nuka_boshi
2024-08-12 20:02:18
11871文字
Public りらかふぇ
 

リラカフェ外伝 悩めるマドレーンの昼下がり

文月さんの楽曲コミカライズ作品、Relaxation Cafeteriaの外伝小説。コミカライズリラカフェを読んだ方が楽しめますが、別に読まなくてもなんとなく楽しめると思います。
リラカフェエピソードゼロのゲスト、マドレーンことマディの掘り下げ。フィオリーナたちは出てこない代わりに未登場のキャラが一名出てきます。

「頼むよ、この通りっ!」
 ぱしっと両手を合わせて、アタシことマドレーンは頭を下げた。机に額がつきそうなほどに頭を下げたせいか、古ぼけた木の香りと湿ったアルコールの匂いが鼻を突き、猫らしさを残したアタシの耳や尻尾がピクッと動いたのを感じた。けれど、だからと言って顔を上げるわけもなく、アタシはそのままの体勢で目の前の少女の言葉を待つ。
 いくらこの店が大衆酒場と名乗っていても、片田舎の村の小さな酒場だ。利用者の人数は限られている。夜であれば仕事帰りの飲ん兵衛共が量産されるだろうが、昼間訪れる客など然程多くはない。とはいえ全く人が居ないというほどでもなかった。なにしろこの店は昼間は食事処を兼ねている。冒険者や出稼ぎ労働者、それに家事に疲れた主婦が羽を伸ばす為にそこそこ訪れるのだ。現に、数組の団体客がなんだなんだとこちらを伺っている。
 山どころか天さえ突き抜ける程に矜持プライドが高いアタシにとって、こうして人前で頭を下げることは、屈辱以外の何者でもなかった。しかし、目の前の人物がアタシの頼みを素直に聞いてくれるとも思えない。アタシは抗議の悲鳴をあげる矜持プライドを気合いでねじ伏せるしか道がないのだ。
「ええと……顔を上げなよ、マディ。キミ、こういうことするの嫌いでしょ?」
 目の前の座席に座っていた少女は、困ったようにアタシを見る。
「いいや、アンタが頷いてくれるまでアタシゃこの体勢を続けるねっ!」
「ええぇぇえ? よりによってキミが? 明日は槍でも降るんじゃないの?」
 参ったなぁ、と頭を掻く少女をアタシはチラリと伺う。ゆるくウェーブを描く麦藁色の髪と、くりっとした青空色の大きな瞳の、外見年齢で言うなら14歳程度の少女。一見すれば明らかに年下の少女にヘコヘコ頭を下げている状態になるのだから、確かにアタシの性格上本来ならば絶対にこのような真似はしないだろう。とはいえ、どうせ彼女はアタシと同い年の気心知れた友人だ。例え周りにギョッとされようが情けなく思われようが、友人を頼って何が悪いというのか。
「えぇと、とりあえず要点を纏めるけどさ。マディのお願いって、リラクゼーションカフェテリアっていう喫茶店の様子が知りたいって事だよね? で、その喫茶店やってるのが、2年くらい前にマディが道案内したっていう黒猫連れたコスモス色の髪の女の子。そこまでは合ってる?」
「合ってる。リュトムスの森は知ってるだろ? 有名な迷いの森サ。妖精が道案内やってるらしくて、他の種族に敵意や偏見のない奴なら案内してくれるらしいんだ。だから頼むって。アタシの代わりに見に行っとくれよ」
 コスモス色とはまた洒落た物言いだ。アタシなら素直に桃色と表現する所だが、花飾りが特徴的な彼女にはそちらの方が似合っているかもしれない。とはいえアタシはそんな気取った言い回しなんて逆立ちしたって思いつかないが。
「アンタにも悪い話じゃないだろ? アタシの奢りでご馳走食べて、そんで店の様子を聞かせてくれるだけでいいんだ。簡単だろ?」
「うーん。そりゃ確かに簡単だけどさぁ、マディが直接行けばいいじゃない。ボク一人で行ったって、つまんないよ」
「いいからっ! 妖精の道案内で迷いの森を歩けるなんて、そんな体験そうそう出来るモンじゃないだろ?」
