タロイモ
2025-02-23 23:09:00
5218文字
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『春は来るし、花は散るもの』

パーバソワンドロライ。1h+2.5h。
お題『春の訪れ/いずれ壊れてしまうもの』をお借りしました。パーシヴァルの告白から逃げてるバーソロミューと、黒髭との話。パーシヴァル全然出ないけどパーバソと言い張ります。黒ひーは良い奴……。
ほんの少し前回のワンドロの続きっぽいです。


「形あるものはいつか壊れる確か“諸行無常“だったか」
「えーなに、いきなり。仏教用語?」
「いや、出典:○ンジャスレイヤー」
「ファーーーwwwwwwショッギョムッジョ!」

それは、恐らくこの世で最も無駄で無意味で無価値な会話だった。
そんなものを口にしてしまったことを悔やみつつ、バーソロミューはベッドに寝転がりながら足元近くの汚物もとい黒髭ことエドワード・ティーチの後頭部を踵で軽く蹴飛ばした。ごすっ、といい音がしたものの、男の首は僅かに傾いだ程度で、ほとんどダメージは与えられていないようだ。しかし黒髭はこれみよがしに「イターイ!」と騒いでおり、何だか余計に腹が立った。
首無し状態で三日も泳ぎ回ったという男が、何を言っているのだか。何ならもう一発、今度は本気の蹴りを食らわせてやろうか。
ベッドのマットレスにその小汚い頭を預け、お上品にも床にべったりと座り込み、ゲーム画面から目線は外さない大男に、バーソロミューは盛大に舌打ちした。

ここは、ストーム・ボーダーに設けられた数ある職員用の居住スペースのうちの一室——最後にして最大の海賊、バーソロミュー・ロバーツの自室である。
魔術的に拡張されたボーダー艦内には十分量以上の居住スペースがあり、申請さえすればサーヴァントであっても自室として使用する事ができる。バーソロミューもご多分に漏れず数ある居室の中の一室を借りているのだがこの凶悪にして悪辣を極めた稀代の大海賊・黒髭は、バーソロミューの部屋にやって来る事が度々あった。この男自身、自室を持っているにも関わらず、だ。
理由は単純である。バーソロミューの部屋は綺麗に整理整頓されていて、なおかつ据え置きのゲーム機体が複数揃っている。それに対して黒髭の部屋はまぁお察しだ。全方位オタクを自称するこの男の部屋は物で溢れ返っており、それこそ足の踏み場も無いレベルで散らかっているのが常だ。誰が見てもカオス、汚いと言うだろう。バーソロミューには意味が分からないが、何なら部屋の中でゲームやマンガを失くすこともあると言っていた。そんな所では、確かに落ち着いてゲームなどできはしまい。
という訳で、この男は時たまバーソロミューの部屋に気ままな猫のようにふらりと立ち寄っては、ひとしきり据え置きのゲームを堪能して帰るのだ。バーソロミューとしても七フィート近い大男に自室で暴れられては堪らないので、とりあえずは好きにさせている。突然現れて、部屋を荒らし、満足すれば帰って行くひとつも利にならない、まるで害獣のような男だ。
幸いそこまでの実害は無いので、当たらず障らず、嵐のように受け流すのが正解なのだと半ば諦めていた。

だが、バーソロミューとて譲れない部分というのは勿論ある訳で。
「お前、私のベッドを背もたれにするなとあれ程言っただろう、頭をベッドに擦り付けるな汚い。あと床に直で座るな、せめてラグか何かを敷け汚い。何度言えば分かるんだ」
「だーってバーソロの部屋の椅子ちっさいんだもの!ソファーぐらい置けやマジで。ベッドに乗らんだけ褒めてくだちぃ!ていうか汚いって二回も言ったー!」
「うるさい、汚いものに汚いと言って何が悪い。あ、そこの通路の奥に隠しステージあるぞ」
「キィーッ!この顔だけがいいクソ野郎!!あっ、ホントだトンクス」
別に仲間とも思っていなければ友人でもない、本当に腐れ縁だけのこの極悪人とは、同じ穴の狢のよしみでこんな風に憎まれ口や独り言の延長線上のような会話をすることもしばしばある。まぁ腹が立てばお互い手足は出るし、バーソロミューもお構い無しに鉛玉を頭蓋にぶち込むのだけれども。

