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夢篠
2025-02-23 22:07:20
5379文字
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兄弟星(雑渡双子弟)
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兄弟星堕ちた、宙駆けた
雑渡昆奈門の双子の弟は死んでしまった
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
ナマエ
「あの日」の里の嫌な騒付きを、まだ私は幼い時分だったがはっきりと覚えている。先代の御方様が産気付き、漸く跡取りがと里の者は皆浮き足立っていた。生まれるのが男児でも女児でもきっと里の者ら皆に愛されるだろうと、そう思っていた。
だから「二つの産声」に皆が騒付いた。生まれたのは双子の男児であった。鏡写しのように良く似た二人を、先代は何も言わずに二人とも生かすようにとただ命じた。それは器を残すという意味で最も合理的な判断であると皆分かっていた。それでもその答えを速やかに選び取る先代に皆慄いていた。忌み子は禍を齎すのだと、実しやかに囁かれていた。
暖かな目、怪訝な目、嫌悪の目。様々な目が赤子に降り掛かる。二人は赤子ながらに目鼻立ちのはっきりとした顔立ちをしていて将来きっと多くの女を泣かせるだろうと思わせた。良く通る大きな声で泣き喚くのすら、将来忍び軍を率いる器に成り得るのではないかと皆に期待させた。体格にも恵まれ、生まれて一年も経たぬ内に両の足で立ち歩き始めた赤子二人に先代は早くから、その手ずから稽古を付けた。二人とも幼い頃より優秀の名を恣にした。立ち居振る舞いも瓜二つで見分けが付かぬのを良い事に、お互いにお互いの振りをして大人を揶揄った。
兄は昆奈門、弟は
ナマエ
。いつから、二人を見分けるのがこれ程までに容易くなったのだろう。
正式に忍びとして里の子供らと混ざって鍛錬する輪の中に
ナマエ
はいなかった。彼はいつも何処かぼんやりと空を見ている事が多かった。先代は一言、「捨て置け」と呟いただけだった。その声に交じ入る声音に僅かでも勘付いてしまったから、私は何も言えなかった。まだ十にも満たぬ幼い
ナマエ
が何を考え、何をしようとしているのか。
ナマエ
は禍根を残さぬようにしている。優秀な忍びとなる事の確約されている兄弟腹と万に一つも争う事を避けようとしている。優秀な兄と同じくらい優秀な弟が、有象無象に担がれて争い合う可能性を潰している。だが物知らぬ者からすれば
ナマエ
の振舞いは無能のそれだ。彼は里では奇異の目で見られていた。
「言いたい奴には言わせておけば良い」
音も無く樹上にいる私の隣に並び立つ
ナマエ
が無能な筈が無い。梢のひとつすら揺らさぬ身の熟しは熟練の忍びの動きに良く似ていた。
「昆奈門は面白く無さそうだけど」
「それは、」
「まあ彼奴はさ、自分だけが背負うのが嫌なんだよ。私が逃げたって思っている」
息を吐くように笑った
ナマエ
が酷く大人びて見える。私の方がずっと歳を重ねている筈なのに。
「ね、陣内さ。昆奈門を宜しくね。それから私には、もう構わなくて良いよ」
その顔が正しい笑顔だった事は覚えている。それ以来、
ナマエ
の正しく笑った顔を見た事が無い。
歪な兄弟は酷く歪なままに育った。お互いにお互いを気にしているのに感情の擦り合わせが出来ない。昆奈門は
ナマエ
に言わなくても良い事を言って後悔を重ね、
ナマエ
は昆奈門に言いたい事を言わずに一人で傷を抱えた。
昆奈門も
ナマエ
も生まれた時から鏡合わせのように瓜二つだった。なのにお互いの感情だけは写し取れないようだった。きっともう、二度と同じ道を歩く事は無いのだろうと、気付いたのは
ナマエ
が烏帽子を冠る前夜の事だった。
薄らとした気配の先に
ナマエ
がいた。声を掛けずとも彼は気付いていたようだ。近付く前に振り返った
ナマエ
の瞳は力強く光っていた。美しく、強い人間の瞳だとそう思った。
「陣内か。驚かせないでよ」
「驚いてなどいないだろうに」
笑みを含んだ声など久し振りに聞いた気がする。
ナマエ
は数年程前から宙を征く星を追う事を日課としていた。毎夜毎夜飽きもせず星空を眺める彼を里の者らは口さが無く罵った。
ナマエ
はどこ吹く風といった様子を見せ、昆奈門だけが酷く憤った。
