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nuka_boshi
2017-02-24 21:57:16
21433文字
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【aph】梯子の向こうの君を追う【ふぁんたじーのようななにか】
前作<a href="
http://privatter.net/p/1990113">雨雪梯子の帰り道。</a>の一応続編。《三色月》シリーズ→http://privatter.net/p/2487933の前日譚にあたる外伝です。中途半端に未完成。
※列→普→洪↔墺前提の、甘くないしくっつかない普列(のつもり)。
また米→辺→露でもある。
前作の雰囲気を期待すると酷い目に合う。
雰囲気がちょっと暗い。
細かい設定資料はまだ見せられないので用語集とか用意できてませんが考えるな、感じろの精神で乗り切ってください。
放たれた氷の刃に、アルフレッドは弾けるように飛び退いた。
体勢を整える暇すら惜しんで脚に力を込めて。アルフレッドが地面を削るようにして再び駆け出したのと、目の前で無数の氷刃が精製されたのはほとんど同時だった。
(
――
まだだ、まだ突破口はある!!)
呪文を編む事が苦手なアルフレッドだが、それでも使える魔法が全く無いというわけではない。手持ちの
切り札
(
カード
)
は三枚。たった三枚とはいえ、それでも使い方次第では勝利を手にする事は可能な筈だ。
(
――
使える
切り札
(
カード
)
は、惜しまず使う!!)
こちらを目掛けて飛んで来た氷刃を一閃し、アルフレッドは滾る魔力を剣に乗せた。
刀身を淀みなく流れる魔力で煌々と輝く赤い炎を編み上げる。
一枚目の
切り札
(
カード
)
。炎の魔法は、アルフレッドの数少ない得意分野だ。
……
とは言っても、せいぜいが剣に乗せる程度にしか使えないけれど、それでも戦うには充分だ。
「はあああああああっ!!」
弧を描くようにして、剣を振る。灼熱の剣風は渦のような形になって、襲い来る氷刃を呑み込んだ。
「
――
何っ!?」
ギルベルトの驚く声を無視して、アルフレッドは地面を蹴り上げる。
炎の渦
(
フレイムトルネード
)
は、アルフレッドの持つ攻撃手段の中では唯一の遠距離攻撃だ。しかし、元々魔法が不得手なアルフレッドにとっては、攻撃力に欠ける頼りないものでもある。
見た目の派手さで一時的な牽制ができている今の内に、何としてでも距離を詰めなければならない。
切り札
(
カード
)
二枚目。踵を鳴らして魔法発動。
予めブーツに編み込まれた魔法が、踝のあたりから光の羽根を編み上げる。
バサッ、という音を立てて、アルフレッドは空へと飛び立った。
先日魔導学校の課題で編み出したこの魔法は、アルフレッド以外に扱える者はまだ居ない。
空中浮遊
(
レビテーション
)
の魔法はない訳ではないが、それでも、現存するどの魔法だって、アルフレッド魔法の
速さ
(
スピード
)
には追い付けない。アルフレッドにはその自信があった。
「
――
受けてみろオォッッ!!!」
三枚目の
切り札
(
カード
)
。身体強化の呪文を編む。アルフレッドにとって一番得意のその魔法は、アルフレッドの身体能力と魔力を無理矢理に跳ね上げた。
加熱する皮膚から汗が滲み、そして蒸発する。赤い火花が魔力光と共に舞い上がり、そしてそれは無数に広がっていく。
迎え撃つべく剣を構えたギルベルトは、しかし驚き目を見開いた。彼の視界に映ったのは、何人ものアルフレッドの姿だったのだ。
「これは
――
、
幻影魔法
(
イリュージョン
)
かッッ!!」
上空からの火炎魔法によって生じる地上との温度差。それを利用して意図的に蜃気楼を生み出す大魔法。アルフレッドが持つ切り札全てを利用し組み合わせることで編み出した、四枚目の
切り札
(
トランプ
)
だ。
アルフレッドはギルベルトに対して不敵にニヤリと微笑んだ。そして重い大剣を振りかぶり、炎撃を放つ。
放たれた無数の炎撃は、鳥のような形に姿を変えて、そしてギルベルトへと真っ直ぐに襲いかかった。
「これが俺のッ!!究極の一撃だああああぁぁああッッ!!!」
すぐさま回避行動を取ろうとしたギルベルトは、しかし気付く。
(
――
くっそ、
距離感覚
(
立ち位置
)
が掴めやしねえッ!?)
決して派手なだけの攻撃では無い。熱により空間把握能力を奪い取り、相手から回避という選択肢を奪い取る。
では、防御をするべきか。ギルベルトは頭に浮かんだ考えを、一瞬で却下した。身体能力向上の魔法を使っている以上、まともに受ければ防御の上からでも落とされる。それは、現在ギルベルトが使える魔法が氷属性のみだからという話ではない。どの属性の魔法であったとしても、眼前に迫るこの魔法を防ぐ事は叶わないだろう。
回避も防御も至難の技。
――
ならば、取るべき手段はひとつ。
「
蜃気楼の火炎鳥
(
ミラージュ・ホーク
)
!!」
律儀に必殺技名を叫ぶあたりは実にアルフレッドらしかった。いや、簡易詠唱も呪文を編む上で必要な要素なのかもしれない。或いは、詠唱の完全破棄を出来る程、魔法を編み上げられないのか。
――
上等だ。ギルベルトはニヤリと笑い、そして叫んだ。
「引かぬ媚びぬ省みぬウゥゥゥウウッッ!!!」
ともすればふざけていると取られそうな叫びは、直後轟いた爆音の中に消えていった。
視界を覆う砂塵に、アルフレッドは目を細める。
目測困難の、全方位からの超火力攻撃。
氷の呪文だけでこれを凌ぐことは、ほぼ不可能だ。
――
いや、どの呪文を使われた所で、捩じ伏せるだけの自信がある。
「
――
はぁ、はぁ
――
っ。
……
やったか!?」
荒くなった息を肩で整えながら、アルフレッドは口角を吊り上げた。
蜃気楼の火炎鳥
(
ミラージュ・ホーク
)
。アルフレッドが使える中で一番強力な大魔法である。
幻影と爆炎が織り成す攻撃は、まさに必殺の魔法と呼ぶべきだろう。
――
きっと、いや、間違いなく。この攻撃をいなすのは至難の技だ。だから、アルフレッドは地表へとゆっくり降り立った。
自分の魔法の成果を、確認する為に。
「ええと
……
ギルベルトは
……
?」
確か、この辺りに。魔法の着弾点に立ったアルフレッドは、慎重に足元を探す。
倒れ伏しているであろうギルベルトを、引っ張り起こす為に。大剣を扇がわりに砂塵を振り払ったアルフレッドは、そこで奇妙な違和感に気付く。
(あれ
……
?この剣、こんなに重かったっけ?)
