nuka_boshi
2016-11-27 11:34:10
16392文字
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【APH】雨雪梯子と帰り道。【アルナタ】

ハッと浮かんだので書いてみたアルナタ。
これ以上ないほどに甘い(当社比)。
申し訳程度にファンタジー世界。一応他キャラ主人公の別のネタ(未公開)が舞台設定なんですが多分単発としても普通に読めます。

<font face="MS Pゴシック"><font size=5>
雨雪梯子と帰り道。
</font></font>


<font face="梅明朝,はんなり明朝,うつくし明朝,游明朝,MS P明朝,MS 明朝">
その人物を初めて見た時、アルフレッドが思ったのは、「うわぁ、これは酷い」というものだった。
パッと見、はっとするほどの美女だ。銀の髪はさらりと長く煌めいているし、切れ長の瞳はこちらの心を捉えるだけの何かがある。整った顔立ちも相まって、黙って静かに佇んでさえいれば絵画から出てきただとか何かしらの精霊だとか言われそうな、何処か常人離れした美しさというものがある。アルフレッドは博愛主義だと謳う何処ぞのおっさんのように美しいものに興味があるわけでは無いが、それでも彼女にはつい目で追いたくなるだけの魅力というものがあった。
しかし、それも出会って一秒も経たないうちに儚く砕け散る程度の美貌でしかない。何故なら彼女は、彼女の性格はその美貌を帳消しにして尚お釣りがくる程に、……残念すぎた。
「兄さん!!!さあ一つになりましょう!!」
絹糸のようにサラサラの美しい髪を掻き乱して、鬼気迫る表情で愛する男に迫るその様は、どう控えめに見積もっても恋する乙女とはかけ離れていた。
悪霊だとか、以前友人の菊から教えてもらった山姥という妖怪だとか、そういったモノに近い。舞台演劇でそういう役を演じているとかであるならば、完璧すぎる熱演だ。大人ですら怯えて泣き出すレベルのその形相に、迫られた当の本人は「帰って!!」と泣いて乞うているのだが、やめる気配はまるで無いようである。結婚結婚、と繰り返す言葉は最早呪詛である。通行人に助けを求め泣いている男・イヴァンは、アルフレッドからすればどちらかといえば嫌いな相手なのだが、それでもアルフレッドは思わず彼に同情したほどだ。
だから仕方なく、助け舟でも出してやろうと思ってイヴァンに声をかけた所、件の女性はまるで親の仇でも見つけたかのような瞳でこちらをギョロリと睨み付け、そして懐からナイフを取り出しアルフレッドの首筋にピタリと押し当てこう怒鳴った。
「貴様!!私と兄さんの邪魔をする気か!!というかなんだその馴れ馴れしい態度は!何様のつもりだ!!」
えええ、なんだいこの子!
そのナイフは何処から、と思いながらも身動きが取れないアルフレッドは、そのまま暫く死の恐怖を味わう羽目に陥った。おいイヴァンなんとかしてくれよと目で訴えかけたらイヴァンにぶんぶんと首を横に振られた。通りかかった短髪の女性が件の女に「あらあらナターリヤちゃん、今日も元気ね」と和やかに声をかけ何事かを頼み、呼ばれた女がその女性の後を追い去って行くまで、ずっと。
巨大な竜巻が去った後のような喪失感と安堵を感じて、アルフレッドはイヴァンに問いかける。
……さっきの子、君のストーカーか何かかい?だとしたら、訴える事をお勧めするけど」
「残念、不正解。ナターリヤは僕の妹だよ。さっき通りかかったのはソフィヤ姉さん。僕の姉だよ。……あーあ、きょうだいよりもお友だちが欲しいよ……。」
がっくり、と肩を落とすイヴァンを見て、ここまでイヴァンを追い詰めるとはとてつもない姉妹なんだなあの二人、とアルフレッドは密かに思った。
それが、ナターリヤとアルフレッドの最初の出会いだった。
危険で関わり合いになりたくない、恐ろしい人物だと心から思った。それだけだった。






二度目の出会いは、草むらだった。
その日はイヴァンの誕生日で、アルフレッドは向日葵の花を抱えてイヴァンの家に向かっている所だった。
どうせ嫌いな相手の誕生日なのだから、プレゼントに特に拘る予定は無かったのだが、実はアルフレッドは誕生日にイヴァンにハンバーガーを山ほど貰っていた。「僕は君と違って大人だもん、ちゃんと祝ってあげるね」という毒と共に、普通に嬉しいモノを貰ってしまったのである。俺だって大人だよ、君の誕生日は絶対びっくりさせてやるからね、と言い返してしまった以上は、彼が絶対に喜ぶモノを用意せねばなるまい。