 このような物言いになるのは、自分の事をボクと呼ぶ目の前の変わり者の少女――オリヴィアが、好奇心の塊だからだ。森から出る事なく慎ましく過ごすエルフ達に育てられた癖に、こうして人里に降りてきて冒険者などをしている事からも、それはよくわかるものだと思う。
 エルフは妖精や精霊を祖先に持つ長命種であり、生まれ育った森の魔力を扱う術に長けている。しかし、いくら精霊や魔女のような魔術が使えても、それは森から借りたもの。生まれた森を離れれば途端に何も出来なくなる。それ故に多くのエルフは森の中で一生を過ごす。魔術が扱えないエルフはひ弱な人間とそう変わりなく、それなりに怪我をすればそれなりに死ぬのだ。森から出た所で最寄りの村に着く前に命を落とす確率はほぼ100パーセントと言ってもいい。ハーフエルフであるオリヴィアも例外とはいえず、森から出た今となっては魔術もまるで使えない丸腰の小娘だ。しかもエルフの血のせいで成長が遅く、アタシと同い年の17歳だというのにいくらか歳下に見える。剣どころか槍や弓ですらろくに扱えない。その癖「生き別れの父に会いたい」と主張し危険な冒険者家業に身をやつしているのだから、変人と言う他ないだろう。
 ここまでオリヴィアの紹介を聞いて、おやと思う者も多いと思う。生まれた時以来一度も会ったことのない父に会いたいとは、なんと健気でいじらしい娘だろうと。
 しかし悲しいかな、先も述べた通りアタシの友人はまごうことなき変人で、知的好奇心の塊――いや、知的好奇心の怪物なのである。父親に会いたいという理由だって、そこには寂しさや健気さなど一切無い。あるわけがない。当のオリヴィア自身がケロッとした顔で「そもそも会った事ない人に何か感じるのって無理じゃない?」と言ってのけるのだから、健気も何もあったもんじゃない。ぽややんとしてる割には徹底的にリアリストというか、何処となく冷淡なところがあるというか。
 それでも父親に会いたいのは何故なのか。本人からよくよく話を聞いてみれば、『自分を捨てたという父親がその時どういう気持ちをしていたのか、こんな機会そうそうないから直接会って聞いてみたい』『こちらには情は無いけれど向こうも同じなのか、それとも違うのか。罪悪感を感じたのか、やっと解放されるという安堵はあったのか、それとも他の感情なのか、それを当人の口からはっきり聞いてみたい』……と満面の笑顔で言い出すのだから、手に負えない。もちろんそこに嫌味だとか悪意だとかは一切無い。要するにコイツは、書物に乗っていない問いの答えがあるなら知りたいという、ただそれだけの為にあっさり命を懸けてしまう生粋の変態なのだ。父親とやらが実はやむにやまれぬ事情があって、産まれたばかりの我が子を森へ置き去りにせざるを得なかったらしいという涙なしには語れない切ない話を人伝に聞かされても、目を輝かせて「そっか。じゃあお父さんはボクの質問になんて答えてくれるのかなー」と寧ろ楽しみにしていたあたりからもその変態っぷりが見えるだろう。そんなだから、多分コイツの父親は、愛する娘と再会したら絶対に膝から崩れ落ちるだろうなとアタシは確信している。恨まれたり泣かれたりする事は覚悟しているだろうが、ただの興味本位でなぜなぜ攻撃されてみろ、アタシが同じ立場だったら絶対予想外すぎて再起不能になるぞ。
 そんな内情を知ってる事からも分かるように、アタシはこれでも伊達にこの女の数少ない友人をやっていない。一緒に旅していた頃は何度もオリヴィアの好奇心に巻き込まれてきたのだ、迷いの森を案内できる妖精や、おいそれと出会えない種族が集まる喫茶と聞いてコイツが黙っていられるはずがないことは世界の誰よりもアタシが一番よく知っている。案の定、オリヴィアは誘惑にぐらりと揺れている様子だった。
「うーん、確かに魅力的な話なんだけどさぁ……、でも、そのお店の女の子と知り合ったのは、マディじゃない。なんで自分で行かないのよ?」
「アタシみたいなのが行けるワケないでしょっ!?」
