
「えっと、どうしたんですか?」
……
 誘い込んだはいいものの、いざ娘を隣にしてリリアの頭は固まった。カッチカチに固まった。ただでさえゴリッゴリに緊張している上、普段より落ち着きのない娘の雰囲気につられてしまったのだ。
 とはいえソワソワしている場合ではない。なんかせにゃと考えるものの、そこは愛しの姫を幼馴染に掻っ攫われた身。恋愛経験皆無の子蝙蝠である。雰囲気作りだのすべきだろうが、なにをすりゃいいのかさっぱりであった。
 というか、面が緩まないよう堪えるのにいっぱいいっぱいで頭を働かせる余裕なんざありゃしなかった。にやけそうになるのを全力で堪えているせいでリリアの顔はえらく険しいものとなっている。そんなリリアの面に娘もまた何事かと怯んでしまった。
 なんせ、わざわざ人をはかしテントまで呼びつけるとなれば軽い用件ではないのは窺える。その上、呼びつけてきた本人はバリおっかねぇ具合に顔をしかめているものだから、娘はたいそうビビりちらしていた。なんせ、こんな顔をされる覚えがこれっぽっちもないのである。ただただ怯えしかなかった。
 一方そんな娘の心情なぞミリしらなリリアといえば、花とか気の利いたプレゼントでも用意すりゃよかったんか? や、そんな恥ずかしい真似無理ぽっぽと頭の中でぐずぐずぐだぐだ呻いていた。
 頭の中で理性と煩悩の殴り合いを起こしているリリアの隣で、娘は身を竦ませていた。おっかねぇ顔で空気をひりつかせるリリアの真意が分からず心身共に震えていた。叱られるならとっとと叱ってほしい。ひっそり呼吸と心の準備を整え、娘はリリアの顔をちらちら伺い見た。
 そんなリリアといえば、どことなく憂いの色を浮かべる娘の顔をこそっと見ては、おっかねぇ顔をしたまま胸をズッキュンと高鳴らせていた。

 狭いテント、わずかばかりの明かりが灯る中で二人は押し黙り寄り添い合っていた。なんでもなければえぇ感じにしっぽりいけそうな雰囲気である。けれどこの二人は両片思いのくせに方や諦め、方や早くも新婚気分(※付き合ってすらいない)に浸っているものだから、残念な温度差があるというものである。おまけに今の状況の認知も噛み合っていないのだから収拾のつきようがない。
「あのぅ、なんの用なんですか?」
 なんともごちゃごちゃした空気の中、口火を切ったのは娘の方だった。いつまでも押し黙ったまま顔をしかめるリリアの態度に耐えかねてか、おずおずとリリアを見上げた。
「っ」
 娘の瞳にリリアの胸は高鳴った。灯火を受け、普段より赤みを増したすみれ色が欲を匂わす色を纏って(ると勘違いして)いるものだから、どっきどきのズッキズキである。けれど、ここでがっついては余裕のない男と思われてしまう。事実そうではあるが色にボケているリリアにも見栄なるものはある。なのでどうにか欲を噛み殺し、声が裏返らないようひりつく喉を押さえながらじぃっと娘を睨めつけ、それに応えた。
「分かんねぇのか?」
 娘はなんじゃろとホイホイやってきたはいいものの、予想外におっかねぇ面をしたリリアに面食らっていた。これまで隊の食事係としてそつなく働いてきた娘であるが、そんな顔をされる覚えはまるでなく、知らずにやらかしてしまったのかと困惑していた。
「う……ごめんなさい、分からないです」
 リリアのでろっとした下心なぞ知る由もなく、まじで分からない娘はしょんぼり項垂れた。「え、この前捕った獣が病気でもしてた? で、ヘンなモン食わすなって怒られるとか? どうしよう!!」などとあるやもしれぬ己の非を探しながらビビりちらしていた。
 そんな縮こまってぴるぴる震える娘を横にリリアは「男の閨に来る意味を知りながらも知らんぷりするなんて愛い奴め」などと、勘違いを加速させていた。自分自身もガッチガチに緊張しているのにこれである。