暖かい地方からわざわざ季節外れの向日葵を取り寄せて、肩に抱えて歩く。ふふふ、これで絶対喜ぶに違いないぞ!と口元をニヤつかせて、誇らしげに咲き誇る小さな太陽を抱えて歩いていると、通りかかった草むらの影に銀の髪がちらりと見えた。頭のリボンや何やらのおかげで、後ろ姿からでも誰かわかる。
……きみ、何してるんだい?俺はそんな所にイヴァンは居ないと思うけど」
「そんな事は言われずともわかってる!」
恐る恐る声をかけてやると、ナターリヤは鬼の形相そのままに振り返ってきた。
その形相をしかしアルフレッドが怖いと思わなかったのは、目尻に確かに涙が浮かんでいたからだろう。
太陽光を浴びてキラリと舞う涙の一雫は、まるで宝石か何かのようだった。
どきり、と何かが鳴って、アルフレッドは押し黙った。
目の前でナターリヤも、アルフレッドを見て眼を見開いた。
――そ、れ……っ!」
気がつけば、お互い、全く同じタイミングで同じ言葉を紡いでいた。初めて自身を捉えた不思議な感情に、アルフレッドはごくりと生唾を飲む。
そして、その合間にナターリヤはアルフレッドに詰問した。
「その花!向日葵!!どこで手に入れた!?」
――へ?ああ、暖かい国から取り寄せたんだよ。寒い所じゃ咲かないからね。暫くは枯れない様にアーサーに魔法をかけて貰ったんだ。この花の周りが暖かくなる魔法を。――最も、三日しか保たないって言ってたけど。」
流石にガーデニングが趣味の魔法使いというだけあって、義理の兄はこういう事にはとても詳しい。土下座で頼み込んだらすぐに応じてくれた。最も、皮肉をたっぷりと受け取る羽目になったのだが――
「寒い所じゃ、咲かない……。」
ナターリヤは口内でその言葉を転がした。
何か見ていたくなくて、アルフレッドは早口で、「植物っていうのは生き物だし、そもそも魔法って人間以外の生き物に上手く働かせるのは難しいらしいんだ。そういう時に必要なのは地気術って言って、大地そのものの力を借りる術を使わないといけないんだって。それで、アーサーなら地気術も詳しいから」などとまくしたてた。
しかし、アルフレッドの言葉は長くは続かなかった。
彼女の瞳から、また涙がぽろりと溢れたから。
そのままナターリヤは、「そうか」とだけ力無く呟き、踵を返して立ち去ろうとする。
……どうしたんだい?イヴァンの家は、そっちじゃないよ。」
――わかってる。貴様は兄さんにそれを渡してこい。……私は、帰る。」
こちらを見ようともしないナターリヤに、アルフレッドは何故だかふつふつと怒りが湧き上がるのを感じた。感じたが、自分はもう子供でもない、話し合うべきだと言い聞かせ、そしてナターリヤの腕を掴む。
――らしくないじゃないか。イヴァンの誕生日を祝ってやらないのかい?」
……いい。兄さんに、渡せるものが何もないから。」
視線を落とすナターリヤ、アルフレッドは問いかける。ナターリヤは暫く躊躇っていたものの、やがてぽつぽつと語り出した。

イヴァンに、向日葵の花をプレゼントすると約束したこと。
しかし、今日までどうやっても向日葵を手に入れられなかったこと。
ようやく手に入った花も、今朝枯れてしまったこと。
それでもどうにか花を見つけようと、いろんな場所を駆けずり回ったこと。

俯いてしおらしい今の彼女に、出会った時のような恐ろしさはまるで無かった。まるで映画に出てくるヒロインのようだった。――が、アルフレッドは何故だかそんな彼女を視界に入れたくなくて、思わずため息をついていた。
響いたため息に文句を言おうと顔を上げるナターリヤの眼前に、差し出されたのは活き活きと咲き誇る大きな向日葵。
――あげるよ。これをイヴァンに渡せばいい。」
ナターリヤは眼を瞬かせた。
アルフレッドからしてみれば、殆ど無意識の行動だった。だけど、迷いは無かった。
ヒーローは、みんなの笑顔を守るものだから。アルフレッドは、ヒーローに強く憧れていたから。
――いいのか?それはお前が用意した、」
「男に花を貰ったってきっとイヴァンも嬉しくないさ。そういうのはあいつの事を好きな女の子の仕事!」
にかっと微笑んで、アルフレッドは胸を張った。
「俺は、ヒーローだからね!こんな花なんて無くたって、プレゼントくらいちゃちゃっと用意してみせるさ!……それに、今この花と笑顔が必要なのは、君だろ?」
ぐいと向日葵を押し付けるように持たせてやると、ナターリヤは暫し向日葵とアルフレッドを交互に見つめた。
そして、ふっとぎこちなく微笑んだ。
――そうだな、ありがたく貰っておいてやる。」
それは、微笑みと呼ぶにはまだ弱い、ほんの微かな笑みのはずだった。しかし、その笑みを見た瞬間、アルフレッドの身体を喜びが駆け巡った。
――わっ!)
