望月 鏡翠
2025-02-23 23:17:19
911文字
Public 日課
 

#1644 「鉱山」「夢」「ヤカン」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺


 男はもう酔っていない状態を知らない。金がなくなるまで飲んで、金がなくなったら仕事をし、また酒場に戻ってきて稼いだ金を残らず酒に変える。そんな生活をしているものだから、もう頬に赤さが染み付いてしまっている。
 誰も男の隣に座りたいなどとは思わないが、運悪くその席に座ってしまうものがいる。酒場が混み合っていて他の場所が空いていなければ、そこに腰を下ろすしかない。
 そうすると男は、聞いてもいないのに昔話を始めるのだ。この土地がまだ、豊かであった頃のことだ。
 その頃、男はまだ飲んだくれではなかったし、妻子もいた。それに定職が合って金持ちだった。落ちぶれた人間の過去の栄光など誰が聞きたがるだろう。
 しかしそこでしか酒が飲めないというので、仕方がなく耳を傾けるのだ。
 この辺りは昔、鉱山だった。働けば働いた分だけ、儲かった。無限に金になる鉱石が手に入った。金持ちになるという夢を叶えるためにやってきたのだ。
 そうして、甘い夢に魅せられた人間がどうなったのかは、飲んだくれの男を見ればわかる。鉱脈は枯れ果てたのだろう。
「鉱山が封鎖された原因は、実は鉱脈が枯れたからじゃないんだぜ。別にあるんだ。本当はまだ鉱床が残っている」
 男は誰も知らない秘密だとでもいいたげに、声を低くして呟く。しかし、隣に人がいるたびに囁いているそれは、もはや公然の秘密だった。
 それでも立ち入ることはできないのだから、一攫千金の夢は潰えているに等しい。金持ちになりたい人間は大勢いるが、押しつぶされて死にたいやつなんて誰もいない。
「俺のかわりに鉱山に入ってくれる人間がいれば、ヤカンいっぱいのラム酒を奢ってやったっていい」
 それが男の口癖だった。どう考えたって、命には見合わない報酬だ。
 しかし、そのとき隣に座った男は違った。面白そうだな、やってみてもいい。そう答えたのだ。
 どういうつもりか。いやそれは大した問題ではない。一度やると言ったのだから、成し遂げたのならそれでよし、そうでなかったら約束を反故にしたことを理由に、金をせびればいい。
「乾杯。今日がお前の命日だ」
 男は鉱山が閉鎖して以来初めての笑顔を見せた。