……ふん」
 それきり、リリアは二の句が見当たらないまま黙り込んだ。そんなリリアから娘はまたもあかん色を勝手に見出し、怯えてしまった。

 互いの思惑がすれ違うこと数分が経過した。
 痺れを切らしたリリアはようやく腹を括った。なんせ相手はたまに見せる背伸びする姿勢が愛らしいおぼこい小娘だ。ここは大人(約15倍)かつ男である己がリードすべき場面だろう、と。
 覚悟を決め、気を鎮め、リリアは隣で俯く娘をちらりと見た。娘は先と変わらず怯えながら顔を青ざめさせている。物言わぬまま顔をしかめるリリアに怯えているのだ。
 そんなこの世の終わりのような面をする娘の様子を見、リリアはもやっと悩んだ。果たしてこれは手を出していい状況なのだろうか、と。
 リリアとしてはパッションは氾濫寸前であり、とっととブチュっとしたり、しっぽりうふふなあれやそれやに溺れたいところである。だが、いかんせん娘の顔色が悪すぎる。幸い、リリアには娼館にておねぃさまに女性の扱いや気遣いについてこれでもかとインスコされていたため、どうにか欲のまま突っ走ろうとする気持ちにブレーキをかけられていた。ノンデリ男から成長したようである。
 まずは娘の体調を慮りブチュっとするくらいに留めておこうか。などと、もちゃもちゃ考えながら娘をじぃっと見つめていると――リリアの暑苦しい目線に気付いてしまったせいか――娘はおずおずと顔を上げた。瞬間、バチコーンと目が合ってしまった。
(あ、無理)
 理性の働きとリコリス姐さん(八百六十二歳淫魔)の教えが無になった瞬間である。
……へ?」
 気付けばリリアは娘を組み伏せ見下ろしていた。遅れて、娘も目を丸くしてリリアを見上げた。自身の心の準備だってできていないのに、うっかり手を出してしまいリリアは焦った。マレノア姫が護衛を撒いてトンズラこいた時より焦った。けど、職務怠慢な理性はその焦りをぎっちぎちに引っ込めた。そして懊悩するリリア(本体)へヤッチマイナーのサインを送った。理性のくせに働きどころを間違えている。
「あの、リリアさん? なんですか?」
 組み敷かれた娘は困惑の色を浮かべていた。そりゃあそうだ、どんな叱責がくるのかと怯えていたらいきなり押し倒されたのだ。
 これが年相応の性知識を持つ娘であれば貞操の危機を感じるところであるが、不幸なことにこの娘、いかがわしいコンテンツなんざない異世界で「そういうのはお嫁に行くときに」との方針の上で育てられた身。性知識らしいものは学生の時分、同級生に借りたド健全少女小説で得たもの……せいぜいちゅーとぎゅー止まりしか知らぬという、エレメンタリースクール生も苦笑いするような有り様であった。ゆえに、今の状況をまるっきり理解していなかった。なんなら、やらかしの叱責に首でも締められるのでは? と、物騒な方に激しく危機感を抱いていた。
……分かんだろ」
「分からないです……
 ここまできてしらばっくれるとは。と、娘のいじらしい抵抗(ではない)にくすぐったさを覚えながら、リリアはじぃっと娘を見下ろした。そして煩悩に脳を焼かれながらリリアは考えた。まずはどこから攻めるべきか、と。
 手堅くブチュっといくか。それともたわわでもちもちの乳に触れてみるか。感情としてはブチュっといきたいところであるが、視界の隅で娘の呼吸に合わせゆっくり上下するふわもち胸はなかなかどうして魅力的であり、腹の奥で燃える情火はそっちを求めていた。
 理性と本能がせめぎ合う中、色に侵されつつあるリリアの脳内におっかねぇ顔と声がちらついた。
『よいですか、女というものは一度愛想を尽かしてしまえばそれきりですの。ですので、必ず順序はお守りくださいませ』
