Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
nuka_boshi
2015-12-15 23:42:39
11423文字
Public
Clear cache
すちぃむ☆KINOKOシリーズ第二弾 カナちゃん編序章
えせスチパンのネタをシリーズ化させよう計画。本来シリーズのプロローグにつかうべきシーンだけど無駄に長い。登場キャラは加米英露。BLのつもりはないけど見ようによっては加英とか露加とかかもしれない。ごめん。ちなみにこのシリーズは基本的に推敲しない予定。
誰かがずっと見ている。
ただ、僕を見つめている。
だから僕は、振り返る。
視線の主を探して振り返る。
だけど、いつも同じこと。
振り向く先に『彼』はいない。
だから僕は立ち尽くす。
いつも、一人で立ち尽くす
……
。
「
…………
シュー、マシュー!!聴いてるのかい?」
僕を呼ぶ声に、僕はハッと我に返る。
……
ああ、またやってしまった。
目の前にいる僕の兄弟、アルフレッドの瞳の色は、呆れが半分くらい、心配が少し。そして残りは不服そうな色を見せていた。僕はアルフレッドの視線から逃れるように、まだ慣れたとは言えない利き腕に視線を落とす。
……
アルフレッドからの視線が痛い。
「
……
また、なのかい?」
「ああ、うん。
……
でも、もういないみたいだ。ごめんよ、ぼーっとして。」
僕はアルフレッドを安心させる為に口の端を吊り上げ、笑みを作る。
すると、アルフレッドはむぅっと唇を尖らせ、僕にゴーグルとマスクを差し出した。
「
……
そろそろ午後の胞子の時間だから、これ。死にたくないなら着けたほうがいいよ。」
ぶっきらぼうに差し出されるそれを、僕はありがとうと言って受け取る。
千年前の事故
……
所謂大災害と呼ばれる出来事の影響で、この星は今や死の星となった。今僕の眼前に聳え立つ空を突き抜けるほどの大きな茸
……
白天茸もその影響で産まれたモノらしい。
1日に二度、大量の胞子を飛ばすそれは猛烈な毒性を秘めている。
……
子供でさえ知っている。白天茸の胞子は強い毒があって、それが舞ってる間はマスクを絶対外してはいけないと。
確かに鉄で出来た右腕に仕込んだ大気測定器の目盛りは、少し前に見た時とは違って危険の一歩手前を指している。
……
もう少しのんびりしていたかったんだけどな。
緩慢な動きでマスクを装着する僕を見て、アルフレッドはイライラと溜息を吐いた。
「
……
だいたい、何なんだい君の言うその男も!いっつもいっつもこっちを監視してるだなんて気色悪いなぁもう!!いっそのこと来るなら来るでハッキリして欲しいよ!そしたら妙な真似出来ないようにボコボコにしてやるのに!!」
足を踏み鳴らすアルフレッドを僕は苦笑して眺める。
……
本当に、そう思う。いや、相手をボコボコにしたいとは思わないけれど。
いっそのこと、僕らの前に姿を現して欲しいと切に願う。
……
だって、たくさん聞きたい事があるんだ。
僕とアルフレッドには、幼い頃の記憶がない。両親の顔も、家族の事も、覚えていない。ただ、朧げに覚えているのは、僕らを育ててくれたフランシスさんに、「こいつらを頼む」と頭を下げた、ぶっきらぼうな金髪の男の姿だけだ。
父親では無いと思う。身体を機械に変える人は多いから、外見年齢はアテにならないけれど、何となく。何となくそう思う。
どちらかというと、兄
……
だろうか?