突拍子も無いその感情は、うねりをあげてアルフレッドの全身を満たしていく。巻き上がって、吹き荒れて、上昇して。さながら春一番のように。
一瞬の、突風のような感情が去ると、そこには無表情の笑顔で向日葵を愛でるナターリヤしか見えなかった。他の景色も、何も、印象に残らない。モノクロの写真の中に、そこだけ切り取ったみたいに色鮮やかに、美しく、花を抱いた女が立っていた。
ずっと見ていたい、そう思える光景だった。
――いいのか?今更返せと言ったって、返さないぞ?」
楽しげに笑うナターリヤに、アルフレッドは己の内心を悟らせぬ為に満面の笑みを浮かべた。
「いいよ!早くイヴァンにそれを渡して来なよ!」
背を軽く押してやると、ナターリヤは振り返ることすらせずに駆け出した。
そんな彼女の背中にブンブンと大きく手を振り、悪戯とばかりに「ちゃんと好きって言ってやるんだよーっ!」と叫んでやると、ナターリヤは振り返らないままに右手を真横に差し出した。
親指をぐっと立てて、そしてまた向日葵を大事そうに抱えて駆けていく。
アルフレッドは、彼女の姿が見えなくなるまでずっと手を振った。
きっとイヴァンは、ナターリヤからあの花を受け取って喜ぶのだろう。そして、ナターリヤはそんなイヴァンを見て喜ぶのだ。まさにハッピーエンドだ。
――あれ?)
ちくり、と何かが痛んだ。
きっと自分は、誇るべき事をした筈である。誰が見ても褒め称える、ヒーローの行い。その筈だ。
だけど、このちくちくはなんだろう――
――まあ、いっか。さあて、どうしようかな。)
手ぶらになってしまった今、イヴァンの誕生日をどう祝おうか。手元にあるのは自分の大好物のハンバーガーくらいのものである。
このまま帰ってしまおうかと思ったが、そうするとアーサーとナターリヤが出くわした時に面倒だし(アーサーはあの花が俺が用意したものだと知ってるから)、なによりナターリヤが気にするかも知れない。
仕方ない、行くしかないか。
アルフレッドは眩しげに空を仰ぎみるのだった。


その日の夜、イヴァンの誕生日のお祝いを済ませた俺は、何故かアーサーの魔法研究室に連れ込まれていた。近くにはフランシスとかマシューとか、あと菊もいる。
ナターリヤが向日葵を持っている事にアーサーは最初酷く狼狽したし、本当に良かったのかと何度も問いかけて来た。良いんだよ、だってほら、あんなに嬉しそうじゃないかと微笑んでいたら(実際アルフレッドは本当にそう思った)、何故かフランシスがアーサーに何事かを耳打ちした。すると途端に、アーサーは何やら嬉しそうな表情を見せて、「そうか、お前がなぁ。そういうことか。なるほどなぁ。」と、うんうん頷いた。えっ何だい気持ち悪い、と言ったのもまったく聞かず、彼はキラキラ目を輝かせ、「よしわかったなんでも言えよ、力になってやるから」と言い切った。アルフレッドが思わず条件反射で「じゃあ俺に近づくのやめてくれないかい?」と言ってしまうほどに、キラキラとした笑顔だった。菊も、「今日はお赤飯ですかねぇ」と謎の発言を始め、だったら二次会だ祝いの席だと勝手に盛り上がられ、気がついたらアルフレッドはアーサーの研究室に強制連行されていたのである。
酒類を煽ってやれ飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを繰り広げる良い歳したおっさん連中とそれから赤飯を楽しげに炊いている菊にため息をついていると、アルフレッドの目の前にコーラのなみなみと注がれたカップが差し出された。
……おめでとう、兄弟。僕としては先を越されてちょっとフクザツだけど。」
「何なんだい、君まで。」
アルフレッドがわけがわからないよとばかりに顔をしかめてみせると、アルフレッドの双子の兄であるマシューはふふふと笑った。
「君はそういうの、にぶそうだからね。じゃあ今は、嫌いな相手を思いやれるくらいに成長したお祝いって事にしておけばいいさ。」
にこにこと微笑むマシューに、アルフレッドは胡乱げな目を向けた。
はっきり言ったらどうだい、と言ってやると、マシューは「こういうのは自分で気付いた方がいいと思うんだけど、……きみ、言わなきゃ気づかなさそうだよね」と苦笑してみせた。
「君はさ、アルロフスカヤさんのことが好きなんだよ。」
……えっと、アルロフスカヤって誰だい?」
思わせぶりに言われたが初めて聞く名前だったのでアルフレッドは首を傾げてしまった。ずるりとズッコケてマシューは「名前、知らなかったの?イヴァンさんの妹さんだよ!ナターリヤ・アルロフスカヤさん!」とツッコミを入れた。
ナターリヤ。イヴァンの妹。その言葉でアルフレッドはようやく誰の事を言ってるのかわかった。ああ、そういえばフルネームは知らなかったっけ。兄と妹でファミリーネームが違うなんて、なんか俺とお揃いみたいだ。
なんとなくちょっと嬉しくなったので、アルフレッドは自分でもあれ?と思った。どうやらあの残念な女性の事を、存外に気に入っているらしい。
……ええと、うん、嫌いではないと思うんだぞ。」
「そうじゃなくて……つまり、愛してるって事だよ。君は初めて、恋をしたんだ。」
違うかい?とマシューが問いかけて来て、アルフレッドは目を瞬かせた。そうだとか違うとかなんとかよりも、わけがわからない。