 それはかつてリリアに女の扱いを叩き込んだリコリス姐さん(源氏名)の教えだった。このまま突っ走ったのが姐さんにバレてしまえば女官にさせられる(暗喩)と瞬時に思い、リリアは萎えついでにはやる気持ちを抑え込んだ。女官になるのもイヤなら、娘に嫌われるのはもっとイヤなので。
 ので、まずはブチュっとしておこうと思い直し、すっとぼけている(いない)娘の頬に手を添えた。ぷにぷにでつるつるのお肌は温かく、ずっと触れていたい手触りではあるが、それは後からでも楽しめる。
「ん、と、くすぐったいです」
 脳内で煩悩をこねくり回す中、当の娘といえば、わけが分からず困惑の色を浮かべていた。最初こそ首でも締められるのかとヒヤヒヤしていたものの、一人で百面相をするリリアにくすぐられ、なんとなく害意はないのだろうと察しはした。けどもこうぺたぺた触られるいわれもなく、今の状況がまるで理解できていなかった。
 娘とて初恋をこじらせている身である。好きピに触れられて悪い気はしない。けども、いくらそうなりたいと願った相手とて、交際に至っていない(※正しい認知)男に恋人よろしく触れられるのには抵抗があった。ゆえに、薄ら不安を抱きながらリリアを見上げた。
 瞬間、またも互いの目線がバチッと交わった。
 ブチュっとするなら今しかねぇ、瞬時に悟ったリリアは意を決し、娘の微かに震えるうす赤い唇に自身のそれを寄せた。

 が。

「ぴゃーーーーーっ!?」
「おげっ!?」
 ブチュっとかまそうとした瞬間、娘の悲鳴にリリアの小汚ねぇ悲鳴が重なった。娘の悲鳴に耳をつんざかれ、リリアは脇腹へ衝撃を受けた。わけもわからぬまま視界は大きく揺れ、気付けば娘より半身ほど離れた先に転がっていた。
 どうやったのか、娘に吹っ飛ばされたのだと理解し、リリアの脳内は疑問がみっちり満ちていた。色ボケし油断しきっていたとはいえ、己がかような小娘にたやすく投げられるのだろうか。いや、あっちゃならねぇ。けども事実としてブン投げられて転がっている。
 俺ぁこの小鳥を過少評価しすぎていたのかもしれねぇ。へへ、おもしれー女……などと、混乱のままリリアが得意になっていると、やかましい足音が近付いてきた。
「右大将殿! どうされましたか!?」
 リリアがげっと思うと同時に悲鳴デュオにホイホイされたバウルのでけぇ声がテント越しに響く。とんだお邪魔虫である。
「なんでもねぇ! ガキが虫にビビっただけだ、お前は持ち場に戻れ!」
「はッ!」
 これ以上場を乱されてはたまらぬ。その一心でリリアは咄嗟に嘘をブン投げバウルを追い払った。
 素直に聞いたバウルの気配が去ったの確認し、リリアは娘に目を向けた。娘はいつの間に移動したのかテントの隅で縮こまっていた。顔を青ざめさせ、リリアの様子を窺っている。とてもじゃないが右大将をブン投げた面ではない。
 そんな怯え切った顔を見れば、己が急いたせいなのだろう、と、デリカシーも恋愛経験もないリリアでも理解できた。だからって投げることなくなーいとは思いはするが、それはそれ。まずは宥めるのが先だろうと身を起こし、ぴよぴよぷるぷる震える娘に目を向けた。
……。おい」
「ぴゃい……
……。んな怯えなくたっていいだろ」
「ぅ……
 宥めようとする気はある。けれど、リリアはヘタクソだった。どうしようもないヘタクソだった。目を白黒させる娘にどう接すればいいか分からず、リリアはついついぶすくれた態度をとってしまった。残念な男である。
「あの……
 互いのやらかしの気配が充満する空気の中、娘はおずおずと口を開いた。それがまた沈痛な面持ちなものだから、リリアはちょぴっとブルッてしまった。急ぎすぎて嫌われてしまったのではなかろうかと不安が大いにあったためだ。そうだよ。