ちらりと剣を確認するも、砂塵に霞む大剣には特に変わった所は見当たらないようだ。アルフレッドは、すぐに原因に思い至った。
――
魔導力の枯渇
(
ガス欠
)
。
呪文を編む為には、魔導力が必要不可欠である。魔導力は精神エネルギーと直結しており、必要以上に消耗すれば肉体に支障が出る事もある。例えば、眩暈だとか、筋力の低下だとか、思考力の低下だとか。恐らく先ほどの大魔法によって、アルフレッドの魔導力がすっからかんになったのだろう。
(おかしいな、ここまで魔導力を使ったつもりは無かったんだけど
……
。)
実践での戦闘は一回だけとは限らない。だから戦う時は、最後まで余力を残して置かなければいけない。そうギルベルトから口を酸っぱくして言われているというのに、熱くなりすぎたのだろうか。
土を踏みしめるじゃり、という靴音の中に、微かな高音が混ざった事に、アルフレッドは気が付かない。
パキリ、というその音は、アルフレッドの持つ大剣から発せられた。
もしアルフレッドが、砂塵に気をとられていなければ、もっと注意深く大剣を観察していれば、ハッキリと確認する事が出来ただろう。
――
刀身を覆う様にして貼りついた、分厚い氷の膜を。
重くなった剣で砂塵を払っていたアルフレッドは、そこでハッと息を呑んだ。
「
――
いない!?何で!?」
倒れている筈のギルベルトが、何処にもいない。慌てて剣を構えようとしたアルフレッドは、後方の空から声を聞いた。
「
――
残念、今回も反省会だ。」
振り向いた先、巨大な鳥型の氷像に腰掛けて、ギルベルトは不敵な笑みを浮かべていた。
「狙いは悪くなかった。これが魔導学校の授業や下級モンスターとの戦闘だったなら、
百点満点
(
花マル
)
を貰えただろうな。
――
が、俺様相手じゃ
及第点
(
ごーかく
)
にはほど遠い。」
ギルベルトは、氷像の上で組んでいた脚を解くと、腰布に縫い付けられていた防護呪文の残骸を引っぺがした。
「 魔導装甲の上からでも
防護呪文
(
バリアスペル
)
を容易くブチ抜くだけの火力があるのは認めてやる。けどな、正面突破前提の大技も、空振っちまえばなんの意味も無ぇぞ。」
アルフレッドは気が付いた。ギルベルトは、確かに特注の
魔導着
(
ジャケット
)
の裾はボロボロで、編まれた呪文は見る影も無い。しかし。
(ギルベルト自身には
――
傷一つ、付いてない!?)
剣を握る力を、強くする。
どうして。必ず倒せると思っていた。回避も、防御も、全部捩伏せるはずだった。その為の、必殺技だ。
「そんな
――
ッ!?どうして俺の必殺技が
……
!!」
狼狽えたアルフレッドの上擦った声に、ギルベルトは満足げに目を細める。
「必殺技、ね。敵を仕留められない必殺技が何て言うか、知ってるか?」
瞬間、ぶわりと膨れ上がった鋭い空気が、アルフレッドの肌をピリリと刺激した。
――
殺意。鋭く研ぎ澄まされたソレが、まっすぐに抜き放たれようとしている。
(
――
マズい、)
本能だった。ただ、野生の勘とでも言うべき危険信号が、アルフレッドに剣を振らせた。
とん、という静かな音と、氷と氷の激突音。
アルフレッドの身体が反応できたのは、たったソレだけだった。
ガキン、という大きな音と共に、アルフレッドの手に加わった振動。
いつの間にか氷像から降り立ったギルベルトが攻撃を仕掛けていた事に、アルフレッドは剣を完全に振り切ってから気が付いた。
アルフレッドのひたいから、つぅ、と汗が流れ落ちる。
(
――
魔法が、使えない!?)
氷は、炎で溶かす事ができる。常識だ。
――
その筈なのに、アルフレッドの剣は依然凍り付いたままだった。
目を凝らしたアルフレッドは、そこで気が付いた。
アルフレッドの剣にびっしりと纏わり付いている、氷の呪文。ソレが、アルフレッドの魔法の発動を阻害しているのだ。
(魔力切れじゃない!
――
つまり、この呪文をどうにかして破れば、まだ
――
!!)
アルフレッドは無理矢理に剣を振り抜いて、力任せにギルベルトを圧し退ける。
瞬時に踵を鳴らし、空へ。ギルベルトの手の届かない所まで逃れて、そしてこの魔封じの呪文を破ろうとして
――
、そしてアルフレッドは勢いよく衝突した。
「痛っ!?な、なんだこれ!?」
巨大な氷の壁が、ドームのような形にアルフレッドたちを覆っていた。
(い、いつの間に
……
!さっきまでこんなの無かったのになんで
……
?はっ、そうか!ミラージュ・ホークを撃った後だ!俺が地面に降りたのを見計らって、この壁を作ってたのか!!)
迂闊だった。技の着弾を確認する為地表へ降り立った事が仇になった。
唇を噛み締めたアルフレッドは、そこでふと気が付いた。
ドームの
頂上
(
テッペン
)
、一番高い部分だけは、氷が覆っていない。
(
――
そっか、もしかしたら一番上は魔力が通らないのかも!だとしたら、あそこから外に逃げれば、とりあえずの猶予はある筈だ!)
バサッ、という飛翔音と共に方向転換。そして、アルフレッドは一気に加速し上昇した。
(
――
先ずは態勢を整えて
――
!!)