 思わず、カッとなって怒鳴ったその瞬間、目の前の青空色の瞳が驚きでぱちくりと丸くなった。
「アンタも知ってるでしょ?! アタシは捻くれ者の差別主義者だぞ!? どんな種族でも分かり合えると信じて疑わない善良な女の子の目の前に、どの面下げて会いに行けると思ってるんだいっ!」
 怒りに任せていつも通りの文句を言ってやると、オリヴィアは「ははあ」と含みのある笑みを浮かべた。
「あー、ナルホドね。何をそんなに真剣な顔して妙な事を言うのかと思えば、単にいつものマディの思い込みが出ただけじゃない。本当、へっぴりねこなんだから。そんなことでうじうじしてるの、マディだけだよ」
「うっさい、いつも言ってるでしょ! 変な造語をアタシの代名詞にするなーっ!」
 アタシはうがーっと両手を挙げてオリヴィアに抗議するが、オリヴィアはどこ吹く風だ。本当に可愛げがない。
「しょーがないでしょ、実際へっぴりねこなんだから。だいたい、マディはもう少し自分に自信持って良いと思うよ? そりゃ昔はともかくとしてもさ、大事なのは今じゃない? 誰に聞いたって、マディは良い子だから安心しなって」
「うぐぐ……。だから良い子とか言うなぁぁぁ……!」
 居た堪れなくなってアタシは古びた机の上に萎み突っ伏す。本当に、オリヴィアは容赦がない。アタシがなんでこうなってるか分かってる癖に、落ち込ませてくれないんだから。
 
 マドレーンはとても面倒見が良く、どんな相手にも分け隔てなく接してくれる良い子だ、というのはアタシの事を知る殆どの人間の評価だと思う。多少の自惚れは入っているかもしれないが、まあ多くの人が口を揃えて同じ事を言うに違いない。ただ、内面まで清らかに澄んでいるかと言われると、これがそうでもない。アタシは正直な所、自分が獣族などという侮られがちな種族でさえなければ、種族格差の問題なんて見向きもしていなかったし、どこで誰が困ってようが見えない所で勝手にやってくれとしか思えない。誰が困っていようと、明日の夕飯だとか日々の暮らしとかの方がよっぽど大事だ。そりゃ、見て見ぬ振りは後味悪いから余裕があれば助力する事はある。けど、結局のところアタシは我が身が一番可愛い。困ってる誰かにいくら泣きつかれたって、自分の身が危うけりゃ絶対見捨てる。アタシはそういう奴なのだ。そもそも差別されて泣き寝入りするような弱いヤツが悪いんだ、助けを期待する方がどうかしてる。
 とはいえ、うまく割り切れているのかといえばこれがそうでもない。罪悪感というのはどうしたって芽生えるものだ。過去に盛大にやらかしたなら、なおのこと。
 ――過去。オリヴィアと会うまでのアタシは、とんでもなく自信過剰な高慢ちきだった。
 実は獣族というのは、このパルティトゥーラ王国では割りかし立場が弱い。まあ詳しくは種族差別だとか教会の教えだとか人間至上主義の話だとかが色々絡んで面倒なので省くけど、めちゃくちゃ簡単に言うとこの国では『人間以外の種族は差別を受けがちで肩身が狭い』という悲しい事情があるのだ。これが人狼族ヴィルカシス鳥人族スパルナ族のように戦う術を持っていたり何かに特別秀でていたりすればまだマシなのだが、人間以外の種族(差別的な意味を含むが亜人ともいう)の中で取り立てて目立った能力を持たない者のことをひっくるめて獣族と呼ぶ、ということを考えれば獣族の種族的な立場はまあお察しだ。弱く、差別しても問題なく、そしてうじゃうじゃいる。じゃあ奴隷にしちまうか、といったアコギなことを考える奴が出てくるのはある意味当然の成り行きなのだろう。そんなわけで多くの獣族はそれらの悪意から身を守る為、隠れ里を作って慎ましく暮らしているのだ。実際アタシも、そういう隠れ里の出身だ。アタシは辺境の砂漠の小さな集落で、獣族以外とは顔を合わせることなく育った。