顔の造形すら満足に思い出せないけれど、でも、それでも彼が僕の本当の家族なんじゃないかと思うんだ。
……
僕は、彼の事が知りたい。
思い出したい、と、そう思うのだ。
どんなに記憶を手繰り寄せても彼の事を全く思い出せないのがもどかしい。
きっと、彼はとても大事な人だと心が叫んでいるのに、僕の記憶はそれに応えてくれない。
……
だけど。
時折、視線を感じるのだ。
ふとした時、どこかから誰かが僕とアルフレッドを見守っている。
初めてその視線に気づいたのは、僕がアルフレッドに連れられて『ドーム』の外に初めて足を踏み出した日だった。
それから、僕は幾度となく外に出た。
外に出る度、『彼』は僕を見ていると気づいた。
最初は怖かった。見知らぬ誰かが、僕をずっと監視しているのだから。
最初は、気のせいだと思い込もうと努めてきた。
だけど、今は。
(
……
『彼』に、会ってみたい。)
その人の視線は、どこか暖かくて。僕を心配しつつも背中を押してくれるフランシスさんと同じ視線で。
やがて、僕は気が付いた。この視線の主は、きっと、あの日フランシスさんに僕らを預けたあの男の人だと。
(
……
会いたい。)
会って、話がしてみたい。名前が聞きたい。声が聞きたい。
だけど、彼はいつだってその姿を見せてはくれなくて。
マスクで覆った口元から、はぁ、と溜息がこぼれる。
「
……
そいつが目の前に現れたら、俺、瓶いっぱいのボツリヌス薬ってやつをすべて飲ませてどういうつもりか洗いざらい問いただしてやるんだぞ
……
!」
「
……
アル、それ劇毒。自白剤はエクパウォール薬だから。相手死んじゃうからやめてあげて。」
怒りでふるふると拳を震わせるアルフレッドに僕は訂正を入れる。
「だってだって!俺はこんな陰湿なやり口の奴一番嫌いなんだよ!頭にカビでも生えてるのかって言いたくなるんだぞ!!」
うがあ、と怒りを露わにするアルフレッドを宥めていると、何処からかバキリという音が、次いでガサガサと何かが動くような音が響いた。
「
……
な、なんだい?今の音
……
。」
「
……
わからない。まるで何か生き物が動いたみたいに聞こえたけど
……
。」
「
……
まさか。このあたりは無人の筈だろ?」
僕は口ではそう否定したものの、内心ではアルフレッドの言葉に同意したかった。
どう考えても、先の音は生き物が動いた音にしか聞こえなかった。
「
……
マシュー、俺はこの辺りを見てくる。そこで待っててくれ。」
「
……
うん、わかった。
…
気をつけて。」
短く応えながら僕は機関銃を手にする。
知らない人が見れば単独行動は危険だと言うかもしれないが、もし戦闘の必要があるならば、アルフレッドと共に行動するよりは自分独りで戦った方が安全だ。アルは力加減というものを全然知らないから、下手すると巻き込まれかねない。
アルフレッドが勢いよく音の方向へと駆け出して行った途端、ふわりふわりと視界の端を白が舞った。雪に似ているが違う。胞子だ。白天茸が午後の活動を始めたのだ。
踊るようにふわりと浮かぶ胞子に、僕はほんの少し見惚れてしまう。
……
綺麗だ。
僕らを殺す死の世界。
アルフレッドは、青空を見たいという。
『ドーム』のみんなは、生きやすい場所が欲しいと言う。
……
この場所に、かつての美しさを取り戻したいと言ったローデリヒさんたちにも会った。
みんなの想いは痛いほどよく知ってる。
だけど、僕は本当は。
「
……
僕は、やっぱりこの世界が好きだな。」
僕は伸ばした手のひらで、ふわりと踊る胞子の一粒をそっとつかまえる。
右腕は、鋼鉄製の紛い物だから、感触なんてわからない。生身の左腕は、硬く分厚い皮の手袋で覆われているからわからない。
……
それもそのはずだ、生身のままそのままの姿で外を駆け回るなんて、出来っこない。そんな優しい世界は、僕が産まれるよりもずっと前に無くなったのだから。
胞子がするりと僕の掌から逃げ出した。僕は、地面に落ちるそれをじっと見つめる。
確かに此処は恐ろしい世界だ。忍び寄る死の足音に、みんなが怯えている。
だけど、この世界を、美しいと、そう思ってしまうのは
……
間違って、いるのだろうか。
……
或いは。
「僕が、なにも知らないからそう言えるだけなのかもしれないけど。」
「そうだね。君は何も知らない。可哀想なお人形さんだもの。」
独り言のつもりで呟いたその言葉に、僕はびくりと肩を震わせる。
いつの間にか、知らない青年がそこに立っていた。
……
いつから?