「その前にひとつ教えてやるぜ。氷魔法の使い方。相手を牽制し、捕らえる為に使う事も出来る。
――
こんな風に、な。」
ギルベルトは何処までも淡々と、まるで教科書でも読み上げるかのようにそう語った。
そして、その刹那。
「うっわあぁぁああッ!?」
怪訝に思う暇もなく、アルフレッドの身体を氷の鳥籠が捕らえた。
カチャン、という音を立ててご丁寧に氷の錠前まで付いている。
蹴っても叩いてもビクともしない氷に悪戦苦闘するアルフレッドは、カツカツという音を聞いて手を止めた。
アルフレッドの囚われた氷の鳥籠。それに並び立つようにして氷の螺旋階段が作られていた。ギルベルトは、不敵な笑みを浮かべて階段を登ってくる。
やがて、階段を登りきったギルベルトは、アルフレッドの目の前でぴたりと足を止めた。
「
――
さて、さっきの話の続きだ。敵を仕留められない必殺技の別名。幾つか言い方はあるが、此処は敢えて言うなら
――
」
勿体ぶった口調でそう言ったギルベルトは、アルフレッドに剣を向けた。
鳥籠越しに向けられた刃に、アルフレッドは降参の意思表示として両の手をゆっくりと挙げた。
「
――
大道芸、って言うんだ。覚えとけ。」
何処までも不遜な笑みを浮かべるギルベルト。その姿を見てアルフレッドは、悔しさから唇を噛み締めた。
˚°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚
「あーっ、クッソォまた負けたッ!!」
アルフレッドは、地面に寝転がってそう叫んだ。
あちこちに残る大規模な氷の呪文を剥がしながら、ギルベルトは苦笑する。
元々負けん気の強いアルフレッドが悔しがるのも無理はない。この四ヶ月、アルフレッドは週に最低二回はこうしてギルベルトとの模擬戦闘を行なっているのだが、アルフレッドは一度としてギルベルトに勝てた試しがない。それもギルベルトは、氷属性の呪文以外は編まないというハンデを背負っているにも関わらず、である。
「
――
今度こそ、絶対勝てると思ったのに。」
唇を尖らせるアルフレッドの頭を、ギルベルトはやや乱雑に撫でた。
「まあ、最初の時と比べればちったぁマシになったな。実際、何度かヒヤッとした部分もあったぜ。さっきも言ったが魔導学校の授業なら
百点満点
(
花マル
)
だ、安心しろよ。」
「
……
けど、《騎士団》の試験に受かるには、これじゃいけないんだろ?」
ふくれっ面のままにそう言ったアルフレッドを見て、ギルベルトは肩を竦める。
「そうだな、
――
あと五年も真面目に修行すりゃ、ちゃんと入団させてやれるさ。」
「そんなに待てない!だって
――
ッ!!」
叫んだアルフレッドを片手で制して、ギルベルトは首を振った。
「だから俺がこうして模擬戦と反省会に付き合ってやってんじゃねーか。さて、今日の問題点はどこにあったか、解るか?」
「
――
ん、と。必殺技を撃った後、油断して呪文を解いたコト、
――
くらいしか。」
もっと他にもあるのだろうなと思いつつ、アルフレッドは控えめにそう答えた。ギルベルトはフフンと鼻で笑う。
「んじゃ、戦術の天才であり超絶アタマ良くって最強に強くて小鳥のようにかっこいいこの俺様が不出来な後輩の為に最初から解説をしてやろう。耳の穴かっぽじってよーく聞けよ?」
こういう事を言うからこの男は残念に見えるのだとアルフレッドは内心で呆れ返った。確かに実力はあるのだろうが、口を開くとどうもこう、どこまでも残念なオーラがダダ漏れになるのはなんとかならないのだろうか。
(これさえなければ、ちゃんとギルベルト先生って呼んでもいいのになぁ
……
。)
アルフレッドの密かな嘆きなど知る由もないギルベルトは、いそいそと伊達メガネを装備した。
「時系列順で行くぞ。まずはひとつめの失敗。俺の作った氷の刃を、剣でそのままぶった切ったコトだな。これが無かったら、もう少しは良い勝負が出来た筈だ。」
「え?
……
そんなにマズい事なのかい?」
意外すぎる指摘に、アルフレッドは首を傾げる。
思い返してみるも、特別悪手だったとは思えない。しかし、そんなアルフレッドを見てギルベルトは小さく肩を竦めた。
「
……
オイオイ、前回の反省会でも教えただろうが。氷属性の最大の特性はなんだった?」
「
……
ええと、『あらゆる属性の中で最も守りに長けた堅実な魔法』
……
だっけ?」
氷属性は、同じく白き月の魔素が司る地属性と並んで、この世で最も護りに長けた術だとされている。前回アルフレッドは氷なんて炎の力で溶かせるだろうと舐めてかかった結果、長期戦に持ち込まれ自分の魔法じゃ全く歯が立たない氷の迷路に閉じ込められた。だからこそ、短期決戦に持ち込もうと最初から全力で向かったのだ。
「そうだ。そして氷には、同じく護りに長けている地属性には無い特性がある。
……
これは、わかるか?」
「ん、んん
……
。溶ける、とか?」
「その通り!」
そう言って、ギルベルトは巨大な鳥の氷像を軽く叩いた。
「口で説明するより実際見た方が早いな。アルフレッド、お前の炎でこの氷像を砕いてみろ。
――
と、その剣じゃちとキツいか。俺の剣を使え。」
ギルベルトは、無造作に抜き身の剣をアルフレッドに放り投げた。わっという驚きの声をあげながらも、アルフレッドは見事にそれを受け止める。しかし流石に凍ったままの大剣と同時に掲げる事は難しかったらしい。アルフレッドは少し躊躇った後、自分の剣を地面にそっと置いた。
そして。
「
――
フレイムッ!」
編み上げられた下級呪文は、火の玉になって氷像へとぶつかった。
パリン、という音を立てて砕けた氷が、熱でゆっくりと溶けていく。
――
と、そこでアルフレッドは気が付いた。
「ん?
……
人形?」
砕けた氷像の隙間に、小さな氷の人形を見つけてアルフレッドはそれを手に取った。
人形は、ギルベルトをそのまま小さくしたような形である。
なんだろうかと首を傾げたその瞬間、氷の人形の中心部に小さな魔法陣が浮かび上がった。
「
――
わっ!?
……
って、
…………
は?」
思わず身構えたアルフレッドは、しかし唖然と口を開く羽目に陥った。
氷の人形から放たれた小さな吹雪は、人形の頭の上に文字を作り出しただけだったからだ。『俺様小鳥クール!』という意味不明の、文字を。
「
……
何だいこれ。」
「
――
カッコいいだろ?」
どや、と自慢げな表情を見せるギルベルトを、アルフレッドはなんとも言えない気持ちで見つめる。
先ほどの模擬戦の後、ギルベルトは間違いなく魔法を使っていない。つまり、この魔法は戦闘中に編んだという事になる。
こちらは死に物狂いで全力の戦いを挑んでいるというのに、その合間を縫って全力で馬鹿をやるというのは、どうなのだろう。まだ有り余るほどの余裕があるのか、それとも余裕を気取っているのか、はたまた頭がどうかしているのか。
胡乱げな青い瞳を笑い飛ばすと、ギルベルトは満足げに目を細める。
「
――
こいつが、最初に飛ばした氷刃のカラクリだ。見かけ倒しの氷の刃の中に、お前の呪文を阻害する氷の呪文を閉じ込めたっつーわけだな。」
二重呪文。その可能性を完全に失念していた事にここに至ってアルフレッドはようやく気が付いた。
しかし、同時に理不尽なと文句を言いたくもなった。
全く性質の違う呪文を同時に編む。それは、例えるならばサッカーをしながらラーメンを食べるようなものである。はっきり言って無茶、無謀。
「そ、そんなの気付くわけ無いじゃないか!ズルい!!卑怯だぞ!」
「まあ確かに、二重呪文を扱える魔導師は限られてくるな。
――
けどな、
手前
(
テメェ
)
は
実践
(
ホンバン
)
でも同じ事が言えるのか?」
う、とアルフレッドは言葉に詰まる。
《騎士団》に入れば、不測の事態に一々ズルいも卑怯も何もない。あるのは勝利か敗北か。常に最善の判断をし、最善の成果を出さなければならない。
そもそもギルベルトは、これでも手加減をしているのだ。
「うぅ
……
。わかったんだぞ
……
。」
不貞腐れたアルフレッドの頭を、ギルベルトは荒っぽく撫でる。
「おう、分かれば上出来だ!