 そのままひっそりと隠れ里で育っていれば平和だったのだが、悲しいかなそうはいかなかった。とは言っても、別に里そのものが消えたとか、不幸な事件があって追放されたみたいなドラマチックな事は全く無い。単に幼い頃のアタシが、それなりにオールマイティになんでもできる小器用な神童だったというだけだ。天才故に真っ当に生きられなかっただなんて、なかなかに皮肉な事だと思う。
 神童だの天才だのと自分で言うなんてどんだけナルシストなんだと引かれそうなものだが、実際事実だから仕方ない。文字の読み書きや計算といった、里でもごく少数のインテリ層しか身につけていない知識をちょいと教わっただけですぐに覚え、身体は誰よりもしなやかで、狩や組み手をさせれば大人だって敵わない。アタシはあっという間に獣族の――いや、猫耳族の最大の至宝だと、猫耳族に遣わされた神の子だと持て囃された。要するに、落ち目の部族の神輿にされたというわけだ。
 幼少期からずっとチヤホヤされて、周りにはちょっと頭の足りてない雄達や爺婆達がヘコヘコと媚びへつらってきて、そんでもって我儘はなんだって叶う。そんな環境で育ったヤツが、どうしてマトモに育つと思う? アタシが自意識過剰な高慢ちきになったのは、ある意味当然の流れだった。当時のアタシは世界は全てアタシの為にあると信じて疑わなかったし、世界の全ては当然アタシにひれ伏すものだと思っていた。幼稚な権力を振り翳し、我が物顔で里の中を練り歩くアタシは我ながら本当に残念な生き物だったと思う。まぁ、『猫耳族の神童』としてのプライドから、みっともない真似は自制しなければという最低限の自重はしていたのがせめてもの幸いか。とはいえ歪んだ倫理観での自制なんて、たかが知れていたんだろうけどさ。
 まあそんなわけでとんでもない自意識過剰の怪物に育ったアタシは、10歳の誕生日と共に里を出た。ちっぽけな里はアタシにとって狭すぎたし、なによりあまりに人生が思い通りになりすぎて退屈で死にそうだった、というのが大きい。これだけ大天才のアタシが狭い村で一生を終えるなんて我慢ならなかったし、頭が空っぽな大人達を出し抜くなんて楽勝だと舐めてかかっていたのもある。両親や周りの人達に対しての愛情はあったけど、それよりも肥大化しきった自己顕示欲の方が大事だったのだ。いやはや、幼少期特有の万能感ってのは武器であり毒だよね。武器を振り回してるつもりで思いっきり毒に侵されてたんだから、滑稽どころではないけれど。
 もちろん、アタシくらいの奴なんて、世界にゃゴロゴロいるし、お子ちゃまな万能感だけで乗り切れるほど現実は甘くない。漸く現実というものを知ったアタシは、……これは本当に黒歴史なんだけど、次に『迫害されている獣族でありながら健気に頑張る少女』という振る舞いを身につけることで、周囲を思うままに誘導しようとした。そういう可哀想な境遇ってのはウケがいいというか、どんな世代にも一定数の支持がある。アタシには理解し難い感覚だが、可哀想な子のために涙を流すのは、結構気持ちいい事らしい。里の大人達を観察していたアタシは、その事をよーく知っていたのだ。
 そして、そんな『可哀想だけど健気に頑張る少女』のポジションを不動のものにする為に、アタシはオリヴィアに近付いた。自分も不幸な立場なのに、力のない健気なハーフエルフを守る心優しい女の子。まるで物語の主人公のようで、素晴らしいじゃないか。他に頼る先もない小娘であれば良いようにあしらえるし、連れ歩くにはピッタリだ。そんな打算まみれの出会いの果てに――アタシはめちゃくちゃ後悔した。
 何せこのオリヴィア、最初から述べている通りとんでもない変人なのだ。その上変に頭が良いものだから、とにかく実験と称して思いつきでそこかしこで何かしらをやらかす。電気銃レールガンなるものを作ろうとして宿屋の壁をぶち抜いたり、気球なるものを作ろうとして森を燃やしたり。何が力の無い健気なハーフエルフだ、とんだ厄介者ではないか!