ゴーグルとマスクに隠れて顔は見えないが、そのおかげで彼が僕と同じ人間だと解る。
長いマフラーを風に靡かせるその姿は、何故かどうにも現実離れして見えるのだけど。
「はじめまして、マシューくん。時の魔術師のお人形さん?」
うふふ、と笑う彼に、僕は何と答えて良いのかわからず言葉を探す。
やがて、口から出たのは、
「あの
……
っ、貴方が、僕の事をいつも見てた方ですか?」
という、見当外れの言葉だった。
ゴーグルの奥で彼が瞳をパチクリさせているのを見て、僕は「失敗したな」と悟る。目の前の彼は、あの人じゃない。
……
わかっている筈なのに。
くすり、と目の前の青年が笑った。
「
……
僕が誰か聞かないの?」
「えっ、あっ、すみません。ええと、どなたでしょうか
……
?何処かでお会いしましたか?」
慌てて僕が尋ねると、青年はあははと笑う。
「
……
会うのはそうだね、きみにとってはこれが初めての筈だよ。僕はイヴァン。きみのおともだちになりに来たんだ。よろしくね。」
「あ、はい。
……
よろしく、お願いします
……
?」
よくわからないままに僕は握手の為に右手を出そうとして、そして慌てて引っ込める。
二年前から、僕の右手は生身では無くなった。たまについ右手を出してしまうが、僕は初めて出会う相手との握手に、冷たい機械の手は使いたくないと思っている。ほんの些細なこだわりだ。
……
それに、もう一つの理由もあるし。
生身の方の手を改めて差し出すと、イヴァンさんは嬉しそうに僕の手を両手でそっと包んだ。きしり、という音が僅かに聴こえ、彼の腕が両方とも機械でできている事を悟る。
「ふふっ、よろしく。」
イヴァンさんは名残惜しそうに僕の手を放すと、トコトコと歩き出し、そしてちょうどソファのような大きさのきのこの上にちょこんと座った。
大柄な背丈に似合わぬ幼い動きが、不思議と彼に似合っている。
「
……
となり、座らない?」
小首を傾げるイヴァンさんの示す先に、僕は言われるがままに腰掛けた。
なんだか、不思議な感じだ。
「あの、イヴァンさんはなんでこんな所に?」
この菌糸の森には、昔に打ち捨てられた都市の残骸しかない。
……
僕らはその廃墟の調査に来たわけだけど、彼は何故ここにいるんだろう。
「うん、おともだちになりに来たんだよ。きみと。」
「え、僕らがここに来るって知ってたんですか?」
「
……
フランシスくんは元気にしてる?ドームに行ってから、彼がどうしてるかわからなくて。」
……
なんだか会話が噛み合っていない気がするけど、僕は深く考えない事にした。フランシスさんの知り合いのようだし、たぶん彼から僕らの行き先を聞いたのだろう。
「はい、元気ですよ。今はドームの住居区画の責任者なので中々外には出られませんけど。」
すとらいきだ!と事あるごとに逃げ出しギルベルトさんに捕らえられているフランシスさんの様子を思い出し、僕は苦笑する。
「イヴァンさんは、ドームには住まないんですか?」
「うん、たしかに興味はあるんだけどね。僕は別のところに行きたいから。」
別のところ?僕が尋ねると、イヴァンさんはすっと上を指差した。
……
ええと、
……
空の上、だろうか?
「僕はね、この惑星の外
……
宇宙の、他の惑星へ行くんだ。」
宇宙。
……
他の星。途方もない言葉に僕は言葉を失う。
宇宙へ行く技術は、大昔には確かにあったが、千年前の大災害で失われた筈だ。そもそも、千年以上前でさえ、他の惑星へ行くことは殆ど出来なかったと聞いているんだけれど
……
。
行きたい、じゃなく、行くんだ、と言い切る彼は、他の星に行けると信じて疑っていない。
「僕はね、こんな壊れた星じゃなくて、新しい星に住みたいんだ。もっと暖かくて、綺麗で。こんなマスクやゴーグルなんてしなくていい、素敵な星に住みたいな。
……
そして、お花畑を作りたいんだ。」
「お花畑?」
「そう。綺麗なお花が一面に咲く、僕だけの場所が欲しくってさ。暖かくて素敵な場所が。
……
僕は寒いのは嫌いだけど、でも『雪』っていうのも見てみたいな。この胞子みたいにふわふわで、冷たいけど綺麗なんだって姉さんが言ってたんだ。
……
きみは雪が好きそうだし、きみと一緒に雪の中を歩くのもいいかもね。」
うふふ、という無邪気な笑顔に何故か妙な威圧感を感じて、僕は言葉に窮した。
「
……
ねえマシューくん。ドームを捨てて、僕と来ない?