なので、本当にこれは、独り言の延長だった。

黒髭。お前は壊れ物を手に入れたとき、どうしている?」
あン?ゲームの話か?何でぇいきなり薮からスティックに」
急に神妙な口調で切り出したバーソロミューに、ティーチはゲーム画面を見たまま返した。無事に隠し通路を発見した主人公のキャラクター(エディット機能で両メカクレになっている)は、隠しステージの奥に潜むやや手強いボスにもう少しで接敵するはずだ。それを分かった上で、バーソロミューは尚も続ける。
「いいから答えろ、現実の話だ。返答によっては八つ当たりでお前の後頭部に全力の蹴りをお見舞いする」
「いや既に八つ当たり乙。めんどくせェなおい!」
会話のドッジボールを交わすが、何となく続いてしまう。認めたくないが、バーソロミューにとって黒髭はその程度には波長が合う相手だった。
普段の粗暴ななりと言動の裏で、この男は存外に人と状況を見て話す所がある。かつて大船団を纏めた男は伊達ではない、ということだろう。バーソロミューとてそこだけは認めていた……本当に、そこだけだが。

バーソロミューは思案するように携帯端末の画面を見る。そこには育成をメインとしたゲームの画面が映っているが、実を言えば見ているだけで、先程からその手は止まってしまっていた。
てっきり憎まれ口が返ってくると思っていたらしい黒髭は、黙ってしまった伊達男を僅かに見遣り、値踏みするように目を眇めた。
それから、一つため息をついて据え置きゲームのモニター画面に視線を戻す。
「で、壊れ物が何だってばよ」と改めて聞いてきた男は、ゲームのコントローラーから手を離す気は無いようだった。しかし、無視を決め込む訳でもなさそうだ。片手間なら聞いてやる、という所だろう。
その態度には少々イラつきつつ、バーソロミューはやや逡巡した後、珍しくつっかえながら言葉を紡いだ。
「壊れ物雑な扱いをしたら直ぐに傷が付く
、それに崩れやすい物だ。例えば、宝飾品や美術品、骨董や文化財。そういう壊れ物が、望外に手に入ったとして。お前なら、どうする」
目線も身体も動かさず、淡々とボタンを押し続ける黒髭は、それを茶化すでも揶揄うでもなく静かに聞いていた。普段やかましいこの男にしては、それは珍しい対応だった。
「壊れ物、ねぇ。おめーソレ、言葉のチョイスそれでいーの?」
「は?」
目の前の大男の無愛想な応対に、バーソロミューは怪訝な顔をした。別に腹立たしい訳ではない、この男の質問の意図を図りかねたからだ。
言葉を発した黒髭は、尚も身体を動かさなかった。対照的に手先だけを忙しなく動かして、ティーチは続けた。
「大事なモンって言えや。まだるっこしい。オレはおめーの事なんざどーでもいいけどよォ、一個だけ教えといてやるわ」
ボスの手前、大事な局面に差し掛かってゲームはポーズ画面に切り替わる。黒髭はぐるり、と首だけで振り返った。

「そういうもんは、ちゃんと掴んどかねぇとすーぐ手のひらから落ちてくぞ」

じり、と焼けそうな鋭い一瞥をくれつつ、ドスの効いた低い声で言い放つ。
カリブの海を恐怖に陥れた男の目は、鷹のように鋭利で、しかし、そこには憎悪や憤怒のような感情は無かった。ただ何かを見透かしたような透徹さばかりがあった。
その目線と言葉に心臓を鷲掴みされたような感覚を覚えて、バーソロミューはひゅっ、と息を呑んだ。まるでエーテルの臓腑を矢で射られたようだった。

手のひらから。落ちていく。
落ちて、壊れてしまう。

零れたミルク、潰れた卵、あるいは死んでしまった馬。
元に戻らないということは、何と恐ろしいのだろうか。
あぁ、だから自分はこういう感情を抱えて来なかったのだとバーソロミューは唐突に理解した。臆病な自分には、『これ』は恐らく過ぎた感情なのだ。

奇跡のような一夏を経て、少し前に自覚させられた、聖槍の騎士に己が抱く感情。それは、世に言う『恋』というものらしい。
とある騒動から、隠していたソレを騎士その人に見抜かれて、あまつさえ彼からは全く同じものを返されてしまったのが、約一週間前。薔薇を抱えた騎士からの告白に、しかしバーソロミューは『少し時間をくれ』と返答してしまっていた。
もう気持ちはバレてしまっているのに何故そう返したのか、それはバーソロミュー自身もよく分かっていなかった。ただ、あの時は頭で考えるよりも先に口が返答していたのだ。彼の騎士の愛に応えることを、待って欲しいと。
その理由が、今まさに分かってしまった。業腹ではあるが、目の前の自分とは方向性の違う、しかし良く似た性状の悪漢に見透かされてしまった事で。