 まあオリヴィアとの珍道中を語りだすと本当に長くなるので、結論から言おう。アタシの価値観は、オリヴィアとの旅の間に木っ端微塵に吹き飛ばされた。オリヴィアの奇行の後始末に追われながら、こう思わずにはいられなかったのだ。
 ――ひょっとして、コイツを利用しようなどと考えたアタシは相当な阿呆だったのでは? コイツの研究の半分も理解できないんだが、もしやアタシはアタシが思ってるほど天才ではないのでは? 宿に大穴開けるなんてアタシにゃ絶対できないし、研究だって全然わからないとなると、アタシは本当は勘違いしただけの凡人なのでは? 本物の天才というのは、コイツのことを指すのでは? アタシは浮かれて村を飛び出した勘違いピエロなのでは?
 よぎった考えがあまりにも恥ずかしくて、アタシは泣いた。枕を濡らしてぴえんと泣いた。濡れた枕がまた恥ずかしくてめちゃくちゃ居た堪れなかった。
 結局、あまりにも居た堪れなくなったアタシは、最終的にオリヴィアに全てをぶちまけ謝った。打算で近付いたこと、周りが言うほどアタシは良いヒトではないこと、調子に乗ってめちゃくちゃ好き放題してた事に気付いたこと。オリヴィアはそれらを神妙な顔して聞いたと思いきや、あっさりと言い放った。
「んー、別に気にしないけどなぁ。っていうかそもそも打算でもなければボクみたいな一人旅訳アリハーフエルフにわざわざ近付いたりしないでしょ。結局それで困ったのって、ボクが色々やらかす度に奔走してるマディだけじゃん。さっさと離れずずっと世話焼いてる時点で、マディの言う打算って破綻してるじゃない。っていうかボクはてっきりマディがボクに迷惑かけられてしんどくなったから遂に旅辞めたいって言い出すのかなって覚悟してたんだけど……なんでマディが謝ってるの?」
 明らかに困惑の目を向けられて、アタシはめちゃくちゃ凹んだ。っていうか最初から気付いてたんかい。真っ赤になりながら俯いたアタシは、その後色々喧嘩したり話し合ったりしたのち、なんやかんやでオリヴィアと奇妙な友人関係を続けているというわけだ。
 とはいえ、黒歴史に対する恥ずかしさだの罪悪感だのはいまだにアタシに付き纏ってくる訳で。それまでのようにいつも一緒に冒険者稼業、というのも結構メンタルに来ることがあるので、アタシは適当な村に移住し、時折オリヴィアの冒険についていくという気ままな暮らしをする事を選んだ。まあオリヴィア自身も一人旅の方が身軽な場合もあるし、常に一緒にいるだけが友でもない。たまに会う程度の距離感の方が心地良い場合もあるという事だろう。そうして新しい暮らしをする傍ら、アタシは過去のやらかしを埋める意味でちまちまと人助けっぽい事をしたりして過ごしている。
 まあ何が言いたいかというと、アタシは別に善良でも素直でもなんでもないんだ。優しくて頼りになる? やめてくれ、そういうのはもっと他の立派な人に言ってやってくれ。いつだって打算と後ろめたさで動いてる奴に気軽に良い人だとか言うんじゃない。人から褒められる度に内心でそうやって頭を抱えていることを知っている唯一の相手を頼りたくなるのは、まあアタシからしたら当然だと思う。こんな本音、他の人に言えるわけがない。ましてや。