「んだよ」
 どの面を下げればいいか分からぬリリアはしかめ面を下げることにした。下心まる出しにするのは論外として、娘に拒絶されたからとしょぼくれた面を晒すわけにはいかないので。つまらねぇ意地であるが、そこは青臭い若造ゆえである。かわいいね。
 とはいえ、ビビりちらしている娘にリリアのかような複雑な小ボウズ心など分かるはずもなく、露骨に不機嫌そうな顔のリリアに心の底から怯えていた。なんせ、たった今命の危機を覚えたばかりなのだ(※誤解)。しかしこの娘、身の危険を覚えてぼさっとしていられるほど暢気な娘ではなかった。怯えながらも、おっかねぇ面をするリリアをまっすぐ見つめた。
……これも私のお仕事なんですか?」
「は?」
 どうにか絞り出したとばかりの娘の震え声にリリアは目を丸くした。
 娘の言う「これ」とは、そして「仕事」とは何ぞやと考えたリリアであるが、思いつかず困惑した。リリアとしてはただ恋人と甘い時間を過ごそうとしただけ。そこに仕事が入る余地なぞあったろうか、と首を捻った。
「仕事、ってなんのことだよ?」
……
 娘は短く沈黙を打つと重々しく口を開いた。
「その、いやらしいこと……です」
「は?」
 口にするのも憚られる……そんな面持ちでついて出た言葉にリリアは目の前が真っ赤になった気がした。わざわざこんなことを言うなんざ、そう思うような何かしらがあったということ。
 なぜ今このタイミングで言ったのか、というささやかな疑問が頭の隅をかすめたが、ささやかなのでそのまま頭を素通りさせておいた。
 それよりも娘の言葉である。いかがわしい真似を仕事と思わせたのはどこのどいつであろうか。こんな赤子みてぇなガキに恋するなんざどんなロリコンだとリリアは今いる面子の顔を思い浮かべた。

バウル……はない。娘は懐いているような顔をするも、当のバウルはそれを煩わしそうにしているのは明らかだ。真っ白を通り越した光り輝く純潔さだ。
……もない。ウチの娘と連呼しているある意味やっべぇ奴ではあるが、純粋に子供と見ているのはよく分かる。怪しいの意味がまるで違う。シロ。
……あいつは飯しか見てねぇ。旨いもん食いてえで手を貸したりはするらしいがそれだけだ。食い気しかねぇ。シロ。
インプ……あれは妙な目でアイツを見ていることが多々ある。色の籠った目かどうかは怪しいところではあるが、他に思い至らないとを思えばコイツではなかろうかという気がしなくもない。……ただ、その目はリリア自身も受けた覚えがそれとなくあるため、うすら寒さを覚えた。アイツ、俺もそんな目で見てたんかい。っていう。なのでグレー。

 考えるもはっきりこれと分かる者は思い付かず、リリアはさらに考えた。今いる者らでないとなれば、どこの不届き者だろうか。ちゅーか、娘はマレノア姫のお気にである。姫のものと言って差し支えない娘に手を出すなんて命知らずどころじゃねぇなと思い、リリアはさらに考えた。
 それならば下手人は姫と娘の関係を知らぬ者なのかもしれぬ。であれば王室近衛隊に属する者、それと野ばら城に勤める者の可能性は極めて低い。そう考えれば竜の都、それと野ばら城から離れており、細かな伝令を回されない拠点に勤める者ではなかろうか。娘を連れ大陸中を駆け回る中、そういった場所に寄った覚えはいくらかある。なら、その中のいずれかで娘は誤解を覚えるような目に遭ったのやもしれぬ。
 気付きを得たことでリリアは煮えたぎるような憤りを覚えた。たかだか僻地に左遷されてるような甲斐性なしの分際で、愛しの小鳥ちゃんに手を出すなんざとんだ不届き者だ、と。とはいえ、この気付きはあくまでリリアの想像でしかない。いくら色にボケていようとそこは右大将、憶測で動いてはならぬと熱を押し込み、呼吸を整え、娘へ向き直った。
