えぬを
Public MCU
 

永久凍土

バキサム
※死ネタです
こんなCA4は嫌だその2

吐く息は白い。血清を打った強靭な肉体でも、成人男性一人を抱えて山越えすれば息も上がるし汗もかく。
「くそ、お前のスーツ脱がせてから登ればよかった」
──このぐらいでへばるのかよ。血清打ってても超高齢者に冬山越えはキツいって?
「馬鹿言え。敵にやられてひっくり返ったお前を抱えて国境越えたこともあったろ」
──お互い様だろ。お前を抱えて幾度空を飛んだことか。
軽口に笑う。こちらの悪態に同じく悪態を返す、その一言一句でさえ容易に想像がつく。それだけの時を過ごした。密度濃く瞬きほどの時間でしかなかったが。

いつだったか、死について会話を交わしたことを思い出す。
──死ぬのならば穏やかに。
──家族に見守られ、皺深い手を握られながら。
──そん時のお前は相変わらずのめつきわるおなのかな。
当たり前のように家族の一員に数えられ、面映さに、〝お前の皺くちゃの顔と歯の抜けた顔見て笑って見送ってやる〟、と返答した。下を向いたまま答えた俺の言葉に、どうせ満足そうに笑ったんだろう、サム。

キャプテン・アメリカに花を差し出す少年──薄汚れ、素足のままで──貧民街で起きたテロを治めた英雄への餞を誰もが温かい眼差しで見つめていた。
差し出されたそれを、片膝をついて受け取る、キャプテン・アメリカの名を冠して久しいサム・ウィルソン。幾度も目にした光景だった。そう思っていた。
破裂音がした。
パン、と乾いた音を立てたそれは、素人であれば爆竹や花火の音だと思うかもしれない。けれど俺にはひどく、ひどく馴染みある音だ。
わずかサムの体が傾ぐ。
瞬きの速さでサムの元へ向かう。
少年が──少年兵が震える手で銃を握っている。手を伸ばそうとして、振り返ったサムの鋭くこちらを睨みつける瞳に怯む。口端から垂れた血を拭い、サムは笑った。拭った手の甲の血を見て少年兵は戦慄き震えた。サムはグローブを脱いで少年が震えたまま握りしめる銃に手を被せた。
──大丈夫。何も怖いことなんてない。君のせいじゃない。誰のせいでもない。大丈夫。
キャプテン・アメリカの暗殺を担った幼い少年にサムは微笑みかけ、少年を抱きしめた。
いずれかの組織かテロの首謀者かそれとも母国だったかもしれない。家族を人質に取られた、とか、象徴を背負う偽善に対する抵抗だとか、それこそ抱える事情は数多想像がつく。
──辛かったろう、でも大丈夫。もう大丈夫。
善と悪の境界線はひどく曖昧で、五年後の世界も何も、既に世界はとうの昔から分断され続けていた。ただひとつ、俺が分かる真実は、世界で一番優しい男が今、失われてしまうということだけ。
傾ぐ体を観衆から隠すように抱き上げる。いずれかから声がかかった気もするが、足を止めなかった。後ろを振り返らずに進む。
……はずかしぃからおろせ……
「いやだね」
吐かれた血の塊で肩が濡れても気にせず歩いた。もう遅い、と共に分かっていたから。
そうしてやがて、サムの体から力が抜けた。担ぐ重みが増して、俺は、ぐ、と歯を食いしばり、尚も強く抱き上げた。

❄︎

吹き荒ぶ風と雪。思い出すのは百年に及ぶ孤独だ。初めから、誰かとともに過ごす心地よさを知らなければよかった。家族や友人、仲間との絆を知った上で一人になり、暗示を受け、やがて再び人々の関わり合いの真っ只中に放り込まれ、そこにいたのが特に愛情深い人物だったのなら、拠り所となって当然だった。
サムは、帰る場所だった。俺の。
比喩でもなく、暖かく心地いい比翼だった。
男女の仲だったならどうにかなったろうか。いや、恋とか愛とかそういったものでは無いと思う。何某かの情ではあったと思うけれど。
いや、これは、それよりももっと重く、深いいずれかの何かなのだ。
雪の上、不乱なく掘った穴にサムを横たえる。
──悪い、サラ。お前の弟、俺が独り占めしちまった。
──謝る気なんて毛頭ないくせに。
サラのため息でさえも容易に想像がつく。
血清を打った自分と時の流れが違うことは承知していた。いつか置いて行かれてしまうとは思っていたけれど。
「歯抜けの顔笑ってやるつもりだったのに……
穏やかに眠る顔の上の雪を払ってやる。そうして額に口付けた。
「あと、盾は置いてきた。あれがあると見つかっちまうからな」
自らもその横に体を横たえる。
──あぁ、そう言えば家賃二ヶ月分滞納してたな。
任務で忘れることもしばしば、二人で焦って家主の元へ駆け込む度に、仕方なさそうに笑う家主と、申し訳なさそうに、笑う、
──相棒。
誰にも見つかることなく、二人で眠るのだ。
……おつかれ、キャプテン」
降り注ぐ雪、やがて、全てを覆い尽くす。