「だってあの喫茶の子、こっちのことめちゃくちゃ尊敬した目で見てくるんだよ……魔女やドラゴン相手でも態度を全く変えないすごい良い人だって……そんなわけないだろおぉ……
 限界まで声を落としたのは、魔女がこの国では最大の異端者とされているからだ。亜人差別に関しては先代の王の政策でかなり緩和されたが、未だに魔女は見つけ次第火炙りと決まっている。むしろ魔女への迫害は年々厳しくなる一方だ。その魔女に味方し人間を襲うドラゴンだって、好意的に見られるはずも無い。魔女やドラゴンとまともに会話できるなんて、普通は中立を保っているエルフや精霊たちくらいだ。
「へー、珍しいね。その子、人間なんでしょ? 本当にどんな人にも分け隔てないんだね。で、マディはそれ見て内心びっくりしすぎてへっぴりねこになってるの隠そうとして毅然と振る舞っちゃったから、立派な人だと思われて気に入られちゃった、と。本当、相変わらずだねー」
「ううぅぅ……
 アタシはもう一度机に突っ伏す。そりゃあの娘と初めて会った時に言ったさ。会いもしてない相手を嫌えないから、本物の魔女と実際会ってみたいって。けど、それは半分は社交辞令みたいなものだったつもりだ。誰とでも仲良くしたいなどと子供じみた夢を掲げているらしい少女に、叶うと良いねと話を合わせただけだ。なのに次に会った時に実際本物の魔女連れてこられたアタシの身にもなってみろ。今更何も言えるわけないだろうが。魔女も魔女だ、なんで初対面の相手に『良い人そうだから教えたげる、アリア実は魔女なんだよー』と間抜けそうな顔して秘密を暴露してるんだ。お前ら教会に見つかったら即火あぶりの立場だろうが、分かってるのか。自分からバラすな、もう少し隠れる努力をしろよ! アタシが演技してるだけの教会の関係者だったらどうする気なんだ!
「でも、マディはどうせ教会と無関係じゃん」
「あのねえ、悪い気を起こして密告する事だってあり得るかもしれないじゃないか! アタシはアタシの善性がこの世で一番信用ならないんだよぅ……
 うにゃああああ、と間抜けな呻き声をあげたアタシを、オリヴィアは駄々っ子を見守るような目で見る。
「もー、本当マディったら見掛け倒しのへっぴりねこなんだから。マディはそもそも気にしすぎだし悲観しすぎ。誰もマディの過去なんか気にしてないってば。どうせその喫茶の子も知ってる人が会いに来てくれたら嬉しい、くらいしか思ってないよ。だいたい、誰だってダメなとこのひとつやふたつあるんだからさ」
「ううぅ……でもぉ……
「そもそも、マディはすぐにやらかしたー、アタシはダメだーって頭抱えるけどさ、そんなの子供の時なら誰にでもあることじゃん。幸い、取り返しつかないことは何もしてないんだからさ。堂々としてればいいのよ」
……それでアタシがうっかり魔が差して教会に密告とかしたらどうすんのサ」
「心配しなくても、へっぴりマディにそんな度胸はありません」
 キッパリと言い切られると、なんだか説得力がある気がしてくるが、多分錯覚だ。なのに自信満々にしている目の前のこのハーフエルフが恨めしくなってくる。くそぉ、能天気な顔しやがって!
