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桐子
2025-02-23 21:19:15
2543文字
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美しい傷23(父水♀️)
別々にしていた寝室を一つにして、毎晩同じ布団で寝るようになっても、二人は夫婦や恋人というよりは親子のように過ごしていた。
ゲゲ郎に抱かれるのは気持ちがいいし、彼の寂しさをこの身体で慰めることができているのなら、それは水木にとっても嬉しいことだった。
ゲゲ郎は時折、何か言いたげな素振りを見せたが、結局何も言わずに水木の身体を愛撫するのだった。
「なに難しい顔してんだ?」
風呂上がりの水木が寝室へくると、先に布団に入っていたゲゲ郎が、難しい顔をしてファイルを見ながら何か考え事をしていた。
彼は水木の姿を認めると、ファイルから顔を上げた。
「何か調べものか?」
「いや、古い物件を買ったんじゃが、どうも二重に売買されていたようでの」
「二重売買?そんなの、よくある話だろ。登記簿を見りゃ一発だろ」
「どうもそれが、所有者がはっきりしない物件でのう
……
ん?お主、登記簿なぞよく知っておるな」
「まあな、これでも法学部にいたんだぜ」
ゲゲ郎は丸い目をぱちぱちと瞬かせた。
「将来は弁護士かなりたかったんだ。おじいさまの息のかかってない所で働きたくて」
警察は身内に暴力団が絡んでいたら採用されないが、弁護士ならばその心配はない。資格さえあれば一人で生きていけると思い、必死に学んできた。
「なるほど、そうじゃったのか」
「結局大学はやめさせられたけどな」
水木は自嘲めいた口調でそう告げた。この家に嫁ぐことを決められた時に、おじいさまによって勝手に退学届けを出されている。
「なら、落ち着いたらまた行けばよい」
「簡単に言ってくれるな」
「勉強などしようと思えばいくらでもできる。いつでもどこでもな」
そう言って、ゲゲ郎はファイルを閉じると枕元に置いた。今日はもう仕事はしないのだろう。水木はゲゲ郎の背後に回り、肩を揉み始めた。
「おお、こりゃあよいのう」
「痛いところはございませんか、お客様」
「うむ、もう少し内側を頼む」
張った肩をほぐすため、ぐいぐいと力を込める。ゲゲ郎は「極楽じゃ」と温泉に浸かったときのようなのんきな声を上げた。
「水木は勉強が好きか?」
ゲゲ郎に尋ねられ、水木は少しの間考え込んだ。好きかと聞かれてもよく分からない。勉強することで龍賀の家から自由になるのだと信じていた。でも、結局水木は龍賀の家の檻から出ることはできなかった。
「どうだろうなぁ」
「そうか。それなら、ますます龍賀から自由になってら、好きなことを学びに行くとよいのう。なんなら、わしが援助しよう」
ゲゲ郎の肩を揉む手が止まった。本当にそんな日がくるのだろうかという期待もある。しかし、もしそうなったら、龍賀会と幽霊組の縁を結ぶために一緒になった自分たちは夫婦ではなくなってしまう、ここを出ていかなければならなくなるのではないかという、漠然とした不安の方が大きかった。
それを振り払うように、水木は明るく言った。
「ゲゲ郎はさぞ優秀な学生だったんだろうな」
そばにいて気が付いたが、ゲゲ郎は土地の売買や法律、経営のことに詳しく、分家や部下たちに助言したり、経営の相談に乗ったりもしている。歴史や経済、他国の情勢などにも詳しく、かなり博識だ。
「いいや、わしは学校へは行っておらんよ」
ゲゲ郎はこともなげにそう言った。
「わしの母は美人じゃったが、男なしでは生きていかれない、恋多き女でなぁ。わしのことは可愛いがってくれたが、出生届も出してくれなんだ。わしは、母にとってかわいいペットのような存在だったんじゃ」
水木は言葉を失った。ゲゲ郎がそんな生い立ちだとは知らなかった。
「同じ年くらいの子どもたちが学校へ行っているのを見て、うらやましくてな。母に頼んだが、聞き入れてもらえなんだ。わしは岩子に出会うまで、自分の名前もろくに書けんかったんじゃよ」
ゲゲ郎の口調は淡々としていた。だが、その声音にはどこかやるせなさのようなものが感じられた。水木はそっと手を伸ばし、ゲゲ郎の頭を優しくなでた。
「岩子は、わしに勉強を教え、本を読むことをすすめてくれた。知識だけは誰にも奪われることがない財産じゃと。その通りだったよ。わしは、岩子と一緒に多くの本を読み、様々なことを学んだよ」
だから、ゲゲ郎は鬼太郎が学校へ行きたがらなくても大したことはない、勉強くらい自分の力でなんとかできると言うのだろう。
改めて、岩子という女性はつくづく偉大だと思った。ゲゲ郎を見出だし、新しい世界を見せ、彼を今の彼たらしめたのだから。
「だから、わしは水木にも勉強を勧めたいんじゃよ。まあ、それはもうしばらくしてからでもよい」
「そうだな。
……
いつか弁護士先生になって、精々お前のこと助けてやるよ」
「それは心強い」
水木は男の広い背中に抱き着いた。肩口まで伸びた髪が、さらりと頬を撫でた。
龍賀の家ではずっと短くしていたから、なんだか落ち着かない。でも、ゲゲ郎は長い髪が気に入ったようで、よく水木の髪を撫でてくれる。
「なあ、水木よ」
「ん?」
「そろそろ、よいかの?」
何がと聞き返すほど野暮ではない。水木はこくりと頷いた。するとゲゲ郎は水木を布団の上に横たえさせ、その上に覆い被さってきた。黒い髪が布団の上に広がるのを見て、ゲゲ郎は目を細めた。
「髪が伸びたのう」
「そろそろ切ろうと思ってるんだ」
「それはもったいない。こんなにも美しいのに」
そう言って、ゲゲ郎は水木の髪を一房すくい上げ、口づけを落とした。
「伸ばせばいいじゃろう」
「でも、手入れが面倒だし」
「ならば、わしが毎日梳いてやろう。水木の髪に触れるのは好きじゃからな」
そう言って微笑まれると、そこまで言ってくれるなら伸ばしてもいいかもしれないと思えた。
長い髪は幸せな子ども時代の象徴だ。両親が生きていた頃は長く伸ばしていた髪。しかし、傷がある自分が髪なんて伸ばしても意味はないと思っていたし、女らしくしておじいさまを喜ばせるのが嫌で、男のようにばっさりと切ってしまった。
今、伸ばすのもいいかもしれないなんて思えたのは、目の前の男がそれを喜んでくれるからだ。
「それなら、伸ばしてみようかな」
水木の言葉に、ゲゲ郎は嬉しそうに笑った。
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