「明日私は大人になってしまうね」
ナマエ
の言葉には重さも軽さも感じなかった。ただ、事実が述べられ、後に残るのは沈黙だけだった。相変わらず
ナマエ
は星を見上げていて私と視線は絡まない。情けない事に何を言うべきなのか、何を言っても許されるのか判別する事が出来なかった。
「陣内、あそこの二つ星みえる?白と赤みのある星が並んでいる」
ナマエ
は目が良かった。常人には見えない物が見えた。
ナマエ
の指差す先には確かに二つ並んだ星が見えた。
ナマエ
にはあの星はどのように見えているのだろうか。
「あれは兄弟星と言うじゃない?異国の双子が、とても仲が良くてその仲の良さを祝福されて空に上げられたのだとか」
空を撫でるように形の良い手を伸ばす
ナマエ
のそれは厳しい鍛錬を積んだ証左のように硬いのだろう。その手を小さく握って彼は私を見た。それは昆奈門が大人を試す時にする顔にそっくりだった。
「でも、本当は双子なのにあの兄弟、兄と弟は父親が違うのだって。
……
正確には、母は父以外に夫ある身だったから双子なのに父と夫、受け継いだ血が少し違うという事らしいけど」
嘲るような顔だった。形の良い唇を持ち上げた
ナマエ
のその顔は狡猾な忍びの表情其の物だった。
ナマエ
が何を言いたいのか、量り兼ねていた。
ナマエ
の目は私を見詰めていた。とても強く、そして気高く、それでいて退廃的なその瞳から目が離せなかった。
「ねえ、陣内」
ナマエ
がゆっくりと言葉を紡ぐ音がする。薄い唇が音の形を作ろうとしている。時折覗く舌が妙に艶めかしい。
「双子でも、受け継ぐ血が異なる事は有り得ると思うかい」
「さ、さあ
……
、それは、」
あの時、
ナマエ
から目を逸らしてしまった事を今でも後悔している。あの日、あの夜、
ナマエ
はどんな顔をしていたのだろう。どんな表情で、何を思って。己から目を逸らした私を見ていたのだろう。
「あなたは私が生まれた日を知っているのでしょう。
……
ずっと、知りたかった事があるんだ。私と昆奈門に流れる血は、その純度は本当に、同じなのか」
「
……
は?」
瞠目する私は一瞬
ナマエ
の言葉を理解するのが遅れた。
ナマエ
は何でも無い事のように言葉を継いだ。美しい笑みはそのままだった。それなのにそれはまるで子が親に寝物語を強請るかのように幼気で。
「ねえ、陣内。教えてよ。昆奈門は、私は、どちらが、本当に正しく父の血を、」
かっと思考と呼べる物が赤く塗り潰されたような気がした。乾いた音がして、手のひらが熱くて、気付いたら
ナマエ
が頬を押さえていた。嗚呼、叩いたのか。それは何処か他人事だった。
「今、何を言おうとした」
言葉を振るわせないように平静を装うので精一杯だった。此処で平静を失ったら、私はきっと昆奈門のように「言わなくても良い事」を言ってしまうのではないかと恐ろしかった。感情の手綱を引き、そのせいか、
ナマエ
の表情が上手く読み取れない。
ナマエ
は何かを理解しようとする時に見せる、曖昧な顔をしていた。思慮深い瞳が暫し私を見詰めていた。そして、その色は明らかな失望に変わった。
「
…………
何にも。そうだよね。あなたに聞いたって、そりゃあ『そう』、だよね」
「
……
っ、」
「良いよ、何も言わなくて。私たちは同腹なんだろう。
……
とても、残念な事にね」
囁かれた言葉に打ち破られた静寂が戻る頃には既に、
ナマエ
はいなくなっていた。私が呆然としていた所為なのか、或いは
ナマエ
が身を隠すのが上手かった所為なのか。其処に
ナマエ
のいた証は一つも残らなかった。そして次の日の朝、
ナマエ
の姿は里から消えていた。
書き置きも拐かされたような痕跡も一切無かった。里の見張りも何も気付かなかったと言う。ただ、
ナマエ
の艶やかな髪が一房、遺されていたそうだ。先代に何か知らぬか、と聞かれたが何も答えられなかった。きっと、
ナマエ
が里を抜ける最期の夜に顔を合わせたのは私だったろうから。
先代の血を引く男児が行方知らずとなったとなれば直ぐに捜索隊が組まれる事となった。但しそれは極秘裏に行われた。これは最早稀に見る最大の醜聞と言えた。その中には私と、そして元服したばかりの昆奈門も含まれていた。
昆奈門は憔悴していた。それでいて大いに憤っていた。必ず
ナマエ
を見付けて殺すのだと息巻いていた。だが結局のところ、里の精鋭たちが至上の命としてほぼひと月を掛けて捜索をしても
ナマエ