……どいつだ」
「えっ?」
「テメェに、やらしいマネを働いたのはどいつだ、つってんだ」
 リリアはぎりっと、娘のきょとんとした顔を睨めつけた。怒りを押し隠すつもりはあるだろうが駄々もれである。
 リリアの詰問に娘は困ったように目線を彷徨わせると、おもむろに指を付き出した。リリアはその指先を目で追う。が、そこには誰もいない。そりゃそうだ、ここにはリリアと娘二人きり。他の誰もいない。ついでにテントの近くに誰かしらの気配もない。
 はてと疑問に思いかけ、いやまさかと娘の意図を察しリリアの背に冷たいものが伝った。イヤな予感に頭の奥をジリジリ焼かれながらおそるおそる娘に目線を戻す。面した娘は気落ちした様子で肩を落とし、目を伏せていた。
……俺?」
 間違いであってほしい。心の底から願いつつ娘に問うと、哀しいかな娘は目を伏せたまま小さく頷いた。その回答にリリアは固まった。どこの不届き者と思えば自分自身であったがために。勢い勇んでいた心は凍り付き、振り上げた拳は行き場をなくした。ので、とりあえず己のうちで荒ぶる欲をブン殴っておいた。それっぽっちで解消できるものではないけれど。
 そんなわけで、姫様の雷を頭で受けるよりもでけぇかもしれぬ衝撃にリリアが言葉を失っていると、娘はぽつり、と語った。
 曰く、自身は確かにリリアへ好意がある。ゆえに、欲を向けられるのに抵抗はあれど悪い気はしない。けれど、いくら好いているとて恋人でもない相手としっぽりうふふ、は大いに抵抗があった。
 ――と、ものすごーくマイルドな言葉に包みながらぽつりぽつりと口にした。
「その、リリアさんのことはとっても……すき、ですけど」
 娘はもごもご言い淀み、顔を伏せたまま目線だけリリアに向けた。
「私たち、そういう関係じゃないですよね?」
…………は?」
 とんでもねぇショック第二弾である。なんせ、リリアはとうに娘と恋人同士だと思っていた身。なのに娘自身からそれを否定されたのだ。これは急ぎ状況の確認が必要である。喉に凍りつくような痛みを覚えながら、リリアははやる心臓をむぎっと宥め、そっと呼吸を整え、娘に向き直った。
「っと待て。確認だ。お前と俺はどんな関係だ?」
「? 隊長さんと隊員、ですよね? 私は下っ端ですけど」
 いきなりの見解の相違にリリアは目を見開いた。
 けれど、いやでも待てよと思い直す。体裁としてはそれで間違いない。だから、落ち込むにはまだ早い。関係なぞ一言で表せるものではない。隊長と隊員であるが気の合う友人同士でもある、などといった関係性はいくらでもある。現に、リリアとマレノア姫は主と従者ではあるが、幼き日に生活を共にしていた幼馴染みでもある。
 自身と娘もまた二言で表せる関係だと信じ、リリアはじぃっと娘を見据え次の言葉を促した。
「他には?」
「ほか、ですか?」
 けれど娘はきょとんとし、ついで悩むような素振りを見せた。それが既に答えと思い、リリアの肝はぴきっと凍りついた。即答しないとあらば、娘の中に先以外の答えがないっちゅーことに他ならない。娘の様子からして、恥じらい言い澱んでいるふうもない。勘違いが明らかになってしまい、リリアにとっては実につらみである。
 そんなリリアのバチボコにヘコんでいる様など(見せないよう頑張ってるので)知らぬ娘はわずかの間考えるような顔をするも、ほどなくして困ったように眉根を寄せた。
「えっと、なにかありましたっけ?」
 そして出てきた答えが思い当たるものはない、という。なんとなく想像していた通りの答えだった。外れてほしかった予想は当たり、リリアはまたも落胆した。