……
フランシスくんにはもうこの話はしてあるんだ。フランシスくんも、マシューくんたちさえ良ければ一緒に来るよ。」
イヴァンさんはそう言うと、きのこからぴょこんと飛び降り、僕へと振り返る。彼の動きに合わせてクリーム色のマフラーが宙を踊った。
「
…
きみに、新しい世界を見せてあげる。本当に綺麗な世界がなんなのか、教えてあげる。だから、僕と一緒に行こう?」
軋む鉄で出来た腕をこちらに差し出し、イヴァンさんはゴーグルの奥で微笑んだ。
僕は、
……
ぼくは??
どうするかって?
……
答えなんて、決まってる。
答えは決まっているけれど、どうしたら彼を悲しませずに伝えられるか逡巡し、
……
結局、ありのまま素直な言葉を伝える事にした。
「
……
ごめんなさい。僕は、一緒には行けません。
……
僕は、この星が好きだから。」
手を取らず、深々と頭を下げてそう言った僕の耳に、イヴァンさんが微かに息を呑む音が届いた。
「
…
それに、イヴァンさんはさっきこの星のことを壊れてるって言ったけど、僕はそうは思いません。
……
この星はまだ生きてるから。強く、生きようとしていると思うから。だから僕はこの星が、この場所が、好きなんだと思います。
……
ここに僕の居場所がなくても、それでも僕はここに居たい
……
です。」
ああ、ダメだ。全然まとまらなくて、言いたい事の半分も伝わらない。変なやつだと思われたに違いない。
ここが『ドーム』の自分の部屋ならば、僕は今すぐにでもベッド脇に駆け出して、そしてお気に入りのテディ・ベアに頭を埋めているだろう。
恥ずかしいし今すぐ逃げ出したいくらいだ。
だけど僕は、僕の想いとは裏腹に何処へも行けず、ただイヴァンさんをじぃっ、と見つめる。
イヴァンさんは、マスクとゴーグルのせいでどんな顔をしているのかわからない。わからないけれど、
(
……
え、わらった
……
??いま、笑ったのかな?)
なんとなく、笑ったような気がした。気のせいだろうか?
「
……
面白いね、きみ。こんな死に損ないの惑星を、強く生きてるって
言い切る人なんて、はじめて見たよ。
……
ますますきみに興味が湧いちゃった。きみの見る世界はきっと素敵なんだろうね。」
イヴァンさんは、くるくると、踊るように、楽しそうにマフラーを靡かせて。
僕は、ますます混乱する。
……
なんだろう。不思議な人だ。
「うふふ、僕諦めないよ。君のこと、何が何でも僕のお花畑に招待したくなっちゃったから。
……
でも、今日は帰ってあげるね。」
今度はレンズ越しでも分かる。イヴァンさんはどこまでも楽しげに笑っている。
……
わらっているけれど、その笑みに僕は何故か背筋にぞくりとするものを感じた。
え、何これ。
……
笑ってる、だけだよね?
言葉に窮する僕を放置して、軽やかな足取りでイヴァンさんは去ろうとする。
……
なにか言葉をかけるべきだろうか。
僕がなんと言えば良いか考えていると、イヴァンさんは突然ぴたりと動きを止めた。
「
……
イヴァンさん
……
?」
恐る恐る、僕が尋ねると、イヴァンさんは身じろぎひとつしないまま、僕に背を向けたままの体勢で、僕に問いかけてきた。
「
……
ねえマシューくん。きみと僕は、もうおともだちだよね?」
「えっ?
……
はい。」
わざわざ改まって確認されると、どう答えて良いか悩むが、とりあえず頷いた。
イヴァンさんは、僕の返答を聞くと、やがて、ひどくゆっくりとした動きで振り返る。
「
……
じゃあ、新しいおともだちの為に、僕からプレゼントをあげるね。今のきみに必要なものを。」
プレゼント。贈り物。
……
え、初対面で?
慌てる僕に「遠慮は要らないからね!」とイヴァンさんは人差し指を僕に突きつけた。
……
あれ?なんだろう。この人、もしかして僕の意見とか聞く気ないのか?