の行方は杳として分からなかった。その影すら誰も掴めなかった。そこまで来てようやっと、私たちは
ナマエ
を、その能力を誤解していたのだと多くが知った。そして
ナマエ
は正式に里では死者として扱う事となった。
昆奈門が、可哀想だと思った。彼は
ナマエ
について本当で気に掛けていた。ひと月の捜索の後、
ナマエ
が死んだ夜、昆奈門は珍しく大量に酒を飲んで酩酊した。ザルを通り越してワクのような人間だったからこれは本当に珍しい事だった。
「昆奈門」
「
……
、ぁ、なんだ
……
じん、ないか」
呂律も回らない焦点も合わない目で、彼は更に酒を呷ろうとしたので止める。彼も理解していたようで特段の抵抗も無かった。力無く落ちた手が強く握り締められていた。
「私には、何も話してくれなかった」
ぽつりと溢された言葉を最後に、昆奈門は
ナマエ
を忘れてしまったようだった。
そしてそれから、幾らの時が過ぎただろうか。昆奈門は小頭となり、先代は命を落とし、昆奈門が瀕死の重傷を負い、そして彼は組頭となった。タソガレドキの忍び軍は最強の名を恣にしていると思う。だがそこに
ナマエ
の姿は無い。里には
ナマエ
の墓も無いから、もうその姿を覚えている者も少ないだろう。確認は出来ない。誰も、口端に上げないからだ。
忍務も引っ切り無しにやって来る。
ナマエ
について口端に上げる暇も無い。今回の忍務は、最近力を付けて来た城の兵力を探る事。この十年でその城は様変わりした、と先行調査で報告を受けていた。何でも軍略や調略の一切を取り仕切る者が変わったそうだ。良くある事だ。だが忍務に入る前に押都に言われた事が引っ掛かっていた。
……
「あの子」は、本当に死んだのだったな?
ぞわぞわとした嫌な感覚がずっと心の奥底に滞留していた。それが年若の忍びたちに伝わってしまったのだろうか。私たちの潜入は発覚してしまい、幾人かの追手が付いてしまった。
若者を先に行かせ殿として追手に対処する。私とてある程度の心得は有ると自負していたが、相当の手練れだった。そして何より。
何より、この、手筋に覚えがあった。押都の言葉が耳許にまざまざと過ぎる。
まさか、否、そんな筈は。
不意に、追手が消えた。気配すら、何処にも無い。それでいて「見られている」感覚はある。まだ、背を向けてはならぬ。ふ、と急に気配が一つ現れた。この世の物ではない何かに化かされている方が、マシだと思った。
「おやおや。誰かと思えばあなただったか」
全身に鳥肌の立った気がした。いついかなる時でも平静を保たねばならぬ筈なのに。その声は、その気配は、その瞳は。
「十年以上会っていなかったけれど、すぐに分かったよ、山本陣内。お前は私を覚えているのかな」
昆奈門が、もし火傷を負わなければこのような姿だったのだろう。或いは、
ナマエ
が火傷を負えばあのような姿になったのだろう。
ナマエ
、と勝手に言葉が口を突く。
ナマエ
は鷹揚に頷いた。
あの夜の強い光はそのままに、彼は、
ナマエ
はそこにいた。強者が纏う独特の雰囲気に情け無い事に圧倒された。そして合点が行った。
「この城の、忍び軍の頭というのが
……
」
「そう、私だよ。タソガレドキとは、これからも仲良くする事になるだろうね」
美しく笑った
ナマエ
の顔はあの夜よりも精悍でそれでいて残虐さを増していた。彼はす、と一点を指差した。即ち、私の背後を。
「今帰るなら、見逃してやろう。私の配下は私の命に忠実だから楽に帰してやれる。けれど帰らないなら少し痛い目を見て貰わないとね」
彼の発声に被せて矢羽音が流されると瞬時に取り囲まれるように気配が増える。この忍び軍は相当に優秀な事が窺えた。
「
…………
一つ、聞きたい」
「うーん。あまり時間は無いけれど、一つくらいなら」
「どうして、里を抜けた」
あの日から昆奈門はずっと後悔している。先代は口数が減って、猜疑心が強くなった。私は。
「
…………
簡単だよ。受け継いだ血が、違った。星明かりの強さも違う。同じ里にいたら、私たちはもっと容易に殺し合っていた。ならばせめて、合法的に殺し合う方が理に適っている」
あの日私が暴力で抑えた問いに
ナマエ
は自ら答えを出してしまったのだと気付いた。あの夜をやり直したくてももう戻れない。とても美しく
ナマエ
は笑った。それはあの幼き日に正しく笑った
ナマエ
の顔と良く似ていた。
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