「恋って、あの、『貴方のことを誰より愛してるわ』ってやつかい?」
「なんで女言葉なの……。そうだよ、それだよ。他に何かあるかい?」
「俺が、それをナターリヤに?まさか!」
アルフレッドはハハハと大きく笑った。流石にそれは無いと思う。だって、ナターリヤはあれほど残念な女性で、可愛げなんて無くて、ヒロインには程遠い。まともな友達にすらなれるかどうか怪しいものである。
そもそも愛だの恋だのと言われてもピンとこない。確かにスーパーヒーローとしては、素敵なヒロインとの恋愛要素は欲しいところではある。強くて逞しくて、でも何処か脆くて守ってあげないといけない女の子と、それを助けるヒーローなアルフレッドという図は何度でも空想した事がある。しかし、その空想に出てくるヒロインは、いつだって顔の部分が真っ黒に塗り潰されてて見えないのだ。アルフレッドにとっての唯一のヒロインは名前も顔もない誰かであって、きっとナターリヤでは無いのだ。
「あれはあの子が困ってたからヒーローとして助けただけだぞ!」
……じゃあ、なんで君はあの向日葵をそのまま譲ったの?イヴァンさんに本当は自分が用意したって事教えないでさ。二人で用意した事にすれば良かったのに、それすらしないで、プレゼントは世界一美味しい伝説のハンバーガーだ〜なんて、苦しい嘘吐いてさ。」
う、とアルフレッドは言葉に詰まった。ハンバーガーを渡した時にイヴァンに散々笑われたり色々あったのを、思い出したのだ。
だけど確かに、用意した向日葵の事は事情を知るアーサーとマシュー以外には言ってない。それどころか、イヴァンがあの花をナターリヤがひとりで用意したのだと思い込めるように、ワザと嘘をついたりもした。
「そ、それは……ヒーローとしてだよ!うん!全く、みんな勘違いがアンビリーバボーなんだぞ!」
「ふうん、本当?……ところでさ、アルロフスカヤさんってものすごく競争率高いって知ってたかい?例えば、少し前まで君の家にホームステイしてたトーリスさん。彼も、アルロフスカヤさんの事が好きだって有名だよ。」
ゴスっと音を立てて何かがアルフレッドに突き刺さった。げふ、と吐き出されたコーラの香りの混じった苦しげな息の音を、マシューは鬱陶しそうに聞き流す。
「それとさ、君って人の名前覚えるの苦手だろ?自分にとって重要じゃないと思った相手の名前って絶対覚えようとしないし。アーサーさんもフランシスさんも驚いてたよ。ファミリーネームの方は知らなかったみたいだけど、それでもアルロフスカヤさんの名前、殆ど面識ない筈なのに間違えてないもんね。で、今回は何回目で覚えたんだい?」
一回目から覚えていた。そういえば彼女の名前は一度も呼び間違えた事がない。そう言ったら絶対弱みを握られそうだ。アルフレッドは苦し紛れに言葉を探す。
「それは……ほ、ほら!イヴァンの妹だからだよ!あいつにきょうだいがいたって言うのが驚きで!」
「へぇ、そうなのかい?それじゃあ、お姉さんの名前は?」
「イルーニャだろ?」
あまり自信が無かったが、悟らせないようなるべく自信満々に言ってみせる。が、マシューからの目はどこまでも生暖かい。マシューの「昔、フランシスさんの名前、アルセーヌだとかジョンだとか散々間違えて泣かせちゃったの、僕はまだ忘れてないよ」と言うマシューの声で、イルーニャという名前が実は掠りもしていない事を直感した。
何かを誤魔化したくてアルフレッドはぐいとコーラを煽る。マシューの視線が何故か生暖かい。
……ねぇ、あの向日葵、どれくらい保つと思う?」
……へ?あぁ、アーサーから聞いてないのかい?三日らしいよ」
ようやく話題が変わった事に安堵し、アルフレッドは答えた。何故か先ほどの会話の所為で上がってしまった体温を冷ますため、もう一口コーラを口に含むと、マシューはふふっと楽しげに微笑んだ。
「僕も一応魔法使いの弟子だからね、使えなくたって地気術にも多少詳しいんだ。……あの花、今なら少なくとも一年は保つよ。賭けてもいい。」
断言したマシューを怪訝に思って、アルフレッドはコーラを飲みながら横目で見た。なんで?と視線だけで問いかけると、マシューは得意げな表情で種明かしをした。
「地気術の奥義っていうのは、愛情なんだ。誰かを心から思い慈しむその気持ちが、花や動物、妖精たちを元気にするのさ。……アルロフスカヤさんの愛情と、君の想いがたっぷり詰まった花だからね、ひょっとしたらイヴァンさんが生きてる限り永遠に枯れない花になったかもよ?」
アルフレッドは思わず咽せ返った。聞いてない、なんだその話。ゴホゴホと咳き込むアルフレッドに、マシューはトドメとばかりに追撃を加える。。
「アルロフスカヤさんの愛は流石に重すぎるし、あの人一人じゃ半年が限度ってトコじゃないかな。だけど、君が本心から愛情を込めてその花をアルロフスカヤさんに贈ったんだから、絶対一年は保つと思う。それ以上の長さになるなら……その時は、君の想いの強さが見られるかもね」
聞いてる?と問いかけるマシューに、涙目で抗議を試みる。謀ったな!!
騒ぎに気付いて、だらしなく酔っ払ったアーサーが兄貴ヅラして大丈夫かと声をかけて来たので、気管の妙なところに入ったコーラに苦しみながら俺はチョップを繰り出した。くたばれ、アーサー!