……
さて、火を起こす為に必要な三つのモノ、これはわかるか?」
「ええと、『燃える物』、『酸素』、そして『高い温度』
……
かい?』
アルフレッドは、うろ覚えの記憶を思い起こしてそう答える。
これは、魔法ではなく科学の分野だ。魔導学校では軽視されがちな科目ではあるが、アルフレッドの得意分野と言ってもいい。だからこそ、この解答にはそれなりの自信があった。
「その通り。その内『燃える物』っつーのを魔力や
魔素
(
マナ
)
なんかで代用すんのが呪文、木なんかで代用すんのが焚き火ってトコだな。要するに、火を消すにはこれらの要素のいずれかを奪っちまえば良い。」
ギルベルトは、まるで物語に出てくる探偵か何かのように楽しげに、腰に手を当てて歩いてみせる。
「前回は氷の迷路を作る事で内部の酸素濃度を調整、炎を起こしにくくした。今回は呪文そのものを直接阻害したっつーワケだ。
……
山火事の時に、燃え移る前に周りの樹を斬り倒して消火する事があるだろ?あれと同じ原理だな。」
くるり、と振り向いたギルベルトは、どこまでも不敵な笑みを浮かべる。
「魔力の流れ自体を完全に止められずとも、氷はそれ自体が温度が低い。ほんの少しでも呪文を阻害できれば、後は俺様のフィールドだ。
――
氷が炎に弱いなら、そもそも炎を起こさせなけりゃいい。」
アルフレッドは、唇を噛み締めた。自分が有利な属性を使っている、その驕りは確かに存在していた。しかし純粋な魔法戦闘に於いて、教科書上の属性相性などというのは必ずしもアテにならない。状況などに応じて、有利が不利に変わる事などさほど珍しくはないのだから。
「さて、ここで問題だ。
――
アルフレッド、最初の攻撃はどう対処するのが正解だった?」
「
……
全て躱す、のは現実的じゃないね。だから、炎の呪文で対処するべきだった。
……
ってことかい?」
アルフレッドは悔しさを滲ませながらも、すぐさま答えた。思考する時間など必要無かった。
「他人の呪文に呪文を重ねるのは難しいし、氷が苦手とするのもまた高い温度。つまり、結局炎に弱い事には変わりない筈だ。どんな呪文を仕込まれているかわからない以上、中距離〜長距離からの炎属性攻撃で安全かつ確実に対処するのが正解だった
――
と、思うんだぞ。」
過去の模擬戦の経験から、その結論を導くのは簡単だった。だからこそ、アルフレッドの悔しさは計り知れない。
――
あの時気付いていれば、と。
「そしてもう一つ。剣の柄の部分に、あらかじめ何かしらの呪文をかけるべきだった。
……
君が
妨害呪文
(
アンチスペル
)
を仕掛けたのは、そこなんだろう?」
アルフレッドの言葉に、ギルベルトはヒュウと口笛を吹いた。
氷を弾いたのは剣の刀身だ。だから、実際に呪文を仕込んだ場所もそこだと思われがちである。しかし、刀身には炎の呪文がそのまま流し込まれる事になる。ギルベルトは異変に少しでも気付かれない様、また呪文を破壊されないよう、柄の先に
妨害呪文
(
アンチスペル
)
を仕込んだのである。術者が握る柄の部分が炎で燃やされる事はまずあり得ない。そうして安全圏から、ずっとアルフレッドの呪文を妨害し続けていたのだ。
「なるほど、この問いに関しては満点だ。戦闘中にそれに気付いてりゃ、俺様栄誉賞を与えてやれたんだが惜しかったな。」
ギルベルトはニヤリと笑うと、悔しげに俯くアルフレッドの頭をぐしゃりと撫でた。
「
……
さて、次だ。その後炎魔法を出し惜しみせず撃ったのは、まあ悪くは無かったな。一撃目をあの魔法で凌いでいたら、お前にもまだ勝ち目があった。加えて、空へ逃げたのも良い判断だ。空気を遮断されれば炎は使えない。地上に留まってたらそっちの方向で無力化するつもりだったんだが、これまでの教訓は無駄じゃなかったらしいな。そして、
――
自称
(
・・
)
必殺魔法についてだが。」
ギルベルトはそこまで言って、アルフレッドの額にデコピンをした。
「
――
38点だ。」
予想よりずっと低い点数に、アルフレッドは小さく歯噛みする。こういう場面でギルベルトが出してくる評価点数は、百点満点中の、という前提が付く。あの魔法がまだまだ未完成である事はアルフレッド自身が誰よりも良く知っている。しかしそれでも、半分にも満たないというのか。
「
――
どうしてって顔だな?良いぜ、疑問に思う事は大事だ。どうすれば勝てるか、どうすればより良い技になるか、その答えを求め続けた奴が勝利する。
――
そういう物語、俺様は結構好きだぜ?」
ケラケラと笑うと、ギルベルトは突然笑顔を引っ込めた。
「
――
お前、あの技がどうして通用しなかったのか、まだわかってないだろ?」
アルフレッドは、大きく目を見開いた。
たしかに、それは今回の模擬戦闘に於ける最大の謎だった。
「
……
も、元々仕掛けられてた
妨害呪文
(
アンチスペル
)
が強すぎた
……
?そうか、きっと
火力不足だったんだ!
つまり今以上に強力な身体強化の呪文でもっと力を底上げすれば、」
「
それやったら即破門だ馬鹿野郎。
だいたい魔導装甲の上からでも
防護呪文
(
バリアスペル
)
を容易くブチ抜くだけの火力があるのは認めてやるって戦闘中にちゃんと言っただろーが。聞いてなかったのか?