そう、バーソロミューは怖いのだ。
この世に一つしかない、替えのきかない『大切なもの』を手に入れるのが。
それが脆く崩れやすく、恐らく壊れてしまい得ることが。

なんて事だ、とバーソロミューは思う。
残忍酷薄、悪逆非道の限りを尽くし、得られるものは何だって掠奪してきた海賊が、何もせずともその手に転がり込んでくる宝から逃げるなどと。
或いはそれは、最後の大海賊たるバーソロミュー・ロバーツが、生前に終ぞそんな物を得られなかった事も関係しているのかも知れなかった。

けれど、ならば捨ててしまうかと問われれば、この感情はあまりにも惜しく。しかし抱えて生きるには、薄氷を踏むようにあまりにも恐ろしく。
握りこんだ厚い手の皮に、爪の先がぎりぎりとくい込んだ。

黒髭は、事も無げに滔々と続ける。
「テメーが抱えたモンなんざ知らねぇし興味ねぇが、ソレ壊して腑抜けになる事だけは許さねぇぞ」
少しも揺れぬ視線が、バーソロミューを刺す。おそらく男は、珍しく本音で物を言っていた。
そんな事、ある訳ないだろう」
やっとの事で返した言葉は、震えていなかっただろうか。バーソロミューには自信が無かった。
黒髭はバーソロミューのその様子を見とめて、「ったりめーだっつの」と呟きふっと目元から鋭さを消した。まるで灯台のサーチライトが、突然光を消したかのようだった。

それから、いつものふざけた調子に戻った男は目線をゲーム画面に戻し、1つ大きな伸びをした。
「あーヤダヤダ柄にもねぇこと言っちゃった!オェー!おいバーソロ、拙者は今からボス戦なんでぇ!集中したいからこの部屋から出てってくだちぃ!」
「っはぁ?!私の部屋から何で私が出てかなきゃならないんだ!」
「うるちぇー!オメーはマジで外の空気吸ってこい!部屋でネチネチ考えてるからそんな顔になンだよォ!」
言い返そうと思ったが、この一週間、確かに必要最低限しか自室から出ていない事に思い至って、バーソロミューは舌打ちした。勿論それは、あの清廉なる騎士に極力出会わないようにするために、である。
クソっ、」
黒髭の癖にうるさいぞ、と八つ当たりで大男の頭蓋を蹴飛ばそうと身体を起こして、しかし。はた、とバーソロミューはその動きを止めた。
普段すました紳士然としたその甘いマスクは、みるみるうちに赤く変わっていく。その顔色の変化の一部始終を横目に見やって、黒髭はもう一度オゲェーと鳴いた。心底気色悪い、という気持ちを込めて。

サーヴァントというものは、互いの存在が何となく分かるものだ。それは、よく知る者同士ならば魔力の波長などから直ぐに分かるもので、至近距離であれば尚更である。
そうして、バーソロミューの部屋の前には、今絶賛彼の脳内を埋め尽くす騎士の気配があった。ノックをして来ないあたり、もしかすると騎士も迷っているのかもしれなかった。

本当にどうしようもないバカップル(仮)二人に、エドワード・ティーチは本当に心底どうでもいい、とばかりに本日何度目になるか分からないため息を吐き出した。

「流石のニブチン紳士も気付いたかよ。そーよキラキラの騎士様がオメーの部屋の前でお待ちよ。何かシミュレーター室も二日前から予約してたみたいなんでぇ。さっさと逝ってこいやこのスカタン」
「~~~~ッ!!」
口をはくはくと動かして黒髭を指差し、何かしらの悪態をつこうとしたバーソロミューは、結局何も出て来なかったようで枕を一つ殴るに留めた。それから、霊基を編み直し、ついでとばかりに黒髭に一つ蹴りを入れ、ベッドから降りてドタバタと部屋を出て行った。

それを見送るでもなく、蹴り返すでもなく、黒髭はゲームのボス戦に突入した。隠しステージのボスは、なるほど強敵そうであった。
しかし、準備は万端だ。そのために装備は揃えたし、練度も充分積んだのだ。
海賊行為だろうが、ゲームだろうが、恋愛だろうが、畢竟、全ては事前の準備である。残りは、飛び込んでみなければ分からない。世の中とは、そういうものだ。
そうして手に入れた宝は、壊したくないならば壊さないよう努力する他ない。あの海賊紳士は、それを学ぶべきである。

「ケッ。せいぜい努力せぇやバーーーーカ」

そう独りごちて、生前妻を十数人抱えた男は、やり込みゲーと名高いゲームに没入したのだった。