理不尽だ、と嘆くアーサーと、笑うフランシスと、そして心配したりこちらに怒ったりする菊とマシュー。
ふと、フランシスが懐から携帯電話を取り出した。覗き見て、そしてアルフレッドに「見てみろよ」と声をかける。覗き見て、アルフレッドは思わず微笑んだ。
それは、一通のメール。イヴァンからのメールだった。
</font>
ナターリヤから聞きました。アルフレッドくんに、ありがとうって伝えておいてください。ふたりからのプレゼント、とても嬉しかったよ。

追伸:でもハンバーガーは無いと思う。
<font face="はんなり明朝,うつくし明朝,游明朝,MS P明朝,MS 明朝">
簡潔かつ素直になりきれないその一文に、アルフレッドの口元がニヤける。
「日付が変わったら、最後の文章は余計だって伝えてくれよ」
「言うと思った!もー、お兄さんを間に挟んで喧嘩しないでよね!」
「やーなこった☆」
ぽこぽこと怒るフランシスを笑い飛ばすと、アルフレッドはそれから、と小さく付け加えた。
「そのメールさ、俺のアドレスに転送してくれないかい?」
いいけど、なんで?と答えようしたフランシスは、固まった。アルフレッドの瞳をまじまじと見てしまったからだ。眩しそうに細められたライトブルーの瞳には、室内だと言うのにキラキラとした光が宿っていた。熱っぽく煌めくそれが、恋の煌めきだということに、愛と情熱が謳い文句のフランシスが気付かない筈がない。
――えっ、でもそんな喜ぶ要素あったっけ?――あ。)
フランシスは気付いた。恐らく、アルフレッドが舞い上がっているのは、「ふたりからのプレゼント」という一文である、と。ナターリヤとアルフレッドは、実のところあまり接点が無い。だから恐らくアルフレッドは、ナターリヤといっしょに、というなんでもない事実が舞い上がってしまう程に嬉しいのだろうと。
――ちょっと、どんだけこの子メンドくさ可愛いの!)
そんな感想が浮かんだ自身をセンスが悪いと思いつつも、それでもフランシスはニヨニヨとアルフレッドを眺めた。いいよ、送ったげるとニヤつきながら返事をしたのだが、アルフレッドは気付かない程にメールの画面に夢中だった。今にもとろけそうな表情で、じっとフランシスの携帯を見つめ続けている。
横目で見ると、アーサーやマシューもアルフレッドの真意に気付いたらしく、揃ってアルフレッドの事を暖かい目で見ている。菊はといえば、「紅白饅頭も追加しましょうか……」などと言い出している。いや、アルフレッドはまだお付き合いすらしてないんだけど。どんだけアルフレッドを祝いたいのよこの子。
しかし、フランシスを始めとして、その場にいる者は誰もアルフレッドに直接声をかけなかった。
恐らく、アルフレッドは自分の想いに気付いていない。今からかったりしたところでどうせ不毛な事にしかならないだろうという事は、皆わかりきっていたのだ。




三度目の出会いは、雨の中だった。
その日、雨が嫌いなアルフレッドは、虹色の雨傘をくるくると回しながら歩いていた。
どうして家の中で大人しくしてなかったのか。出掛けたのには色々理由があった筈なのだけれど、どれも雨の中歩く事を考えれば普段なら絶対やらないような些細な理由だった。――ということは、恐らく予感というものがあったのだろう。
だから人気のない道路沿いの建物の陰に雨宿りをするナターリヤを見つけた時も、アルフレッドは特に驚かなかった。むしろ、当然の事だと思った。
――入るかい?」
声をかけてやると、ナターリヤは「なんだ貴様か。」と言って小さく笑った。
「兄さんが待ってるからな。家まで送らせてやる。」
「そこはお願いしますっていうとこなんだぞ!――まあいいや、イヴァンの家で良いかい?」
まるでそうするのが当然のように雨傘の中へナターリヤがするりと入り込む。雨傘を半分とほんの少し、ナターリヤの方へ傾けてやると、ナターリヤの居ない側の肩に――左の肩に、小さく雨粒が当たり出した。
……うぅ、雨は嫌いなんだぞ……。早く止んでくれるといいんだけどなぁ。ナターリヤも、そう思わないかい?」
アルフレッドがなんとなく問いかけると、ナターリヤはそうか?と首を傾げた。
――私は、雨は別に嫌いじゃない。暖かい証拠だから。寒い時に降るのは雪だろう。……暖かいと、兄さんが喜ぶ。」
鬱陶しくはあるがな、だから晴れている方が好きだ、とナターリヤはさらりと言い切った。迷いない瞳は、恐らく此処には居ないイヴァンを見ているのだろう。アルフレッドはそう内心で思った。
――ふうん。まあ、俺も寒いのは嫌いだし、雪はそんなに好きじゃないなぁ。そう思うと雨も悪くないって事かな。」
アルフレッドが何気なくそういうと、ナターリヤは俯いた。暫くの間、沈黙が流れる。
傘に雨粒が当たるポツポツという音と、ふたり分の足音。このままイヴァンの家まで何も喋らないままなのだろうか。それは少し勿体無いかもしれない、とアルフレッドが考えたその時、ナターリヤが静かに口を開いた。