……
マイナス20点な。
」
ポカン、と頭を叩かれてアルフレッドはたたらを踏む。頭頂部を摩りつつ、それでもアルフレッドは痛みを堪えて必死に思考を巡らせた。
「じゃあ、二重呪文だ!最初の
妨害呪文
(
アンチスペル
)
の中に、俺の魔法の軌道を操作する呪文が
――
」
「
ンなモン仕込む暇があるか。
いくら俺様が天才的大魔導騎士サマでも、そこまで器用な真似はできねえよ。
マイナス10点だ。
」
戦闘中に鳥の氷像を仕込む暇はあるというのに、二重呪文に重ねがけをする暇はないらしい。どういう理屈だ、と問おうとしたが、アルフレッドは開きかけた口をゆっくりと閉じた。恐らく、聞いてもムダだらう。ギルベルトという男はきっと、ムダなことをムダなく行う大馬鹿者なのだから。
「んー、残り8点か。これじゃあ不出来な弟子が頑張って作ったせっかくの魔法の評価が0点になっちまいそうだから早い所教えてやっかー。」
ふふん、と胸を張るギルベルトは、アルフレッドの呆れた目線など物ともせずに決めポーズを取った。
「
……
まずは、お前の技の特性だな。幻影を作り出し、相手から回避の選択肢を奪う。寒暖差によって意図的に幻覚を見せる技の為、氷魔法で発動を邪魔されにくいように上空へ逃げる、っつーのもまあよく考えてはある。
……
が、まだまだ甘い。」
ギルベルトは、散らばった呪文の残骸のひとつに手を伸ばす。陽の光にキラリと輝くその残滓は、ギルベルトが力を込めればまるで氷のように容易く溶けた。
「
……
まさか、氷魔法で、あの距離から俺の必殺技を妨害して防いだって事かい?いくら
妨害呪文
(
アンチスペル
)
があったって、そんなの到底出来るわけが
――
!!」
「半分ハズレ、だな。俺がやったのは呪文を防ぐ事じゃなく、お前の視覚を誤魔化す為に氷の塵をばら撒くことだ。」
ギルベルトの答えに、アルフレッドは押し黙った。
ギルベルトの答え。それは、寒暖差を利用した幻覚魔法を、氷魔法の使い手に対し使うリスクとして、アルフレッドが真っ先に懸念した事でもあった。だからこそ、アルフレッドは
絶対避けれないように
(
・・・・・・・・・・
)
と、細心の注意を払った筈だ。
幻覚による攻撃を利用されてしまうというのなら、幻覚ごと全てをブチ抜けば良い。防御も回避も、取れる全ての可能性を全力でブッた斬る。それが、アルフレッドの選んだ戦闘スタイルで、そしてそれは、必ず成果を出す
……
筈だった。
「
――
まあ、俺様並みの天才的頭脳が無いと、これはちと思いつかないかもしれねーな。俺は、お前の技を防ぐ事は
最初
(
ハナ
)
っから考えちゃいねえ。氷魔法は、俺の意図を気付かせないよう念の為使ったに過ぎない。」
そこまで言って、ギルベルトは突然にアルフレッドの顎を掴んだ。
堅い指はどこか冷たく、アルフレッドはヒュッと喉を鳴らしかけて、ギリギリでそれを堪えた。
「
――
いいか、その空っぽ頭にしっかりと叩き込め。」
何処か嘲るような色を宿した赤紫が、アルフレッドの瞳を射抜く。
「
正面突破ってのは、受ける相手が居なけりゃ意味が無え。
」
薄ら寒いものを感じながら、アルフレッドは拳を堅く握りしめた。
「
――
どういう、意味だい?」
「確かに、真っ向勝負は俺だって嫌いじゃねえよ。けどな、それが通じるのは相手が格下の時だけだ。」
ギルベルトはそこまで言って手を離すと、突然真面目な表情を作った。
「まず、戦闘中にも言ったがお前は相手の防御を意識しすぎだ。正面衝突前提の全力攻撃っつーのは、受ける相手が居ない場合に生じるリスクが極めて高い。また、技を撃った後無防備になりがちなのも問題点だな。今回は一対一の戦闘だったが、例えばこれが二対一の戦闘で、俺を囮にして隠れていたフランシスあたりにでも攻撃されれば、それだけで撃墜されるぞ。」
「そ、れは
……
。」
「勿論、お前なりに考えている事はわかった。感情任せ、勢い任せのお前の太刀筋は読み易い。だからこそ、幻覚魔法によって回避が難しくなるようにしたんだろう?
……
けどな、俺様に言わせりゃまだまだ甘い。」
ギルベルトは、凶悪な笑みを貼り付けると、たった一言、鋭く呟いた。
「
――
音だ。
」
「おと?」
「そうだ。お前、気にした事無かっただろ?」
そう急に言われてもアルフレッドには何のことだかわからない。思わず首を傾げかけたアルフレッドは、ギルベルトがアルフレッドのブーツを指差している事に気がついた。
「その、飛行魔法の飛翔音。方向転換する時やここぞという重要な局面で、バッサバッサと耳障りに鳴らしてんのが最大の問題点だ。
――
何処から攻撃が来るかわからねーのが幻覚魔法の強みなのに、それを自分で殺しちまってりゃ世話ねぇぜ。」
あ、という乾いた声がアルフレッドの喉から漏れた。ここに来てアルフレッドは、ようやく気付いた。ギルベルトが自分の必殺技に対応出来たのは、この飛翔音が原因だと。
「加えて、必殺技名を叫ぶのも、
――
まぁやりたい気持ちは分からなくもねえが
――
この技に関しちゃ控えた方が得策だろう。互角以上の実力を持つ奴が相手の場合、対策を立てられちまうからな。」
「け、けど!
……
それでも、対策なんてそう簡単に立てれるものなのかい?防御も回避も、至難の技の筈だろう?」
耐えきれずそう叫んだアルフレッドを、ギルベルトはちらりと横目で見やった。
「
……
そう、だな。確かに並みの魔導師なら、手も足も出ねえだろうよ。
――
が、
お前が相手にしてるのは超一流の現役騎士だっつーことを、忘れんじゃねえぞ。
さて、お前の技の対策だが、」
とそこで、ギルベルトは五本の指を立てて見せた。
「
――
ザッと思い付く対処法は五つ。そして、そのうち二つは、お前が恐らく考えていなかった方法だ。」
ギルベルトのその言葉に、アルフレッドは目を瞬かせた。
「さて、此処でテストだ。お前のわかってる限りで構わねえ、お前の技の対処法を答えろ。まずは、三つのうちのひとつだ。」
「
――
防御する事なんだぞ。氷や土といった属性ならば、護りに長けているのはさっきも言った通りだろ?でも、これは俺が一番最初から想定してた方法だ。だから俺は、防御の上からでも確実に落とせるように自分の力を底上げして魔法を撃った。だから、これは対策としてはほぼ不可能じゃないかい?」
ギルベルトは満足そうに頷いた。
「残るふたつは?」
「
――
回避と迎撃じゃないかい?防ぐ事が出来ないなら、躱すか迎え撃つか、そのどちらかで普通は対処ができるはずさ。だからこそ、俺は熱により方向感覚や空間把握能力を相手から奪ったんだ。
――
自分の居場所がわからないのに逃げるなんて、至難の技だからね。実際、この魔法を喰らってる間は遠くへ戦線離脱するのは困難だ。そして、もうひとつの方法
――
迎撃だけど、これが最も成功率の低い対処法だと思ってる。」
「
――
ほう?それは、何故?」
「迎え撃つには、相手の攻撃がどのタイミングでどの方向から来るかがわかった上で、こちらの攻撃を上回る火力の攻撃を早い段階で繰り出す必要があるからさ。タイミングが遅れれば、自分が放った魔法に巻き込まれかねない。いくら飛翔音や詠唱で俺の位置を割り出せたとしても、土壇場で対応するには厳しすぎるよ。そもそも熱は相手の体力を奪う為のものでもあるし、防御魔法ですら対処が難しい攻撃を、攻撃魔法に向いているとは言い難い氷で対処するなんて芸当を、万全の
状態
(
コンディション
)
でもないのに行えるとは到底思えない。それなら防御の方がまだ可能性が高いと踏んだんだ。」
迷いなく言い切ったアルフレッドを見て、ギルベルトは心底愉快そうに口を開く。
「
――
そうだ。その三問に関しちゃ着眼点は悪くない。概ね正解だ。そこまで考えていたなら五十点はやれるだろうな。だが、残るふたつの対処法を視野に入れなかったぶん、大きな減点をしなきゃならねーのは変わりない。」
残るふたつ。アルフレッドが至れなかった可能性。
それは、一体何なのか。先ほどギルベルトに渡された細身の剣を握る右手が、心なしか震えていた。
「
――