「大丈夫、僕があげるのは、僕にとっては全然価値のないものだから。だけど、きみにとってはきっと、世界中から黄金を全て集めても足りないくらいの価値があるモノだから。
……
僕があげられるのはそのほんの一部だけど、ね。」
「
……
え?え?
……
な、なんですかそれ
……
?」
情報。
イヴァンさんは悪戯っぽく呟いた。
僕は、右手の甲をぎゅっと握った。
機械の、硬く無機質な感触が左手に伝わる。
僕にとって世界のあらゆるモノよりも価値のある情報。
…
だとしたら、もしかしたら!
「
……
まずひとつめから。きみが逢いたいと願う人は、君たちからずっと隠れてる。真正面から会いに行っても、するりと躱して逃げ出しちゃう。
……
偶然逢えたとしても、次の日には君はその事を忘れるだろうね。」
逢いたいと願う人。
そんなの、たった一人しかいない。
あのおぼろげな記憶の中で、悲しそうに頭を下げた、金髪の青年。
……
僕の、家族。
「正面から会いに行っても、逃げ出す
……
。」
イヴァンさんの言葉を小さく反芻する。
やはり、あの人は僕らに会うつもりは無いのだろうか。
……
僕は、嫌われている、のだろうか。疎まれているのだろうか。
……
そんなはずはない。嫌いな相手をあんなに優しく見守ってくれるはずなんかない。きっと、なにか事情があるんだ。そうに違いない。
僕は掌を固く握り締める。
「そしてふたつめ。
……
これは、もしかしたら君は聞きたくないかもね。でも、僕のおともだちなら、きちんと聞いてもらうよ。」
イヴァンさんの言葉に、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「
……
君は彼を、アーサーくんの事を美化しているようだけど。彼はそんなに良い人じゃないよ。悠遠を生きる機械仕掛けの魔導師に、只人と同じ価値観を求めない方がいい。」
「え
……
?」
イヴァンさんの言葉はどこか硬くて、僕までなんだか緊張してしまう。
「僕が知る限り、彼が君たちを見捨てた回数は少なくとも五百は越えているね。
……
見守ってくれてる?違うよ。彼は単に観察しているだけだよ。君たちが自分の望む結果に辿り着けば、暖かく迎えてくれるかもしれない。だけど、もし君たちが彼の期待に沿えないならば。
……
彼は君たちを棄てて、『次』の君たちに乗り換える。」
イヴァンさんの言葉に頭が混乱する。ぐるぐる回る思考を叱咤して、僕はイヴァンさんの言葉の続きを待つ。
「
……
そう、君は、そしてアルフレッドくんは将来、どちらかが必ず死
……
」
言葉を待つが、しかしイヴァンさんの言葉は最後まで紡がれる事は無かった。ビュオオ、と胞子を吹き飛ばす竜巻が突然発生した。イヴァンさんの真後ろに、なんの前触れもなく。
イヴァンさんはまるで動じず、むしろ鬱陶しそうな様子で振り返る。すると、竜巻を内側から斬り裂いて、一人の男が現れた。
「
……
あ、」
僕は我知らず唇を震わせた。
知っている。僕はこの人を知っている。
「
………
あ。」
ボサボサの金の髪、不機嫌そうに寄せられた眉根、そして常人より太い眉毛。緑の瞳はイヴァンさんをじろりと睨んでいる。
僕はこの人を知っている。ずっと忘れていたけれど。だけどよく知っている。
この人の名前は。
「
……
アーサー、さん
…
」
そう、先ほどイヴァンさんが呼んだ名前。
僕がずっと探し続けた人。
……
僕の、家族。
「人形遊びがしたいならお家に帰って独りでやる事だな、機械仕掛けの瓦落多人形師。」
「
……
へえ、思ってたより早いね。アルフレッドくんを見張ってたんじゃなかったの?