――本当は、私は雪の方が好きだ。雪を見ると、兄さんを思い出せるから。」
それは、先ほどの会話の続きだった。アルフレッドは思わずナターリヤを見やる。
――今のは、忘れろ。兄さんが知ったら、きっと悲しむ。」
それが、理由なのか。
俯いて見えないナターリヤの瞳には、もしかしたら涙が溢れているのかもしれない。アルフレッドはなんとなく思った。
ナターリヤは、イヴァンの事が好きだから雪が好きで、でもイヴァンの事が好きだからこそ雪が好きとは言えないのだ。それを告げるのには、ナターリヤにとってはきっととてつもない量の勇気が必要だったのだろう。
――好きって、どういうことなんだろう……。」
アルフレッドは思わず呟いた。
ナターリヤが怪訝そうにこちらを見る。
――あっ、えっとさ、俺、みんなが言うには今好きな女の子がいるらしいんだ。」
「なんだ、恋愛相談か?――くだらん、私は兄さんへの愛でいっぱいいっぱいなんだ。ダイコンか何かにでも話してろ。」
バッサリと一刀両断されたので、アルフレッドは思わず吹き出した。
「ところがさ、俺はその子の事、別に好きとか愛してるとか思った事無いんだ。知り合って間もないし、素敵に思えるような出来事もこれと言って無かった筈だし。……だから、好きとか恋とかって、一体なんだろうって思ってさ。」
君ならわかるかい?と肩を竦めると、ナターリヤは口元に手を当てて真剣に考え込んだ。
――何なのか、と改めて言われるとどう説明したものか。そうだな、この世の全てを敵に回してでも相手の全てを奪いたくて、なおかつ相手にめちゃくちゃにされてもいいと思えるほどにただひとりをひたすら欲する程度の感情、と言ったところか……。」
……なんでそんなに否定的な言葉を並べて幸せそうに語るんだい?」
「感じたままを言っただけだ。どうして否定した事になる?」
心底不思議そうにそう言いだすナターリヤに、アルフレッドは苦笑した。やはり、恋というのはよくわからない。
「やっぱり俺のは恋とは違うと思うんだけどなぁ……。」
頭を掻いてアルフレッドがそう言うと、ナターリヤがふとアルフレッドを見た。
……もしくは、先ほど貴様と話していて気付いた事だが、相手の為なら自分自身を殺せる感情、だな。」
突然物騒な単語が出てきてアルフレッドはギョッとした。当然ながら、アルフレッドはそんな内容の話をした覚えはない。
「大したことじゃない。例えば私は、雪が好きだ。だけど、その事を言えば兄さんはきっと悲しむ。だから、兄さんの前では雪が好きな自分を殺して、雪なんて何とも思わない自分になる。なろうと当たり前に思える。――そうしたいと、心から思わせてくれるのが兄さんなんだ。だから私は、兄さんが好き。兄さんの事を好きで居させてくれる兄さんが、好き。兄さんの事を考えられる私にしてくれる、そんな兄さんを愛している。――ただそれだけの話だ。」
ナターリヤの言葉には、一切の迷いが無かった。だから、アルフレッドは思わずこう問いかけた。
――君はもしかして、イヴァンが死ねって言ったら死ぬつもりなのかい?」
「無粋な事を聞くな、痴れ者が。」
ナターリヤは何処か愛おしげにすら見える優しい顔で、アルフレッドの事を笑い飛ばした。
「それで私の想いが本気だと伝わるなら、言われなくともそうするさ。だが、兄さんはそんな言葉は絶対に言ってくれないし、そんな機会を与えてすらくれない。だからこそ、愛おしいんだ。そして、だからこそああして何度拒まれても全身全霊をかけて想いを届けにいけるんだ。」
満足気に微笑む彼女の横顔を、アルフレッドはそのまま無言で眺め続けた。
ナターリヤはいつも顰めっ面だし、微笑むと言ってもパッと見た限りでは少しも普段と変わらないように見える。しかしそれでも彼女の笑みは見れば見るほど、どこまでも強くてカッコいい、真っ直ぐな笑みだとわかる。
アルフレッドは、こういう人に隣にいて欲しいな、と漠然と思った。同時に、真っ直ぐな想いを受ける立場にいるイヴァンの事が、ほんの少しだけ羨ましいと思った。
――おい、何をしている。雨、上がっているぞ。」
顰めっ面のナターリヤに言われて、アルフレッドはハッと辺りを見渡した。成る程彼女の言う通り、雨はとっくにあがっていたらしい。なぜか全く景色を見て居なかったので、アルフレッドはほんの少し面食らった。
「ああ、ごめん。ぼーっとしてたよ。」
傘を仕舞おうとすると、ナターリヤは「おい、なんだそれは」とアルフレッドの左肩を睨みつけた。
見れば左肩はいつの間にやらびしょ濡れになっていた。こんなにも濡れているのに何も感じなかった事が信じられず、アルフレッドは「うわぁ、なんだこれ!」と悲鳴をあげた。濡れた事に気づいてすらいなかった事に呆れたナターリヤは、アルフレッドの大きなくしゃみに思わず吹き出した。
――ぼけっとしてるからそうなるんだ馬鹿者め。……そのまま帰って風邪でもひかれたら面倒だ。兄さんにタオルでも借りてやるからついて来い。」