勿体ぶるのはやめて、さっさと言ってくれよ。減点の理由が二つだろうと三つだろうと、全部直して天使の梯子を登ってみせるさ。」
アルフレッドの最後の言葉の意味する事は、ギルベルトには正確にはわからなかった。
しかし、ギルベルトは問い質すことはせずに口元で微かな笑みを象るに留めた。
――
天使の梯子を登る。この少年は、何か重要な局面でよくその言葉を口にする。
恐らくは、夢を叶えるだとか、そういう意味合いで使っているのだろう。或いは、誰かと約束をしたか。
青い瞳は真っ直ぐに澄み渡っていた。まるで秋の空のように、どこまでも高く、美しく。
だから、ギルベルトは何も問わずに言葉を続けることにした。
「良い心がけだな。じゃあ、まずは俺が取った解決策を教えてやる。これは、お前の知ってる奴だとそうだな
――
フランシスやマシュー、それから菊やフェリシアーノちゃんあたりが上手いぜ。」
そう言って、ギルベルトは指を一本立てた。
「
――
解決その一。
攻撃を受け流す。
全力の攻撃だろうと何だろうと、真っ向から必ず向き合う必要はどこにも無い。そして、受け流すだけなら躱す必要もない。ただ攻撃のタイミングに合わせて、最小限の動きで逸らしちまえば良いだけだ。」
「だけって
……
カンタンに言うけどさ、それ流石に難しくないかい?」
思わず口を開いたアルフレッドを、ギルベルトは満足げに眺める。
「何も難しく考える事はないさ。大事なのは相手のタイミングに合わせて同じに動き、
相手を受け止めない
(
・・・・・・・・・
)
まま、攻撃のエネルギーを分散させちまえばいい。要は、キャッチボールの最中に、わざと一歩下がってボールを見送るのと同じ事だ。」
唖然と口を開くアルフレッドに、ギルベルトは苦笑する。恐らく、この真っ直ぐすぎる少年にとってこの解決策は予想外だったに違いない。
「
――
そして、ここからが本題だ。俺の場合は受け流したエネルギーをそのまま周囲に分散させた。けどな、もしこれが、敵に向けて放出されればどうなる?」
あ、という微かな声と共に、アルフレッドの顔に驚きと理解が広がった。
「解決その二。
受け流したエネルギーをそのままぶつける。
要するにカウンターだな。全力の攻撃を出して無防備になった身体に、自分の攻撃エネルギーがそのままぶつけられるワケだ。そうなった時、お前対処出来んのか?」
アルフレッドは顔を強張らせる。
――
答えはひとつ。出来るはずがない。
ここに来てアルフレッドは漸く分かった。今アルフレッドが殆ど無傷なのは、模擬戦だからとギルベルトが手加減していたからだったと。もし、これが実践であれば、本気で戦っていたのであれば、ギルベルトは迷う事なくカウンターを仕掛けただろう。そうなれば、自身の技の威力をそのままに叩き込まれるアルフレッドは。
(
――
とても、無傷では済まされない。)
サッと青くなるアルフレッドの顔色を見て、ギルベルトはバレないように息を吐いた。
わからなくもないのだ、この少年の気持ちも。実際の所、本来《騎士団》に求められる以上の実力を、アルフレッドは既に持っている。このまま入団すれば、彼は間違いなく目覚ましいほどの活躍をみせる事だろう。
戦闘能力の高さだとか、周囲に慕われる人望だとか、騎士として必要な物の多くを既に彼は持っている。若き英雄として自分の退いた後の《騎士団》を率いて戦うその姿を、多くの者が慕う事になるだろう。
――
しかし、だからこそ。
だからこそギルベルトは、今のアルフレッドを入団させるわけにはいかなかった。
(
――
周りにチヤホヤ煽てられて騎士になって、そして限界以上に戦い自滅する。そんな馬鹿を、これ以上増やすわけにはいかねぇよな。
……
そうだろ?)
ギルベルトは思い浮かべる。嘗て、膝をついた自身を、泣きながら叱咤した人物の姿を。
世界中の誰もが称えようともこの様な無謀な戦い方は絶対に認められないと泣きながら叫んだ、一人の女の姿を。
(
――
そうだ、だから俺はコイツを本当の意味での騎士にしてみせる。)
既に自分の部隊は、弟のルートヴィヒに任せた。だけど、真面目で実直な弟とは違う、もう一人の騎士が《騎士団》には必要だ。
規律を守る鋼鉄の騎士と、不屈の意志で人を従える炎の騎士。二人の騎士が居るのなら、例え自分が前線を離れても
――
。
「
――
……
ト?ギルベルト?どうかしたのかい?」
ハッ、と我に返ったギルベルトは、目の前で怪訝そうにするアルフレッドに小さく謝った。先程の戦闘で、流石に身体が堪えたのかもしれない。何度も呼びかけられるまで反応すら出来ないなど、らしくもない失態だ。
「
――
悪いな。さて、続きだが
……
そうだな、死体を確認しない暗殺のやり方ってのは、暗殺者としちゃド三流だって覚えとけ。」
「俺、暗殺者じゃないんだけど。」
む、と口を尖らせるアルフレッドを無視し、ギルベルトは早口に言葉を続ける。
「それとドーム型に氷の壁を作った時、お前ノータイムで天井から脱出しようとしただろ?一箇所あからさまに手薄なところを作ってあるっつーことは、罠の可能性が極めて高い。今度からは同じ失敗したらスクワット五百回な。」
うげ、とアルフレッドは心底嫌そうに口を歪める。そんなアルフレッドの足元から、横たえられていたアルフレッドの大剣をギルベルトは拾い上げた。
「そしてラストだが
……
お前、もし天井に罠が無かったら、この剣の魔法をどうやって解くつもりだった?」
ギルベルトは、凍り付いた大剣を掲げてみせる。アルフレッドの愛剣は、未だ呪文が剥がされていなかった。
「え?そりゃ当然、炎の魔法で
――
」
「ほう、そうか。じゃあそれ、今すぐ解いてみろ。」
ほらよ、と凍り付いた大剣が弧を描いてアルフレッドに投げ渡される。
アルフレッドはたたらを踏みながらもそれを受け取り、そして剣に向かって呪文を編んだ。
「
――
フレイムッ!」
――
ジュッ。
鋭い音を上げて、氷が溶ける。ギルベルトの思わせぶりな態度から、アルフレッドはまた何かあるのかと身構えるが、それは杞憂に終わった。
「
――
ええと、
……
これで、いいのかい?」
恐る恐る尋ねるが、ギルベルトは鋭い眼でアルフレッドを見つめている。
――
まるで、値踏みをするように。
居心地の悪さにアルフレッドが目を逸らしかけたその時だった。
「
――
じゃあ、今度はその剣を使って魔法を使ってみろ。お前の得意な魔法を、
……
そうだな、あのあたりに向けて撃ってみるといい。」
ギルベルトが、突然口を開いた。
指さされた何もない空間を、アルフレッドは落ち着かない気持ちで睨む。
――
なにか、あるのだろうか。
考えたところで答えが出る筈もない。だからアルフレッドは静かに呪文を編む。
滾る魔力を抜き身の刃に流し込み、煌々と光る呪文を編み、そして、呪文を唱えようと口を開いたその瞬間、異変は起きた。
ピシリ。
ひび割れる音が確かに響き、そして、甲高い衝撃音と共に、アルフレッドの剣の刃が粉々に砕け散った。
「
――
え!?な、なんで!??」
ギョッとして後ずさったアルフレッドに、ギルベルトは小さく溜息を零す。
「
――
氷の守護ってのは、厄介な特性がある。長い間氷に晒され続けた物質ってのは、熱にとことん脆くなるんだ。ちょうど、その剣みてーにな。」
つまりは、アルフレッドが必殺技を
――
蜃気楼の火炎鳥
(
ミラージュ・ホーク
)
を受け流された後、アルフレッドは自分の魔法を解いてしまった。そして、それにより仕込まれていた
妨害呪文
(
アンチスペル
)
が発動し、剣が凍った。その時点で、アルフレッドは武器を失ったも同然だったのだ。
「
――
これが、現役騎士の戦い方だ。」
ギルベルトの静かな声に、アルフレッドはぞくりと背筋を震わせた。
――
本当に、かなう日は来るのだろうか。
力量
(
レベル
)
も
経験
(
キャリア
)
もまるで違う。現役の騎士としてのギルベルトは、途方もなく
――
強い。
彼に勝てる日は、本当に来るのだろうか。
そして、彼女に。既に《騎士団》入りの内定を取ったナターリヤに、あの日追いかけると誓った彼女に、追いつける日は本当に来るのだろうか。
自分の夢は、本当に叶うのだろうか
――
?