……
その為に誘導したんだけどなぁ。」
「ハッ、俺を誰だと思ってやがる。旧式の絡繰人形如きに遅れを取るかよ。
……
他人様の弟に手ェ出したらどうなるか、その錆びた身体にたっぷりと教えてやるぜ。」
アーサーさんは、そう言うと、腰から二丁拳銃を取り出し、イヴァンさんに向けて勢いよく乱射した。手加減など一切ない。
「イヴァンさん!!」
硝煙に遮られて一瞬イヴァンさんを見失う。
慌てる僕の目の前に、トン、とアーサーさんが降り立った。
ぼくの、ずっと探してた人。
「あ
……
、えっと
……
」
久しぶり、と言うべきなのだろうか。会いたかった、と喜ぶべきなのだろうか。それとも、イヴァンさんのこと、なんて事をするのかと糾弾すべきなのだろうか。
僕は何を言ったらいいのかわからずに視線を彷徨わせる。だから僕は気付けない。アーサーさんが、僕を、悲しむような、哀れむような眼で見ていた事に。
「
……
相変わらず酷いなぁアーサーくん。普通の人なら死んでたよ?」
「
……
人ですらない奴が何を言ってやがる。」
煙の中からイヴァンさんがゆっくりと、堂々と姿を現した。
ちっ、と舌打ちするアーサーさんを見て、イヴァンさんがクスクスと嗤う。
「えー、僕が人じゃないなら君だってそうだよね?」
僕はハッ、としてアーサーさんを凝視する。
アーサーさんは、マスクもゴーグルもなにも着けていない。
……
そうだ、よく考えたらおかしいじゃないか。この汚染された世界で、人が生きられない世界で、何故この人は、僕のおぼろげな記憶と寸分違わぬ姿をしているんだ!?
この人は、一体何者なんだ
……
?
「
……
ね、ね。アーサーくん。この子僕にちょうだい?」
「
……
強欲絡繰人形が。マシューもアルも、俺の大事な家族だ。誰が手放すかよ。」
「
……
変なの。都合が悪くなったら直ぐに見捨てて次の時間へ逃げる癖に。どうせ棄てるならくれたって良いじゃない。」
「
……
黙れ!」
僕を置いてけぼりにして話が進む。
「
……
ふうん。まあいいや。僕の用事はだいたい終わったし。じゃあね、マシューくん。
……
僕のこと、忘れないでね。」
ふふふと笑うと、イヴァンさんはあっという間にその場から去っていった。
後に残ったのは、僕と、アーサーさん。
……
う、気まずい。
「ええと、
……
あの、アーサーさん
……
ですよね?」
「そうだ。」
短い返事。僕は耐えきれずにもう一度話しかける。
「僕たちのこと
……
その、フランシスさんに預けた方ですよね?」
「そうだ。」
また短い返事。もっと色々なことが聞きたいのに、目を合わせようとすらしてくれない。
「
……
アルの事も見守ってくれてたんですよね?
……
あれ?そういえばアルは一緒じゃないんですか?」
僕は、何を言っていいかわからず、とにかく話しやすそうな話題をと何も考えずにそう言った。
……
それが、間違いだった。
「ああ、アルは今向こうのきのこ林のあたりで眠ってる。
……
起きたら、お前にこう言ってくるだろうな。『さっきの音は、風の音を聞き間違えただけみたいだ。向こうには何も居なかったよ』
……
ってな具合だ。そして、お前もだ、マシュー。」
「え
……
?」
「『お前はなにも見ていない。誰にも出会わず、ここで景色に見惚れていた』
………
お前は、都合の良い夢を見ていたんだよ。そして夢ってのは大概目覚めたら忘れるもんさ。」
アーサーさんが僕の方へと振り返る。初めて、僕の眼を見ようとする。
僕は、そこでようやく思い出す。
(
……
目を合わせたら、ダメだ。)
そうだ、思い出した。前にも、似たような事があった。
初めて外に出た日、アルと冒険した日。無茶をして異形の獣達に襲われ、絶体絶命になった僕らをアーサーさんが助けてくれた。そして、
……
そして?
そうだ、僕がアーサーさんの事をおぼろげにしか思い出せなかったのは、僕が忘れたからじゃない。アーサーさんが、僕の記憶を奪っていたんだ。
思わず駆け出した僕の背後で、アーサーさんはパチンと指を鳴らした。それだけで、僕の身体はまるで石のように動かなくなって。
嫌だ、動け。
……
動けよ!!
アーサーさんがゆっくりとこちらへ歩み寄る。その瞳は、人間の眼ではあり得ないほど眩い緑。
……
この緑色は、本で読んだ知識でしかないから自信はないけど、それでも知っている。魔導鉱石オリハルコン。
オリハルコンが魔術の力を増幅させる時に放たれる色だ。
僕の思考が塗りつぶされる。
緑、緑、みどり。
ぼくの、しこうが。
しこうが?
なんだっけ?
ぼくは
……
?
