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えぬを
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幻視痛
バキサム
視界に映る『亡霊』
こんなCA4は嫌だその1
ライリーの死の間接的要因にWSが絡んでたらif
「亡霊?」
画面の向こうのレイナー博士がサムの言葉に頷く。
インカメラが映し出すホワイトバーチの壁紙は、レイナー博士のセラピールームだ。ぎ、と音を立ててソファに体を預け、足を組み直した博士はサムに心当たりがないか尋ねているのだろう、無言の促しにサムは思考する。いわく、バッキーが博士に相談したという『亡霊』について。
〝話しがある〟、とメッセージを受け取り、文末には〝ジェームズには秘密で〟との内容に、サムはまた同居人が悪夢に魘され、何某かの葛藤をしているのかと眉を顰めた。
バッキーの不在時に繋げたオンライン上の会話から、バッキーが『亡霊』に悩まされていると聞かされたサムは、内容を脳内で反芻した。
男が見えるのだという。白人の。情報はそれだけだ。
バッキーはどうやらその『亡霊』とやらに心当たりがあるらしいのだが、その人物が誰であるか口を割らないのだという。
「
……
過去に殺した相手
……
とか」
「過去に殺した相手を悪夢として見ることはまだあるんでしょう。そう言った類ではないから再度私のところに話しに来た」
バッキーは一度博士のセラピーを終了した。一方的にだが。
未だ〝しょっちゅう見る〟と宣ったバッキーの過去に対する償いは、日々彼自身が葛藤と懺悔を繰り返しながら救い救われることで贖罪し続けている。それをそばで見守っているのはサムだ。
「
……
なんであいつ俺に相談しないんだ」
少しだけいじけたような声音になったサムの発言を、博士は片方の口角を上げることで流した。
「分かっているでしょう、サム。あなたに心配をかけたくないから」
「
……
分かってますよ、けど、」
「けど? なぁに? 〝相棒なのに〟?」
〝一生顔を合わせない〟、とサムが宣言したその場の当事者でもあるセラピストが揶揄いを含んで言う。サムはため息を吐いた。
「さりげなく聞いてみても?」
「しばらくは知らないふりを。ジェームズが自らあなたにその話しをしてくるまでは」
ただ、悪夢とは違う新たなものは、間違いなくバッキーのPTSDに関わっている、という博士の言葉が重くのしかかる。
──今以上の償いをあいつはまだ背負うのか。
礼を言って、オンラインの通話を切る。時計を見れば既に夕刻に差し掛かる。室内は薄暗い。
もうすぐバッキーが帰ってくる。普段通り、接することができるだろうか。
生来のお人好しと彼に傾ける情を仕舞い込んで、サムは部屋を出た。
◇
「なぁ、バッキー、少し話しがあるんだがいいか」
各々自室に篭るかリビングでテレビを見るか、仕事の確認や任務の報告をするか。夕食後の時間をそんな風に過ごすようになって、それなりの時を経た。
ソファに座り、パソコンを開いていたバッキーはそれを躊躇せず閉じた。ソファの背を叩き、隣に座るよう促され、サムはそれに従った。
レイナー博士には知らないふりをしろ、と言われたが、どうしても気にかかった。何か悩んでいることがあるのならば、共有して欲しいと。
固く結んだサムの口元を見て笑うと、バッキーはソファの背に腕をつき、頬杖をついてサムを眺めた。
「『亡霊』の話し?」
「そう、そのはなし
……
って
…
は?」
「戻る道中博士から電話があった。お前に『亡霊』の話しをしたって」
にやけたまま言うバッキーのそれに、博士には見抜かれていたらしいサムの性分に、脱力せざるを得ない。
「口止めしたところでお前は心配性だから、どうせ俺に聞くだろうって。生活に支障が出るレベルなら、共有しておけって」
「なんだよそれ」
面白くなさそうな声音にバッキーは笑った。