……アンタの大事な友人をイカれ猫耳族マッド・マディにしたくなけりゃ、へっぴりねこ呼ばわりはやめることだね」
「おお、怖い怖い。ブラッディー・マディになられちゃ流石のボクも敵わないや」
 目一杯の低い声で脅して見せたものの、全く効果はなかったらしい。オリヴィアはケラケラと笑う。
「と・に・か・く! 友人を助けると思って協力しとくれよリヴィ!」
「おお、久々だねそのあだ名。かなり本気度が高いと見た」
 興味深そうに目を瞬かせたのは、アタシがコイツをリヴィと呼ぶことが殆ど無いからだろう。どういうわけか、オリヴィアはリヴィと言うあだ名をアタシ以外のヤツが呼ぶのを絶対に許さない。他人には絶対にヴィアと呼ばせるのだ。流石にアタシだって察しがつく。オリヴィアが明らかにアタシを友人として特別な立ち位置に置きたがっているのだと。けど、出会い方が出会い方だし、アタシはどうにも気が進まなくて、あだ名で呼ぶ事は殆ど無い。余程の緊急時だとか、どうしても彼女を頼らざるを得ない時以外は絶対に呼ばない。だって、堂々と親友を名乗るにはアタシはひねくれ過ぎてると思うのだ。アンタなら他にもっと良い友達が作れるだろと。とはいえ、今は彼女以外に頼れる相手も思いつかない。そんなアタシの葛藤に気づかないオリヴィアは、うーんと考えるポーズを取る。
「でもなぁ〜、どうしよっかなー」
「頼むって! ホラ、迷いの森なんて滅多に調査出来ないだろ? それにアタシの会ったドラゴンはこうこがく?とかいう学問を研究してたよ! アンタの知らない知識を知るまたとないチャンスだよ!」
 なるべく声を落としながらも、アタシは必死に懇願する。オリヴィアは悪戯っぽくチラチラとこちらを窺い、思わせぶりな態度を見せてくる。
「えぇ〜、それは魅力的だけどボクには既にマディという友達がいるしなぁ〜?」
「それにホラ! あの子、フリルやリボンをたっぷりつけためちゃくちゃ可愛い格好してるし、店の内装だってなかなかのモンだよ? アンタ、そういうの昔っから好きじゃないか」
 そう言った瞬間、オリヴィアの心がぐらりと揺れたのをアタシは確信した。
 普段は実用性だとか動きやすさ重視でダサくて芋臭いズボン姿なオリヴィアだが、実はこう見えてもコイツは意外に少女趣味なのだ。自分は研究の為やら冒険の為やらでオシャレはしないが、他人のオシャレを見るのは大好きらしい。旅の足しにならないような小さな人形やら可愛い文具やらを旅先で買ってきて、こっそり宿で眺めているのも知っている。可愛い服の女の子と、素敵な内装の喫茶と知れば、コイツは絶対見に行きたいに違いない。
……ハイハイ、降参。わかりました、行けば良いんでしょ」
 ――勝った!