……
ぼ、く
……
「
……
良い子だ、マシュー。『お前は今日、誰とも出会わなかった』」
「
……
ぼくは
……
だれとも、出会わなかった
……
?」
ぼくのくちびるがかってにうごく。
そうだ、ぼくはだれにもあってない。
ひとりで、ほうしにみとれて、それでじかんをわすれて。
……
ほんとうに?
僕にとって何か、とても大切な事が無かったっけ?
たいせつ?
なにがたいせつなの?
そもそもぼくってだあれ?
ぼくは
……
?
僕は
…………
。
「
……
ごめんな、マシュー。だけど、お前とアルは俺が必ず護ってやるから。」
とおくでだれかのこえがする。
……
だれ?
どうしてそんなにかなしそうなの?
……
わからない。
しこうがふわふわ。
わからない。
きっとどうでもいいんだよ。
わすれてしまえばいいんだよ。
わすれて
……
。
「
…………
シュー、マシュー!!聴いてるのかい?」
僕を呼ぶ声に、僕はハッと我に返る。
……
ああ、またやってしまった。
目の前にいる僕の兄弟、アルフレッドの瞳の色は、呆れが半分くらい、心配が少し。そして残りは不服そうな色を見せていた。僕はアルフレッドの視線から逃れるように、まだ慣れたとは言えない利き腕に視線を落とす。
そして、僕は静かに歓喜する。
マスクをしていて良かった。口元が隠れていなかったら、きっと気付かれていたに違いない。
……
アルフレッドからの視線が怪訝なものになる。
僕はそっと機械仕掛けの右腕の甲にあるスイッチを押した。
「
……
また、かい?」
「ああ、うん。
……
でも、もう大丈夫さ。ごめんよ、ぼーっとして。」
呆れ顔のアルフレッドに手を取られ、僕はドームへと帰る。
視線を背中に感じながら。
「
……
ふふっ、大成功!」
ドームの住宅区画にある僕の部屋。誰も居ない、監視もない事を確認し、僕は自分の目的が果たせたかどうかを調べた。結果は文句無しの大成功。
僕は今、小型録音機を再生させている。
右腕を義手に変えた時に、僕がこっそり仕込んだ物。
そこには、僕が忘れてしまった会話の内容が、バッチリと記録されていた。
「
……
アーサー、さん。それに、アーサーさんの事を知っていそうな人、イヴァンさん。
……
欲しかった情報は、充分手に入ったよ。」
心の中でイヴァンさんにお礼を言う。なんとなく、彼は録音機の事を知っていて色々話そうとしてくれたんじゃないかとそう思った。
「それにしても、半信半疑だったんだけどなぁ
……
まさか本当に記憶を書き換えられていたとは。反則すぎるよ
……
。」
なんとなく、外に出る日はぼーっとしてる回数が多かったり、ごく稀にだけどアルフレッドとの会話が噛み合わない気がすることがあった。だから、義手を作る時に保険として、小型の録音機を仕込んだのだ。
本当は小型の撮影器でも仕込めれば一番良かったのだけど、それを言ったら技師のバッシュさんに凄い顔で睨まれたので諦めた。ツーツィアさんがこっそり似たようなものを作る事を検討してくれてるので、そちらに期待しよう。
「アーサーさん、かぁ
……
。」
正面から会いにいっても逃げられる。ならば、彼に気取られないよう、策を弄する必要がある。
……
アーサーさんには悪いが、生憎と頭脳戦は僕の得意分野だ。
彼にも事情があるのかも知れない。僕のしていることは迷惑なのかも知れない。だけど。
「
……
僕にだって、譲れないものがあるんです。」
今は遠いけれど。
相手の風貌すら、まるでスチームに覆われたみたいに朧げだけど。
確かな決意を胸に秘め、今、僕の、マシューの物語が静かに幕を開けようとしていた。
マシューはクマみたいな感じのイメージ。ふわふわ可愛く見えるけど迂闊に手出しするとクマパンチで一撃粉砕されます。油断できないね。
アーサーが迂闊なのは仕様。私が書くアーサーさんはカッコつけてて不敵な感じですがどっか詰めが甘いです。
アルがアーサー嫌ってるのは、アルにもアーサーの記憶がひとつだけ残ってるから。
イヴァンさんはまた人形師してしまってます。そのうちなにかコメントで補足追記してしまうかも。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内