 え、じゃああの一世一代の愛の告白はなんだったん? と、唖然とし娘を見つめたままリリアは固まり、頭は虚無虚無プリンになってしまった。けども、呆けている場合ではない。早急に事態の修復にかからねばならないと即思い直した。
 リリアとしては恋人といちゃつこうとしていただけ、けれど当の本人は己らをかような関係であるとつゆとも思っていなかったわけだ。ともなれば、先ほどのリリアのブチュッ未遂はさぞかしおっかねぇものに思ってしまったのだろう。
 ようやく気付けたリリアはこの事態をどう収拾つければいいのか考えた。度重なるショックでぐずぐずになってしまった頭でもって考えた。勘違いしてしまったことへの焦りや娘にいらん害を与えてしまったいたたまれなさで思考が鈍りそうになってしまう。けれど、それらをハッ倒しながら考えた。
「あの、リリアさん?」
 突然項垂れたかと思えば急におっかねぇ顔で物思いに耽ったリリアに娘は流れが変わったのに気付き、おろおろし始めた。
 娘が知るリリアは王室近衛隊の長、弱っていたり、参っていたりするとこなんざ人に見せていい身分ではない。それなのに今のリリアといえばえらく情緒不安定な姿を見せてくれたのだ。んな様を見てしまえば娘とて動揺すれば混乱もするというもの。
 そんな娘をどこか遠くに眺め、リリアはようやく口を開いた。
……その、なんだ」
「はい……
「まず、お前に……あー」
 まずはブチュッ未遂の釈明をと考えたリリアであるが、うまく言葉を見つけられず顔をしかめた。なんせ、今のリリアといえば暴行魔のレッテルを貼りかけられている身。それを覆すために誤解を解こうとする気はあれど、なかなかどうして言葉にしづらかった。
 単に娘が想像しているようないかがわしい仕事をさせる気はないと一言言っちまえばいいだけである。けれど、果たしてこの娘にそんなやらしい意味合いの言葉を聞かせていいのだろうかとリリアは迷った。たいそう迷った。
 相手は人間基準では十分成熟した大人であるのだから、そういった知識は多少なりともあるはずだ(※ない)。けども、この娘は汚れを知らぬ乙女のような面をしているものだから、下手なことを言ってしまえば汚してしまいそうでなかなかどうして躊躇われる。
……商売女の真似事なんてさせる気はねぇ」
 けども、リリアにやんわり伝えるすべなどなかった。ゆえに、そのまま伝えるしかない。はっきり言った方が誤解もないだろうしお互いのためになろう、とおためごかしたっぷりである。言ってから、直球すぎたと後悔したけれど。
「はぁ……。えぇと、じゃあ……
 意味が分かってか分からないでか、娘はためらいがちに俯くとややあって意を決した様子で面を上げた。
「さっきのは、その、どういうつもりなんですか?」
……
 さっきの、とはリリアが娘に迫ったことだろう。恋人といちゃつこうとしただけであるが、当人らの認識がまるで違うがために、見事に事故ってしまったのである。
 しゅんとする娘にリリアはいよいよ自身の勘違いについて話せばならぬと思い。けども情けないやら気まずいやらでトンズラこきたい気分でいっぱいであった。とはいえ、そうしたとこで事態が好転するわけがない。覚悟を決めたリリアはそうっと呼吸を整え、躍り狂う心臓を宥め、娘と向き合った。
「俺の勘違いだ」
「勘違い? ですか?」
「ああ」
 泣きたい気持ちをせいいっぱい堪えながら頷くリリアの表情は実にしょぼくれていた。そして胃袋がぎゅうぎゅうに絞られる心地になりながら、リリアは己の意図と勘違いについて娘に語ることとなってしまった。
 そして娘は今だかつて見たことのないリリアの表情にただただ目を丸くしていた。