 心の中でガッツポーズを決めたアタシは、「良かった、行ってくれるかい!」と笑顔で応じる。
「実際ボクも興味あるしね。マディがそこまで言うなら、見に行ってあげてもいいよ」
「やったあ! 恩に着るよ!」
 アタシはオリヴィアの手を取り、満面の笑みを浮かべた。しかし、オリヴィアはどこか含みのある笑みをニコリと浮かべ、「でもさ」と続ける。
……本当にいいの? ボク、今とっても興味津々なんだけど。こういう時のボクって大抵の場合暴走しちゃうと思うんだけど、浮かれ過ぎて自重とか出来ない予感がするんだけど、本当にマディが一緒じゃなくて大丈夫?」
 ピシリ、と空気にヒビが入る音が聞こえた気がする。ダメかもしれない、とアタシの脳細胞が囁いた。コイツならリュトムスの森を焼き払いかねないし、喫茶に大穴を開けかねない。何がコイツの好奇心に火をつけ暴走させるか分からない上、あの喫茶にはオリヴィアの好奇心を刺激しそうなものが山ほどあるのだ。そして、オリヴィアはそれを理解した上で脅しに来ている。お前が気にしている店を台無しにされたくなければ一緒に来いと。
「そ、それは卑怯だっ、横暴だっ!」
 アタシは震える声でかろうじてそう言い返すのがやっとだった。好奇心すら武器にして友を脅すなんて、なんて恐ろしいヤツなんだ。しかもその好奇心は間違いなく本物なんだから、余計始末に負えない。
「アンタには人の心がないのかーっ!?」
 遂に涙目になってアタシが叫ぶと、オリヴィアはニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて強かに言い放つ。
「あったら森から出てきてないし、マディの友達やってないってば。今更でしょ」
「笑って言う事かい!?」
「はいはい、分かったらいい加減覚悟決めなってば。ボクも一緒に行くからさ、逃げちゃダメだよ」
「にゃああぁぁ……
 最悪だ。これじゃあどっちみち自分で行くしかないじゃないか。笑顔で退路を断たれ、アタシは涙目で机に突っ伏す。突っ伏しすぎて、このままじゃ机と友達になりそうだ。
――ボクは普通に好きだけどな」
 唐突に、オリヴィアがいやに優しい声でそう言った。
「一度も間違えたことない立派な人より、お綺麗な人より、間違うかもって涙目で震えながら、それでも少しでも立派でありたいと思ってるマディの方が、ボクは好きだよ。ボクがその喫茶店の女の子だったら、マディみたいな人にこそ来てほしいな」
 子供を寝かしつけるみたいな穏やかな声で、澄んだ海のように優しい瞳で、そんなことを突然言われて、アタシは完全に面食らった。
……うっさい。テキトーなこと言ってアタシを煽てようったってそうはいかないんだからねっ!」
 アタシはぷいと顔を背けてそう言い返す。別に全然嬉しくない。上から目線でそんな分かったようなこと言われたって、素直に喜べるもんか。
 だから、今アタシの尻尾が忙しなく左右に揺れているのは、あまりに小っ恥ずかしい台詞に聞いているこっちの頬が熱くなったのを冷まそうとしているからだ。決して嬉しいとかそういう理由じゃない。違うったら違う。アタシはそんなに単純じゃないのだ。
 にんまりと笑うオリヴィアから目を背けながら、アタシは大きなため息を吐いた。
 喫茶Relaxation Cafeteriaリラクゼーションカフェテリア。全ての種族が分け隔てなく憩いの場と出来る、夢のような喫茶店。フィオリーナと名乗る少女が、アタシの訪れを待っている森の中の小さな喫茶。
 どうやら、アタシがそこに足を運ぶのは、当分先になりそうだ。けれど、のたうち回る罪悪感と居た堪れ無さに折り合いを付けることができたら、きっとアタシは顔を出すのだろう。
 その時こそ、胸を張って笑えていると良いなと思う。
 アタシの本質は結局のところ差別主義者で、誰がどうなろうと知ったこっちゃない冷血感だ。弱いヤツに助けてと言われたって、みっともないと内心で蔑んでしまうのは昔から変わってない。けど、それ以前に一人の戦士で冒険者なのだ。――だから、差別意識という自分の中にある厄介な敵と戦うのは、きっと戦士の宿命だ。だってアタシは誇り高き獣族で、戦う差別主義者レイシストで、その矜持プライドは天を貫いてなお余りあるほどに高いのだから。――いつまでも、へっぴりねこの名に甘んじていられる訳がないじゃないか。