優しい男だ。全て委ね、受け入れてくれるかもしれないと過大な期待を寄せてしまうほどに。情に厚く、殺されかけた相手でさえ懐で包み込むサムに、これ以上の負担をかけたくはない。バッキーの中で、彼の存在感は日に日に増していく。何某かの名をつけるのならば、そこには情とつくわけだが。
「幻肢痛に似てると思う」
「幻肢痛?左手の?」
「この場合視界とかかな」
「お前、目は無事
…
だよな?」
「罪の償い、俺の後悔、贖罪
……
とかそのほか諸々。数えりゃキリがないが
…
そのいずれかが見せる幻みたいなもん」
「
……
大丈夫か?」
カウンセラーでもあるサムは、仔細を問わず、ある程度察したらしい。バッキーを気遣う顔を見て、思わず腕を伸ばしそうになる。寸でのところで耐えた。
まだ、そこに至るのは早い。先走って拒否されたら、と想像しただけで堪えた。
「たまに見るだけだ。博士には少し大袈裟に言っただけ。セラピーを再度始めた方がいいのかって」
「心当たりがあるって」
「
……
殺したやつはみんな覚えてる」
バッキーの言葉にサムが我にかえり、視線を下げて、〝悪ぃ〟と謝ってくる。
「謝るな。謝らないでくれ、サム」
いささか下がった顎を、左手で引き戻す。視線が絡む。
サムはバッキーのメタルアームを決して嫌がらない。触れられることを忌避したり、恐怖の瞳で見ることもない。その瞳に、自分が映っている。これほどの歓喜を与えてくれるのはサムだけだ。
絡む視線、顎に添えたバッキーの金属の手に、サムがそっと指を添えた──その時だ。
ガタン!
大きな音に肩を慄かせ、サムが音の方に顔を向ける。自然外れる機械の腕。
「あ、」
開いていた窓の向こう、風が揺らしたカーテンが窓辺に置かれていた観葉植物の鉢を薙ぎ倒していた。
「ぅわ!」
慌ててサムが立ち上がる。窓辺に近づき、床に落ちた土と、植物に傷がないかを確かめている。イザイアから譲られたその観葉植物は、サムが特に大切にしているひと鉢だ。お陰で先程の雰囲気は霧散してしまった。
「土、吸った方が早いな。掃除機取ってくる」
「頼む」
サムはもう観葉植物にかかりきりで、バッキーの声がけに振り返りはしなかった。
リビングを横断し、バッキーは振り返ると、屈んで土をかき集めているサムの後ろ姿を視界に収めた。
──窓なんて開いていなかった。
──計ったようなタイミングでサムの一等大切にしている鉢が落ちた。
──嘘を、ついた。
サムの背に、羽が見える。いや、そうではない。サムを後ろから抱え込むように抱きしめている人物の背に羽が生えているのだ。
──そうだ、嘘をついた。幻肢痛なものか。あれは『亡霊』だ。死んだ人間だ。
それは、バッキーがサムに色のついた心持ちで触れようとする度に現れる。
後ろからサムを抱きしめ、まるで檻のように閉じ込める迷彩柄の空軍の制服。サムは全く気づいていない。いや、見えていない。
その人物の細かな顔の造形など、バッキーは知らない。伝え聞いているだけだ。
けれどバッキーは〝知っている〟。
その人物の背に生えた、羽。
──天使のつもりか。
それはスターク・インダストリーズによって開発されたいずれかのナンバーを持つウィングパックだ。そう、〝知って〟いる。
ぎり、と両手を握りしめる。
翼持つ男は、今日もこうしてうっそりとバッキーを見つめてくる。
渡しはしない、と暗に告げているかのように。
罪の意識が見せる幻なのか。それともあれは本当に『亡霊』なのか。
サムの体に我が物のように絡みつくその透けた腕から視線を外し、バッキーは身を翻した。
時間が経てばあれは消える。そして、バッキーがサムに近づこうものならすぐに現れるのだ。
──笑える。とんだ守護天使様だ。
バッキーは自嘲する。
やがて訪れる審判の日を、バッキーは静かに受け入れるのだろう。
──裁くのがサムであるのならば。
これ以上の幸せはないのだから。
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