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えぬを
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はつこい
バキサム
ビーンズが苦手だった弟について語るサラ
「サムの初恋ってねぇ、あなたなの」
ビアの瓶を傾けていたバッキーがサラの言葉にむせた。
バーンズ軍曹、キャプテン・アメリカのサイドキック、──ウィンター・ソルジャー。
そのどれにも恐らくは属していない素のままのジェームズ・ブキャナン・バーンズという青年が、一旦思考し、口周りに垂れたビアを拭って見上げてくる。サラは寄りかかった壁から体を離すと青年の対面に腰掛けた。うろ、と目線を彷徨わせ、ハンサムな青年は眉を寄せて頬を引き攣らせた。おかしなジョークを聞いたかのように。
弟は息子達に追い立てられて、室内に飲み物を取りに行ったまま未だ戻る気配はない。開かれて久しく、既にウィルソン家にもだいぶ馴染んだ青年は、今日も弟に連れられて任務後の遅い夕食と相成った。埃と硝煙にまみれ、世界を救う英雄達は口喧嘩を叩き合いながらサラの元に帰ってくる。腹が減ったと共に口にしながら。
「小さい頃、あのこビーンズが苦手でね。母から今日の夕食はチリコンカンだって言われた時の顔と言ったら」
当時のサムと同じ顔をして見せれば、青年は笑った。サラを通して見る相棒の幼い過去を夢想して。
その弟がビーンズに苦労していた頃、眼前の青年は吹雪の極寒の中、その名の通り日々淡々と任務を遂行し、世界の暗部で活躍していたのだろう。同じ頃、冷たい氷の下で、親友は静かな眠りについていた。物語よりも現実味がない話しだ。サラにとっては。
けれど、世界の人々が知るあまりにも有名な火の山に指輪を捨てに行く物語と同様に、これは青年にとってあまりにも残酷な現実だ。
「けど、ある時いきなり進んで食べるようになった」
「何故?」
「学校で見せられた一枚のポスター。好き嫌いを無くすって言う意味合いもあったんだろうけど
……
あれはサムにとっての青天の霹靂だったんでしょうね」
ビーンズの缶詰の販売促進ポスターには、『君もビーンズを食べてハウリング・コマンドーズになろう!』と書かれていた。らしい。
「〝ビーンズいっぱいたべておれもハウリング・コマンドーズになる!バーンズぐんそうみたいにキャップをたすけるんだ!〟って。あの日から大きな目に涙ためながら、苦手なビーンズ頬張る姿
……
かわいくて健気でしょ?」
「ははは、は、」
ハンサムフェイスがぎこちなく棒読みで笑い、やがて口角を上げたまま前屈みになり顔を覆った。か細い声で、『かわいい
……
』と呟くのをサラの耳はしっかと捉えた。
弟の憧れはキャプテン・アメリカであって、心持ちは幼い少年が抱く英雄へのそれだ。英雄にはなれない。だからこそ弟は、あの大きな瞳をキラキラと輝かせ、キャプテンを支えるサイドキックになりたいと宣った。
結果弟は過たずキャップを支えるサイドウィングとなり、今は少年達が憧れるキャプテン・アメリカとなった。
「これ、キャッチコピーにしたらもっと売れるかしらね、ビーンズの缶詰」
製造メーカーに電話しようかなどと嘯くサラを見やり、青年は覆っていた手を顔から離した。頬が赤い。
「
……
俺そんな顔に出てる?」
「ハンサムフェイスが蕩けた顔で弟の顔見つめてたらそりゃあね。あなた気づいてないの?結構わかりやすいけど」
青年の過去は全てスミソニアン博物館にあり、恐らくは青年自身よりもよほど詳細にその遍歴が記されている。
──プレイボーイとは。
サラは青年とのファーストインプレッション時の色のついたやり取りを思い出し、苦笑した。プレイボーイは本命にはいたく臆病で純粋らしい。
サラの弟は、優しく心正しい。
ライリーの件の後、塞ぎ込んでいた弟はカウンセラーとなった。
──いつも人のことばかり。自分の方がよほど苦しかったでしょうに。
そんな弟は目の前の青年の心をもとかしたのだろうか。
画面越しに見た、可愛らしいフレークルの目立つ赤い巻き毛の少女。彼女の声は知っている。今思えば、あの脅迫電話は彼女の本意ではなかったのだろう。彼女が笑い、仲間の死に涙を流した様を、サラは知らない。世界の多くの人々もサラと同じだ。彼女の想いを知るのは弟だけ。
──指先一つで世界の人間を半分にしたのと同じく、あなたたちは指先一つでそれができる。ストーンを集める必要もない。安全に守られた部屋でペンを持ち、サインをするだけでそれができる。
弟はそう、訴えた。恐らくは、御目と呼ばれる物語の冥王よりも厄介な、国そのもの──そして、観衆の目に向かって。
そう言えば、あの物語の庭師の青年は、弟と同じ名前だったとサラはぼんやりと思考する。
〝こいつは初版のトールキン、俺は第六版〟などと相棒を揶揄っていた弟が、飲み物を携え、息子達と楽しげに戻ってくる。
先程の動揺と赤くなった頬など微塵も感じさせず、サラから助言を受けた〝バーンズ軍曹〟は流し目で弟を見やった。その恋する青年の眼差しに、サラは吹き出しそうになりながらも温かく見守ることにした。
「なぁ、サム?お前の豆嫌いに俺は少しは貢献できてたのかな?」
第三者から見たならば愛おしさも含んだその問いかけは揶揄いも含んでいて、鈍い弟には伝わらないだろう。
母直伝のチリコンカンを息子に差し出してやりながら、ぎゃあぎゃあと痴話喧嘩の様相を呈するキャプテン・アメリカとウィンターソルジャーを肴に、サラはビアを煽った。
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