一応心配してくれているらしい。アルフレッドはありがとう助かるよと明るく返した。
――雨も悪くないのかもしれない。)
ふと、そんな考えが過って、アルフレッドは自分でも驚いた。
濡れながらナターリヤと歩いた事。
雨よりも雪が好きだと言ったナターリヤの顔。
愛について語ったナターリヤの瞳。
片方だけがびしょ濡れになった自分をちょっと馬鹿にしながらも一応不器用に気遣ったナターリヤの、笑顔。
きっとこれから雨が降るたびにそれらを思い出すのだろうな、とアルフレッドは密かに思った。嫌いなはずの雨が、何故かとても待ち遠しい。
――あっ、あれ!ナターリヤ、あそこの空!」
顔を上げたアルフレッドは、空の一角を指差した。
分厚い灰色の雨雲の切れ間から幾つもの日差しが柱となってスッと射し込んで煌めいている。煌めく沢山の光の柱は、雨に濡れた大地にキラキラと降り注いでいた。
――天使の梯子ってこんなに綺麗なものだったなんて、俺、知らなかった……!」
――ん?なんだそれは?」
アルフレッドの漏らした言葉をナターリヤは知らなかったらしい。アルフレッドは目を輝かせながら説明する。
「知らないかい?天使の梯子。ああやって光の柱が降り注いでる景色をそう呼ぶんだってさ。」
アーサーから昔聞いたと教えると、ナターリヤはふうんと考えた。
――確かに、綺麗だな。」
ナターリヤは静かに微笑んでいた。その微笑みが、なんだかとても美しかった。なのでアルフレッドは、ちょっとだけ軽い気持ちで訊いてみた。
「イヴァンと一緒に見れたら幸せって言いたいのかい?」
……そ、うだな。考えてもいなかったが、そうかもしれん。そう言えば雨もあがったし、きっと兄さんが喜ぶに違いないな。」
アルフレッドは、おやと思った。ナターリヤなら、きっとこの綺麗な光景も、イヴァンの事を考えながら見ていると思っていたのだ。
それじゃあ、今の「綺麗だな」には、イヴァンと関係なくナターリヤ自身の感じた想いが込められているのかもしれない。ひょっとしたら、その想いの片隅には、アルフレッドの姿もあるのかもしれない。それは酷く都合の良い妄想だと分かっていても、それでもアルフレッドは嬉しくて笑った。
――君はさ、ああいう光の梯子を登ってみたいかい?」
「思わん。面倒だ。それに登れるものでもないだろうに。」
ロマンチズムは一欠片すら無かった。それでも、その景色を瞳に焼き付けようと瞬きすら惜しんでナターリヤは空を見つめていた。
「じゃあ、あの天使の梯子の一番先に、イヴァンが待ってたら……って、聞くまでもないよね」
「当たり前だ、兄さんが居るなら例え空の上だろうと地獄の果てだろうと追いかける。」
ぴしゃりと空を指差して、ナターリヤはそう言い切った。
――貴様も、もし好きな相手が出来たらそうするんだろうな。貴様に惚れられた相手はさぞ大変だろう。」
「君に言われたくないよ」
お互い笑い合って、そしてアルフレッドはふと空想を広げてみた。
あの天使の梯子の向こう側に、いつも恋愛について考えた時に出てくる謎のヒロインを据えてみたのだ。
強くて、でもどこか脆くて、守ってあげたくなる、ヒーローに助けを求める素敵なヒロイン。想像しても顔の部分が真っ黒に塗り潰されてる、何処にもいない女の子。天使の梯子の天辺にア辿り着いたら、誰よりも喜んでアルフレッドに抱きついてくる、たぶん素敵な女の子。
――って、あれ??)
そんな空想をしていたら、突然そのヒロインの顔を塗り潰していた真っ黒がべりりと剥がれ落ちた。
剥がされた黒の下から現れたのは、何故かナターリヤの顔だった。天使の梯子の天辺にやっとの事でたどり着いた自分にはまるで見向きもしない、それどころか私と兄さんの邪魔をするなとナイフを翳して怒ってくる、凡そヒロインとはかけ離れた女の子が、空想の中からアルフレッドを睨んでいる。
その事に気付いた瞬間、すとんと音を立てて何かがアルフレッドの胸に落ちてきた。
ああ、そうか、とアルフレッドは酷くすっきりした気持で天使の梯子を見つめる。
――俺、やっぱり好きだ。」
言うつもりは全くなかった筈の言葉が、ポロっと溢れた。
ナターリヤは、少し怪訝そうに眉を寄せる。
――ああ、晴れの日が、か?それとも、雨上がりがか?まあどちらにしても――
「違うよ。みんなに言われた、俺が好きかもしれない女の子の事さ。――あの子が天使の梯子を登った先に居るなら、どんなに大変でも会いに行くんだろうなって思ってね。」
アルフレッドの言葉に、ナターリヤはそうか、とだけ呟いた。
静かに、立ち止まったまま二人は暫く空を眺めた。そのままだと陽が落ちそうだと考える事は、お互いになかった。
……好きだと、ちゃんとその相手に言ってやると良い。」
ナターリヤは、突然そう呟いた。
「私は恋というのは綺麗で甘っちょろい理想を掲げていたのでは叶わないものだと思っている。所詮は傲慢と強欲の最上位にあるものだとな。貴様は、綺麗な理想論が好きそうだから、そういう意味ではこれからきっと大変だろうな。」