膨れ上がった不安を抑えようと、アルフレッドは自らの胸元をギュッと掴んだ。
呼吸がまともに出来ず、指先が震える。
そんなアルフレッドの頭を、ギルベルトは優しく撫でた。
「ンな迷子のガキみてーな表情すんなっつーの。もっと堂々と胸張ってりゃいいんだ。俺の知ってる坊ちゃんなんか、迷子になっててもそれが当然って顔で歩いてるぜ?」
されるがままに髪をぐしゃぐしゃと乱され、アルフレッドは恨めしげにギルベルトを見つめる。
「今回の事で、今後のお前の戦闘スタイルをどうすりゃいいかもだいたい見えてきた。漸く次のステップに進めるな。」
思いがけない言葉に、アルフレッドはぽかんと口を開けてギルベルトを見た。
「
――
だけど、
及第点
(
ゴーカク
)
にはほど遠いってさっきは、」
「そりゃ入団させるのはまだまだ無理だが、訓練内容くらいは変えても良いだろ。」
シレッとした表情でギルベルトに言われて、アルフレッドは思わず口元を押さえる。
一瞬でニヤけてしまった口は、無理矢理にでも押さえておかねば歓喜の言葉を無限に紡ぎそうだった。
「
――
よし!お前、ニンジャになれ!!」
ビシッという音と共に、長い指がアルフレッドに突きつけられた。
「
――――
は?!」
何言ってんだコイツ。思わずジト目でギルベルトを見つめるアルフレッドだったが、しかしギルベルトは全く気に留めずに言葉を続ける。
「おっと、ただのニンジャじゃねーぞ!俺様の様に最高に小鳥クールな天才ニンジャだ!」
ギルベルトは、そこまで言うと嬉しげに鼻を鳴らした。なるほどわからん。
「ちょっと待ってくれよ、頼むから俺にもわかる様に言ってくれないかい?」
一人で納得して完結されても困るので、アルフレッドは慌てて抗議する。ギルベルトはきょとんと目を瞬かせると、しょーがねーなーとでも言いたげな、嬉しくてたまらない表情を見せた。
「つまり、お前が極めるべきなのは攻撃じゃなく
――
」
「ギルベルトさんッ!!」
やや悪戯めいた瞳で語り出したギルベルトの言葉は、唐突に第三者によって遮られた。
すっかり荒くなった呼吸を肩で整えながら、憤怒に彩られた翠の瞳を真っ直ぐに向け。
上から下まで純白の制服に身を包んだその少女は、常の温厚な様からは結びつかない程の憤激と焦燥を伴って現れた。
「
――
きみは、確か
……
。」
アルフレッドにとって彼女は数度顔を合わせた程度の相手だから、直接の面識が一応あるとはいえその名を思い出すのには時間がかかった。そもそも、アルフレッドは他人の名を覚えるのは苦手である。困惑したアルフレッドの視界の端で、ギルベルトのくちびるが微かに動く。
――
どうして、と。音に出さずに紡がれた四文字の言の葉に、少女はポケットから
携帯電話
(
マジックフォン
)
を取り出して見せた。
携帯電話は風の
魔素
(
マナ
)
によって離れた場所の相手と気軽に連絡が取れる魔導具だ。
「
――
ある人から、教えられました。どういうつもりなんですか、貴方は
――
ッ!!」
「
――――
チッ。アルフレッド、今日の訓練はここまでだ。続きは次回に持ち越し、連絡は追って行うっつー事で!はい解散解散!」
有無を言わせぬ強い口調で、ギルベルトは乱暴に会話を遮った。これ以上会話を続けたくない、という空気が嫌でも伝わって来てしまい、アルフレッドは口を挟みそびれる。
「待ってください!まだ話は
――
!!」
「おいツーツィア。俺は今指導中だ。部外者は引っ込んでろ。」
ギルベルトの言葉に、アルフレッドは漸く目の前の少女の名を思い出す。
ツーツィア。ツーツィア・チェスクッティ。エーデルシュタイン家とバイルシュミット家と並んで、先先代の三大臣を務めていた大貴族の、その嫡女だ。十年ほど前に事故で両親を亡くし、遠縁のツヴィンクリ家に引き取られた、いわば悲劇のお嬢様として話題になったのを覚えている。その後は確か、医療魔法の才能を活かして《騎士団》のサポートをしているはずだった。
(
――
あれ?なんでそんな子がギルベルトと知り合いなんだろう?)
悲劇のお嬢様と、国を護る騎士の物語。そう言ってしまえば確かに聞こえは良いが、しかしギルベルトは呆れるほどに素行が悪い。温良貞淑な御令嬢など、近付く事さえ畏れ多いと言われるレベルだ。
「部外者などではありません。私は貴方の主治医ですもの。」
その声は、凛として辺りに響いた。アルフレッドは思わずツーツィアの瞳を覗く。翠のその瞳には、一歩たりとも譲ろうとしない強い意志と覚悟、そして、言葉以上の何かを匂わせる湿り気があった。
「それこそ部外者だろ。だいたいこっちはテメェの言い付けを守って前線を退いてやってんだ。それ以上口出ししてんじゃねーよ。」
「いいえ口出しさせていただきます!先ほど一部始終を見せていただきましたが、こんなものは訓練とは呼べません!度を越しています!私は
……
っ、私は、貴方にこれ以上戦って欲しくありません
……
!!」
最後の言葉は殆ど涙声だった。流石にこれにはギルベルトもたじろいだらしく、一瞬だけ目を逸らした。
(
――
な、なんだろう
……
この二人、どういう関係なんだ
……
?)
