whityyokko_hkg
2025-02-23 20:41:12
2279文字
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まだあげそめし前髪の

前髪下りてるグリムと仕掛ける村正

髪までびっしょり濡らしたキャスターがこちらを振り返った。
洗顔していた筈なのだが、朝シャンという言葉が何処からともなく村正の脳裏に閃く。カルデア仕様と依代自身の若さにこれは感謝するところだろうか。

「下手くそか」
「うるせぇわ」

手拭いを渡そうとして前髪の間からこちらを覗く眼差しと目があった。
前髪を後ろへ撫で付け白い額を露にしている常では、血赤に染まった眼が睥睨し神族の証を露にしているから、髪に隠れた表情を見慣れなくて戸惑う。
青絹の髪の帳を指でそっとかき分け、淡い緋の輝きを目に写すだけで安堵を感じた。

「どうした?」
「えらいとこまで濡らしてやがる」
「髪までやっちまったからな。こういうときはランサーの第二再臨が羨ましいやね」

キャスターは自分の半身の小ざっぱりした短髪姿を脳裏に浮かべた。それから、自分を覗き込み続ける頑固一徹で一途な目の前の連れを。襟足の短い首もとは涼しげで、目にかからない長さの前髪を下ろしているのも泰然自若な男の雰囲気に合っている。

「魔術師だとそう簡単に切るわけにはいかねぇが、あんたみたいにさっぱりしてんのも悪かねぇな」
顔を拭いた布で濡れた髪をざっと乾かしがてら撫で上げる。
数白い額に貼り付く幾筋かを鬱陶しそうに指で跳ね上げ、そのまま手櫛で流れを漉いた。
鴨頭色に白く長い指が埋まり、指の隙間に幾筋か挟みながらするすると毛先まで添い下りる。

「なんだ?」
村正の視線を感じ、収まりの悪さにむず痒くなる。
たまに村正は、大層な宝物に相対したときのような物珍しさと憧憬の混じる眼差しでキャスターを眺める。
いつもの朝のよく見る風景に、類い稀な鍛治師の目を奪う何があったかなど、来歴も生きた時代も風習も考え方も総てが違うクー・フーリンでは到底思い及びもつかないが、彼の目が欲情ではない熱で鈍く燃える様を朝から見られた幸運を感謝した。

あの目は悪くない。
キャスターを鑑賞物としか思わぬ視線は、人によっては不快でしかなかろうが、あの目で射抜かれると、英霊と言う名の人ならざるものに変容した己を直視されているような気分になる。ひとりでは英霊に至らぬ、だが燃え盛る情動をひとり抱えて生を全うした、人としての尊敬に値する男に値踏みされるのはなかなかに痛快ではないか。

「前髪が下りてるあんたってのも悪かねぇ」
左目にかかる髪束を村正がかきあげた。濡れた髪はちょうどいい具合に後ろに流れて、普段のキャスターに少し近づく。
「爺さんまさかメカクレに毒されてんのかい?」
「海賊の兄さんと一緒に括んな。病高じた手合いにされちゃ敵わん」
渋い顔で反論しながら、彼の手はせっかく流した前髪をまた下ろし、何度も往復しては漉き直している。

「オレで遊ぶのは楽しいか?」
「こうも気持ちいいもんかね、長い髪ってやつは」
伸び上がった村正は、左目にかかる前髪ごとキャスターの瞼に唇を寄せた。
反射的に伏せられた睫の長さを確かめるように唇が睫の先と前髪の毛先を食む。
軽いリップ音とともに村正が離れてゆくのを寂しく思う不可解さを、キャスターは噛み砕きもせず飲み込んだ。

「でも、儂ぁ見慣れたこっちが安心すらぁな」
再び前髪を上げると、髪に指した指ごとキャスターの頭を下ろした村正は、背を流れる先まで五指で櫛削る。さらさらと指の間を落ちる青い毛筋を網膜に焼き付けるよう凝視して、唐突に男の戯れは終わった。
村正の熱が移った頭髪を自分でも撫で付け整えることで、キャスターはいつもの朝を取り戻す。何を云われようと、今日も世は事もなし、だ。

跳び跳ねた水飛沫で湿る床を掃除する村正が、一足早く日常に戻って何事もない顔をしているのだから、少しくらい意趣返しを試みたところで大したバチなど当たるまい。
熱の消えた髪を一房拾うと、曰くありげに己の口許へ近づけ、村正を唆す。

「そんなに気に入ったんなら、あんたも伸ばしてみたらどうだ。ひとり遊びにゃもってこいだろうよ」
雑巾を水で灌いでいる村正は、唇で毛先と遊ぶドルイドを視界にも入れず即答した。
「手間のかかる格好して当世の刀鍛治が勤まるかってんだ」
ふいとキャスターを見やり、村正は片頬を歪めて続ける。

「毛先にゃ思いが残るというがな。あんたそんなに口で触ってんだ、そろそろてめぇの情夫いろ|の本気が伝わってもいい頃合いだと思うがね」
自分の唇をひと舐めしてみせた村正は、何事もなかったように雑巾を絞り、床の乾拭きを始めた。

「どうすっかね」
ひとりごちるキャスターの応えは、幸運なことに村正の耳には届いていない。
泡沫の生者の真似事をどこまで本当にするかなど、キャスターの本来の仕事ではなく、サーヴァント個々に許された遊びの範疇のものだ。それを本物にしろと疑似サーヴァントの男は都度都度追い迫った。魂の方か、はたまた身体の方なのか、融通無碍にも程がある。

互いに薄々わかりきった答えを、ずるずると答え合わせしないままでいるのは、存外心地よかった。不安定さを顧みないでいられるのなら、このままどっちつかずでいるのも悪くない。
詰まる胸の内を綺麗さっぱり空に見せるなど、キャスターにはお手の物の芸当だ。
余計なことは見ざる言わざる聞かざるに限る。
王にいいように使われ続けたクー・フーリンが生き抜いた智慧のひとつを、王ではない鍛治師に宛がう謎は解かぬままに。

まだもう少しだけ微温湯に浸からせてくれよと、言わぬが花を胸に秘め、キャスターはもう一度男の触れた前髪に指を絡めた。