ナターリヤは、そう言って静かに、真っ直ぐにアルフレッドに向き直った。
――だから、貴様は自分の想いを忘れない為に、自分の為に相手にちゃんと好きだと伝えてやれ。愛してると言うのなら、絶対伝えろ。その結果がどんなものであっても、今抱いているその気持ちを、忘れるなよ。」
その眼差しがとても格好良かったので、アルフレッドは微笑んだ。
「うん、そうだね。――好き。」
「あのな、私に言ってどうする。そういうのは本人に言ってやれ」
「わかってるさ。だから、俺はちゃんと君に言ってるんだぞ。――俺が好きな子は、君だから。」
自分でも驚く程に優しい声が出たので、アルフレッドは思わず顔を綻ばせた。きっとナターリヤは、くだらないと一蹴するに違いない。だけどそれでも、伝えるべきだと他でもないナターリヤ自身に教えて貰ったから。
……フランシスの万年発情病でも感染ったか?――病院に行く事を進めるが。」
「全く、酷い言いようなんだぞ。……でも、俺はどうやらそういう君を愛してるんだ。」
ナターリヤはぽかんと口を開けて固まった。アルフレッドを凝視しながら。
――愛してるって、俺、今生まれて初めて言ったよ。心からこんな言葉を言う日が来るなんて思わなかったからちょっとびっくりなんだぞ!」
アルフレッドが照れを隠す為ににかっと笑ってやると、ナターリヤはなんとも言えない慄いた表情になった。
きっと馬鹿だと言われるんだろうなぁ、とアルフレッドは静かに考える。
「な、なんで私なんだ!もっと他に良い奴が居るだろうが!!ええい今からでも遅くない、他を当たれ!」
「仕方ないじゃないか。君を好きな俺にしてくれる君が好きなんだから。それに、ヒーローに心変わりはないんだぞ?」
ええい、どいつもこいつもとナターリヤが頭を抱えているのを見て、アルフレッドはおやと思った。ナターリヤなら、きっとくだらないと一蹴するだけだと思ったのだ。他の相手から何を言われても、彼女はきっと揺らがないだろうと。氷のように揺るぎのない彼女の心を揺らせるのはきっと、イヴァンだけだろうと。だというのに、アルフレッドの目の前の彼女は今、らしくないほどに狼狽えているらしい。
――ということは、つまり――?)
まだアルフレッドにもチャンスはある。そういう事なのだろう。アルフレッドはちょっと嬉しくなって、弾むような足取りで歩きはじめた。
「ふふ〜ん♩好〜きっ、好〜きっ、愛してる〜〜♩」
「やめろ!恥ずかしい歌を歌うな!」
「えーっ、今のはハンバーガーが好きって意味の歌なんだぞ!」
「紛らわしいっ!!」
――なーんて嘘!本当は君が好きって意味なのさ!」
口をぱくぱくと開け閉めさせて、そしてナターリヤは顔を背けた。それが、アルフレッドを見ようとしないその事実が、ナターリヤもアルフレッドの事を多少は気にかけているという証拠だった。
「全く、さっさと帰れ!!」
「えーっ、タオル、貸してくれるんじゃなかったのかい?」
「知らん!――来るなら勝手について来い!!」
大股に歩き出したナターリヤの背を追って、アルフレッドは密かに考えた。
――マシュー、やっぱり君の言う通り、あの花は暫く枯れないんじゃ無いかな。)
イヴァンの家に着いたら、きっとあの向日葵は元気に咲いているのだろう。一年でも二年でも、それこそ永遠に咲いてて欲しいと密かに考えた。
嫌いなイヴァンを喜ばせる向日葵に、少しでも長く咲いてて欲しい。
嫌いな雨に、早く大好きなナターリヤとの思い出を運んで欲しい。
自分の想いを殺し、簡単に素敵な自分へと生まれ変わらせる魔法。なるほど確かにナターリヤの言った通り、この感情は恋に違いない。
――私は、兄さん以外を愛する事は絶対に無いぞ。兄さんが一番で無くなるなんて、私にとっては死ぬのと同じだ。」
「じゃあさ、生まれ変わって俺に惚れる君になるってのはどうだい?絶対にハッピーエンドにしてみせるけど」
「生憎と、私の心は何度生まれ変わっても兄さんを予約済みなんだ。」
お互いに、顔を見ずにくすりと笑った。
アルフレッドは考える。
もし自分が天使の梯子を登ったとしても、その先に居るヒロインが待っててくれる日は来ないのだろうなと。
その先に見えるのは、イヴァンを一心不乱に追いかけるナターリヤの姿か、黙って勝手について来いとだけ言葉を投げかけて後は振り向く事なく歩いていくナターリヤの背中なのだろうと。
それでも、たとえ見返りが無くたって、自分はきっと梯子を登るのだろう。強すぎて危うい、世界一素敵な女の子と同じ景色を見る為に。
追いかけよう。梯子を登る彼女に追いつく為に。
そう、ゆっくりと、でも確実に、誰よりも速く。
自分も今日から天使の梯子を、――いいや、恋の梯子を、登り始めるのだ。
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END