置いてけぼりを食らったアルフレッドは、そんな二人の様子を見ながらうんうんと頭をひねっていた。
恋人
――
ではないのは、なんとなくわかった。好き同士で居る者達特有のどこか甘い空気間というか、暖かな信頼関係というものが見当たらないからだ。恐らくツーツィアの義理の兄のバッシュの方がまだ恋人らしく見えるに違いない。
かと言って、じゃあただの知人なのかと言われると、どうもそれらしく見えない。
そもそも基本的に人当たりの良さそうなツーツィアが、これほどまでに取り乱し怒るのをアルフレッドは初めて目撃した。
じゃあ、険悪な仲なのか、と問われると、それも違うとアルフレッドは思った。ピリピリとした空気の中に、それでも互いに相手を労ろうとする何かを感じたからだ。
傷付けたくないのに、それでもなにか言わずにはいられない。傷付けるとわかっていても、それでもそばに行く事をやめられない。
――
まるで、ハリネズミのジレンマのような、そんな空気を。
だから、アルフレッドはつい口を開いた。
「
――
君たち、もしかして別れた恋人か何かかい?」
ピシリ。
という大きな音を立てて二人が固まった。ついでに、一足触発の空気も粉々に砕け散った。
まるで氷結結界の上級魔法でも仕掛けたかのようだった。
「えっ、あのっ、え??あっ、いえ、私は、その
――
っ!」
かああっ、とみるみるうちに顔を赤く染めたツーツィアは、顔を隠すようにアワアワと手を振った。しかし、違う、という単語はどうも口に出せない様子だった。
困惑しつつ、少し悲しそうにしつつ、それでもどこか蕩けるように幸せそうな表情でツーツィアはオロオロとギルベルトを見遣る。先ほどまで激怒していた少女と同一人物とは思えない程に、女の子らしい表情だった。
「
――
ギルベルト?」
茫然と固まったままでいたギルベルトは、アルフレッドの問いかけにハッと意識を取り戻した。
ツーツィアの様子を見て頰を微かに赤く染め、そしてアルフレッドを見てサッと顔色を引かせ、そしてギルベルトは完全に頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
……
どうも言葉を言語化できないらしく、謎の呻き声をあげている。
こいびと、と、噛みしめるようにツーツィアが呟いたその瞬間、ギルベルトはガバッと上体を起こした。
「
――
ち、ちちちちちげーし!!そんなんじゃねーし!!全然ちげーし!!第一俺はエリザベータひとすじで
――
!」
「まぁ。そのお話詳しくお聞かせくださいまし。」
有無を言わせぬ口調でツーツィアがギルベルトの肩をそっと掴んだ。か細い手は恐らくほんの少しの力で払いのけられる筈なのだが、ギルベルトはまるで蛇に睨まれたカエルのように縮こまっている。ツーツィアの笑顔はどこまでも愛らしく、そしてまるで氷河のような冷たさがあった。
「ギルベルト?」
アルフレッドが声をかけると、ギルベルトはハッとしてツーツィアから飛び退いた。
「
――
ふ、ハハハハハッ!今日はこのくらいで勘弁しといてやるぜ!ハーッハッハッハ
…
ゲホッ、ゴホッ!!!」
ワザとらしい高笑いを決めようとして盛大に噎せながら、ギルベルトは脱兎の如く駆け出した。
「
――
ま、待ってくださいギルベルトさん!」
我に返ったツーツィアが叫ぶが、振り向くことは無かった。しかし、噎せながら走っているせいか、その姿はどう控えめに見ても『華麗な退場』とはいかなかった。寧ろ、カッコ悪い。
しかし、そんな格好悪い背中に、ツーツィアは尚も声をかける。
「もしも!もしも私じゃなくてエリザベータさんが仰ったなら!
……
それでも貴方は、戦うのですか?!」
ぴたり、とギルベルトは足を止めた。
「
――
あいつとは、そんなんじゃねえよ。」
ギルベルトは、振り返る事なく呟いた。
「
――
少なくともあいつと俺は、お前が思ってるような関係じゃなかった。それだけは、確かだ。」
絞り出すような声でそう続けると、ギルベルトは走り去っていった。
取り残されたアルフレッドはツーツィアが重い息を吐き出すのを、ただ隣で眺めるだけだった。
――
それだけしか、できなかった。
˚°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚♢°ºᵒ•♡•ᵒº°˚
「
――
先ほどは申し訳ありません、お見苦しい所を見せてしまって。」
「いや、いいよ気にしてないから。それより、その
……
。」
「ええ。ギルベルト医師のお話ですね。とはいえ、何から話せば良いものでしょうか
……
。」
数時間後、首都の大通りに面した小さな喫茶店で、アルフレッドはツーツィアと向き合って座っていた。
「うーん、俺としてはとりあえず、彼が『強くなる秘訣をツーツィアに聞け』ってメールを送ってきた理由が知りたいところだね。君、もしかして超強いとか?」
アルフレッドは、自分の携帯電話をヒラヒラと振り回して悪戯っぽく問いかけた。
「いいえ、そんな。私は実戦に出た事もほとんどありませんし、自分の身をある程度守る為の護身術を嗜む程度ですわ。」
困ったように首を振るツーツィアに、だよねとアルフレッドは同意する。
あの後、立ち去ったギルベルトから届いたメールは、アルフレッドから見ればどうにも不可解だった。
「ですが、」
と、そこでツーツィアはゆっくりと口を開いた。
「
――
そのような文面を送った理由に、心当たりはあります。恐らく、ギルベルトさんはアルフレッドさんも真実を知るべきだと考えたのではないでしょうか。
……
私も医療に携わる者として、お話すべき事だと常々考えておりましたもの。」
本来は守秘義務があるのですが、とツーツィアはどこかぎこちない微笑みを浮かべた。
「真実?
――
それを知れば、強くなれるのかい?夢を叶えれるくらい?」
「その前に、アルフレッドさん。約束してくださいまし。
……
今から話す事は、ルートヴィヒさんには決して言わないと。」
真っ直ぐな眼差しが、アルフレッドを射抜いた。
その迫力に圧される形で、アルフレッドはゆっくりと頷いた。
「
――
それでは、お話します。
……
先ずは、そうですね。ギルベルトさんが騎士として始めに、どういった戦い方をしていたかという事からお話するのが良さそうでしょうか。」
運ばれてきたカップを手にとって、ツーツィアはどこか悲しげに微笑んだ。
(とりあえずここまで。未完。)
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